※この作品はR-18です。

吸血鬼人間の幻想生活   作:エスカルゴ・スカーレット

986 / 1140
PH:演奏不可能な追復曲(アンプレイアブル・カノン)②

「んっ……あ、れ……?」

 

「おう霊愛、起きたか」

 

「おと……さん…………なんで……?」

 

「さっき迎えに来たんだよ。気絶してたからなぁ。そう言われても何のこっちゃって感じだろうがね」

 

「あぁ……負けた……んだ……」

 

 エスカルゴに背負われて、博麗神社に帰る道中で目を覚ました霊愛。気が付けば怪我は治癒していてボロボロだった巫女服も綺麗になっている。父が、治癒魔法と修復魔法を行使したのは間違いない。

 霊愛はふっと気絶の直前の光景を思い出す。

 間欠泉の上部で周囲の警戒をしていたら、不意に股間が爆発的な痛みに襲われ、更に身体はそのまま地面に叩き付けられた。何が起きたのかさえ、全く分からないまま。気が付けば痛かった。気が付けば落ちていた。気が付けば負けていた。

 霊愛の主観で言えば、こうとしか言えない程の、凄まじい連撃。そして────凄まじい敗北感。

 

「うっ……ふぐ……んううっ…………くっ……ゔっ……」

 

「……」

 

 声を押し殺して泣く霊愛。為す術なく蹂躙されたというこの事実が彼女にどうしようもない無力感を与え、常に強気でポジティブなはずの彼女の精神を抉り取る。

 彼女の為とはいえ────と、エスカルゴもつい甘やかしたくなってきていた。しかしそれは彼女の為にはならない。

 本当ならこのまま博麗神社に連れ帰り、弟妹含め4人で食事を摂る予定だった。けれども、姉としてこんな泣き顔は誰にも見られたくはないだろう。

 エスカルゴも、自分が兄だからこそ何となくその気持ちが言葉に出されずとも分かっていた。神社に近付くにつれ、霊愛はより声を押し殺すようになる上、袖で目元をゴシゴシ強く擦っているのが、布が擦れる音で分かってしまったから。

 

 

 ◆

 

 

「ちょっと待ってな」

 

「……」

 

 神社の境内に彼女を降ろすと、彼は小走りで中へ入る。何だろうと思いつつ霊愛は彼を待つが、彼はすぐに外に戻ってきた。その手には河童製の新しいトランシーバーがあり、誰かと話している。

 

「あ、俺です。……ええ明日そっちじゃないですか。それ、少し遅らせてもいいですか?というより1回スキップしても良いですか?ええと、まぁ、そんなとこですね。すみません。ええ、この埋め合わせは必ず。モルモーとシャロンにも伝えといて下さい。宜しくです。ちょっと、手が離せそうにないので。ありがとうございます。フラン達にも宜しくです。えっ、文?……あー、まぁワンチャンあるかもです。でもまーその時は俺がまたこうして連絡するんで。ええ、ありがとうございます。はい、はい。では」

 

 トランシーバー越しにペコペコ頭を下げる彼を、霊愛は一体どのような心境で見ていたのだろうか。通話が終わると彼はそれをスキマに仕舞い込んで、霊愛に優しく笑いかける。

 

「うっし、んじゃ行くか」

 

「え……?」

 

「うん?落ち着ける場所がイイだろ?霊麗達はまだ起きてるぞ」

 

「……うん。ありがと」

 

「まったり行こうか」

 

「…………そうだね」

 

 彼は再び霊愛をおぶる。霊愛もまた、父の提案に素直に乗り、まだ初春でちょっぴり肌寒い幻想郷の夜空を翔ける。

 到着したのは、霊愛にとってもよく見覚えのある小屋。魔法の森の中にある、通称ヤリ部屋。霊愛やその他の彼女達とエスカルゴが交わる為の場所。

 ここに来たという事は──と、霊愛は父の考えを汲み取るが、正直、今はそんな気分じゃなかった。というよりどうやってそんな気分になればいいのか分からなかった。

 

「お父さん……悪いけど今は……」

 

「入りな。魔法の森(ここ)は空気が悪い」

 

「はっ……はい……」

 

