「あっ、来た来た♡」
「ん。ちょっと、いいかな?」
「んー?どしたの?」
「モルモーの過去が……ちょっと気になって」
「……えー。乙女の過去なんて、そんな気にするもんじゃないわよー」
「それは分かるんだけどさ。血族のみで吸血鬼界を支配しようとかしたり、ヘカテー……へカーティアの配下だったり、時間魔法やその他の魔法をも操れてエリスとも知り合い……気にならないはずがねェ。何ならあの七つの大罪の悪魔とも知り合いだったんじゃあねぇーの?……とか思ったり」
「そう……ね。あなたって、ギリシャ神話が好きなんだっけ。じゃあ気にならないはず、ないよね」
「……ああ」
「……んじゃ、ある程度掻い摘んで話す事にするわ、それでいい?」
「お願い」
「わかったわ。……何万年前かは忘れたけど、私が、ある程度子孫を増やして、まず手始めにギリシャの吸血鬼界を支配しようとした、その時────」
◆
「やっと見付けた。あなたが吸血鬼の真祖を名乗る女吸血鬼ね?」
「……そーだけど?あんたは?」
一族に招集をかけて、私以外を始祖とする吸血鬼一族を潰し、世界を裏から支配しようと企んでいた私の目の前に、赤髪で、派手な装束の神が現れた。気配で分かった。並大抵の強さじゃないって事は。
「魔術の神、ヘカテーよ。あなたのお名前は?」
「魔術の神って名乗っておいて、馬鹿正直に教えてもらえるとか思ってんの?バッカじゃないの?誰が教えるもんですか。私の名前を通じて殺したりするつもりじゃないでしょーね?」
「ふふ、そんなのは目的じゃないわ。あなたを私の配下にしようと思っているの。あなたのその魔法の腕や魔法への探究心は、私の配下にするに相応しいくらいの凄まじい純度の高さだからよ。あなたは、世界最高の職人が磨き上げ、幾千年経とうと決して朽ちないダマスカスのような輝きを秘めているわ。けれどそのあなたの美しさ、真価を引き出せるのはあなたじゃないのよ。この私。魔術の神である私の配下となり、更に己に磨きをかけなければ────不可能よ」
「…………」
「どう?私の配下になりたくなってくれたかしら」
「……分かった。でも私からも条件があるわ」
「何?」
「私にはやりたい事がある。それの邪魔はしないでほしい」
「……内容による、かしらね。ギリシャ神界を混乱の渦に叩き込むような事なら、あなたを消すわよん」
「………………分かった。あんたの配下になるわよ」
(とりあえずは、これで吸血鬼の一派が暴れるのを防げそうね。確かにこの吸血鬼には、真祖と言えるだけの格がある。最近、時間の流れが狂っていると
感じる事も多々あるし……。間違いなくコイツが原因だわ。時間の神は封印されてるし。何にせよ混乱の種を手中に収められて良かったわ。上手く使えば、いずれは……)
(ギリシャ神界に混乱を与えちゃダメ?それじゃあ私以外の吸血鬼を滅ぼせても支配はできないって?じゃあもうそれでいいわよ、私が死ぬくらいなら!それなら計画変更よ!世界中の吸血鬼を私の血族にしてやる……私の手で他の吸血鬼を滅ぼしてやる!)
