「ぐぎゃあぁああッ……!?」
《ナイスゥ!!》
分厚い扉に穴を空けたレミリアのグングニルは、その勢いの留まるところを知らない。胴体を貫いた槍は、マモンが倒れて漸く推進力を失った。
マモンはカッと目を見開き槍を抜こうとして槍を握るが、痛みの為か中々抜けないでいた。意識だけ残っている俺も痛みは感じてしまうようだが、俺は痛みに慣れているので、槍が貫通した程度ではすぐ慣れる。マモンはまだまだだ。
「ク、ソォ……ッ!一体、誰がこんな真似を……ッ!この我に、槍を、突き刺すなどぉぉぉ…………!!」
その時、ギィッと扉が開かれた。コツ、コツ、とゆったりした足音が響いてくる。真っ先に出てきたのはやはりレミリア。彼女に追従するのは、従者の咲夜さん、そして天子。
メイド2人を控えたそのレミリアの威厳たるや、まさに筆舌に尽くし難いものがある。
「神から話は聞いたわ。あなたが大悪魔マモンね?さっさと彼の肉体を返してもらおうかしら。その子私の彼氏なの」
「貴様ァ……その『彼氏』の肉体を貫くかッ!!」
「───咲夜、天子」
「はっ」
「はいはいっ、任せなさいっ!……緋想の剣よ、敵の弱点を曝け出したまえ!」
咲夜さんはナイフと体術で、天子は緋想の剣にて的確に弱点を突こうと斬り掛かってくる。
マモンはナイフの雨を、蹴りを、迫り来る斬撃を紙一重で回避していくが、もし当たったとしても、そのどれもが、足止めにもならないような手抜きで弱めの攻撃に思える。
「視えたわ、レミリア!やっぱりコイツ、レミリアじゃないと!」
「お嬢様とお呼びなさい、天子!」
「……そう、悪魔にしては特異だと思っていたら……そういう事なのね」
「寧ろ、
「分かったわ。2人共、下がりなさい。後はサシでケリをつける」
「「了解ッ!」」
マモンが2人を追わないよう咲夜さんはナイフを投げ、天子は地面を隆起させ一時的に分断。当然、マモンは後退する2人を追おうと、天子製の土壁を殴り壊しそのまま突撃するが……。
「そう来ると思っていたよ、マモン?」
「ガッ……!?」
爆発したように広がる土壁の破片も意に介さず、レミリアが迫ってきていた。身体中のあちこちを、硬い土壁の破片で傷付けながらも首を絞め上げて、ギリギリと爪を食い込ませる。
「どうしたら彼から出て行ってくれる?殺さないとダメかしら?」
「や、やって、みるがいい……!自らの恋人を、その幼き手で殺せるのならな……ッ!!」
「愛する人は殺せないと思っているようだけれど……悪いわね。……フツーに殺せるわ?」
「ギッ!?」
鈍い光を目に宿しながら首を握り潰すレミリア。血が真横に吹き出し、首の骨をも握り潰すと身体をベチャンと地面に叩き付けてくる。
俺の肉体だが、再生する強い意志が無ければ早く再生しない。そしてマモンは、俺の肉体がそんな超回復力を備えているとは知らないので、いつまでも瀕死のままでピクピクしている。しかし少しは回復してきているので、全快も時間の問題だろう。
そしてレミリアは冷たい目でマモンを見下ろすと呟くような静かな声で言った。
「こんな悪魔のどこが大悪魔よ。やってきた事が、ちょっとだけ
「な……ん、だと……ゲハッ、グフッ……ぐぉえっ……」
「その程度の強さで、この私に……幻想郷の悪魔達に勝てると思わない方がいいわよ」
「フン、ならばこの男はこの世界の悪魔では最底辺なんだろうな、だから欲望ばかり膨れ上がり自らの恋人に手を下されるという愚かな最期を迎える事になってしま────」
「黙れ」
「────!?」
「何にも知らないくせに、私の彼を侮辱しないで。建御雷によると、お前と彼の『強欲』が良い具合に同期したからこそ取り憑けたのよね?逆に言うと、そんな稀有な条件を満たさないと肉体を乗っ取る事すらもままならない。こうなってくると、哀れみの感情しか湧いてこないわ」
「な、にィ……!?」
「残念だけど、取り憑いた相手が絶望的に悪かったようね。その男はこの世界で一番、後ろ盾が強くて多い。そして、大規模なハーレムの主なのよ」
「!?」