 強めの口調で言われてしまうと、心が弱っている今の彼女には、嫌でもクリーンヒットしてしまう。けれど屋内に入った彼女を待ち受けていたのは全く予想外のモノだった。

 無駄に広い部屋にあるテーブルには、未だ湯気の立ち上る温かな料理がコース料理のようにバランス良く用意されていて、2人を迎え入れてくれた。

 

「ほら、風呂入って来な。夕飯にしよう」

 

「っ……」

 

「冷めちまうから、ちと早めにな♪」

 

「ゔっ……うんっ……」

 

 鼻の奥がツンと痛む。わっと溢れそうになる涙を見られたくないが為に駆け足で浴室へ。風呂にとは言われたが、夕飯の用意がされているという事で、霊愛も少々遠慮してシャワーのみで済ませて、彼の待つ食卓に座った。

 目元が腫れているのを見て、彼は何も言わずに、たった一言「よく頑張ったな」とだけ、呟くように告げた。

 因みにこの料理は先程博麗神社に立ち寄った際にスキマにて運んでおいたものだ。霊魔と霊麗の分はそれぞれの小皿に取り分けて、残り全てをこちらに持ってきたものである。

 

「よーし、食べるかぁ!いただきます!!」

 

「いただきますっ……!」

 

 会話は無い。会話など無くとも互いの考えている事くらいすぐに分かるから。寧ろ、余計な事を口にする方が愚かな事に思える程に、今の2人は極めてツーカーであった。

 とはいえ、温かな食卓に会話は不可欠であるとも言える。エスカルゴは最後まで無口を貫くつもりで黙々と料理を口に運んでいたが、霊愛だけは決してそれだけではなかった。

 

「……ごめんなさい。その……負けちゃって」

 

「まだチャンスはある。もしもまた霊夢に挑もうと思ったら、その前に俺に言いなさい。相手するぞ。その後に霊夢と戦え。この流れは変えないからな。覚悟してもらう」

 

「それって……今日と同じって事?」

 

「ああ。でないと霊夢の元には行かせられないし、博麗の巫女を継げる可能性は極めて低くなるしな。そう思えば頑張れるだろう?」

 

「うん。……ねぇ、お父さんから見てさ、私には何が足りてないのかな?」

 

「さぁね。質問を質問で返すようで悪いけど、逆に何が足りてると思う?」

 

「……ゴリ押しできる力?」

 

「アホタレ。それが足りてるんなら霊夢にも勝ったはずだろう。それが足りてないから負けたんだぜ」

 

「お母さんには……技術があれば、或いは……って、思ってるんだけど……。ダメなの?」

 

「覚えておけ霊愛。押してダメなら引いてみろとは言うけどな、押してダメなら更に押せ、とも言う。つまり、今の霊愛に与えられた道は3つだけだぜ。①、今のゴリ押しを極める。②、技術を会得する。③、博麗の巫女を諦める。普通に考えたら②だな」

 

「…………」

 

「時間がねェ。食べながらでもいいから、今すぐに返事だけはしてくれな」

 

「①」

 

「ん?ゴリ押しを極めるって?ははっ、無謀だな。今の霊夢は吸血鬼だぞ?人間だった頃ならまだしもフィジカルに優れた吸血鬼じゃあ……望み薄だよな」

 

「……」

 

「だが気に入った。バランス型じゃあなくパワー型だからな、霊愛は。ゴリ押しにゴリ押しを重ねりゃ少しはどうにかなるっしょ」

 

「でも……それで負けたんだもんね……」

 

「ま、そうだけどさ、俺にはゴリ押ししてたように見えなかったがね。はっきり言わせてもらうけど、かなり中途半端だった。もっとやりようはあった。もっとやれたよ、今のお前ならよ」

 

「そう……なのかな……」

 

「少し頭を柔らかくしよーか。これは例え話だが……何て言えばいいかな。俺はまず、強くなりたい時は誰かの技をパクるようにしてるんだ」

 

「ぱ、パクる……」

 

「魔理沙、パチュリー、お空、紫さん、咲夜さん。パッと思いつくだけでも少なくとも5人から技なり技術なりをパクった。『教わった』のを除いてな。そんでもって、それを使いこなして後は自分なりにアレンジする。それでいいのさ」

 

「……そんなモンなのかなぁ……。オリジナルの方がいいと思うけど……」

 