「それで、あなた、名前は?」
「……モルモー」
「そう……吸血鬼モルモー、あなたはこれより、私の配下よ」
「はい。ヘカテー様」
その後────ギリシャの各地で男を食い漁り、ニンフやその土地の主に戦いを挑むなどのかなりの暴れっぷりを見せ付けた夢魔エンプーサを、主人の指示通りに痛め付け、ヘカテー様がスカウトして、自らの配下に加えた。
裏切られ、見捨てられて傷心中のラミアの事も、口で丸め込むようにして配下にした。思えば、私が
「紹介するわね。この子はクラウンピース、冥界、地獄のニンフというレア中のレアよ」
「ヨロシク!言っとくけど、あたいは強いぞっ!」
「えっ……地獄にニンフなんて聞いた事がないわ……自然が無いのにどうして……?」
「そうだな。冥界にもロクな自然は無い。地獄など以ての外だと聞く。ヘカテー様……その者は、本当に冥界の……地獄のニンフなのですか?」
「そーよ、エンプーサ。それはまず間違いないわ。ハデス様からの任務で、地獄に赴いたのだけど……。その時についでに捕まえたのよ。本名はランパースだけど、それじゃあ地獄のニンフの総称になるし、区別も付かないからクラウンピースと名付けたわ」
「「…………」」
「可愛らしいですわね、ヘカテー様。よろしくね、クラウンピースちゃん♪」
「よろしく!お前、名前はっ?」
「ラミアよ。気軽に話し掛けてね」
「おうっ!そーする!」
「だけど、気を付けてね。女神からの呪いのせいで私に襲われるかもしれないから……その時には全力で逃げてね」
「呪い……?分かったっ……その時はそうするよ!」
このクラウンピースとかいうニンフは、いっつもヘカテー様にベッタリで、ご主人様ご主人様と凄くうるさい。見た目通り、中身もガキかもしれない。
だから、私とエンプーサはあんまりコイツが好きじゃなかった。でも、何人も子供が居て、マトモな母親だったラミアだけは、かなりの頻度で遊んで、クラウンピースを可愛がっていたっけ。
◆
それから暫く経って、人間が地上に蔓延るようになった頃……トロイア戦争という、神々までもが観戦したりどちらかの陣営を応援するような、大規模で長期的な戦争が始まった。
その戦争の引き金となったのは、エリスという、まるで悪魔のように周囲を誑かして、争う様を見て楽しむ女神だという。
「あ〜あ、おっかし〜♡ 面白いくらいに争ってさ、ほんっと人間も神もバカばっかだわ♡」
「────あなたが女神エリスね?」
「呼んだ〜?……吸血鬼……夢魔……まさか、ラミア?そのニンフの事は知らないけど………………そいつらを連れてるって事は、あんた、ヘカテーね?で、そのピンク髪吸血鬼がモルモーか。お噂はかねがね♡」
「……」
「流石に知られちゃってるわね。ええそうよ、私はヘカテー、この子達は私の配下。少しいいかしら、エリス?」
「……何の用?言っとくけど、私はあんたの配下にはならないよ」
ヘカテー様が各地で話題になっている者達を集め自身の配下にしているということは、私達の住まうギリシャ神界では、ほぼ当たり前に知られていた。だからヘカテー様に
だからエリスも、そのように言葉の先を読んだ。しかしヘカテー様の答えは違う。
「ふふ、違うわよん。私だってあなたみたいな者を配下にするつもりはサラサラ無いわ」
「フーン?なら何の用?勧善懲悪がお好みだっけ、あんたって」
「自分が悪だと自覚しているなら良かった。これで心置き無くぶっ潰せるわ」
「あー……これ、ヤバいかも……」
今回は私ではなくて、ヘカテー様直々に動く事になった。予め決めていた訳じゃなくて、成り行きでそうなった。だから私達配下は、主人の戦いをただ静かに見守る事にした。応援もせず、ただ配下同士肩を寄せあって、何重ものバリアを展開して。
「────」
「…………ッ!?」
いよいよ戦いが始まる。そう思ったその時、まずエリスが動いた。魔法の詠唱を始めたらしい。でもそれを見たヘカテー様は、酷く驚いてた。だって、ヘカテー様は魔術の神。そんなヘカテー様も、あの魔法は見た事が無かったから────。
「……ふぅ、準備完了。にしても驚いたわヘカテー、どうして詠唱の邪魔、しないワケ?」
