オワリ!
「で?」
クレマンティーヌの高い声が室内に響く。彼女は笑みこそ浮かべていたが、その目は猛禽類のように鋭く明らかな怒気が見え隠れし、男は大きな身体を縮こまらせた。
大きな身体を丸めるように小さくさせた男の周囲には三人の女がいた。三人は男を囲むようにして男を見下ろしている。
そんな男にフォローを入れるようにユリが口を挟む。
「……まぁ、御方様の事ですから。その内、他の女性とも関係を持つだろうとは思ってました。こんなに手が早いとは思いませんでしたが……」
男にグサリと言葉を刺し、ユリは困ったように笑う。……笑っているはずなのだ。ただ、彼女の身体から重苦しい負のオーラが噴出していた。男の背中に冷たい汗が流れる。
「このまま放置してたらどんどん増えそうだよねー……いっその事、切っちゃう?」
「……それは少し困ります。あなたもそうでしょう?」
「まぁそうだけどさー」
二人は笑いながらそんな物騒な会話した。明らかに笑っていない目だったせいか男は文句も言えなかった。
「綺麗どころばかりですわね……使節団の対応をした彼女もあなたの相手なのですか。……道理で彼女から向けられる視線に嫌な予感がした訳です」
そして、男の背後からも極寒の視線が向けられていた。チラリと振り返り見た彼女はレイナース。今はもう蘇生の反動による身体能力の低下も乗り越え、体調は万全。その上で、男の眷属化の呪いを既に受け入れていた。
男の持つ不死人化のスキルは、特性としては呪いに属するということで、当初はレイナースに配慮していたのだ。
だが、彼女はその呪いを受け入れ、男との新たな繋がりを優先した形になっていた。その時に彼女に言われた『責任』という言葉に、男は後悔こそ無いものの少し早まったかな、とも思ったりもした。
「しかも、ボブカットの彼女の方は各国に手配書の回っている重犯罪者ではないですか……確か以前、法国から情報提供の要請が来ていた筈です」
レイナースが言っているのはクレマンティーヌのことだ。帝国が法国とも繋がりがあった縁で、彼女は法国がクレマンティーヌの足取りを追っていることを知っている。曰く、法国の秘宝強奪、反社会的宗教集団への関与、多数の冒険者殺害の容疑……他にも多くの容疑のある人物であると。
レイナースは男によってこの場に連れてこられ、そんな二人に引き合わされていたのだ。レイナースはメイドは兎も角として、ボブカットの彼女については何で犯罪者を囲ってるんだと、頭が痛くなる思いであった。
二人は不満を抱いているのか、場の空気はピリピリとしていた。その苛立ちがレイナースに向けられていた訳ではなかったが、居心地が悪い空間であることには違いない。
「レイナースさん。御方様のお眼鏡にかなったのは大変幸運なことですが、大きな苦労も背負うことになります。その覚悟がないのであれば、身を引くことが出来るのは今の内だけです」
ユリはレイナースに対して説得するような口調で言う。とはいえ、ユリもレイナースの口からどのような経緯で知り合ったのか、そして彼女にとって男がどのような存在であるか、ある程度の話は聞いていた。
顔の呪いを気にせず全て受け入れ、孤独だった彼女に人肌の温かさを教えたのだ。もし自分が同じ立場だったらと考えると、離れたいとは思わないだろうし、側にいられないのであれば死を選ぶというのは、それこそユリには共感しか出来ない事柄だった。だからこそ、レイナースが今更身を引くとは思えなかった。
しかし、クレマンティーヌはユリの忠告を茶化すように言う。
「その苦労って経験談ー?」
ニヤニヤしたクレマンティーヌに、ユリは額に青筋を浮かべた。
「殆どはあなたのせいです……!」
「なんでー? 私がいなかったら、いつまでもウジウジしてたんじゃないのー?」
「そんなことは……」
「私ってユリちゃんの恩人って言ってもいいと思うんだけどなー?」
「くっ……!」