「いいかぁ?そもそもの話な、完全オリジナルとかそういうモンなんて、それこそ神の領域なんだよ。誰が最初に弾幕を使い始めたのかだって、霊愛達は知らねえだろう。俺も知らん。そいつの編み出した弾幕っつー方法で、今、俺達はやり取りしている。オリジナルの闘争方法とか、考えられるか?」

 

「……難しいかも」

 

「そらそーだ。てか、魔界の魔法なんてその殆どが神綺母さんの産物だぜ?笑えるだろ?魔法のメッカだなんて呼ばれてる上、住民の殆どが大なり小なり魔法を使えるのにその生みの親は母さんただ1人。オリジナルかと思えば、母さんの魔法のアレンジや派生でしかないとか……そんなの日常茶飯事だしな。やっとの思いで開発したと思えば『あぁそれね!』みたいに既にその魔法を使えてる。笑えるよなぁ」

 

「そう……なんだ」

 

「そもそも霊愛の『夢想封印 夢幻』だって霊夢の夢想封印のアレンジだ。それじゃ、霊麗との『緋想封印』は、完全オリジナルかな?」

 

「……夢想封印をモチーフにした……」

 

「そうだ、そういう事だよ。技の構成や内容やらは自分で考えたとしてもな、十中八九、その発想には元となるネタがあるモノなんだよ。もしかすると、別の世界にも既に似たような技を開発、使用してる誰かさんも居るかもしれないしな」

 

「そっか……じゃあ……拘らなくてもいい……のかな?私、ずっと……迷ってて…………」

 

「丸パクリはダメだぜ?まっ、俺なんてスペカ名を考えるのがダルくてよ、技の構成が真逆なだけで、見た目を本家に寄せた上に名前を丸パクリしたモノとかもあるからな?」

 

「えぇ……」

 

「外見てろ。……火金符『セントエルモピラー』」

 

 外の木が発光し、爆発的に燃え始めた。これは、パクリ元はパチュリーである。彼女は魔法にてこの技を行使するが、エスカルゴはセントエルモの火と呼ばれる静電気由来の物理現象を元にして、更にはパチュリーの技に外見を寄せた上に名前を真似た。

 

「ま……そんなモンなんだよな。夢想封印だってよ、色んなパターンがあるじゃあねェか。きっと最初の術者は、最初の夢想封印を元にして、それら派生の技を編み出したんだ。魔理沙もそうだ。魔理沙も、ノンディレクショナルレーザーをパチュリーから……そしてマスパを様々な形に派生させている」

 

「何か、パクリって思ったより身近なんだね」

 

「例を挙げるとキリがねェ。巫月には俺の技を色々教え込んだが、巫月はそれらを使いこなした上で、自分なりにアレンジしている。この前のリーグ戦で見せたあの……守護神話だっけ。あの結界も発想元は月の都の結界らしいからな」

 

「……!」

 

「パクりは悪じゃねェ。強くなりたくば、技を盗むという意味で他人を利用しろ。いや利用しまくれ。そして盗んだ技を使いこなせ。盗む(・・)事にどうしても気が咎めるってんなら、そいつから教わればいい(・・・・・・)。気休め程度だけど、気持ちは楽になる」

 

「……分かったよ」

 

「折角、霊麗や霊魔、俺が居るんだ。まずは身近な誰かさんから盗んでみな」

 

 

 ◆

 

 

「────あら霊愛、久しぶり。何日ぶりかしら」

 

「3日ぶりだから、そんなに久しぶりじゃないよ。お待たせ。お母さんを倒す為に鍛え直したよ」

 

「言っておくけど普通の異変はこうはいかないわ。分かってるわね?」

 

「うん。ありがとう、やり直しの機会をくれて」

 

「分かってるんならさっさと掛かってきなさいよ。言っとくけど、もうやり直しはないわよ」

 

「うん」

 

 真剣な眼差しを向け合う両者。霊愛の方はもはや殺気だと言っても過言ではない程の凄まじいものがあった。霊夢はそんな娘の視線を全身に浴びて少々心の中で喜んでいた。

 なまじ力が中途半端にあるばかり、あまり物事に本気になれていなかった霊愛が────自分を倒す為に、遂に本気になってくれた事が。

 

「いくよ!霊符『夢想封印』ッ!!」

 

「解せないわね。あんた程度の夢想封印なんて何度使用した所で無意味……ッ!?」

 

