「────殴り合いがしてみたいの」
「へっ!?」
綺愛羅の言葉は俺の予想の斜め上を突いてきた。もっと平和で、言うなればもっと踏み込んだものと思っていた。予想を一瞬で裏切られて、あまつさえここまで別ベクトルにおかしな言葉だとは……。
「……お兄ちゃん?」
「へぁっ!?あ、ああ、どうした?」
「どうした?って……殴り合いがしてみたいなって、言ったんだけど……?」
「それは聞いてたけど……何でだ?」
あまりに突飛な事なのできちんと聞いていても尚疑問に思うし、つい、そんな質問をしてしまった。当然、綺愛羅はモジモジと答えに詰まる事になる。きっとイエスかノーの答えしか待っていなかったのだろう。
「そ……それは……あぅ…………お兄ちゃんっ」
「……綺愛羅は主に格闘術……いや体術で戦うんだ。だからその相手になってほしいんじゃないかな?」
「う、うん……そうなのっ……!ありがと、お兄ちゃん……」
「へっ!?そ、そうなの……!?魔力量的に、魔法で戦うタイプかと思った……そうなんだ……」
「……うん」
どこか申し訳なさげに小さく頷いた綺愛羅。その妙な反応にちょっぴり首を傾げたくなるが母さんが通信で補足の情報を伝えてくれた。
《綺愛羅ちゃんは私とカルちゃんを7:3くらいで受け継いでてね。私寄りだから本来は魔法に適性があるんだけど、魔法の勉強が嫌だってゴネるのよ。だから夢子ちゃんが体術の指南をしてるの。反対にレンちゃんは、私とカルちゃんを3:7で継いでて本来は体術に適性があるんだけど、殴る感覚が嫌いらしくて、魔法の勉強ばかりしてるのよ》
《恋夜は誰かを殴った事が?》
《ええ、夢子ちゃんをね。知っての通り、ここでの戦闘訓練は夢子ちゃんが相手してくれるから、皆で切磋琢磨している……んだけど……》
《綺愛羅は勉強が嫌、恋夜は殴るのが嫌。だから、本来の適性とは反対のジャンルに進んだと。いやぁ難儀だねぇ》
《本当にねぇ》
《お母さんがそういう性格に設定したんでしょ?》
《ううん、性格は設定してないわ。能力は、世界を壊さない程度の強さを上限にしたけれど》
《ふーん……》
そういえば、とある事を思い、2人にとある事を聞いてみる事にしてみた。流されてばかりで大事な事を聞くのをすっかり忘れていた。
「恋夜と綺愛羅の能力って何だ?」
「俺は作り替えだよ。元からある物体をバラして、それを元にして組み立てる」
「私は物の創造……魔法みたいに難しい能力だから、あんまり能力は使わないけど……」
「ふむ。恋夜は錬金みたいなモンか。綺愛羅は創造なのね。ふーん……姉ちゃんはどう思う?」
「双子なだけによく似てるけど、ちょっと違うのも面白そうね。2人で組めば、エスカルゴにも勝てるかも……?」
「ははっ、いずれは負けるのかなぁ」
「面白そう……っ!兄ちゃん、勝負しよ勝負!なっ、綺愛羅!」
「うんっ!お兄ちゃん、勝負だっ……!」
「やはりそうなるのね。今やる?私も参戦するわ」
「アリス姉ちゃん」
「構わないわね3人共?さっきから私の事、ろくに会話に入れてくれないんだもの」
「はいよ」
「いーよ!」
「大丈夫っ……!」
◆
こうして遂に俺と姉ちゃんvs恋愛コンビによる、2対2のタッグマッチが始まった。ロリスも夢子も母さんも、外で観戦するようだ。
恋愛コンビの2人共、ドキドキしているのか少しソワソワしているようにも見える。そして、初めて会った時や普段の会話なんかは恋夜が綺愛羅の前に立っているのに対し、戦闘前の今は綺愛羅が恋夜の前に立っている。
どうやら、あの2人なりの戦い方をとっくに確立しているようだった。
「始めッ!」
夢子の合図と共に動き出す。綺愛羅は天使の翼をはためかせて、風に乗るようにして音も無く前進。娘であり妹であるその子を、俺は足払いして素早くキャッチ────したかに思えたが、足払いされた時点で綺愛羅は宙に吹っ飛ばされ、そこから瞬時に羽ばたいた為に、俺の予想とまるで違う軌道をしたのだった。
「くっ……そっち行ったぞ姉ちゃん!」
「
「あいよ!」
綺愛羅は容赦なく姉ちゃんに殴り掛かっていく。何も無い所を回避するような動きをしているので、きっと綺愛羅には姉ちゃんと人形を繋ぐ魔法の糸が見えているのだろう。
しかし「任せろ」と姉ちゃんは言った。なら俺はそうするだけ。魔法を使う恋夜の方を先に落とす。それだけだ。
「喰らえッ────!!」
「っ!」
理解不能な言語が聞こえた瞬間、メコッと地面が盛り上がる。まずいと本能的に察知して、細分化。次の瞬間、俺が通っていた場所やその周辺には細く鋭い針の山が地面から伸びてきていた。俺の蝙蝠も何匹か貫かれていた。
「なっ!?と、鳥になった……!?」
「蝙蝠は哺乳類。鳥じゃあない」
(後ろか────ッ!!)
