「ねーエスカルゴ、早くエッチしよ、エッチ♡」
「はいはい、皿洗いしたらな」
「そんなの後でいーから!早く!」
「こらこら巫月ちゃん、焦らなくてもエスカルゴは逃げないわよ?」
「いーえっ、そんなんじゃダメですよ永琳先生っ!エスカルゴは逃げなくても時間は無くなるんです。だから大事な用事を優先すべきですっ!」
「ははは、分かった分かった、皿洗いは分身にでもやらせよう」
「やったぁ♡」
「エスカルゴは本当に娘に甘いわね……いつか本当に破滅するわよ?」
「その時はその時っすね」
「ええ……」
◆
「ねぇ、エスカルゴ、起きてる?」
「……んん?何?」
「巫月も緋月も寝てるし……ちょっと、聞きたい事があるんだけど、いいかな?」
「ん、別にいいけど……」
深夜の永遠亭。家族4人で横になり、月を眺めて眠りに落とされるのを待っていると、隣の鈴仙が、小声で話し掛けてくる。
巫月も緋月も物音にはそこそこ敏感なので、そう軽々しく布団を抜け出せないのがもどかしい。声で起こしてしまう事もままある。耳が良すぎるのも、少し不便だなと感じてしまう程だ。
「良かった。あのさ、エスカルゴってさ、どうして子供達にそんなに甘いの?」
「さぁね。懐かれたい以外にも理由が……あるのかも分からないけど、なんで?」
「……言い方、変えるね。どうしてそんなに子供達を全肯定するの?あなたが異常に子供達に懐かれてる理由って、それなんじゃないの?」
「……ああ。ごめん、明日話すよ。今は気分悪い」
「えっ?大丈夫?薬、持ってこようか?」
「大丈夫。寝れば治る。おやすみ」
「お……おやすみなさい……」
俺が、子供達を全肯定する理由。「懐かれたい」以外にも、いや、
今は寝惚けていたからか、「懐かれたいから」と誤魔化すのを忘れ、本当の理由がある事を匂わせてしまったが……とりあえず今は、やり過ごそう。
それに、「本当の理由」が頭に浮かんだ瞬間に、イラッとしたという意味で気分が悪くなったのは、嘘でも誤魔化しでもなく、本音だ。
◆
「おはよう。悪い、寝過ごした。って、巫月は?」
「おはよー。気分が悪いって言ってたから、寝かしといたの。巫月、もう魅玖ちゃん迎えに行ったよ?行ってきますのちゅーは寝てる時にしたみたい」
「あー、寺子屋……」
「それより、昨日の続き!」
次々に朝食を並べてくれる鈴仙。これから永琳の診療所でナースとして働くので少し時間に追われてしまっているらしかった。
残り少ないようなので俺はさっさと食べ始めて、食事と鈴仙との会話に集中する事にした。
「続きって?エッチ?」
「違うわよっ!昨日の夜の話!」
「何の事かな」
「……表情を誤魔化すの、少しは上手くなったわね。でも、波長は誤魔化せないけどね」
「……」
「どうしても気になるのよ。巫月、弦月姫ちゃんをはじめとして、あなたにヤケに懐く子供達ばかりな理由が。幾らエスカルゴでも、子供達に
「そうなのかな」
「そうよ、そう言ってたもの。……お願い、教えて?もっと知りたいの、あなたの考えとか……」
「これは……俺が、親父を嫌ってる理由の一つでさ。だから俺は、クソ親父を反面教師として、子育てに活かしてるんだ」
「……そういえばエスカルゴって、お母さんのことは母さん呼びなのに、お父さんは父さん呼びじゃない上に、何故かクソ親父呼ばわりだよね。その理由、教えてくれる?」
「……分かった、話す。でも、鈴仙にとってはスゲェ下らないし、『そんな事で?』ってなるかもだけど構わないかな?」
「ええ、勿論」
「分かったよ。……あれは確か震災前だから、小1か小2……つまり俺が7、8歳くらいの頃だ────」
◆
「おとーさん!おとーさんっ!」
「あー?どーしたエスカルゴぉ」
当時の俺は、カブトムシとクワガタムシをペットとして飼っていた。ド田舎育ちの子供だし、幼い頃から虫と触れ合う機会も多かったから、自然と虫に慣れていたのもあって、ひたすらカブクワの育成に励んでいた。
