「お兄さんお兄さん、そこのお兄さん!そうそう、そこの人間に成り済ましてるお兄さん!来て!」
「!……あー」
鯢呑亭に行こうと、人間に変身した上で里の中を闊歩していると、家と家の間にある僅かな隙間から俺を呼ぶ小さな声が聞こえてきた。
声の主は箒の付喪神。座敷童子同様、里の人間を監視しては紫さんや俺などの、里との繋がりがある妖怪に何かを報告してくれる。
因みに霊愛や霊麗などの子供には何も言わない。何故なら付喪神達が何かを報告してくる時は大抵が面倒事だからだ。
「ど〜した?なんかあった?」
「あったよあったよ、大変な事が!最近、夜な夜な人間が集まるんだ。主に若い男女が真面目な顔で。人間がほぼ毎晩、深夜に集会だなんてさ、ロクな事じゃないでしょ?だから焦ったわけさ」
「あぁ?若い男女が集会?……何だろ、里から妖怪を完全に根絶するとかそんなん……?乱交パーティではなさそうだよな……」
「らんこう……?えっとね、その『らんこう』は少し分からないけど、皆から『教祖様』って呼ばれてるオバサンが居たよ!」
「あー……宗教か。放っとけば?」
「いやぁ、そうもいかないと思うよ。だって連中が崇めてるのはお兄さんだもん」
「あ?俺?」
「うん、何でも『エスカルゴ・スカーレットを信じ崇めれば子宝に恵まれる』って。凄いよね」
「……」
今後暫くはエスカルゴとして里に来るのはやめておこう。面倒事に巻き込まれたらどうなる事か想像できない。カルト宗教が幻想郷で発生だなんて俺は信じたくない。完全にカルト化する前に、潰すか。
神性は多いに越した事は無いが、子宝だなんて、そんなパターンは俺でも全く想定していなかった。予想外の方向すぎる。
以前、鯢呑亭で飲んでいる時にオッサンがそんな話をしていたのを思い出した。祈る夫婦まで現れたという話は聞いていたが、実際はもっと進んでいたらしい。
「それで、どうするの?」
「!……ああ……とりま報告ありがとな。この件は、俺が極秘に片付けるよ。これ以上、他の誰かに報告する事はない。ていうか誰にも報告しないでくれ」
「分かったよ。また何かあったら報告するね」
「おう。あと、呼ぶ時に『人間に成り済ましてる』なんて言うなよな、近くに人間が居たら面倒な事になる。これからは『坂田』とでも呼んでくれ。俺の知る限り、
「了解!坂田さんね!」
そもそも人間としての偽名が坂田ヴァルゴだし、その方が誰かに聞かれた場合にも通りもいいはず。鯢呑亭での飲み仲間のオッサン達にも、この名前で通っている。それらの面を考慮しても旧姓の坂田を使うのは良い。馴染みもあるので誰かに呼ばれたら気付きやすい。まさか、元人間なのがここで活きるとは。
◆
その夜。今夜は鯢呑亭で飲んで帰ると衣玖さんに言ってあるので、心置きなく張り込みできる。一応昼間の間に殺戮以外にこの宗教を終わらせる方法を考案しておいた。それを実行に移すのみだ。
念の為に光学迷彩スーツを纏い、身を隠した上で里の上空にて人間達の動きを見る。
夜な夜な集会が行われているという報告なので、おおよそ同じ時刻に、バラバラの方向から出発した人間達が同じ場所に集まるはず。そこが集会現場となるだろう。
が、俺が狙うのは、信者達の集会場所ではない。出発地点、つまり信者達の家である。
「アイツ……は……ただの酔っ払いか。ん……ありゃあどう見ても夫婦だよな……もしかしてアレかな」
フラフラ歩く酔っ払い、自警団や退治屋の見回りなんかの中に、明らかに普通とは違う2人組が家を出た。夫婦らしい2人だが、酷く思い詰めた顔で、重い足取りでどこかへ向かう。
その夫婦を尻目にキョロキョロともっと見渡すと同じような感じの夫婦が何組も現れ、1つの長屋に次々に入っていくのが見えた。
