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「巫女殿、博麗の巫女殿は居ますでしょうか……っ」
「こんにちは。母は留守です。妖怪退治ですか?」
ある日、博麗神社に里の老人が尋ねてきた。彼はどこかやつれていて、寝不足なように霊麗の目には映っていた。因みに、里人と話す時に「母」という丁寧な言い回しをするのは霊麗だけである。霊愛は
「お母さん」、霊魔はそもそも里の人間とは未だに会話をした事すら無かったりする。
「恐らくですが、除霊……だと思うのですが…………」
「『だと思う』?どういう事です?何が起きてるんですか?何が起きてるのか詳しく教えてください」
「実は、ここ2日程度でしょうか、自宅の屋根裏の方からガサゴソと音がして、しかも、ヘンな気配もするんです。泥棒か、と思ったのですが、屋根裏を見ても誰も居ないし……。自警団の方に依頼しても、部外者が我が家に近付く気配すらないという始末。盗まれた物などもありませんから、泥棒ではないと思うんです……」
「妙な気配……。他には何かありますか?」
「夜になると、キーッ、キーッ、と妙に甲高い音がするのです。立て付けの悪い木の扉が動くような音なのですがどうしても何者かの気配のようなものを感じてなりませぬ……。どうか、どうか調査だけでもお願い致します……!」
正直、霊麗は面倒だと感じていた。どう考えても気のせい、思い過ごしという言葉で片付けられる。とはいえ、と霊麗は別な考えを思い付く。
(老人の勘ってバカに出来ないってお父さんも前に言ってたんだよなー……。人じゃないんなら動物だと思うけど……まー、これくらいだったら……)
「……霊麗殿?」
「いえ。分かりました、今すぐ準備しますので」
「おお、これは有難い……!」
「何かが居たらすぐに片付けますので、その場合は依頼料の方を宜しくお願いします」
「勿論でございます、ありがとうございます!」
霊麗は掃除に使っていた箒を片付け、準備する。姉の霊愛は母に付き添って買い物に行っているので霊魔を1人にしてしまうので、霊麗は一緒に行こうなどと誘ったが、当然、霊魔は酷い人見知りなので1人で留守番すると断った。
「お待たせしました、案内お願いします」
「お任せ下さい、宜しくお願い致します」
里の中で霊夢と霊愛とバッタリ遭遇する事は特に無かったが、霊麗と依頼人は、依頼人の自宅に到着する。通り沿いで、常に人通りもあるので、泥棒をするのは極めて難しそうに霊麗には思えた。
それこそ、妖怪でもないと無理だろうな、とすら考えた程だった。
「こちらでございます……屋根裏は物置としても利用しておりまして、あのように換気の為の小さな窓がある程度です。室内には梯子があるのですが、あの窓と梯子しか屋根裏に侵入する方法は無いのです」
「窓、開いてるみたいですけど?」
「ええ、今は女房が留守番をしてますので。屋根裏ですから、頻繁に換気をしていないとすぐに空気が悪くなるのですよ」
「……まぁでも、あの大きさじゃあ子供しか入れないですよね」
子供の霊麗だからこそそう思った。しかし近くに足場にできるような屋根も樹木も無し。少なくともあの窓から入ったのなら人間の子供ではないな、と霊麗は推理した。
彼の言い方からするに、普段は施錠はしているのだろう。そもそもの話、人間は侵入できそうにない造りだ。霊麗は訝しんだ。
「……分かりました、では今から調査します」
「ッ!?ひょえっ!?ななっ……なっ……」
「私が吸血鬼なのは、里の皆さんもご存知では?」
「えっ、ええ、勿論、承知の上での依頼でしたが、まさか手が……」
「吸血鬼なので、人間じゃできない調査方法も可能なんですよ〜」
霊麗は左手の手首から先のみ1匹の蝙蝠に変え、開け放されている小窓に侵入させる。その窓の下で2人は霊麗の蝙蝠の帰還を待つ。
霊麗はその蝙蝠と視界共有をしているので、すぐ見付けた妙な物体の正体を探る為、主人に尋ねる。
「あの、何か動物の剥製とか置いていませんか?」
「剥製ですか。そのような物は一切ありませんね。壺などの骨董品、書物などはありますが……」
「じゃあ、動物が侵入してただけみたいですねー。見付けたみたいなので、外に追い出しましょー」