男を間に挟んで交わされる女達の会話。男は気配隠蔽のスキルでも使っているのではないかというくらいに存在感を消しており、話題が自分の事から逸れて束の間の平穏に内心ホッとしていた。
「お二人には悪いですが、私も身を引く気はありません。ただ、積極的にお二人に関わる気もないので、その点は安心してください」
「……それはどういうことですか?」
「? 妻同士は同じ場所で暮らしたりはしないものでは? 勿論、この人を支えるのに協力が必要なのであれば同調することに否はありませんが」
ユリが妻……と小さく呟いた。その表情は心なしか嬉しそうだ。
一方、レイナースがピッ、と存在感を消している男を指差す。それは、あなたたちとは必要以上に仲良くする気はない、あなたちの行動を邪魔をする事はしないという宣言のようにも聞こえた。だが、その言葉の背景には二人に対する遠慮に加えて、自身の領分を侵されたくないという想いがあったのだろう。
「……あなたは御方様のパートナーの1人に選ばれたのですよ。それならば御方様の為に公私に渡って動いて貰わなければなりません」
「……家に入らずに私に何をしろと? 正直私はあなた達ほど強くはない。人間や魔獣相手ならまだしも、あのデスナイト一体にすら勝てないような女ですが」
浮かべたのは自嘲。会ってほしい人がいると連れてこられた場所にいたのは、自身よりも強い女で、容姿にも優れている。皆が皆、タイプは異なるが美女と言えた。そんな中で、勝っている点を見出せないでいたレイナースは少し気後れしていた。
「確かにそれはパートナーとしてよろしくありませんが……別に戦闘能力だけが求められている訳ではありません。あなたには御方様の覇道を手助けしたいという考えは無いのですか?」
ユリが眉を顰めて問いかけた。ユリのレイナースへの印象はそこまで悪くない。強さに関しても、不死人となった今、多少はレベルも上がっていると予測できたし、ナザリックには毎日鍛錬を行っているデスナイトやハムスケ、リザードマン達もいる。彼らに交じって鍛錬を繰り返せば今よりはマシになると思われた。
ただ、気になったのは彼女が何故選ばれたのか、ということだ。話に聞いていた限りでは顔の呪いを解呪する為の方法を死に物狂いで探っていたという情報があるが、いざ会ってみればその呪いは既に解けていた。そのせいだろうか。彼女は気が抜けているようにも見えたのだ。
「覇道も何も……私は何も本人から伺っていませんので。まだこの人がどのような地位にあるのかさえ良く分かっていませんし、正体を明かされた今でも知らないことは多いです」
「あー……そういう所あるよねー」
「……そうですか。それは失礼しました」
「そこで憐れまれても困るのですが……」
三人は白い目で中心にいる男を見た。
「御方様は魔導国ではアインズ様に並ぶ方です。至高の御方々に明確な序列はありませんが、魔導国において御方様は今後、占領地や植民地の統治を司る総督となられる予定のようです。それに、御方様は働かずに安穏とした生活を望むパートナーを望んでいる訳ではありません。必然的に私達が公私に渡って支えることになります」
咳払いを一つ。ユリがレイナースに説明した。曰く、ナザリック地下大墳墓──いや、魔導国における二本の主柱の内の一柱であり、私たちの創造主であると。
クレマンティーヌはユリの話などどうでもいいとばかりに指の爪を弄っていたが、その話はレイナースにとっては驚愕の内容だった。というよりも、その信じがたい過去もさることながら、神の如く崇めるその姿勢に彼女の口元は若干引き攣ってもいた。
そしてそれを否定しないクレマンティーヌも同様にヤバイ女であるという認識になった。
「では……私は何を?」
「……例えばですが、私はナザリック地下大墳墓への来客対応を任されておりますし、そこのクレマンティーヌは教会を立てて治療院を開院すると共に、御方様に信仰を集めるべく個人的に動いています。あなたは何が出来ますか?」