「魔術の神として、これまで見た事ないモノは見ておきたいと思ってね。あと、詠唱は最後までさせることが、魔術、魔法への敬意だと思っているから」
「へー、素直なんだね。ヘラだったら嫉妬で狂うと思うよ?『何でコイツが私の知らない魔法を!?』みたいな感じでさ」
「でしょうね。でも私は、例え敵の術式だとしても見た事ないなら観察するタイプだから。それが私を成長させてくれる事だと、理解しているわ」
「……♡ だよね、ヘカテー♡」
「!?」
「魔術大好きで、魔術に敬意を払っている
「ええ、早く見せて。その上で叩き潰して──」
「じゃあね〜ん♡」
「ッ────!?」
次の瞬間、ベッと舌を出したエリスの姿が忽然と消えた。何が起きたのか、私も他の配下も、そしてヘカテー様本人ですら分からなかった。けど最後のエリスの言葉で、何が起きたのかを察知した。
逃げたんだ。ヘカテー様との戦いから。
それに気付いた時、私は、エリスに対して尊敬の念を抱いた。自分でも驚いた。主人をコケにした、クズなヤツなのは確定なのに。それなのに、相手がヘカテー様であると知っても尚、堂々とした態度が取れる事が────羨ましかった。
しかしそれはそれとして、先程からヘカテー様の様子が少しおかしい。エリス様の居た、ぽっかりと空いた空間を見つめ、微動だにしない。
「…………………………」
「へ……ヘカテー様……?」
「…………………………」
「「「ヘカテー様!!」」」
「ご主人様っ!!」
「……。ごめんね、皆。少し、ビックリしちゃった。でも、大丈夫。ある国にはこんな諺がある。『三人寄れば文殊の知恵』……って言葉がね」
そう言うと、ヘカテー様はもう2人の自分を出現させた。月、そして地球を象徴とする2人の自分。普段は異界を象徴としているヘカテー様だけれど、ヘカテー様は3人で1人の神様だから、こんな事ができる。
分身とも別人格とも、少し違うらしい。あくまで同一人物。身体が別なだけでどれも等しく「自分」らしい。
そして何事か小声で話し合うと、スッと元通りの1人に戻った。
「行くわよん、皆。さ、掴まって」
「「「っ……」」」
「はい、ご主人様!」
口は笑っているけれど、目が全く笑っていない。凄まじい敵意、憎悪が籠ったその目を見て、思わず背筋がゾクゾクとしてきた。
クラウンピースが真っ先にヘカテー様に抱きつき私達3人はクラウンピースに掴まる。今は少しだけヘカテー様が本気で怖かったから……。
それからヘカテー様は瞬間移動の魔法を発動させ暗い世界に転移した。見た事ない世界だ。私だって色んな世界を巡った事もあったのに。
凄く活気のある街だ。人も多いし目の前には教会まである。この世界はどんな宗教があるんだろう。ここではどんな神が信仰されているんだろう。神に仕える者として、少し気になってしまう。
「ご主人様、ここは?」
「さぁね。魔力の満ち溢れた、い〜い世界だわ……。近くに自然は見当たらないけれど、ここに住んでもいいかもしれないって思うくらいには良い世界よ」
「地獄よりは良い環境ですしねっ!」
「……クラウンピース、あんた能天気すぎるわよ……ちったぁ空気を読めっての……」
「へ?……何だよモルモー、それって悪い事?」
「……。ううん、ごめん。今はそれが癒しかも」
「……?お前の言ってる事、よく分かんない!」
「こッ、このガキィ……」
「ピースちゃんが可愛いって事よ。だから大丈夫。モルモーなんて、照れ隠しでわざと難しく言ってるだけなんだから」
「へー!そーなんだモルモー?お前もカワイーとこあるじゃ〜ん!」
「うっさい、肘で小突くな!」
「ええいうるさいぞお前ら、これからヘカテー様が戦われるというのに!!」
「うるさいって言う方がうるさいのよエンプーサ、大体どーしてそんな真面目ぶってんのよ!」
「あのなモルモー!私だって……」
「ちょ〜っと静かにしててもらえる?」
「「「「…………!!」」」」
口元をピクピク震わせ、額に青筋を浮かべながらヘカテー様が言う。それだけで私達4人は呼吸器を密閉されたかのような感覚に陥り、押し黙った。
「……そこに居るんでしょう?エリス?」
「…………バレた?」