 余裕綽々といった様子だった霊夢の表情は一瞬で塗り替えられた。弾幕を回避したその先に本来なら居るはずの霊愛の姿が無かったからだ。

 弾幕の発生源には小さなスキマが開かれていて、しかもそれは長持ちしないからか断続的に閉じたり開いたりしている。弾幕は、スキマから発射されているようだった。

 

「────ッ!!」

 

 霊夢は空気の揺らぎと、波のように小さく、でも確かに変化する娘の気配を察知し、咄嗟に後頭部を守るように手を出す。すると吸い寄せられるように霊愛のお祓い棒が霊夢の手を打つ。

 

「とッ、止めた……!?」

 

「気配を隠すの、上手かったわよ。途中まではね。でも今の攻撃の瞬間にそれが揺らいだ。これなら、エスカルゴの方が気配を断つの上手いんじゃない?惜しいわねぇ」

 

「くっ……!喰らえッ!」

 

「おっと、危ないわね。直接霊力を流し込むとか、実の母を殺す気?」

 

「殺す気じゃなきゃ……お母さんには勝てない!!」

 

「……それ、正解」

 

 霊夢もまた霊力に順応性のある吸血鬼。当然だ。元仙人、元々人間である上に、彼女の霊力は生来のものなのだ。後天的に吸血鬼化したのなら順応性があって当然である。

 しかし如何に性質が似通っていようとも、霊愛の霊力と霊夢の霊力は、似て非なるもの。無理矢理、調和するように流し込まなければ、異なる力と力は磁石のS極とS極、N極とN極のように、強く強く反発し合うもの。

 だから霊愛は、掴まれてしまったお祓い棒を介し霊夢に己の霊力を流し込もうとした。離してくれるならばそれで良し。もし離さなかったら霊夢の手に大ダメージを与えられる。何なら手どころか本人にだって大きなダメージを与えられた事だろう。

 今の霊夢は吸血鬼。魔の者である霊夢にとって、他人の霊力は毒でしかないのだから。

 そしてどちらに転んでも霊愛に有利なら、彼女に選択肢なんてものは、ハナから存在しない。霊力を流し込むしかなかった。弾幕として当たるのと直接流し込まれることではダメージが全く違いすぎる。

 ナイフで切り付けるか、目に突き刺すかくらいの差はあるだろう。

 想定通り霊夢は手を離し、僅かではあるが距離を取った。あまり離れると夢想封印の発生源に近付き直接、しかも連続で被弾すると考えたからである。

 

「弾幕で気を逸らして本体が攻める。お父さんから盗んだ戦法だよ」

 

「──!へぇ、意外ね。あんたが意図して私以外の誰かから技術を盗むなんて思わなかった」

 

「だろうね。私だって、そんな事をしようだなんて考えもしなかったよ。お母さんに負けなければね」

 

「ふぅん。それなら、これはどう対処するかしら?霊符『夢想封印』」

 

「通常バージョンばっかとか……!他のも使いなよ!まさか舐めてるの……!?そんなお母さんに勝っても意味ない!!」

 

 すると霊夢は、霊愛とは対照的に、弾幕の反対側ではなく弾幕と共に霊愛に立ち向かってきた。もしまともに弾幕を回避すれば霊夢の攻撃を喰らうが、霊夢の攻撃を防御する事に集中すれば今度は弾幕を喰らう可能性が高まる。

 霊愛は、不意に二つに一つの選択を迫られる事になってしまった。

 エスカルゴや巫月にも並ぶ程の強欲さの霊愛は、そのどちらも選択しようとするものの、それは絶対不可能だと直感する。

 妹の霊麗が相手ならまだ可能性はあっただろう。しかし相手は霊夢。母であり現博麗の巫女である、博麗霊夢だ。そんな強欲な選択がまかり通るはずがないのである。

 そこで霊愛が捻り出した結論は、それはそれで、かなり危険なものだった。

 

(ッ……!?回避行動を取らない?まさか分身か何かだったりするの?いや違うわね、あれは間違いなく本人!じゃあ何を考えてるの、霊愛ッ!?)