「おお、そうなのですか……にしてもあのような場に動物とは、鳥ですかな?」
「んーと、どうやら蝙蝠みたいです。野生の蝙蝠は日本にも居るみたいですからねー」
程なくして霊麗の蝙蝠が1匹の蝙蝠を引っ掴んで戻ってきた。捕まっている蝙蝠はキィキィと激しく喚きながら逃れようとするが、霊麗は逃がす事なくそれを手に取る。しかしそれと同時にある違和感を覚えた。
どうやらこの蝙蝠、自然の蝙蝠ではないらしい。たった今霊麗がやって見せたように、この蝙蝠も、誰かの身体の一部なのだと、直感で分かった。微かではあるが、妖気のようなものも感じ取れた。
(こうして日光に当てているのに消滅しないなら、レミリアさん、フランさん、お父さんの線は無い。この3人はペンダントで擬似的に克服しているのに過ぎないから、身体と切り離すと蝙蝠も蒸発する。となると、それ以外の吸血鬼が怪しい。怪しいのはモルモーかな。でも地下牢に居るらしいしな……例えこの1匹だけだとしても、紅魔館の地下牢から外に飛ばすのは大変なはず。可能性としては低めかも。それに加えて、高飛車で自己中な性格のモルモーが一般人の、それも老人の家に自らの身体を忍ばせる意味もない。地主でもなさそうだし店をやっている訳でもない。金目的という尤もらしい理由も無いしこの人が妖怪と何らかの関係があるとも思えない)
「……霊麗殿?どうされました?」
手の中の蝙蝠を見詰め考え込む霊麗を訝しんで、主人は尋ねるが、霊麗は一言「何でもないです」と返し、依頼料をその場で受け取り、帰路に着く。
蝙蝠の生態について、以前父親から聞いていた。だから手に取るまでは普通の蝙蝠なんだろうとしか考えていなかった。
(外の世界では、蝙蝠は洞窟とかに居るものだって思われてるみたいだけど、実際は建築物の瓦の下や天井裏、換気口、橋の下、倉庫……、建物のあらゆる隙間をねぐらとする、住む場所を選ばない生物だ。だから普通の蝙蝠だと思ったけど……どこか変だな。後でお母さんに相談しなくちゃだね……)
そしてそろそろ里から出ようというタイミングで事態は急変した。
「ッ────!?」
背後……つまり人里のあらゆる家屋から、凄まじく強い妖気が、間欠泉の如き勢いで立ち上っていく。どう少なく見積もっても平常時の人里の数百、いや数千、数万倍以上の妖気なのは間違いなかった。
今この場で全ての人間が妖怪になったかのような数、そして勢いだった。
「何が起こっ……」
蜻蛉返りして里へ向かい始めたのも束の間。次の瞬間には、妖気の立ち上った家屋の上部は、粉々に吹っ飛んでいた。黒い何かが、里にある殆ど全ての家屋から一斉に飛び出したのだった。
しかもそれらは、全てがキィキィと喚いている。ついさっきも聞いた声だ。そこで霊麗は何が起きたのかを瞬時に悟った。
「
少し遅れて、里のあちらこちらから人間の悲鳴が聞こえてくる。それを聞いて霊麗は、里の人間達が妖怪化した訳じゃなかったんだと半ば安心するが、すぐに安心している場合ではないと思い直す。
手の中の蝙蝠を逃がさないよう気を付けながら、あの蝙蝠達の正体を掴もうと追い縋るが……。
「痛ッ!?」
手の中の蝙蝠が霊麗の手を思い切り噛んだ事で、うっかり手を離してしまった。結界で囲もうかとも思ったが、既に射程圏外に出てしまい、奴に遅れて飛び出す形になった。
と、蝙蝠を追い掛けていると、別な方向から手に袋を持った霊夢と霊愛が飛んできた。2人は人里で買い物をしていたので、その帰り道か途中だったんだろう。急にこんな事になって、災難な事だ。
「霊麗!」
「霊麗、あんたどうして里に……」
「除霊っぽい依頼が来たから、ソッコーで片付けてやろうと思ってさ。そしたら『屋根裏部屋に蝙蝠が迷い込んでいた』ってだけだったんだけど。それが終わって帰ろうとしたら、何かこんな事に……」
「屋根裏部屋ですって?……そういえば、今の爆発で吹っ飛んでいたのは屋根裏部屋だけだわ。どれも、2階部分はほぼ無傷だもの」
「ねぇお母さん、これ異変かな?」
「ええ。しかも人里に実害のある、酷く深刻な異変かもしれない」
「「ッ……!!」」
