「あはっ、あはははっ!楽しいね!速いね、妖舞!少しは成長したんじゃないか、なァッ!?」
「ぐはぁっ……!?」
妖舞は正統派の剣術で、対する巫月は滅茶苦茶な剣の振り回しでそれに追い付いて──いや、妖舞を押している。ただの勢いだけでだ。
巫月もすり抜ける雷刀は使える。しかし、敢えて彼の土俵で勝負しているようだった。正面から受け正面から打ち負かす。相手の得意分野で勝つことによって完膚無きまでに叩きのめす。そんな所か。
「クッッッソがァァッ……!!見切れるのに、ロクに受けらんねェッ……力で、押されてらァ……ッ!」
「下らない言い訳はノンノンノン!受けられなきゃ見切れてないのと一緒だよん♪」
「チィッ、力でゴリ押すつもりかよッ!」
「速度でゴリ押す妖舞に言われたくないね」
成程、大体競っているように見えていたが実際は巫月が押しているようだ。妖舞が超スピードで動く為にはある程度の溜めが必要だが、息をもつかせぬ重く速い連撃により中々力を溜められないでいた。
「ンニャロッ……これでどーだァッ!!」
「!!」
巫月の刀の振り下ろしを、刀の初動を抑えるかのように早期に受け止める。振り下ろされて、威力が高まる前ならば、比較的容易に受けやすいからだ。
更に妖舞は巫月の攻撃を弾き、ガラ空きとなった彼女の胴体に、真一文字に刃を滑り込ませた。一瞬ではあったものの、それなりに力を溜めていたようで、とてつもなく素早い斬撃だった。
巫月は回避も叶わず、倒れつつ胴体から血の雨を降らせる。思わず現場に飛び入りそうになった俺の目の前に、トコトコと巫月が現れた。
「みッ…………ええ!?」
「妖舞、どんな
「……心臓に悪すぎる……」
「ごめんね。でもこうしないと怖くてさ〜。能力が目覚めた妖舞、身体のどこからでも刀?を出せるんでしょ?そんなの、怖くってマトモに戦えないよ。ケガは嫌いだもん♪」
「ああ……そうだな」
「とはいえある意味私の『負け』かも。幻覚でも、それを操作してたのは私で、その幻覚は斬られた。負けパターンは分かったから良しとしよっかな〜」
「妖舞も巫月も、普通に攻撃を受け止めてたよな?実際に存在しないなら妖舞が空振りするはずだろ」
「脳が勝手にそう勘違いしてるだけ。『攻撃が受け止められた!』『クソッ、力押しされてる!』って感じでね。実際、妖舞の攻撃は全部空振りで〜す。脳は身体の動きすら正確に把握できてません」
「怖っ」
巫月曰く、精度が高い幻覚だと心の底からそれを信じてしまうのだそう。だから、身体が別の動きをしていても、脳内では本人が思っているそのままの動きをしている、と。
幻覚により、身体に影響が出るレベルでの強力な自己暗示を
「さーて、妖舞?幻覚とはいえお姉ちゃんを斬った事だけは褒めてあげようっ!」
「うっ……!?あ、姉上が……何人居るんだッ……!?う、う、ウワァァァァァッ!!」
「誤想『P・B・S』」
「ッ!?トドメは弾幕かっ……!!」
突如、彼は何も無い空間を斬ったり、回避したり滅茶苦茶な動きをする。俺を含めて、観客の殆どは察していた。巫月が、彼にしか見えない弾幕を使い追い詰めているのだと。
PBS──Phantom barrage syndrome。実際に存在しないはずの弾幕がまるで存在するかのように感じてしまうという。これは俺達観客まで巻き込むタイプではなく、標的1人にのみ通じるものだ。
因みにだが、このスペカの元ネタとなったのは、PVSこと幻想振動症候群で、鳴ってもいない携帯などが振動しているように感じるという現象だ。
つまり巫月の「P・B・S」を和名にするのなら
「幻想弾幕症候群」となるだろう。
旧型とはいえスマホすら幻想入りしている昨今、こういったある種の病気の名前も幻想入りするのもある意味仕方のない事なのかもしれない。
「あぐっ……」
「被弾したね。でも倒れないや。そのしぶとさは、エスカルゴ譲りなのかな。──トドメだよ、妖舞。
『
巫月は自身の持てる全ての雷のエネルギーを解放して、その全てを落雷とし、彼目掛けて発射する。凄まじい振動で、まるで、地震を味わっているようだった。鼓膜も震え、これ以上は鼓膜が破れそうに感じられた。
