「えーっ、我が直属の部下達よ、修行中に集まってもらってすまないな。少し話したい事があっての。大丈夫かの?」
「問題ありません」
白狼天狗4名、鴉天狗6名は異口同音にそれぞれ口にする。
彼ら10人は山の戦力の中枢を担う、天魔の直属の部下。普段は修行しているが、有事の際には天魔の指示にて山を舞台に駆け回るのが仕事だ。
「うむ。では今後の方針について話すぞ」
「!」
「今後一切、エスカルゴ一家に関わるな。もし山で見掛けても放置しろ。それだけでエスカルゴ一家と山との衝突は避けられるだろう」
「これまでもそうしてきませんでしたか?」
「そうだ。だが先日、里で催事を行った際は、一体どうなった?次代の巫女に暴れさせてしまったな。それは何故か?催事を優先し、下手に反発したからである。だが、そうではない。そうではないのだ。トラブルの回避っ!これを最優先しなさい。即ち、エスカルゴ一家に山の中で関わるなという事だ」
「分かりました」
「ならば良し。では皆、修行に励め。あぁそれと、ヒビキと椛は残りなさい」
「「はっ」」
他8名が帰ってから、天魔は重々しく話し出す。何を言われるのかと身構える2人だったが、実際は2人が思っていたよりもずっと深刻で、重かった。
「儂はこれからの子供に逆洗脳をかけるつもりだ」
「「逆……洗脳……?」」
「左様。これまでの子供は『山を守るべし』とだけ言われてきた。そうだな、椛?」
「はい」
「だが時代は変わりつつある。それを実行した結果起きたトラブルの数々……知らぬ訳はないだろう?」
「っ……」
「約20年前のエスカルゴの暴走も、その一環だな。そして先日の、次代の巫女との戦闘。間違いなく、天狗の意識の問題だ」
「……お言葉ですが、天魔様。それでは、外部の者を易々と通す事になるのですか?」
「エスカルゴ一家のみというのは変わらん。だが、先日の催事の際など、トラブルの回避を優先せよと言い聞かせておったにも関わらず催事を優先した。だからあのような事になったのだ」
「成程。争い事を避ける事に全力を注ぐと」
「そういう事じゃ。ヒビキ、何か言いたい事は?」
「特に。それから、関わりが薄いとはいえ俺の姪を止める事が出来ず、申し訳ないです」
「相手は次期博麗の巫女じゃ、仕方あるまい。寧ろお主に奴を止められるとは微塵も思っとらんよ」
「……はっ」
ヒビキが霊愛に勝てないのは間違いない。2人の実力を考えると、戦わせるまでもない事だ。もしもヒビキが何らかの勝負で霊愛に勝てるとするなら、それこそジャンケンくらいのものだろう。
「お主らの子は……寿と言ったかの。まだ童子だが、だからこそ成長の可能性が大いにある。いずれは、彼にも白狼を引っ張っていってもらいたいものだ。お前達や周囲の者の教育次第だ。頼んだぞ」
「「お任せ下さい」」
「うむ。然らば……椛、ヒビキ。お主ら犬走夫妻は、明日、寺子屋に向かえ。剣術指南をしてみなさい。そして『山を守る事とは』の何たるかを授業を通し子供達に教えてきなさい。教え方は問わぬ」
「ええっ!?お、俺が教える側にィ……!?」
「2人という事はつまり、そういう事ですね?」
「うむ。流石は椛、察しが宜しい。ヒビキ、お主も見習いなさい」
「は、はい……」
「よし、では戻りなさい」
「「はっ」」
立ち上がり、修行に戻ろうとする犬走夫妻。が、ヒビキは足を止め、天魔に向き直ると、彼にしてはどこか珍しい神妙な面持ちで、天魔に問うた。
「天魔様。1つ宜しいでしょうか」
「何じゃ?」
「俺達、天魔様直属の部下は、部隊創設時は白狼が4人、鴉が6人、そして女が居るのは俺達白狼のみでしたよね。椛と、彼女の妹の楓だけだったはず」
「そうだが?」
「先の集いにて女の鴉天狗が混じっていましたが、奴は一体何者です?」
「ああ、紹介がまだだったか……」
「はい。この部隊に所属したという事は、あの者は前任の者を倒し、その実力を示した、という認識で間違いないでしょうか?」
「左様。名は、