教会の陰から、エリスが顔を覗かせた。酷く冷や汗をかいていて、今にも逃げ出しそうな雰囲気だ。エリスが姿を見せた事で、私達4人も自然と戦闘が始まると勘づき、身を寄せ合いバリアを展開した。
「もう戦うのは止めたわ、安心してエリス」
「本当に?」
「あなたじゃあるまいし、嘘はつかないわ」
「じゃあ何の用で魔界まで────」
「あなたのような者に、『神』の肩書きは不似合い極まりない。下賎な悪魔にその身を堕とすがいい。それだけを伝えに来た」
「はァッ!?嘘、そんなッ……いいや、幾らあんたの魔法でも、そんな事はできないでしょ!?」
「私、神よ?あなたと違って実力ある……ね。私との勝負から逃げた罪、しっかり償いなさい?」
「……ッ!そんな事で、この私を悪魔にするって!?ふざけんじゃないわよッ、どんな理由があったってそんな事、認めるもんですか!」
「あなたは私を怒らせた。ただそれだけの理由よ。死んでも悔しがるといいわ、悪魔・エリス。……ま、簡単には死ねないだろうけど」
短く詠唱をすると、エリスの頬に赤い星が現れ、徐々に姿が変わり始める。スラリと高かった身長は目に見えて縮み始め、少女、つまりクラウンピース以外の私達と同じくらいの身長になった。
装束も、どこか神聖みのあった綺麗な装束から、悪魔らしい、俗っぽいとも言える服になった。
「いっ……いやぁっ……!いやよっ……や、やめてっ、やめてよヘカテー!ねぇっ、冗談でしょ!?仮にも神同士、つまり同族なのよ!?」
「あなたと同族というだけで吐き気がする。つまり神として死ねって事よ」
「あ……あぁっ…………何、この翼っ…………い、いやよこんな結末……!いやっ、いやあああああああああああああああああ!!!」
金切り声と共に悪魔と化したエリスが飛び去る。ヘカテー様も、私達の誰も、彼女を追わなかった。追う気になれなかった。飛び去るエリス様を見送るヘカテー様が、とてつもなく恐ろしい顔をしていたから────。
◆
「────それから程なくして、その街は滅んだ。エリス様が起こした戦争によって。ヴィナだっけ。結局エリス様は、女神様だった頃も、悪魔に堕ちてからも、何にも変わらなかったってコトよ。何なら堕ちてからの方が酷いんじゃないかな。女神の頃は滅ぼすまではいかなかったしね」
「……」
「でも、あなたがエリス様を変えた。これ、簡単に思えるけどかなり凄い事よ?」
「凄い……かな。一時的とはいえ、へカーティアから逃げられたエリスは半端ないと思うけど」
モルモーの話を聞いて、俺はビックリしていた。エリスと過去に繋がりがあったのは知っていたが、まさかこういう関係だったとは。
そして、へカーティアがエリスを嫌っていた理由なんかも、思ったよりへカーティアらしく、納得もできた。魔法に誇りを持っている彼女らしい。
「あの時のエリス様は、今にも自殺しそうだった。なのに自殺しなかったわね。もっと暴れたいとか、どうせ悪魔になったのなら、とか考えてエンジョイしてたんだと思うわ。ヘカテー様に、精神的に凄くボコボコにされたのにね。この前は肉体、精神の、両方がボコボコにされてた。そして遂に折れた……。死を望むくらいにね」
「……」
「今のエリス様は、私が憧れたエリス様とは違う。だけど、これはこれでいいかなって思う。だって、過去も現在も含めてのエリス様……でしょ?」
「……ああ。そう、だな」
「さっ、エッチしよ!」
「もうちょっとモルモーの話聞きたい……ダメ?」
「っ……あなたね、男のクセに、目をそんなウルウルさせるんじゃないわよっ!もうっ!じゃあ、悪魔になったエリス様と外の世界で偶然再会した話ね!」
「待ってました!」
モルモーの過去、エリスの過去、へカーティアの過去、たまにクラウンピースの過去。彼女の話には知りたい事が盛り沢山だ。どうして無視できよう。
俺は好奇心旺盛な方だし、彼女の話を聞きたいと思うのは、至極当然。仕方の無い事なのだ。
地底で悪魔vs神の団体戦をした時、へカーティアがエリスを逃がさないようにしたのは、当時の経験があるからですね。エリスの魔法についても、確信を持ったような発言をしたのは過去に関わりがあったからです。