妖舞は全身を軽く焦がされ、倒れたきりすっかり動かなくなっていた。流石の妖舞も半霊含め全身にダメージを受けたなら早期の復活は難しいだろう。
◆
「お疲れ様、巫月。しぶといとはいえ少しやり過ぎだったんじゃあないか?治癒魔法かけたからいいが下手したら感電死とかするレベルだったんじゃ?」
「問題ないよ。アレで感電死するのは人間くらい。念の為、蓮子さんを守るよう茜にも言ってあるし、私が戦う時は茜が戦わないようタイミングを少〜しズラしてあるからね」
「念入りだな」
「そりゃーね。不老不死とはいえベースは人間だし出来るなら殺したくないもん」
「茜と巫月が戦う時はどうするんだ?」
「霊愛や霊麗に任せるつもり〜。霊魔はダメだね、恥ずかしがり屋さんだから上手くできなさそうで。折角かなり強いのに……」
「痛い所を……。その通りなんだがな。てかガードをするのは巫月が戦う時だけなのか、どうしてだ?」
「だって攻撃力が致死レベルに達してるのって私や霊愛、穹、弦月姫くらいでしょ。私以外の3人は、精密に操作できるから、事故の危険性も少ないし。なら、精密に操作が難しい私の時だけガードすればイイじゃない?」
「……ふむ」
「虔魔もそれなりに強いけど、投げナイフのウデはまだまだ。飛距離も威力も。見たところ、近距離戦ばかりじゃん?だから警戒の必要性は薄いなって。その点、私は近距離戦も遠距離戦もこなせるから、その分少し厄介なんだよね。精密操作は難しいのにどちらもできるから……」
「ははっ、贅沢な悩みだな。ま、仕方ない事だな」
「うん。あと、応援よろしくねっ♡」
「はいよ」
あと残りの試合で気になるものがあると言えば、巫月vs霊愛、巫月vs霊魔、あとは、下の三兄弟こと虔魔、駆翔、恋夜の戦いだ。
「他にはどんな戦いをしてるのかな────っと。おっ、ナイスタイミング」
適当に目をやったその場所では、阿弥と弦月姫が戦っている。今回は舌戦だけではないようで、阿弥だけが喋りながら回避し続け、弦月姫が弾幕や体術なんかで攻め続けているようだ。喋りながら回避だなんて、阿弥はかなり器用らしい。
表情もイキイキしていて、少し前までの彼女とは大きな違いだ。
「弦月姫お姉ちゃんは咲夜さんに嫉妬してる♪」
「ええしてますよ、お母様はメイドとしてほぼ完璧なんですから!!くっ、ちょこまかとっ……!!」
「弦月姫お姉ちゃんは────」
「また扉に!……一体あの子は何処に……!?」
「────実は他人に言えない趣味があるっ♡」
「ッ!!?は……な、何、をっ……!?根も葉もないテキトーな事を言わない事ねっ!!」
「おっと♡」
既に、弦月姫の投げナイフの技術は、咲夜さんに負けるとも劣らない。吸血鬼である分、人間の頃の咲夜さんを上回っているであろう事は確実だが。
しかし阿弥はその小柄な体型をフルに活かして、ひょいひょいと回避したり、危なそうならば後戸に身を隠してやり過ごしたりするからタチが悪い。
霊魔とはまた別の意味で、防御が強いと言える。
「〜〜〜〜ッ……阿弥!正々堂々、私と勝負なさい!逃げ続けるなんて卑怯よ!」
「卑怯だなんて心外だね。『相手に降参を促す』、これは果たして卑怯なのでしょうかー?ね、運営の巫月お姉ちゃん?」
「卑怯ではないねー、それも一つの戦術だよぉ」
「……だってさ」
「そ……そんな……っ」
「だからぁ……私の暴露攻撃を止めたいのなら、私を倒すか、降参するしかないって事だね。さぁさぁ、まだまだいくからねっ、弦月姫お姉ちゃん…………♡これもまた『実験』……だね♪」
「それなら……妹が相手でも、もう、容赦はしない!これで終わりよ!幻世『ザ・ワールド』!!」
弾幕を放ち時を止めて、青、緑のナイフを大量に配置。時間停止が解除された瞬間、阿弥は一瞬だけ身体を硬直させるが、一息遅れつつしっかりと回避する。
「あっぶな……本物のナイフじゃん。予想よりずっと本気でバレたくないって思ってるみたいだね。巫月お姉ちゃんとは大違い」
「巫月お姉様は例外よっ!!」
もうすっかり敬語が抜けてしまっている。つまりかなり本気で焦っている。どうやら彼女には本当の意味でのヤバい秘密があるらしい。