「陣風丸……凩……ですか。聞いた事のない名です。この部隊に入隊できる程の実力者なら、一度くらいどこかで名を聞きそうなものですが。他の5人の名だって、俺が隊長をやっている頃から有名でした」
「うむ。儂も同じことを考えて、奴の出自について聞いてみた。どうやら、どこの部隊にも所属せず、ひたすら己の力を鍛え続けたのだそうだ。だから、誰も彼女の名を知らなかった」
「入隊はいつ頃です?」
「昨日じゃ」
「き、昨日ッ……!?」
「直談判してきたのじゃ。私を特殊部隊に入れろ、入れるに値するだけの実力を示してみせる、と」
「……怪しいですね」
椛もヒビキと同様に怪しんでいる。しかし天魔はにこやかに、そんな2人を宥めるかのように優しく話を続ける。
「気持ちは分かるぞ。だから儂も、紫に頼んで頭の中身を覗いてもらった。だが大丈夫との事だった」
「ならば……大丈夫です、かね……失礼しました」
「よいよい。……あ、今の集まりの時に彼女の紹介もすれば良かったかもしれんな。椛、ヒビキよ。楓と将輝にも彼女について一応伝えておいてくれ。共に任務に当たることも、あるやもしれんからな」
「「承知しました」」
天魔が手をヒラヒラさせ、2人は今度こそ修行に戻る。しかしその道中に、2人はやはり先程の件についてあれこれと意見を交わす。
「やっぱおかしいよな?」
「だね。昨日入隊したのなら紹介が遅れたってのも分かるし、天魔様はおっちょこちょいな節もあるし紹介し忘れたってのも分かるけど、あの女の動向が奇妙奇天烈摩訶不思議……読めなさすぎるわ」
「……敵、ではねェんだよな」
「そりゃあ、同じ天狗だし……大丈夫、じゃない?」
「だよなぁ。とりあえず明日は天狗の里の寺子屋に剣術指南、か。頼んだぜ、椛先生?」
「いやあなたもちゃんとやってよ?2人って事は、2人で斬り合うのを子供達に見せないとなんだし。それに、寿だって居るんだからね?」
「……最近あんまし会えてなかったからな……やっぱ成長してんだろうな、アイツ……」
「そりゃそうよ、子供だもの成長するわ」
犬走親子は離れ離れで暮らしている。というのもヒビキと椛は天魔の直属の部下なので、特別宿舎で生活しているからだ。そして2人の子である寿は、一般天狗と同じように白狼天狗の宿舎で、他の白狼天狗の子供達と同じ釜の飯を食べて生活している。
だから犬走夫妻が息子に会うのは久しぶりのことだった。
◆
「──それにしても、『凩』かぁ。どっかの漫画のハーレム男みてーな名前してんな……んぁ?」
「あっ」
「む」
宿舎へ向かう途中に、その陣風丸凩と犬走夫妻はばったり出会った。風に吹かれて落ちてくる葉を、目を閉じたまま刀で切り裂く修行をしていた。
犬走夫妻が近くを通り掛かろうとすると、彼女は目を開け、鮮やかなその紅眼を覗かせる。ヒビキは怪しみつつも、一応は同僚なのでと対話を試みる。
「よ、よぉ。天魔様から聞いたぜ。あんた、かなり強ぇみてーじゃねーか。前任の奴をブッ倒したとかスゲーじゃん」
「何て事はない。取るに足らぬ雑魚だっただけだ。だから倒したまでのこと」
「ざ、雑魚って……アレでも全天狗のトップ10とかに入ってるんじゃねーの?アレで雑魚なら……」
「1つ言っておく。私は、貴様ら白い犬と馴れ合うつもりは無い。任務外の会話は不要。疾くこの場を去るがいい」
「白い犬だとォッ!?テメェ白狼をバカにすンのかクソ女ァッ!ブッ殺すぞ!?」
「こらヒビキ、落ち着いてっ!」
「落ち着いてられっかよ!こいつァ俺のみならず、白狼天狗全員をバカにしてンだぞ!!」
「……」
「あのなァッ!!鴉天狗が白狼天狗を見下すなんて文化、それこそ旧時代の遺物だぜ!時代にノれねェ老害かよテメーはよッ!!」
「頭に血が上りやすいのだな。よくもそんなザマで天魔様の直属の部下に成れたものだ。こんなヤツを手元に置くとは、天魔様のお心は図り知れぬ。単に実力不足な他、品格も無しとは恐れ入ったよ。何故貴様は妖怪の山に居る?犬走ヒビキ」
「テメェに何かを話すつもりはねェ!強者だか自己研鑽に励んでたか知らねェけどよォ、俺らはテメェみてェな協調性の欠片もねェヤツと仲良しこよしはしねェからな!!覚えてろクソッタレがァッ!!」