 

 繰り返しになるが、霊愛は半妖だ。だから退魔の力に優れる霊力による攻撃だと、効果は半減する。つまり霊愛は、半妖であるという体質を利用して、霊夢の霊力弾をわざと喰らった上で霊夢の攻撃への対処を優先させた。

 

「ハァッ!!……えっ!?」

 

「最悪でも……相打ちに持ち込んでやる…………ッ!!霊符『夢想封印 零』ッ!!」

 

「かはっ……!?」

 

 お祓い棒による脳天への一閃を、過去最高に強化してやったお祓い棒で受け止める霊愛。

 続いて、お祓い棒を受け止めたまま反対の手にて掌底を霊夢の腹に当て、そこから夢想封印を放つ。霊愛のこの新技、「夢想封印 零」の「零」とは、ゼロ距離のゼロだ。

 弾幕ではあるが、攻撃の取っ掛かりとなる掌底を回避できなければ続く弾幕もほぼ回避不能となる。今の霊夢は吸血鬼なせいで、たとえ霊夢より霊力の強さが劣っていても、連続でヒットすればそれだけ強力な攻撃となってしまう。

 

「ぐっ……くぅ…………っ」

 

「もう、一丁ォッ!!」

 

「まずい────ッ!?」

 

 咄嗟に距離を取る。霊愛も負けじと距離を詰めて改めて掌底を仕掛けるものの、体格差とは、かくも無慈悲なものである。

 まだ幼女と呼んで差し支えない霊愛の体格では、素早さにおいて霊愛を上回り、しかも回避行動中の霊夢には到底手が届かなかった。

 しかしそんな事は百も承知だった霊愛は、一つの策を弄していた。距離を稼ぐ為に陰陽玉を操作して自身の手の中に持ってくると、瞬時にそれを放ち、霊夢の鳩尾を抉るようにブチ当てた。

 

「がはっ……く、このォッ……きゃっ!!」

 

「無駄だよ。今のお母さんは────陰陽玉に拒絶されてるんだから」

 

「っ……力がッ、吸い……」

 

 腹に吸い付くように固定される陰陽玉を振り払う霊夢だったが、バチッと高圧の電流に触れたように弾かれてしまう。まるで日光に当てられグズグズになってしまう一般吸血鬼のように、手はボロボロ。しかも妖怪退治に特化した陰陽玉によるものなので再生は極めて遅い。

 吸血鬼化した霊夢が先日まで陰陽玉を使えていたのは、製作者である玉造魅須丸が、霊夢を人間だと勘違いしていたからだ。そしてこの陰陽玉には妖怪退治の効果がある。ならば当然、妖怪には魅須丸のこの陰陽玉を扱えない。

 だから霊夢の陰陽玉は人間の血が強い半妖である霊愛が継承した訳だが、現在はその陰陽玉が霊夢にとって最大の壁として立ちはだかっていた。

 少し前までは異変解決の道具として使ってきた、長年の相棒。その相棒を失い、更には敵対しているという霊夢の心境たるや、きっと、今の霊愛に図り知る事は不可能なのだろう。

 霊愛はその陰陽玉を操作して霊力を吸収すると、更に凶悪で、霊夢にとってはかなり危険な新技を、本気も本気で放つ。

 

「『夢想天生 零』ッッ!!!」

 

「これは……ッ!!」

 

 吸収した霊夢の霊力に霊愛自身の霊力を上乗せ。しかも普通の夢想天生と違い全方位に広がるタイプではなく、一方向に集中的に、マシンガンのように御札を放っている。

 絶好調時の霊夢なら、余裕で回避出来たはずだ。しかし今は陰陽玉を失って攻撃力は落ち、力を吸収されて脱力しかけているという瞬間。回避は遅れ、霊力がこれでもかとたっぷり上乗せされた弾幕を、全身に受けまくった。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ」

 

「これならお母さんにも効くよね。なんたって倍増してるんだからね、攻撃力。因みにだけど、これの元ネタはお父さんの『雷纏反撃壁』だよ」

 

 エスカルゴの持つ防御兼反撃技の、「雷壁『雷纏反撃壁』」。雷エネルギーを壁の形に具現化させ相手の弾幕を受け止め、壁を構成するエネルギーを纏わせ、そのまま相手にお返しするというものだ。

 霊愛は吸収した力を一気に解放する「夢想天生」という必殺技にエスカルゴのこの技の仕組みを応用してみせたのである。

 数日前、この技を開発した際に、霊愛は真っ先にエスカルゴ相手に披露した。彼は笑って、喜んだ。

 