阿弥は表を司るので建前かどうか判別可能だし、それに通じて嘘かどうかも分かる。本当にズルい。流石は隠岐奈の娘だ。
「弦月姫お姉ちゃんの趣味……そ・れ・は……」
「あああぁぁぁっ!!」
「紅魔館で育ててる植物にパ────」
「降参しますぅぅぅぅ!!!」
「……やったぁ、私の勝ちっ♡」
「う、ううっ……こ、こんな事ってぇ…………うぅ……、うぐぅぅっ、う、ふぐっ……う、ううっ……」
ルンルン気分で隠岐奈や二童子の元に戻る阿弥と対照的に、弦月姫は泣きながら誰も居ない方へ足を進める。しかし、上司であり母である咲夜さんは、無言で弦月姫の前に立ち……。
「も、申し訳ありませんっ……紅魔館のメイドとして不甲斐ない戦いをっ────」
「何も言わなくていいわ。あなたはよく頑張った。最初から見ていたもの……
「……っ……うっ、う、うぇぇえええんっ……お母様、お母様ぁぁっ……あああぁぁぁぁっ……!!」
「……よしよし。大丈夫よ、弦月姫」
「だ、だってぇ、妹にっ……年の離れた妹に、あんなボロボロにされてぇっ……ふえぇぇぇんっ……」
「────さて虔魔。あなた、まだ阿弥ちゃんとは戦っていないわね?」
「はい」
「弦月姫の仇討ち、できるわね?」
「ご命令でしたら、確実に遂行します」
「メイド長命令よ。阿弥ちゃんを倒しなさい。完膚無きまでに倒し、副メイド長の────姉の汚名を今ここで雪ぎなさい」
「御意」
リーグ戦は申し込み形式だ。虔魔は、まだ阿弥に戦いを申し込んでいなかったし、反対に阿弥からも申し込まれていなかった。だからこのタイミングで虔魔に向かわせたのである。
「でも……でもっ、お母……メイド長、まだ虔魔では阿弥には勝てないかと……。その、幼い、ですし……弾幕もまだそんなに……」
「幼いからこそ、よ。寧ろ幼いから勝てる。攻略の糸口は既に巫月ちゃんが示してくれたわ」
「え……?」
弦月姫は、姉弟間でも格上の存在とされる「上の4姉妹」の1人。そんな弦月姫に勝てたので阿弥は少々調子に乗っていた。そこに付け入るのが咲夜の策の一つでもある。
「阿弥お姉様」
「うん……?あなたは?」
「エスカルゴ・スカーレットの三男、十六夜咲夜の長男、十六夜弦月姫の実弟、十六夜虔魔です。以後お見知りおきを」
「あー……このタイミングって事は……仇討ちだね」
「いえ。あくまでも仕事です。私情は挟みません。そろそろ、本格的に動こうと思いまして」
「へー。ま、何でもいいけど。じゃ、いってくるねお母さん」
「ああ、存分に楽しんでこい!」
「頑張れ阿弥ちゃーん!」
「頑張れー!僕達も声だけで応援してるよー!」
隠岐奈、里乃、舞に見送られ阿弥も飛び出して、柵の中に入る。虔魔はナイフも構えず、かと言って拳も構えず、紳士な佇まいを崩さない。
阿弥はそんな彼を訝しみつつも、少しずつ探りを入れる事にした。
「執事としての仕事は大変?」
「ええ、楽ではありませんね。ですが仕事なので。そして俺はまだ執事
「まぁそれはどっちでもいいけど。……でも紅魔館で常駐する男、か。お父さんが五月蝿そうだねぇ」
「ですね、お父様は大変嫉妬深くていらっしゃる。先日なんか、メイドのスカートを捲っただけで頭に拳を叩き付けられました。痛かったです。お父様のメイドではなかったのですが……」
「それはそうだと思うけど……何でそんな事を……」
「……?スカートの構造を立体的に把握しなくては、まともな裁縫ができませんので。マネキンでは動きなどの確認ができませんし」
「自分で履けばイイじゃん」
「自分で?成程、それは良い案ですね。次回からは是非そうさせて頂きます。ありがとうございます、阿弥お姉様」
「……なんっか調子狂うなぁ……」
「……?」
「まァいいか。そろそろ
「阿弥お姉様は、
「……何?私に合わせてるって言いたいの?」
「ええ。俺はまだまだ幼いので、お姉様に甘えてもいいかな、と思いまして」
「あっそう、それならそうさせてもらうよ。でも、執事さんなのに『俺』はどうなのかなぁ……って少し思うんだけどその辺どうなの?」
「さて、気にした事はありませんね。やはりここは
『僕』『
「そうじゃないかな?」