時期によってユリが任せられている仕事の内容は異なるが、最近ではナザリック地下大墳墓の地上部に建てられているログハウスでの待機がメインの仕事となっており、盟主であるアインズや彼女が慕っている男の出迎え、ナザリックへと訪れる来客への対応、外敵が現れた場合にはその目的の調査をすることにある。
一方、クレマンティーヌに関しては、ナザリックの仕事を配分されている訳ではないが、とある目的の為に帝国に教会を設立し、今後、それを運営することになるという。
「……魔獣退治、領内の警邏などは昔からよくしていたので、そういう仕事なら出来ると思います。あとは帝国式のマナー、常識、ダンスを教えるという事くらいでしょうか」
ユリはレイナースの発言に頷いた。
「それなら御方様への帝国式のマナーの教授が当分の仕事になるかもしれません。御方様の知るマナーとの差異の擦り合せや、私達もダンスを新たに覚える必要があるそうです」
「ダンス〜? なんで?」
クレマンティーヌが不思議そうに首を傾げた。その疑問は当然のものだ。なぜなら、マナーもダンスも晩餐会や舞踏会といった煌びやかな世界で必要とされるもので、彼女自身これまでそのような貴族文化とは関わりがなかった為だ。
「今後、帝国で夜会に誘われる場面が出てくる筈なのです。夜会に御方様のパートナーとして出るつもりが無いのであれば別に構いませんが」
今後は魔導国と帝国との間に同盟が結ばれることになり、魔導国が公の場に立つことになる。そのため、一目に晒されるパーティーにも招待されることも予測されていた。
まさか帝国皇帝が魔導国に恥をかかせる事態にはならないとは思うが、どこにでも愚か者はいるものだ。パーティに招待される可能性の高い御方やそのパートナーは、恥をかかされないようにマナーやダンス等、社交に必要となるものは一通り修めておく必要があるという話をユリは守護者統括であるアルベドから事前に言われていた。
「あー、私はいいや。そういうの興味ないし。というか修道女役だからパートナーとして出る訳にもいかないしね」
「面倒だと思って逃げただけでしょうに……では、ダンスについては追々御方様と私へと指導をお願いしてもよろしいですか?」
「え、えぇ、わかりました。ですが、私だけでは不安ですから、私の侍女も指導に参加させますわ。それとダンスを本格的に習うのなら専門の講師がいた方がいいです。さわりだけでいいのでしたら出来ますが……」
「そうですか……取り合えず、経験してから考えましょう。御方様もそれでよろしいですね?」
「はい」
元貴族令嬢ということもあり、レイナースはマナーやダンスに始まり貴族子女の嗜みは一通り修めている。しかし、四騎士で帝城に詰めていた時には客ではなく、警備側として参加するのが常であった。彼女本人もパートナーと伴っての夜会に出席する質でもないこともあって、夜会の経験が豊富とは言えない。
忘れている部分があることを不安に思い、彼女は自身にマナーを教えた侍女を指導に連れて行くことにした。
「──という風に、私たちは公私に渡って御方様のサポートをしなければならない訳ですが、その為にはやはり私達の連携も重要になります。緊密な意思疎通、相互連絡、そして統率が必要です」
「ユリちゃん、頭硬すぎ」
ケラケラとクレマンティーヌが笑い出した。レイナースは、この二人は仲が良いのか悪いのか分からないな、と二人を見ながら思う。
クレマンティーヌは法国での彼女の噂を聞く限り、性格に難ありのようであり、メイドのユリは見た目そのままに生真面目というイメージがあった。しかし、それぞれ性格は異なりながらも協力関係を築いている様子を見るに、この二人の緩やかな関係性が垣間見えた気がした。
「あなたが責任感に欠けているだけでは?」
「ほんと言いたい放題だよねー。で、本心では何が言いたいのかな?」