「実は、さっき買い物してる時に、色んな人達から依頼されたんだよね。何でも『最近、寝ても寝ても身体がダルい。頭が重い。霊でも居るんだろうからお祓いをお願いします』ってさ」
「へぇ……それでどうだったの?」
「どうもしない。案内してもらって何軒も行ったしお祓いもしてきたけど、多分、意味無いよ。霊とか居なかったし、かと言って妖怪の仕業でもなさそうだった。そんなんだから買い物も殆ど出来てない。今晩は紅魔館に世話になるようだね」
「やった、ご馳走だね」
「あんたらね、そんな話してる暇があんなら追跡の準備とかしたらどうなの?」
「「……はい」」
方々から集まった沢山の蝙蝠達は、どこか一点を目指しているように見えた。極めて広域から一斉に集まり始めたらしかった。
余計にさっきの蝙蝠1匹を逃がしてしまったのが悔やまれる。
「……とりあえず、仕方ないからコイツらを追うわ。あんたらは帰りなさい。霊麗は霊魔と留守番して、霊愛は異変解決の準備して、すぐに里に戻ること。いいわね」
「分かった」
「ヤダ」
霊麗は快諾してすぐに向かうが、霊愛は違った。戻って準備をしろ、という指示を断ったのである。しかし霊麗はそんな姉を止めようとはせず、自分に今できる事、つまり神社と弟を守ろうと、一目散に神社へ戻って行った。
「は?何ですって?」
「嫌な予感がするの。今ここから離れたら、何かを見逃す気がする。……そんな気がするの」
「……まぁいいわ。ただし、気が済んだならさっさと戻りなさい。いいわね」
「分かった」
自身も散々「勘」に頼ってきた以上、霊愛にそう言われても、強く突っぱねる事はできなかった。
そして蝙蝠を追っていくと、ある意味予想通りと言うべきか、多量の蝙蝠が集合して、2つの人影を形作った。
「な……っ」
「お……おと……」
「よっ、霊愛。霊夢も居たんだな。どした?」
「……アンタ……何やってんの……ッ!?」
「何って、モルモーちゃんと2泊3日の吸血デートだけど……?」
エスカルゴの隣の人影はモルモーの形を作って、そして腕を組むと、2人の目の前でイチャイチャとし始めた。霊夢も霊愛も、頭に血が上ってしまったのは恐らく間違いない。
「エスカルゴくんは可愛い子を、モルモーちゃんはテキトーな人間を見繕って、あちこちの家に蝙蝠を忍ばせて、毎晩寝てる間に血を吸ってたってワケ!健康な食事をしてるみたいで美味しい血ばっかり!サイコーだったわぁ♡」
「なっ♪」
ニシシッと笑うエスカルゴはどこからどう見ても本物にしか思えなかった。霊愛は勿論のこと、最も彼を知り尽くしている嫁であろう霊夢ですらもだ。
「エスカルゴ……アンタって奴は……ッ!!」
「正直、悪かったと思う。でも、たまには贅沢して美味いモンを飲みたいからな。霊夢ももっと吸血の経験を積めば分かると思うよ。霊愛もね」
霊愛は怒りに震えていた。父が、ましてや自身が想いを寄せ、何なら愛してすらいる父が、自分達を裏切るような行為をした事が。そして何より詫びを入れる様子が全く無いという、エスカルゴの態度が許せなかった。
気が付いた時には、霊夢よりも先に、霊愛が声を荒らげていた。頬を怒りの色に染めて、涙が勝手に流れ出てしまうのもまるで気にせずに、霊愛は彼を責めていた。
「お父さんッ!!フザケてんのッッ!?そんな女に惑わされて、どーかしちゃったんじゃないのッ!?目を覚ましてよッ!お父さんはそんな事しないの!お父さんはっ……私のお父さんは、そんな事しない!しないったらしないのッ!!」
「いやだからすまんて。娘や嫁カノじゃ味わえない人間ならではとも言えるこの雑味がな、これもまたディ・モールト良くてな……」
「……ッ!?」
「というワケでな、もっと贅沢したくなったんで、ちゃちゃ〜っと幻想郷を征服しようと思う。2人が来てるのは匂いで分かったから、宣戦布告しとく。モルモーとなら、幻想郷の征服も容易いだろうさ。敵は、
「「…………ッ!!」」
「じゃあ、里に居る子や可愛い人間の血はある程度吸ったからさ、もう俺達は里からはお
「待っ……」
「じゃあな霊愛。愛してるよ」
そう言いながら、どこか悪戯っぽくウインクしたエスカルゴは、モルモーの手を取ると同時に気配も残さず一瞬で姿を消した。どこか遠くへ、瞬間移動してしまったのであった。