「私じゃなくても、きっと彼に取り憑いたあなたを殺せるわ。そうでないと、彼を救えないから……ね。サヨナラ、大悪魔マモン」
「待って────」
頭をグシャリと踏み潰し、レミリアはマモンを、俺の肉体を殺してしまった。
俺の肉体は風に晒され消えていく。マモンの魂はやがて昇天するだろう。そして俺は復活を果たす。もう身体の主導権は俺に戻っているようだ。
「おかえり、でイイのかしら?」
「ただいま……で合ってるのかな。……ありがとう、レミリア。また助けられちゃったな」
「フン。弟を助けるのは姉の務めよ。罰として今後暫くはまた『お姉様』と呼びなさい」
「分かったよ、お姉様。罰としてそう呼ばせるの、好きだね、ほんと……」
「こうでもしないとそう呼んでくれないでしょ?」
「……まぁね。でも……」
「?」
「レミリア……お姉様さ、俺ん事さ、嫌いになったりしない……?てかもう嫌われてたりするのか……?」
「はぁ?なんで?」
「だって俺……最近ヤラカシが多いしさ……。凍魔のときもそうだし、今回もまんまと乗っ取られてさ。そろそろ愛想を尽かされるんじゃないかって不安で不安で……。しかも今回なんて少しの躊躇も無く俺と一緒にマモンを殺すし……」
「だって、マモンの憑依を解除する方法なんて私、知らないもの。それにあなたは不老不死よ?なら、あなたごと殺した方が効率的だわ」
「……嫌われた?俺……」
「だったら助けたりしないわよ。……大丈夫だって、ヤラカシても何しても、見捨てたりはしないから。ほら、帰るわよ、我が家へ」
「ん……ありがと、お姉様」
「はいはい」
「……ところで、七つの大罪のボスのルシファーが、紅魔館を狙ってるみたいなんだけど……」
「は?……えっ……ルシファーって、あの?」
「そう、そのルシファー」
「……待ってよ、紅魔館の誰を狙ってるのよ?」
「分からないって、マモンも言ってた。どうしよ?総大将みたいなものだよね、ルシファーってさ?」
「そうよ、どうすれば………………?こうなったらもう館のメイド達を各地に避難させるしかないかしら?いや、すぐそうしましょう。シャロンちゃんもよ。それでいいわね?」
「……俺はその方が安心できる」
「マモンは『強欲の悪魔』なのよね?ルシファーは何の悪魔なの?そういうのはあなたの方が私よりも詳しいでしょ」
「『傲慢の悪魔』……だよ」
「傲慢……まさか天子?でも、最近はマトモよね」
「きっと、ここは聖書のエピソードから察した方が標的を定めやすい気がする」
「あなたしか知らないでしょうそんなの、いいから早く教えなさいって」
「傲慢の悪魔であるルシファーは、『私の方が神に相応しい』と神様に逆らった元大天使長だ。しかも悪魔繋がりでエリスの知り合いのはず。エリスが、前にそんな感じの事を言ってたよ。それで……」
────原初の時代、人間はただ1つの言語しか話さなかった。神は人間に物を与えた。それが石と漆喰。しかし人間は自分達でレンガやアスファルトなんかを作り、天まで届く塔を建てようとした。
神に与えられた物以上の物を使い、あまつさえ、天にまで届く塔を建てようとした。神から見れば、それは、人間の傲慢だった。
だから神は塔を壊し、人間に様々な言語を与え、人間同士での意思疎通の邪魔をした上で、世界中に散らしたとされている。因みに、その塔がバベルの塔であるとされている。
「……ふぅん……それは初耳だったわね」
「そして大天使ミカエルと双子の姉妹である」
「「え?」」
紅魔館へ戻ろうとする俺達の背後に、何者かが、そんな言葉と共にフワリと着地した。
マモン同様の鴉のような漆黒の翼に、禍々しくも鈍く、暗い光を放つ澱んだ頭上の輪。生気がまるで失われている真紅の眼。
見るからに堕天した天使だ。先入観が無くとも、コイツは堕天使だと判断する。というかこんなにも鈍い光を俺は初めて見た。光とはあんなにも暗く、どんよりするものなのか。
そして、レミリアは────。
「おやおや……これはこれは、ルシファー様が直々に登場ってワケね」
「小娘が。私を知ったつもりか?」
「あなたは特別有名だもの。ねぇ、エスカルゴ」
「あ、ああ……そうだな」