クレマンティーヌはユリから言い返されても気にする様子は見せない。むしろ、言いたい事はそれだけではないだろうと、逆に問うた。
「私が御方様の正妃に立候補します」
キラリと光る銀縁眼鏡。手の平で眼鏡の位置を直しながらユリは大まじめに言う。
「……正妃ねぇ? あんまり興味はないけど、それなら一番愛されてる(秘密を知っている)私がなるに決まってんじゃんねぇ?」
フン、とクレマンティーヌが鼻を鳴らした。
ユリの宣言に対抗してか、果たして本気なのかどうかもわからないがクレンマンティーヌは男に同意を求めるように腕を絡ませた。その目はハイと言え、という圧力に満ちている。目の前でパートナーが軽薄な女とベタベタしているのを目撃し、レイナースが嫌悪感を露わにした。
「……いえ、待ってください。その一番愛されてるという言葉には納得出来ません。言うタイミングを逃していましたが、あなたは秘密結社ズーラーノーンに所属している犯罪者の筈です。そんなあなたを彼が愛していると?」
レイナースが鼻で笑うような調子で答え、男に絡みつく腕を剥がす。その侮辱するような言動にクレマンティーヌは猫のように目を細め、剣呑な雰囲気を纏わせる。クレマンティーヌの殺意が乗った視線がレイナースを貫くも、レイナースも負けじと厳しい目で睨み返した。
「あ? 何しやがんだ。雑魚の癖に突っかかってくんじゃねーよ。新参は黙ってろ」
「……知っていますよ。あなた法国の機密部隊、漆黒聖典に兄がいるでしょう? 確か一人師団の異名を持つクアイエッセ殿でしたか。彼とは少しだけ話した事がありますが、全く正反対の性格のようですね」
「あ゛?」
レイナースは今でこそ元ではあるが帝国皇帝直属の四騎士。国政の中枢に近いと言う事は機密情報に触れる機会も多いということである。
帝国においても法国の機密部隊、漆黒聖典の名は知る人ぞ知るものである。その部隊の中でも比較的、表の世界で露出が多いのがクアイエッセと呼ばれる青年であり、レイナースは彼と話をしたことがあったのだ。
以前にアダマンタイト級に近いオリハルコン級の実力を持つ四騎士に顔繋ぎすることを目的の一つとしてか、帝国に法国からの使節団に交じって訪れたことがあった。そのクアイエッセは容姿こそクレマンティーヌによく似ていたが、笑顔を絶やさない真面目そうな人物であったことを覚えている。
レイナースがその彼とクレンマンティーヌとの繋がりを知っていたのは、彼が秘密結社ズーラーノーンに出入りしているという彼女の情報を求めていたというのもあるが、彼の取り巻きにお喋りな人物がおり、実は肉親だという情報も同時に入っていたからであった。
「テメェ……あのクソの名を二度と呼ぶんじゃねぇ。ブチ殺すぞ」
「おや……お気の毒ですね。兄は法国のエリート、妹は犯罪者だなんて。育った環境は同じでしょうに、何がいけなかったのですかね」
「本気で死ぬか、お前」
レイナースに兄であるクアイエッセと比較されるように嘲笑されたクレマンティーヌは凶悪な殺気を込めて睨んだ。その雰囲気は今にも腰のスティレットを引き抜いて飛び掛かりそうである。秩序を尊ぶ騎士と混乱を好む咎人。二人の相性はどこをどう見ても最悪であった。
「やめなさい! レイナースさんもあまり煽らないように。こんなのでも御方様の眷属ですから」
「……すみません。どうにも犯罪者を見ると煽ってしまう癖が。犯罪者に人権はないと思っていますので」
「ユリちゃんの言う通りだよー? よろしくねぇ、後輩ちゃん。でもさぁ、あんまり舐めたことぬかしてっと、本気でヤってやんぞ雑魚が」
ユリは天を仰ぎ、疲れたように大きなため息をついたのだった。
「お前、兄貴いたんだっけか。会うことがあったら挨拶とかした方がいいのか?」
「やめて。あのクソは人前じゃ良い子ちゃんだけど、中身は本当にクソだから。ヘドが出る。もし見つけたらボコボコにしてやって。あー、ムカついてきた……!」
「……流石にそういう訳にはいかないだろ」
