「待たせたわね」
「永琳先生ッ!?」
永琳先生が何やら黒いホースのようなモノを肩に引っ提げて現れた。よく見ると編み込まれている。ロープのようだ。一体これが何なのか、俺にはよく分からないが輝夜にはそれが何か分かったようだ。
「ねぇ永琳、まさかとは思うけれど、それを作りにわざわざ月に行って……綿月姉妹に手伝ってもらったなんて言うの?」
「ええ。最後の手段だったけれどこうでもしないと河童の要望に答えられないと思ったからね。そして彼女達の要望に答えられないというのは、この私のプライドが許さないの」
「ふふ、ホントに巫月ちゃん大好きねぇ」
「可愛い弟子だからね。愛弟子の晴れ舞台の段取りくらい、私だってするのよ」
クスクス笑う輝夜にそう笑いかけるとその物体を持ったまま運営陣の方へ。すると河童達がマジックハンドを幾つか持って集合してきて、黒いホースのようなその物体を掴み、引っ張った。
その様子を黙って見ていたにとりは、その物体が無事なのを見るや否や、雛を差し置いて進行の席を飛び出すと、永琳の手を掴み上下にブンブン振っていた。何やら感謝しているようだ。
何をやっているのか分からなかった俺は、永遠亭陣営に戻ってきた永琳にアレが何か問い掛けるが、
「見ていれば分かるわ」と言われてしまった。
「それでは綱引きやっていくよ!綱の提供者は八意永琳さん!月の技術で、吸血鬼にすら壊せない強い縄を用意してくれたよ!だから皆は安心して全力を出しちゃってねっ!1勝につき30点だから、全力で頑張ってねー!!」
フェムトファイバーを更に束ねた物なのか。更に永琳による
「永琳先生、まさかアレ、フェムトファイバーとかそういうやつなんスか?」
「へぇ、あなたも知ってるのね。そう、フェムト。わかりやすく言うと須臾。須臾とは、生き物が認識できない僅かな時のことよ。時間とは認識できない時が無数に積み重なって出来ているの。時間の最小単位である須臾が認識できないから、時間は連続に見えるけど、本当は短い時が組み合わさってできているの。組紐も1本の紐のようだけど、本当は細い紐が組み合わさっているもの。認識できない細さの繊維で組まれている組紐は限りなく連続した物質に見えるでしょう。その時、紐からは余計な物がなくなり、最強の強度を誇る。更には、余計な穢れをもつかなくなる。この紐を更に組み合わせて太い縄にすることで、決して腐らず、
「うわフェムトスピーチ。前にも聞いた気がする。あれ、デジャブ?それともマジに2回目?」
「はい?」
「あ、いや、何でも。にしてもアレっすね。アレ、マジで壊せないんですか?」
「ええ。さっき河童が耐久試験していたでしょう。でも壊せなかった。だから大丈夫だと思うわ。あのアームは吸血鬼のパワーを基準に制作したらしいしアテにはなるはず」
「……」
吸血鬼のパワーを基準にイイイイイイイイ……このアームは作られておるのだアアアア!!と、今にもにとりが叫びそうなアームの制作秘話だ。
それにしても10vs10のこの綱引き、どちらが勝つだろうか。吸血鬼の比率で言うなら、紅組が3人で白組が2人だ。しかし身体強化の魔法を使えるのが紅組はここあ1人で、白組はシガレットと綺愛羅の2人。強化要員が居る分、白組が有利だと言える。
きっとこれは単純な力比べでは測れないだろう。
「それではよーい…………スタートッ!!」
「うおおおおおおッ!!突撃突撃ィィ〜ッ!!」
紅組の方では駆翔が腹にロープを巻き、引っ張る方向に走っている。ここあの魔力を纏っているので身体強化済みらしい。そして予想通り、身体強化は全員に及んでいる。