普通の長屋だと一部屋一部屋は狭い。それなのにあれだけの人数が入るのなら、中は改造されているだろう。壁が取り払われているとか、そんな感じの改造はされているはずだ。
夫婦が大体出てこなくなってからは、外出を確認した家屋にはそれぞれ分身を1人ずつ配置し、俺は集会現場へと向かった。
しかし突撃はしない。盗み聞きするだけだ。
そこはやはり長屋。壁は厚くないので、耳を軽く当てるだけでも中の声はハッキリと聞こえてくる。
「信じましょう、崇め奉りましょう。そうすれば、我らが神は必ず願いを叶えて下さいます。心から、そう、心から信じるのです……」
三十路くらいの女性が大勢の信者の中心で厳かに言うと、信者達は一斉に、ブツブツと念仏のような言葉を発する。思っていたよりアブナイ雰囲気だ。高さの違う言葉が幾重にも重なりすぎて、俺ですら聞き取れない。
「……この宗教は今夜で終わりだな」
◆
「はぁ…………私達、いつになったら子供ができるのかしら……。こんな事で、本当に子供ができるようになるのかしら…………」
「そう言うな……藁にも縋る思いで始めたんだから」
「それは分かってるけど……私達、教祖……あの人に言いくるめられてるだけのような気がして……」
「お布施とかは何も無いんだ、騙されてるとしても何にも損はしない。気楽にいこうよ」
「私は早く子供を育ててみたいのっ……て、待って?家の前に誰か居ない……?やだ怖い……」
「え?……あ、本当だ…………すみません、うちに何か用で…………うわあああああっっ!?」
「あっ、あなたは……!?」
◆
「ねぇエスカルゴ、ちょっといい?」
「はーい何ですか永琳先生?」
「最近、妙に妊娠検査の予約を入れる人間が多いんだけど、何か知らない?」
「逆に何故それを俺に聞くんですか」
「いやね、このパターンで妊娠検査をした夫婦は、揃いも揃ってとあるカルト宗教にハマってたのよ。
『エスカルゴ・スカーレットを崇め奉ればあなたも子宝に恵まれます』ってキャッチコピーの宗教って話らしいんだけど、知らない?」
「里の居酒屋で、噂で聞いた程度ですかねぇ」
「ふーん、そう……」
付喪神から報告を受け、俺を崇めるカルト宗教の排除に取り掛かってから約半月後。この頃になると大抵の信者は集会に行かなくなっていた。
というのも、本当に子宝に恵まれたからである。だからって、妊娠しました、今までありがとう、でさっさと集会に行かなくなるのも薄情な気がするがそこは人間だ、仕方ない。
夫婦が妊娠するようになったカラクリは、極めて簡単。あの時、目印として分身を各家庭に配置した俺は、あの夜に一軒一軒を巡っては夫婦に仕掛けを施したのだ。
まず妻に魔界製の排卵誘発剤を飲ませ寝かせる。そして、夫の精子を妻の卵管内に転移させたのだ。
俺に「転移『
こうすれば、通常の妊娠と同じく卵管内で卵子と精子が結び付き、着床。妊娠するというワケだ。
因みに、分身をそれぞれの家に配置したのは単に目印にする為だけではない。他の家庭で同様の事をしている俺が、そちらの家庭に出向くまでの夫婦の足止めをする役割もある。
信仰対象が目の前に現れ、「助けてやれる」等と言われたら、人は「そうですかおやすみなさい」と信仰対象を無視して家に入れるだろうか?いいや、絶対に無理だ。
そういった心理も利用して、俺は、平和的方法であの教団の深夜集会を無くしたのだ。
それにより、本当に「信じれば子宝に恵まれる」という神性が身に付いたのは言うまでもない。
尚、戦闘の役に立たない神性なので、神性を得たと知ったエスカルゴは微妙な顔をしたそうです。