男が酷い扱いだなぁと思いながら苦笑いした。良くもまあ実の兄をここまでボロクソに言えるもんだと思いながら聞いていた男であったが……以前に聞かされた彼女が捻くれた原因の一端を思い出して、クレマンティーヌを慰めるように腰を抱いて身体を近づけた。
クレンマンティーヌは手加減など知らぬとばかり、苛立ちを解消するように全力で男に抱き着いて締め上げたのだった。
その行為を目にしたユリは眼鏡を避けて指で目頭を揉み、レイナースは厳しい視線をパートナーでもある男に送った。ユリなどは多少慣れていたが、レイナースは酷く憎々し気な苛立ちを男とクレマンティーヌに向けていたのだった。
「ンンッ! 話は戻しますが、そろそろ私達の間で序列は決めておくべきだと思います。このままでは各々がバラバラに動くことになりかねません。御方様。どう思われますか?」
「え……? そ、そうだな……三人が必要と思うなら否定はしないが……二人はいいのか?」
険悪な雰囲気となっている場で、どう仲裁したらよいのか分からずハラハラしていた男が三方の様子を伺う。クレンマンティーヌとレイナースは一触即発。前にも見たことがあるような光景であった。
「いいじゃん。その女のことボコボコにして二度と舐めた口が聞けないようにしてやるよ」
「フン……暴力でしか人を図れないとは。社会の底辺、いかにも咎人らしい言葉ですね」
険悪なムードがまた一段階上がった。ここで暴発することがないとは分かっている男ではあるが、男はいたたまれなくなり逃げたくなった。しかし、レイナースとクレンマンティーヌは当の男に腕を絡ませて睨み合っている。
「決まりですね……それでは、近く正妃戦争を執り行うことにいたしましょう」
自業自得だ、とばかりにユリは溜息をついたが……内心では正妃戦争への戦意をバチバチに漲らせていた。
□
ナザリック地下大墳墓。その第十階層にある執務室にて。ナザリック地下大墳墓の盟主であり、アインズ・ウール・ゴウンを名乗るモモンガは配下であるデミウルゴスとともに、今後の魔導国における方針について擦り合わせを行っていた。
「アインズ様、念のためのご確認をよろしいでしょうか。 帝国を押さえた後は王国の占領が目標になるかと思われますが、どのようになされる予定ですか?」
デミウルゴスはナザリックでもイチ二を争う頭脳を持った優秀な配下であり、本来であれば主人の意を確かめようとせずとも、その意を汲んで動こうとする。デミウルゴスの頭の中では、既に帝国の属国化から王国占領までの道筋が見えており、その大筋は間違いないと確信していたものの、細かい部分ではどうしても確認が必要であった。
ナザリック地下大墳墓を魔導国として表の世界に出しエ・ランテルを支配するまでの流れは既に路線に乗っており、余程のイレギュラーがない限りは崩れることはないとデミウルゴスは判断している。
帝国とは友誼を結び、エ・ランテルがアインズ・ウール・ゴウンに所属する都市であるという書状が王国に既に届けられている。次の帝国と王国との戦争で魔導王アインズ・ウール・ゴウンが王国戦力を瓦解させる一手を打つことも既定路線。
王国はエ・ランテルの割譲を呑まざるを得ず、魔導国は表舞台に立つ。鮮烈は戦果を持って存在感を示した魔導国は周辺国家に大きな圧力をかけることになる。それを機として、魔導国がどのような組織であるか、危険な集団ではないか、周辺国家から差し向けられた偵察が都市内に紛れ込むことも増えるだろう。
デミウルゴスが懸念している問題はその後であった。だが……
(王国? 早すぎないか……まだ魔導国の建国を表明したばかりだぞ。帝国だってまだ同盟を組んで関わり始めた段階だ。今度の戦争で超位魔法を試すつもりだけど、それで周囲に対する
「王国か……ナザリックの戦力を考えれば正面から攻めて落とすことは容易いだろうが……大義名分は必要になるだろうな。大義名分のない蹂躪は恐怖しか生まない。まどろっこしいが徐々に呑み込んでゆくしかあるまい」