中指を突き立て、吐き捨てるようにそう言うと、ヒビキは椛の手を取り、逃げるように飛び去った。そんな2人の背中を見送り、凩は溜め息ひとつ。
「……やれやれだ」
◆
「いいですか、皆さん。『妖怪の山を守る』ということは、『外敵を除く』ことだけではありません。無用な血が流れぬよう、平和に、穏便に済ませる。これが一番の『守り』、いえ、『護り』なのです。山の為を想うなら、ただ戦闘行為で外敵を除くのはやめましょう。結果的に、山の為にはなりません。分かりましたか?」
「「「「はいっ!!」」」」
「宜しい。では本題に入りましょう。本日配られた教科書を開いて。────いいですか、皆さん。この教科書は昨日作成・印刷されたばかりの新品です。無理をしてでも早く皆さんに伝えなくてはならないことがあるからと、天魔様をはじめ鼻高天狗さんやその他印刷所の皆が粉骨砕身頑張ってくれました。感謝の気持ちを忘れずに、大事に使いましょうね」
「「「「はいっ……!!」」」」
「では、まず『英雄の項』から始めましょう。出席番号1番の君、音読をお願いします」
「はい!『山の英雄とは、この妖怪の山で最強且つ絶対的な天狗社会の長である天魔様を実力で倒した外部の吸血鬼、エスカルゴ・スカーレットの強さを称えた二つ名である。これは正義や悪と決定付けるものではなく、あくまでも英雄的な強さを発揮したという意味なので注意されたし』」
「はい、ありがとうございます。皆も知っての通りですが、彼は外部の者でありながらも、山において我々以上の権限を有しています。例えば妖怪の山をプライベートな事に使用したりなど。詳細は不明とされていますが、彼は私利私欲で妖怪の山の土地を使う事を許されています。それこそ、通常は絶対に有り得ない程に優遇されていますが、それは、一体何故でしょう?では……2番さん」
「はい!天魔様を倒したからです!」
「うーん、ちょっと惜しいです。誰か正解が分かる人は居ますか?」
「「「「………………」」」」
「では特別講師の犬走椛さん、お答え願えますか?子供達に正解を示して下さい」
「はい。彼を不自然なまでに優遇する事は、先程も先生が仰ったように『山を守る』事に繋がります。皆も知っての通りですが、彼は凄まじい強さを持ち全てを欲しいままにします。そんな彼を追い出そうなどとしようものなら、彼が山に訪れる度に、山と彼による全面戦争が勃発することでしょう。そしてその度に我々天狗は無惨にも殺されるのです」
「もはや災害そのもの……なのでは……?」
「正直な所、見方によってはそうとも言えますね。ですが我々天狗の戦闘員は純粋に彼の強さに憧れ、尊敬の意を込め『英雄』と呼ばせて頂いています。ただし今を生きる皆さんにそれを強制するつもりは微塵もありません。何故なら彼が災害的存在であることは紛れも無い事実であり、天狗の歴史がそれを証明しているからです。ではここまでの話を踏まえ先程の『何故彼は優遇されているか』という問題を考えてみると、自ずと答えは見えてくるはずです。3番さん、分かりますか?」
「えっ、と……彼を怒らせると、大変だから……?」
「正解です。この20余年、天狗は幾度となく壊滅の危機に瀕しました。それはどれも彼の怒りに触れた所為なのです。耳が早い人なら既に聞き及んでいるとは思いますが、先日は次代の巫女こと博麗霊愛の襲撃もありました。その理由は、『天狗が天魔様を呼んでこなかったから』なのです。分かりますか?つまり、天狗が天魔様に話を通したり、呼んでくるなど、従順に行動すれば、あのような事態にならず平和に済んだのですね」
教室のどこかから「次代の巫女ってお前の従姉弟じゃね?」「う、うん……」という私語が聞こえるが椛はそれをスルーし、話を続けた。
そしてまた別な子が、挙手した上で問いかける。
「子供相手に大人が下手に出るのですか?組織及び上下関係の崩壊を招きませんか?」
「子供だと侮ること
「じゃあ、次代の巫女が強いから従うのですか?」