そんなある日、俺はたまたまカブトムシの交尾を目撃した。交尾、即ち卵ができる。つまり来年は、卵からの育成ができる。
これは俺にとって初めての経験だった。だから、交尾を目撃した俺は、真っ先に父親に報告した。
「あのねっ、今ね、カブトが交尾してたの!」
「交尾ィ?」
「卵できたら来年は卵からだね!えへへへ、なんか凄い楽しみだねぇ!ふふふっ!」
「いや……交尾で何喜んでんだよ?気持ち悪ィな」
「……え?」
「こんな子供がソッチの知識もあるとか世も末だなこれは。はははっ」
「え?え?」
何を言っているのか分からない。父親は、まるで汚物でも見るような、それこそ我が子に向けていい目線ではない、酷い目線を俺に送ってたのを今でも鮮明に覚えている。
道端に落ちている犬の糞より汚い物を見るような冷たく、鋭く、心を突き刺してくるようなあの目。慕っていた父親への愛情はこの時にスッパリ消えた事を自覚している。
そして、俺と父親の会話を聞いていた母さんが、突如ブチギレた。
「お前いい加減にしろよッ!?エスカルゴは、卵の事しか考えてねーだろ!?そーやって、虫の交尾をエロに繋げてるお前の方が気持ち悪いわ!あのな、この子にとっちゃ交尾なんて『卵を作る為の行為』でしかないんだよ!!そういう知識もまだ無いし、何でそんな余計な事を言うかな!?信じらんないしマジで有り得ない!!」
それ以降の2人のやり取りは全く覚えていない。ただ、父親に言われた「気持ち悪ィ」という言葉、あの冷たい目線が何度も何度もフラッシュバック。声も場面も鮮明に何度も何度も脳内で再生された。
俺は泣いた。
◆
「……まぁそんなワケで、父親の『気持ち悪ィ』って拒絶の言葉が、心に刺さったんだよ。クリティカルヒットだったねぇ」
「そんな事が……」
「だから俺はできるだけ子供達を否定しないようにしてるんだ。あんなにグサリとくるのは……フツーに苦しいし、悲しいから」
「……」
「どう……かな?説明になってたなら幸いだけど」
「うん……ありがと、話してくれて。……あなたって前からそうだよね。相手を悲しませたくないから、ハイハイってドンドン受け入れて、
「まーね。とはいえ、最近はちゃんと注意するべき場面では注意してるんだぜ?」
「うん、それは分かってる。私達の子は普通の子と違って能力持ちだし身体能力だって高い。ちゃんと注意しなくちゃ、能力を悪用したり危険に陥る事もあるもんね」
「そうそう」
「ただの放任主義とかじゃなくって、安心したわ。やっぱりあなたはあなた、根っこは変わらないね」
「そう簡単に変わってたまるかって」
「ふふっ、それもそうだわ」
俺は親父が嫌いだ。だから、奴を反面教師にしてその一部を子育てに活かしている。しかしながら、やはり俺もあのクソの血を引いているのか、少しは似てしまう部分がある。
女々しい所や……複数の女に手を出す所など。最も嫌っていたはずの親父の浮気性が、まさか、俺までそうだとは、本当に夢にも思わなかった。
他の子を悲しませたくないだの断るのが苦手だの言い訳したって、元を正せば、断る勇気の無い俺が悪いのだし、それにより今では開き直って浮気三昧なのだ。ある意味、役満だと言える。
「……人は自分が嫌ったモノに成る、か」
「え?」
「ううん、何でもね。俺は俺、だよな?」
「そうだよ?」
「……ありがと、少し救われたかも」
「よく分からないけど、それなら良かったわ♪」
もう何年も前に、親父は殺したんだ。この手で。いい加減に、親父の幻影に囚われるのはやめよう。後ろばかり振り返っていないで前を向かなければ。幾ら蔑まれようと、好かれようと、俺は俺。そう、俺は俺なんだ。
セリフはちょくちょく脚色していますが、カブトの交尾について父親に報告して「気持ち悪い」なんて言われて母さんがブチギレたのは実体験です。
なので俺は父親がクソ嫌いです。もし仮に、何かの間違いで俺が家庭を持つなんて事になったら、絶対こういう意味での否定はしないよう気を付けます。