アインズは周辺に与える軋轢を気にして、王国に対しては融和政策をとるつもりでいたのだ。そして、それは同盟国となった帝国に対しても同様である。
「そうですか……時間がかかりますが仕方ありません。現在は少しでも期間を短縮する為に手のかかった者を入れています。その内の一人、ラナー王女と話をしましたが、彼女は精神の異形種とも呼べる人間とは異なる精神構造を持っていました。そして、私やアルベドにも迫る智者。彼女を取り込めば魔導国の戦略は広がりを見せることでしょう。彼女も一度、アインズ様にお目通りしたいと申しております」
デミウルゴスはどこか憂うような雰囲気を漂わせていたが、アインズは彼の様子の変化に気付くことは無かった。
一方でアルベドやデミウルゴスにも匹敵する頭脳を持つ存在を示され、アインズは内心で驚愕した。
(おいおい……デミウルゴスとアルベドに迫る智者? 人間だよな? 大丈夫なのかそんなのを取り込んで……)
「む、そうか。必要であるのならば、それはデミウルゴスの判断に任せよう」
内心では不安極まりなかったものの、優秀な人材が欲しいのもまた事実。全てナザリックの人材で国を回すことなど出来る訳もない。
「は、畏まりました。いずれ折を見て場を整えたいと思います。王国を落とすのは時間がかかるとして、やはり、その間に西方の聖王国の攻略を優先すべきかもしれません」
「う、うむ。頼むぞ、デミウルゴスよ」
アインズの中身、鈴木悟はいっぱいいっぱいであった。目先では戦争の大役が待ち構えているのに、デミウルゴスはその先の展望を急かしてくる。頭脳で勝ることの出来ないアインズではデミウルゴスの問いに曖昧に答えることしか出来ないでいた。
聖王国のこともそうだ。聖王国では魔皇ヤルダバオトが猛威を振るっているという話は聞いていたが、アインズではその意味を推し量ることは出来ない。いずれ魔導国が聖王国を支援し、魔導国に対して友好的な形になるように纏めるのであろうとは推測しているが、どのようなシナリオを描いているのかを聞くことも出来ず、内心では頭を抱えていた。
「承知いたしました。しかし、折角御方様が魔導国の背後にある帝国を押さえてくれているというのに、王国の攻略がままならないとは……我が身の力不足を痛感致します」
デミウルゴスが恥じるように頭を下げた。御方の支援に自身が追い付けていない。それは非常に大きなプレッシャーとなっている。反面、それは自身にかける期待であり、発破でもあるとデミウルゴスは理解していた。
(え? 確かにあの人は今、帝国内の偵察をしてくれている筈だけど……一体何してるんだ……)
「ふむ。我が友か」
友人からは偶に連絡も来るし、ユリに会う為にナザリックに帰還することもある。その時には顔を合わせて話をするし、リゾートスパに一緒に行くこともある。だが、帝国の観光情報についてチョコチョコと話すくらいで特別なことは何も言っていなかった筈だった。
「はい。既にご存知かと思いますが、御方様は帝国の政治中枢に不死人を送り込んでいるようです。帝国を属国化した後の監視体制構築と政治機能の誘導を見越した策と思われます。そして、やや遠い未来にはなりますが、帝国は全ての臣民がいずれ不死人と化し、魔導国に対して温順な不死人の民が暮らす国とするおつもりでしょう。まさに、進取果敢。総督となりアインズ様をお支えする気概に満ちた、未来を見据える鮮烈な一手と言えます」
アインズは思った。絶対、そこまで考えてない。恐らくは内部に協力者がいた方が調査しやすいと思ったからだろうな、と。
それに帝国を不死人の国にする? アインズがつい先日リゾートスパで顔を合わせた時にはそんなこと一言も言っていなかったのに。
(あの人ほんとに何してんだよ……)
どうにもデミウルゴスの思考バイアスはアインズだけでなく友人にも有効であるらしかった。