俺は彼の上に居たが、彼の後ろにスキマにて声を届けてやれば、声の出処から方向を察し振り返る。しかしそこに俺はいない。スキマを利用して、声の出処となる方向を変えて、間違えさせる事に成功。振り返った恋夜の背後に着地して、優しめの蹴りで膝カックンしてやる。
「うわっ!?」
「雷武器『雷鎌』」
「────ッ!!」
「俺の勝ち──かな?」
ヒタと首筋に鎌を当てる。恋夜の動きは、それで封じられた。けれども俺は油断していた。まだ子供だから大丈夫だろう、と。予想すらもしなかった。まさか彼が高等技術である無詠唱での魔法の発動が可能だなんて。
「うッ!?」
背中に火球を喰らって、爆発で吹っ飛ばされた。彼の属性は知らないが、まさか火属性の魔法とは。中々に熱い。火傷は、肉が変質して起きる怪我だ。だからただの再生とは少し理屈が違うので、すぐに治らないのが厄介な所である。
と言っても数秒の差だ。しかし戦闘においてその数秒が命取りになる事もあるので、俺は彼を警戒し一旦回避を試みるが────。
「ごめんねっ、お兄ちゃんっ……!」
「ッ!?」
回避した直後、パカァンと頭を蹴り飛ばされた。姉ちゃんの方に向かったはずの綺愛羅が俺の背後に回り込み、追撃を加えてきたらしい。
「姉ちゃん、綺愛羅の相手してくれよっ……」
「俊敏過ぎて追い付けないのよ!被弾してもまるでお構い無しだし!」
「じゃあ交代しよう、俺が綺愛羅の相────」
「たぁっ!」
「はぐぁあ!!」
頭を割られた。しかも酷く中途半端に割られた。彼女の身体に魔力の気配がする事から、身体強化か何かの魔法を使ったのだろう。威力が上がっていて頭蓋骨が割れた感覚がする。
「頭痛がする……は……吐き気もだ……くっ……ぐぅ……な、なんてこった……この俺が……気分が悪いだと?この俺があの末娘に頭を破壊されて……立つ事が……立つ事ができないだと!?」
地面にへばりつく俺の前に、姉ちゃんが立った。図らずもその構図は恋愛コンビの2人に似ていて、
「ふん、とっくに回復してるクセに……。遊びだけど遊びじゃないのよ、エスカルゴ?」
「へへ、ハナから蹴散らすなんてつまんないだろ、姉ちゃん。まっ、そろそろ兄ちゃんの威厳、見せてあげますかぁ」
「私もそろそろ……
「OK♪」
「……!なんか来るよ、お兄ちゃん!」
「防御は任せろ!」
「────いくわよ。完成版『ゴリアテ人形』」
「おおーっ!試験中じゃないんだ!うひゃひゃっ、でっけぇ〜!スカートの中も覗け……るッ!?」
そばで人形を巨大化させた姉ちゃん。俺達2人は人形の真下に居る。ふと見上げた俺だったが、その景色に思わず驚き、一瞬だけ身体の動きが止まってしまう。
「隙あり……ッ!」
「俺に隙なんてねーのよ、綺愛羅」
上を見上げた俺を見て隙と感じた綺愛羅は人形の真下に飛び込んできた。
姉ちゃんはゴリアテにジャンプさせたかと思うとくるりと反転。双剣を手に、ゴリアテは暴れ狂う。凄まじい剣戟で、本物の刃物ではないはずなのに、触れただけで腕が吹っ飛びそうな勢いを感じる。
「きゃああっ!!」
「綺愛羅!や、やり過ぎだよ姉ちゃんっ!!」
「これしきの攻撃を躱せないで私達の弟、妹なんて務まらないわよ────ッ!!」
「くっ、これでも喰らえ!!」
地面から氷の棘を沢山生やし人形を串刺しにする恋夜。しかし、恋夜と連携の取れている綺愛羅が、棘の生えてくる直前に飛んで回避したので、俺達も綺愛羅の動きに乗って回避した。
ゴリアテは流石に避けきれなかったようだったが俺も姉ちゃんも無傷だ。双子の息ピッタリさが逆に仇となったのである。
そしてゴリアテは人形なので、身体を貫かれても何のダメージも無い。地面を掬うようにゴオオッと得物を振るうと、1人地面に取り残されていた彼も飛んで回避せざるを得なかった。