(結構吸われたわね……力も入りにくいし。まさか、ここまで陰陽玉の練度が上がってるとは……。意地を張って自分1人で修行すると思ってた。私の認識が甘かったわ。エスカルゴも甘やかしたんだろうし、やっぱりギスギスしてでも神社に居た方が良かったかしら……。参ったわね、こんな出来レースみたいな結果で隠岐奈が満足するとは思えないわ……)

 

(まだ倒せないの!?私の霊力、結構、いやかなり上乗せしたってのに……っ!タフすぎる、どうやって倒せって言うのさ!?これでダメならもう……)

 

 2人は互いに驚いていた。母は娘の成長に。娘は母の強さに。尤も霊愛は、母の強さに打ちひしがれ再び絶望しているのに近いかもしれないが。

 

「ほら、さっさと攻撃しないと回復しちゃうわよ?陰陽玉が無くたって私は私────博麗霊夢よ」

 

「骨まで見えてるその手でどうするっての?何なら反対の手も壊すけど」

 

 陰陽玉に弾かれた霊夢の右手は未だに回復してはおらず、部分的にではあるが、骨が露出している。再生は進まず、血はダラダラと流れ続けている。

 調子に乗るワケではないが、霊愛の強気な態度も久々に顔を覗かせ始めている。

 霊夢はそんな娘をちょっぴり懲らしめようと考え少し意地悪してやる事にした。

 

「あんたの相手なんて左手1つで十分よ」

 

「ッ……そうだろーけど、今の私を舐めんじゃ……」

 

「現実よ。見てなさい」

 

 刹那、霊夢の姿は消える。そして霊愛の目の前に瞬間移動にも見紛う程の速度で接近すると、鳩尾の辺りに掌底を叩き込み、あるスペカを使う。

 

「霊符『夢想封印 零』」

 

「〜〜〜〜〜〜ッッ!?」

 

 一度技を受け、見ただけでコピーされてしまう。霊夢の天才さは健在だった。

 大量の弾幕に吹っ飛ばされ、霊愛は間欠泉に体が吹き上げられる。そしてあの時と同じように霊夢が水流に乗って霊愛に迫る────!

 

「……!」

 

 直後、吹き上げられる水に鮮血が混じり始める。霊夢の拳は謎の硬質なトゲによって貫かれ、左手も右手のように壊されていた。

 

「なにも、平面だけが結界じゃない。霊魔が球体の結界を使うなら、私はお父さんみたいにトゲトゲの結界で敵の攻撃を待つよ……」

 

(っ、霊力を流された!!再生が遅延してるわ……、エスカルゴの眷属である私でさえこの遅さ……凄い、この技術を妖怪退治に活かせたらスリップダメージとして相手が強ければ強いほど通用するように……)

 

「防御だけが!守備だけが、結界じゃない……っ!!攻撃する為の結界と同じように……反撃(カウンター)する為の結界だって、あっていいんだ!!」

 

「……」

 

「私に足りなかったのは、強さじゃない。発想力!それから霊力の操作技術!あのままじゃ私は霊魔にだって負けてたかもしれない……!いや、負けてた!この事に気付かなければいつかは負けてた!」

 

「……」

 

「お母さんとの戦いもこれで終わり────」

 

「降参」

 

「……え?」

 

「降参って言ったのよ。再生はしないし霊力は吸収されて自己防衛できるかどうかも危うい……戦う為の手段が無いからよ」

 

(いや、絶対まだ戦えるでしょ……)

 

「何?文句ある?」

 

「……いや、あんまり」

 

「あっそう。なら先に帰ってなさい、魔理沙んちに持ってった荷物、取ってくるから」

 

「はいはい。てか、サラッと私の技使ったよね……」

 

「私くらいになれば一度見ただけで模倣(完コピ)できるわ。派生の術を開発するのはいいけど、あんたが周囲の技術を模倣するのと同じように、あんたの術だってこうして模倣される。ましてや私達なんて同系統の術者なんだから、模倣も簡単なのよね」

 

(……やっぱり勝った気がしないなぁ……これも負けとしてカウントしとこ……)

 

 

 ◆

 

 

「おぉ来たか博麗夫妻、結果はどうだったかな?」

 