「エスカルゴ?そうか、貴様の名はエスカルゴか。
「うっせぇわ」
「だがこれで私の標的が見付かった。感謝するぞ、マモン……お前の死は無駄にはしない」
「あんだと?……テメー、誰を狙ってやがる?」
「無論、お前だよエスカルゴ」
「また俺ぇ……?」
「ちょっとエスカルゴ、あなた何したの?」
「知らねーよ、何でなのか俺が聞きたいくらいだ。何でだよ、ルシファーさんよ?」
「この世界にお前ほど傲慢な奴は居まい」
「俺ほど健全な奴、の間違いでは?」
「天にまで届く塔を築こうとする人間の如き傲慢。まさにお前だ」
「ノンノン。向上心の塊と言ってくれないか?」
バベルの塔の逸話には、実はこんな解釈もある。神から与えられた物よりも上等な物を作り、使い、天に届く塔を建てるというのは、傲慢などではなく向上心の表れだ、と。
神に憧れたからこそ、神の住まう場所、つまりは天へ近付こうとした。自らに物を与えてくれた神に憧れ、神に近付く為の行動だったのだ。
だから、バベルの塔は傲慢ではなく向上心の表れなのである。
「向上心なら俺が幻想郷で一番かもな〜。なんなら魔理沙の方が向上心あるかもだけど。傲慢、かぁ。それは解釈違いだな。俺は傲慢なんて思ってねー。だって俺、まだ弱いもん」
「強いか弱いかは問題ではない。その心だ」
「で?俺に取り憑く、と?」
「そうだ、そしてお前を破滅させてやる……!」
「……じゃあ俺に勝ったら取り憑いていいよ。もしも俺が勝ったら死んでもらう」
「契約か。いいだろう、その条件で戦おう」
「悪魔なら契約を守れよ?」
「勿論。私は、裏切る神とは違う」
「……」
エリスが言っていた通りらしい。コイツは、神を
「裏切る者」と認識している。そうかもしれないが
「神=裏切る者」と一括りにされるのも、なんだか嫌な気持ちになってくる。
「自ら戦いに足を踏み入れたのだ……。分かっているだろうな?」
「ああ。楽しませてやんよ」
ベルゼビュートをも含んだ全天使の3分の1程がルシファーと共に神と戦うものの、大天使ミカエル率いる軍勢に敗北。天界から追い出され、堕天。
この事から、彼女らのいた世界の神は相当な力を持っている事がわかる。それとも彼女らが弱いか。その二択だ。
「じゃ、私は館の皆を守ってるから、あなたは絶対勝つように。いいわね?」
「はいよ、お姉様」
因みにルシファーには変身能力がある。かつて、人間が全裸で生活していた頃────蛇に変身し、アダムとイブを唆して、禁断の果実を食べるように促したのは、一説によると変身したルシファーだとされている。
人間をも憎んだ彼女は、アダムとイブを天界から追放させる為に、わざと果実を食わせたのだ。
館にレミリアが戻って数十秒の後、パチュリーの厚いバリアが張られる。それを見て安心した俺は、いよいよ戦いを始める事にした。
「さて、と。変身はしねーの?」
「お前如き相手に、する必要も無いだろう」
「舐められたもんだぜ」
世界が終わる時には赤い竜に変身すると言われているが、実際は彼女が赤い竜に変身した際、世界が終わるレベルで暴れる……というだけなのだろう。
世界が終わる時に暴れたって、何の意味もないのだから。
「変身能力を持つ相手にどう立ち回るか……、まっ、いつも通り殺りますかっ!」
「いい気なものだ、数秒後には死ぬというのに……」
突撃の構えを見せるルシファー。それを見て俺も本格的に戦闘態勢へ移行した。俺の背後の
強欲の悪魔・マモン
能力:強欲を司る程度の能力(仮)
アスモデウスを副将にした東方の王とされている。彼女に取り憑かれると、増幅させられたその強欲によって社会的に、果ては物理的にも身を滅ぼす事になってしまう。
嘘を吐かない事を信条としている。
強欲に対応する美徳は慈善。レミリアは、見知らぬ吸血鬼(エスカルゴ)を拾い、紅魔館に住まわせるくらいには慈善の心を持っています。
なのでマモンへのレミリアの攻撃は、狼男に対する銀の弾丸にも匹敵するくらいの効果を発揮します。
マモンの「嘘を吐かない主義」は、鋼の錬金術師の登場人物、
好きなんですよねぇ、グリード。