「人形だからかっ……効いてない……!?」
「────さ、2人を空中に追い込んでやったわ。エスカルゴ、トドメよ」
「ナイス姉ちゃん!いっくぜェ〜!兄貴の力、思い知るがいいッ!災厄『
簡易バージョンではあるが見た目の派手さだけは本物と同じだ。世界を滅ぼす──とは言わないが、滅ぼせてしまうのではないかと周囲に思わせる程の超絶落雷。
恋夜は綺愛羅を抱き寄せバリアを張るが、すぐに砕け散り、2人は被弾する。威力は抑えているので怪我はしないが2人の戦意は完全に喪失していた。
「も〜っ!カルちゃんやり過ぎよ!」
「えぇ〜……見た目だけだよぉ……」
◆
戦闘後。後は出会ったばかりの子達で仲良くねと言い残し、母さん達は早々に魔界に帰った。そして汗を流した後に、のんびりと紅茶を嗜んでいると、不意にポンと手を打った恋夜。
「あっ、そーだ。ところで兄ちゃん」
「何だ恋夜?」
「こうもり?って何?」
「え?」
「さっき言ってたじゃん」
「あ。それ、私も気になってた……」
そうだ。恋夜も綺愛羅も生まれたばかりだ。幾ら成長は早くとも一般的な知識があるとは限らない。まして彼らは魔界出身だ、幻想郷や外と同じ生物が生息しているとも限らない。
知っている前提だったが如何にその認識が歪んだものなのか、やっと理解できた。
「蝙蝠ってのは……そうだなー、羽がある動物だよ。鳥みたいたけど鳥じゃあないんだ」
「へーっ!そんなのいるんだ!」
「そーなんだ。お兄ちゃんはそれに変身できる……。凄いなぁ……。あと、勝負楽しかったよお姉ちゃん、お兄ちゃん……ありがと♪」
「うんうん!ありがとっ!」
「なら良かったわ」
「そーだな。次も容赦はしねーけど」
「兄ちゃんはもっと手ぇ抜いてよ」
「やーなこった。負けんのヤダもん♡」
「ホント大人気ないんだから……全くもう」
「へへへっ……」
彼らは、俺が父だというのは分かったらしいが、それでも兄として接してくれるらしい。それなら、俺も彼らには弟・妹として接する事にしよう。一応母さんの許可は取るが、果たしてどうなる事やら。
恋夜
種族:創造神と吸血鬼の混血(3:7)
能力:作り替える程度の能力
神綺により能力に制限が掛かっている。本来ならば概念にも干渉可能な能力だったが、概念の書き換えなんかを危惧した神綺により、物理的にしか能力を行使できなくなっている。
本来は体術に適性があるが暴力を振るう感覚が嫌いなので魔法で戦う。家族を守れるようになる為に、魔法の勉強は怠らない。その勉強への意欲の由来は兄(父)に似たのかもしれない。
双子だからか綺愛羅とはツーカーで、頭を使うのが嫌いな綺愛羅の代弁をする事が多い。
日常生活では綺愛羅をリードするが戦闘においては逆に綺愛羅にリードされ、援護するのが殆ど。
綺愛羅
種族:創造神と吸血鬼の混血(7:3)
能力:物体を創造する程度の能力
神綺により能力に制限が掛かっている。本来ならば神綺と同等の能力を持って生まれるはずだったが、概念の混乱、世界の上書き等を危惧した神綺によりある程度の物体の創造しかできなくなっている。
ただし、創造の能力を上手く使うには頭をしっかり働かせる必要があるので、勉強を始めとして考える事が嫌いな綺愛羅はあまり能力を使わない。故に、能力の練度は極めて低い。
魔法の勉強から逃げる為に、戦闘スタイルは肉体を使う戦い方にシフトしている。
本来は魔法に適性があるが体術で戦う。
背中の天使の翼は神綺の遊び心。
頭を使うのが嫌いなので、普段の会話は双子の兄の恋夜に代弁してもらう事が多い。
日常生活では恋夜にリードされるが戦闘においては真っ先に敵の懐に飛び込む。
唯一まともに使える魔法は自分の身体強化の魔法。