「ふむ。それでは、これより俺の一人称は『僕』にしましょう」
「……」
見るからに不機嫌になる阿弥。ドス黒い感情が、まるで目に見えるかのように溢れてきているのが、肌で分かる。
挑発するつもりで発言しているのに、ホイホイと自分の言う事が受け入れられてイライラしていると俺でも分かる。なんというか、そんな感じがする。煽りを華麗に流されると案外誰でもこうなる。
「……!ふぅん、スカート捲りなんてしてんの?この変態執事、そんなんで紅魔館を守れるの?」
「守れますよ。衣服の観察と侵入者の排除は全くの別問題ですから。僕なら、容赦なく敵に刃を振るう事ができます。お姉様と違い……ね」
「どうだか。案外、私の方が敵に容赦ないかもよ」
「ふふ……それは無いですね」
「はぁ?」
口元に手を当ててクスクス笑う虔魔。その態度に阿弥は見るからにカチンと来たようで、柄にもなく凄みを見せている。
その頃、観客席では。
「虔魔ってば阿弥を怒らせて……まずいですよ」
「そうね。虔魔は、旦那様に似て思った事をすぐに口にしてしまうからね。けれど、今回に限っては、短所と言えるこの性格も長所になる。長所と短所は表裏一体……阿弥ちゃんの能力と同じようにね」
「はぁ……。ところで巫月お姉様が示した攻略の糸口とは、一体……?」
「あら、弦月姫ったらまだ分からないの?『相手の言う事を受け入れる』、ただこれだけよ。弦月姫は受け入れずに反発ばかりしていたから阿弥ちゃんの思うツボだったの」
「ああ……」
「巫月ちゃんはただただイエスマンに徹してたわ。そして阿弥ちゃんは攻撃の手札を消費し最後は自滅してしまった。つまりそういう事よ」
「な、成程……」
見れば虔魔はナイフを構えた。どうやら、敢えて阿弥の策にノるようだった。阿弥も身構えて回避の準備をしている。
「僕の方が強いです。それを見せてあげます」
「いーよ、来なよ」
「では」
瞬間移動にも見紛う速度で動いた虔魔は、阿弥の背後に回り込む。阿弥とて吸血鬼の子、動体視力は並の妖怪を遥かに凌駕しているので、虔魔の動きに追い付いて背後を取らせまいと振り返る。
しかしそのタイミングで虔魔は時を止めて、更に背後、つまり元から向かって来た方向に陣取って、阿弥の首筋にナイフをひたと当てて──時間停止を解除した。方向転換の鋭さたるや、母や姉などにも劣らない。
「御明算ですか?」
「ッ────!?」
「ふふ……どうやら僕の方が正しかったようです」
「………………分かった、降参。私の負け」
「嬉しいです。ありがとうございます」
「嬉しいならそれ相応の顔しなよ」
「……?それは……振りでしょうか?」
「は?」
「『悔しいならそれ相応の顔しなよ』などと、僕に言われたいのかなぁ、と思いまして」
「フンッ、何それ。つまんな」
不貞腐れた阿弥は身体を揺らして母の方へ戻る。幼い弟にしてやられた事実が、彼女の機嫌を損ねたらしい。阿弥はプライドが高めなので仕方がない。
◆
「エスカルゴ〜!!メインディッシュ以外はもう、全員倒したよん♪」
「おっ、流石だな巫月!メインディッシュって?」
「霊愛と霊魔。特に見込みのある2人だからね〜、お楽しみは最後に取っといたよ」
「な〜るほど……」
「あ、霊魔は空いてるみたいだね。じゃ、そろそろいってきま〜す♪」
「気を付けてな。霊魔は強ェぞ」
「そーだね、頑張る!」
巫月と入れ違いに霊愛がやってくる。周囲の目を気にしつつ、ちょっぴり不機嫌そうな顔を作って。
外では相変わらずツンツンな霊愛なのだが、別にこういう時くらいは、外でも少しはデレてくれてもいいのにな、と思わざるを得ない。
「……私はあとお姉ちゃんだけだよ」
「そっか。巫月は霊魔と戦ってから霊愛と戦う予定みたいだぜ。……ま、頑張れ。決着つけるんだろ?」
「うん。今度こそね。お姉ちゃんに勝てれば、私、安心して博麗の巫女を継げるから」
「巫月基準なのは何故?」
「何となくだよ。弱くちゃ博麗の巫女は勤まらないからね」
「それもそうだが、そこまで追い込まなくてもな。ま、気楽に頑張れよ」
やがて、少し別な意味で俺に似ている2人の子、巫月と霊魔の戦いが始まった。