「違います。これは次のページの話になりますが、彼女らが『英雄の子』だから、従うのです。前述の通り、英雄に逆らう事は災厄の襲来を意味します。そして彼は自らの子供達を深く深く愛しています。そんな愛する子供達が山の者により傷付けられれば彼が怒髪天を衝くのは自明の理。下手すれば、いや下手を打たずとも一刻も待たずに山は滅亡します。彼は未だに己の力の底を見せていません。もし彼が真なる本気を見せれば、妖怪の山の全妖怪を半刻も待たず殲滅するのも可能である────と、我々は予想しています」
「……ッ!」
「分かりますか?山が滅亡するのを防ぐ為に敢えて外部の者に従う、いえ、協調するのです。これこそ
『山を守る』という事に繋がるのです」
「け、けど、これでは……天魔様は英雄の言いなりになっているようなものじゃあ……?」
「そうかもしれません。でも天魔様は、例え周囲にそう思われようと平和に過ごす事を選んだのです。度重なる山の妖怪達への被害、死屍累々の惨状を、何度も何度も目にしてきたからこそです」
「成程……流石は天魔様……!」
「こういった騒動の度、葬式は何日も続き、社会の流れはほぼ全て停止します。平和を選ぶというのはこういった二次被害を防ぐ意味もあります。物事を判断するのは、目先の事だけでなく、先々を見通す必要があるのです。分かりますね?」
「……うぅ……よく、わかりません……」
「では例え話をしましょう。今あなたの目の前には美味しそうな羊羹があります。おやつが食べたいと思っていたあなたはその羊羹を食べようとします。しかし、以前あなたは母上に『夕飯の前におやつを食べてはいけません!』と怒られていた事を、ふと思い出しました。──────ここで、あなたは、再び怒られる事を選ぶのか?それとも怒られたくないと我慢するのか……?過去の反省をして、先々を見通すというのは、あなたが思っているほど難しい事ではありません。このように意外と身近な事なのです」
「今度は分かりましたっ……!」
「それは良かった」
ここでチャイムが鳴る。椛はここで授業を終え、退室。次の「剣術」の時間に備えて準備を始める。因みにこの間、ヒビキはただ教室の隅で突っ立って椛の授業を聞いていた。
休憩を挟み、遂に剣術の時間に。今度はヒビキの出番もある。彼は喜び勇んで子供達の前に出た。
「よぉーし授業を始めンぞ!まずは俺と椛の組手を見せてやる!その後で実戦な!俺と椛、好きな方に挑んで剣術を盗むんだ!」
「何か思ってたのと違うけど、まぁ、強くなるには格上との戦闘が一番だものね」
「そーゆーこった!」
そして授業の半分程度の時間を使い椛とヒビキで子供達に組手を見せる。その後は二手に分かれての組手授業を始めた。
威勢のいいヒビキを恐れ、立ち向かう子はあまり多くない。そんな彼に真っ先に挑んだのは、やはり彼の息子、寿であった。
「よろしくお願いしますっ、父上!」
「今の俺ァ先生だ。犬走先生かヒビキ先生と呼べ」
「はいっ……!」
妖怪の山は、真に平和へと向かおうとしていた。すぐまた激しい争いに巻き込まれるとも知らずに。
種族:鴉天狗
性別:女
能力:不明
年齢:不明(文を基準にすると凩も1000歳以上)
髪型:黒のロングヘアー
胸:ド貧乳
顔:童顔
目下修行中の女鴉天狗。かなりの実力者でヒビキも椛も敵わない相手とされている。天魔直属の部隊に急遽入隊した彼女の思惑とは…………。
戦闘時は、髪を一つに束ねてポニーテールにする。しかしそれは自身と同レベル、もしくは格上と認定した者と戦う時だけで、格下と戦う時にはそのまま戦闘に突入する。
ずっと一匹狼を貫いてきたらしく、それに説得力を持たせるくらいにはかなり気が強く、口調も極めて男勝り。
彼女の名は自分でつけたとされていて、もしそれが本当だった場合は本当の名前も不明である。そして彼女の真の名を知る者は、彼女の頭を覗いた八雲紫ただ1人となる。
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