七夕記念日1
湊 智花『はぅぅ。みんなにも一緒に来て欲しかったのに』
紗季 『私たちが大勢で行っても、せっかくのご家族のお祝いのお邪魔になっちゃうでしょ。なによりトモはもう長谷川さんのトクベツなんだからさ』
まほまほ『もういーかげんカクゴきめろよもっかん』
ひなた 『おー。そうだそうだー』
あいり 『私たちの分までいっぱい楽しんできてね、智花ちゃん』
湊 智花『う、うん。そうだよね。私、みんなの代表として参加させて頂くんだもんねっ』
紗季 『ま、概ねそんな感じよね。ふふっ。だからってあんまりハメを外しすぎて愛しの長谷川さんとイチャイチャしすぎないようにね~』
湊 智花『そっそんなにはしないもんっ…………………………たぶん』
まほまほ『かえってきたらホウコクよろ~っ』
ひなた 『おー。よろ~』
あいり 『ふふ。いってらっしゃい、智花ちゃん』
*
七月七日。この日は世間一般で言うところの七夕である。
思い思いの願い事を書き記した短冊を笹竹に結びつけたり、
満点の星々が輝く夜空の上で、色恋沙汰に夢中になり過ぎたバカップルが一年ぶりに再会することを許される日。
ガキの頃から、ごく身近に年中恋人気分のバカップル振りを見せつけられている立場としては、妥当な判断だとは思ったものだが、
実際に恋人ができた今は、その理不尽さによく二人がブチ切れなかったものだと考えも変わっていた。
せいぜい俺たちも自分たちの本業を疎かにして、引き離されてしまわないよう気をつけないとな。
さて、個々人で大なり小なり違いはあるだろうが、ここまでが大よそごく普通の七月七日の行事であり、過ごし方であろう。
そして、長谷川家では他のご家庭よりに比べてもう一つだけそれなりに大切な家庭内行事があるのだった。
まぁ昨年は元々一番の当事者が特に気にしている様子でなかったり、俺の方も色々な問題事や行事が立て続けに起こっていたこともあり、それらに埋もれるような形でスルーしてしまったわけだが。
「七夕さん、お誕生日おめでとうございますっ」
朝練を終えた後に、いつもの三人が揃った長谷川家のリビングに澄んだ少女の声が響き渡る。
そう。今日は母さんの誕生日だ。
ちなみに去年は親父が帰って来れない代わりに熱烈なラブメールを大量に送りつけていたようだった。
「うふふ。ありがとう~智花ちゃん」
片結びにした髪を弾ませながら祝いの言葉を告げる少女に、目を細めながら嬉しそうな笑顔を返している。
時折まるで本当に親子のような雰囲気を醸し出している二人だが、その様子を見かける度に、彼女の本当の母親である花織さんにどこか申し訳ない気持ちを抱いてしまう。
「その……誕生日おめでとう、母さん。あと、これ受け取って欲しい。智花にも選ぶのを協力してもらった奴だから、きっとそこまで大ハズレの物にはならないんじゃないかと」
……恥ずかしい。まさかこの年になって母親の誕生日を真面目に祝うことになろうとは。
純粋に誕生日を祝いたいっていう気持ちももちろんあるのだが、それを口実に智花と久しぶりにデートできたのも嬉しかったりもするが。
プレゼントも、できれば智花から母さんに渡して欲しかったのだが、絶対に俺から渡さないとダメだと頑なに断れてしまった。
結果、かなりぶっきらぼうな渡し方になってしまった気がするのだが、良かったのだろうか?