紅組ならここあ、白組ならシガレットと綺愛羅。
ふと子供達の足元を見ると、紅組だけ全員の靴がいつもと違う。全員が同じデザインらしく、まるでユニフォームの如き統一感を感じる。
「幾ら引っ張っても動かない……何なのこれ……!」
「恐らくスパイクですよ、姉上!トゲトゲのようなモノが付いた特殊な靴を履いていて、それを地面に突き刺して支えているのです!だから体重を後ろに預けてさえいれば、少なくとも引かれる事はない!自分達が引っ張る一方だからです!」
「くっ……ここあの創造魔法か……ッ!こんな知恵を出すのはやっぱり……お姉ちゃんだよね……っ」
「ええ、間違いないでしょう。シガレットか恋夜に言って今すぐ靴を作り替えてもらいましょうか?」
「いや、ふんばりがきかなくなった瞬間に引かれるかもしれないから、少なくとも今こちらの靴を変更するのは無謀だよ。耐えるか、1戦目は捨てるか、どっちかしかない」
「────他にも手はあるよ、2人共」
「「レイチェル……?」」
「確かに、あっちは皆して踏ん張ってるからどこかバランスが崩れなきゃ引けない。でもね、1人だけ居るじゃない。まともに踏ん張ってない奴がさ♪」
「「…………駆翔かっ!!」」
「駆翔がズッコケる可能性は、0じゃない……!」
「でも相手への妨害に能力を使うのはダメかと……」
「ねぇ、穹お姉様。……バレなければ不正じゃないんですのよ♪」
「っ……」
霊愛、穹、レイチェルが何事かをゴニョゴニョと話していると、唐突に駆翔がステッとズッコケた。その足が頑張って踏ん張っていた樹理愛に当たり、5人程ドミノ倒しにコケてしまった。
「今だよ白組ィ!せーのォッ!!」
「「「「どりゃああああああぁぁぁっ!!」」」」
霊愛の掛け声で白組は力を合わせて、一気に縄を引いた。紅組はそれに吹っ飛ばされるように、前につんのめって倒れてしまった。
レイチェルは悪い顔をしている。霊愛、穹は少し申し訳なさそうにしているが、何も知らない子らは純粋に喜んでいるようだ。
「おぉーっと紅組、派手に吹っ飛んだー!大丈夫かこれはーっ!?」
「幸い、怪我は無さそうね!それじゃ両組、場所を入れ替え次にいってみましょー!」
組の場所を入れ替える時、俺は妙なものを見た。レイチェルが恋夜に何か吹き込んでいる。そして、自分達のいた側の地面に手を当てた恋夜は、能力を発動させた。作り替えるという、錬金にも似たあの能力を使った……ように見えた。
しかし一見普通の草原である事には変わりない。
「見間違いだったのかな……」
「何が?」
「いや……恋夜、能力を使ったように見えたんだが、触れたはずの地面は特に何も変わりないみたいで。鈴仙から見てどう?」
「……使ってるわね。波長が乱れてる。やましいって思ってるのね。レイチェルちゃんくらい振り切れていればいいのに」
「さとりもこいしも抗議はしないんだな。まぁ姫は白組だし、ペナルティがあるであろう事を考慮するなら、余計な事は言わないのが得策だけど」
綱引き2戦目が始まった。すると、直ぐに地面に異変が起きた。紅組の足元が、つまり先程の白組の陣地の草が枯れ、ドンドン朽ちていき、サラサラと砂のようになってしまった。
途端に紅組は白組に引き摺られていく。砂っぽいなら、スパイクだって意味を為さない。
(────更にッ!砂地になったならスパイクでも足を滑らせる可能性は、この世の誰だって、決して0じゃないッ!!)