「白々しいわよ、隠岐奈。ぜーんぶ見てたクセに」

 

 霊愛の帰宅後、エスカルゴは霊夢と合流し、傷を癒す。そして報告の為に後戸の国へ直接向かった。霊夢は怪我も治りご満悦だ。しかしエスカルゴは、霊夢のその綺麗な手を撫で回しながらも、面持ちはどこか堅い。

 

「まずはお前達の答えを聞きたくてね。どうかな?エスカルゴよ」

 

「……俺は霊愛を博麗の巫女にしたい。意地でもな。だから、その反対勢力は全員殺すか適当に犯すか、もしくは原因不明の死をプレゼントしてやる」

 

「おやおや、物騒な事だ。霊夢はどうかな?」

 

「……このバカの入れ知恵があったとはいえ、それを有効活用し、応用技を生み出し、成長に繋げたのは我が娘ながらナイスだと思ったわね。だからこそ、この私でさえ戦闘不能間近にまで追い詰められた。そして、私達が気になるのはあんたの評価だけよ、隠岐奈?いつまで焦らすつもり?」

 

「……。霊愛を博麗の巫女とするのを認めよう」

 

「それは賢者達の総意と捉えていいわね?」

 

「構わん。だがこの次は、こうはいかんだろうな」

 

「次?……霊麗の事ね?」

 

「左様。あの子は生来の吸血鬼だ、きっと誰よりも長く博麗の巫女の務めを果たしてくれる。だがな、あの子は危うい。モルモーの一件で判明した事だが吸血鬼特有の凶暴さを発揮したそうじゃないか?」

 

「……確かにその報告は穹ちゃんからも受けてるわ」

 

「霊夢は後天的な吸血鬼だな。その上、厳しく己を律する事ができる。だが霊麗はどうだ?何なら私が洗脳して二童子の一人として使役してもいいのだがそれは嫌なのだろう?」

 

「嫌に決まってんでしょうが!!」

 

「もし次それをやろうとしたらダルマにしてオナホとして二童子の前で犯すぞ」

 

「おいおい待てエスカルゴ、その翼を見るのはもうコリゴリだ。とりあえず翼(ほこ)を収めてくれ」

 

「……」

 

「とにかくだ。暴走癖のある者に博麗の巫女を任すワケにはいかないのだよ。流石にそれは2人だって分かっているのだろう?」

 

「ッ……そりゃーね……」

 

「ま、そーだよなァ。俺が幻想郷で重要なポストに着けないのも暴走癖があるから。そうだろ?」

 

「紫のヤツ、本人にそれを漏らすとは……堕ちたな」

 

「うんにゃ、テキトーに言ってみただけ。……えっ?待って、暴走癖が無かったら幻想郷で何らかの役職もらえてたりするの?」

 

「いやぁどうかな」

 

「デスヨネー」

 

「というより、エスカルゴ。お前はこうして私達のように働きたくないだろ?楽しく生きるとか宣ってハーレムを作ってるお前に、仕事ができるのか?」

 

「働きたくないでござる!!絶対に働きたくないでござる!!義務だろうと働きたくないでござる!」

 

「「だろうな(でしょうね)」」

 

「けっ。とりあえず、だ。霊麗の事は考えない事にする。霊愛が博麗の巫女、これでいいんだ。霊愛は永遠の巫女になる。霊夢の二つ名も技術も、全てを受け継いで────完全な巫女になるのさ」

 

「そう、なるといいんだがな」

 

「あん?まだ何か?」

 

「いいや。では2人共、もう帰ってよろしい」

 

「はいはい」

 

「じゃーな」

 

 こうして霊愛の試験を兼ねた異変のような騒動は終わりを告げた。そして、モルモーとエスカルゴによって僅かではあるものの血液を抜かれた人間達は一体どうなったのかと言うと────。

 

「はーい、並んでくださいねー。お薬は1粒で500円でーす、沢山あるので急がなくて大丈夫ですよー」

 

「ありがたやぁ……これで不調が治りまする……」

 

 エスカルゴ達から事前に聞かされていた永遠亭が完璧なアフターフォローに回ってくれたので、特に健康被害は無かったりする。この異変で一番の得をしたのは、ひょっとしたら博麗家ではなく永遠亭……かもしれない。

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