紅組全員が転んだ。綱引きは白組の圧勝だった。
だが、全員が転ぶなどそんなのあるのだろうか。引き摺られて負けたというのなら分かるが、どうも今のコケ方は少し違う。
間違いなくレイチェルが能力を使った。しかし今抗議したところで無駄だ。巫月推しの戯言だとしか思われないだろう。加えて、彼女の能力は可能性を操るというもの。つまり「全員が転ぶのも理論上は有り得る」ので、不正の証拠とは言えないのだ。
「……やられたわね」
「ああ、流石レイチェル。上手い事しやがるぜ」
「ね。レイチェルちゃんが操作可能だったら『絶対有り得ないとは言えない』事象なワケだから……」
「不正の証拠にならない。能力を使ったかどうかを客観的に見れればいいんだがな。能力探知機的な?そんなのありゃあよ……全く」
「しかも堂々としてるから怖いわね。
「概念系の能力はこれだから困る。目に見えねえ。判定が難しい」
「……でも、巫月なら」
「ああ、巫月なら何とか逆転できんだろ」
「だね。巫月は最強だもんね」
「おう」
しかし悲しきかな、次の競技もまた「運ゲー」な内容だった。そう、サイコロリレーである。
ある程度の区間をコーンで6分割し、合図と共にサイコロを振り、出た目の数だけ進む。1人が進むのが片道だけとするなら往路と復路に5人ずつ待機する形になる。
「サイコロリレー、はっじまーるよー!」
「早速ルールを説明します!ランナーは、こちらの合図でサイコロを振って出た目の数だけ進んでね!向こうに着いたら仲間に賽をパス!受け取った人は同じように、こちらの合図でサイコロを振ってね!どちらが先にゴールするのか競ってもらいます!」
「ではでは~、早速走る順番を決めてもらうね!」
どちらの組もすんなり決まった。年齢の若い順で走るようだ。最後を、できるだけ巫月vs霊愛といういつもの流れにする為だろう。そこは紅組も白組も同じ考えのようだ。
巫月に対抗できるのは霊愛だけであり霊愛に対抗できるのは巫月だけだからだ。
「それじゃ行ってみよーっ!両者、サイコロ振ってくださーい!」
「……?」
「おい!えーっと、姫、だっけ?それを投げんの!こう、ほいっと!」
「……!なげりゅ!」
駆翔の手本に倣って姫もサイコロを投げる。尤もサイコロと言っても、某番組で使っていたような、大きな物だ。小さな子が口にしても飲み込む心配は無いサイズである。そも、両手でないと持てない。
「3だぁ!」
「俺は4か」
最初の差は1だった。普通だ。よくある程度だ。今回は能力を使っていないのだろう────俺達はそう思い込まされていた。
サイコロリレーも中盤に差し掛かった頃、遂に、レイチェルが能力を使用し出した。差をつける為と思われるが、これは頂けない。1往復分、つまりはランナー2走分の差をつけられてしまったのだ。
しかし運が良ければ「有り得る」。この程度ならまだ有り得るのだ。だから抗議はできない。有名な言葉で言うなら「推定無罪」というものである。
「……あ」
「どした鈴仙」
「……んっとね……」
周りに聞かれるのを考慮してか、波長を操って、普通に話しているように見せ掛け、耳元にのみ声を届けて、擬似的なヒソヒソ話をしてきた。
「多分だけど、巫月も能力を使うつもりよ」
「!」
「しかも、ここから5や6を連発したら怪しいから白組の方に妨害するはず。そうでないと、白組には追いつけないわ。追いかける一方だもの」
「……うーん……」
「どうする?止める?」
「いや。先に不正をしたのはレイチェルだ」
「でも自分達へ能力を使用するのはアリなのよね?だからレイチェルちゃんは不正ではないと思うわ」
「なら巫月は一か八かに賭けるだろうな。5や6を連発して追い付けるかどうかの……ね」
「そうね」
けれど、どれだけ足掻こうとも現実が非情なのは変わらない。可能性、確率を操られたなら足掻けるはずがなかった。白組がゴールして、紅組がゴールするまで3人の差だったので、人数×10点で30点が白組に与えられた。紅組は更なる窮地に立たされてしまった。
現時点で点差は75点。紅組が逆転して勝つには、最後の弾幕ごっこで負けていいのは、2人までだ。その上で白組の全員を倒せば、決着時の人数×10で何とか逆転できる。
俺は、神に祈る事にした。