「ありがと~すばるくん、智花ちゃんもありがとうっ。すっごく嬉しいわ~」
俺の不躾な態度を特に気にした様子もなく、嬉しそうに両手で丁寧に包装された袋を受け取ってくれる。
そして、そんな受け渡し風景を間近で見ていた少女も俺たちに柔らかな笑顔を浮かべていた。
さすがに少しおおげさだろ……。とは思ったが、わざわざ二人の感動に水を差すこともないな。
もともと一言二言くらい声を掛けるくらいはしていたのだが、真剣にプレゼント選びをするというのは実に数年振りになるだろう。
というのも、当時の俺は若気の至りという奴で、あろうことか形に残る物をプレゼントに選んでしまったのだ。
『いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。これからもお料理がんばってね』
そんなお祝いしてるようで実は自分の欲望に忠実な拙いバースデーメッセージと共に贈った一品。
うん。まぁ、エプロンなんだけどね。それもごくごく一般的なありふれた、それでいて値段もお手頃価格な。
結果はお察しの通り、母さんにはそれを大層気に入って頂けたご様子で、事あるごとにそれを身に纏うのだ。
最初の内は俺もプレゼントを喜んでくれていると思って嬉しかった。
だが、月日が経ち、無邪気な子供が大人に成長して行く過程を経て、それは徐々に俺の心を蝕み始めてきた。
現在進行形で……。っていうか、今まさに付けてるし。
そんな俺の永遠に終わる事なく書き記され続ける黒歴史にようやくピリオドを打つ日が訪れたのだ。
「あらあら~とっても可愛いわね~」
さっそく袋を開け俺たちが選んだプレゼント確認すると感嘆の声を上げる。
それを早速広げるとすぐに自分の体に当てて見せた。
「やっぱ智花に選んでもらった良かった。今のより断然似合ってるぞ」
「その、良かったら……気が向いた時だけでもいいですので、こちらの方も付けて頂けたら嬉しいですっ」
大丈夫だ智花。数年前の俺なんかよりも智花のセンスの方がいいに決まってる。
さぁ、これからは『俺が』選んだエプロンではなく、『俺と智花が』選んだエプロンを身に纏ってもらうぞ。
願わくばそれをさっさと脱いで欲しい。割とガチで。
おそらく智花もまだ知らないはずだ。
彼女に俺の恥ずかしい過去を知られる前に黒歴史は物証と共に闇に葬り去らねば。
「昴さんから聞きましたけど、七夕さんのそのエプロンだいぶ前から使われていらっしゃっるんですよね? そちらもすっごく七夕さんに似合ってますっ」
あ。待って智花、その話題は非常にマズイ。
俺のパンドラが全開放されちゃうから、ホントやめて。
「うふふ。実はこれはね――」
「ふぁう……」
不思議なことに俺のパンドラの箱には最初から希望なんてものなかったようだ。
俺が隠したかった黒歴史は全て母さんの口から暴露されてしまった。
……お願いだ、智花。そんなに優しい目で俺を見ないでくれ。
彼女が決してからかったり囃し立てたりするようなことをしない心優しい少女だということはわかっている。いや、だからこそ知られたくなかったわけで……。
「そうだわ。古い物だから申し訳ないんだけど、これからは家でお料理を手伝ってくれる時は智花ちゃんが付けてみる?」
「ふぇぇっ!? そ、そそそんな大切な物、私なんかが使わせて頂くわけにはっ。これからも七夕さんに付けて頂いた方がいいですよぉ」
「せっかく智花ちゃんとすばるくんから新しいエプロンをもらったんだもの。こっちを使わせてもらわないと」
「で、でもっ……はぅぅ」
俺が落ち込んでいる間に、なぜか件のエプロンを巡って二人の間の押し問答が始まっていたようだが、正直今の俺にはもうどちら側にも加勢する余力は残ってない。
どうやら、ひとまずはタンスに保管されることが決まったようだが、きっと母さんのことだ、事あるごとに智花に着せようとするに違いない。
「本当にありがとうね。まさかすばるくんだけじゃなくて私までお祝いしてくれるなんて思ってなかったらビックリしちゃったわ~」
正直それが普通の反応だろう。
俺も子供同士ならともかく、その親の誕生日まで祝わせてしまうのは気が引けてしまっているのが本音だった。
今まで見たいに昼食や夕食に招待する分にはもちろん大歓迎なのだが、今回ばかりは主目的が目的なだけに、他の子たちに対しては母さんだけでなく俺の方からもやんわりと丁重にお断りさせて頂いたものの、智花に至っては恋人権限を発動されてしまったのだった。
「いえっ。去年は全然考えが至らず、すみませんでしたっ。七夕さんのお名前からして、この時期かも知れないって十分に気づけたはずなのに……」
「いやいやいやいや。そこは智花が頭を下げるところじゃないって」
深々と頭を下げてしまった少女に思わず声を掛ける。
母さんも入れてしまえば七月に入って一週間を待たずに祝い事が三つも立て続けに重なってしまう。
正直彼女には母さんよりも二人の大切な友人の方を優先して欲しいのだが……。
「あの、もしお邪魔になってしまうようでしたら、すぐに帰らせて頂きますので遠慮なくおっしゃってください」
やはり智花の方もどこか後ろめたさや気まずさを感じてもいるのだろう。
だがな、智花。もう遅いぞ。
知らなかったのか……? 母さんからは逃げられない!!
「うふふ。それじゃあ、ちょっとだけワガママ言わせてもらっちゃおうかしらぁ~」
「は、はいっ!! 私にできることでしたら、なんでもおっしゃってくださいっ!!」
母さんの思惑たっぷりな言葉に食いつくように二つ返事で答えてしまう智花。
少しでも罪滅ぼしができるのならばと、藁にも縋る勢いなのだろう。
しかし、母さんの口から告げられた言葉は死刑宣告にも等しいあまりにも無慈悲な要求だった。
「すばるくんには悪いんだけど、智花ちゃん借りちゃうわね」
「……ふぇ?」
「なん……だとっ……!?」
母さんのワガママの内容が俺の予想を大きく越えていた。
てっきり昼の部だけでなく夜の部への参加――あわよくばそのままお泊りしてもらうことだと思っていたのだが、まさか俺から智花を奪いに来るとは……。
「あ、ちゃんと夜には返してあげるから安心してね。それとも夜も一緒に寝てくれるかしら?」
「おいこら」
「ふぇぇっ!? そっそれは、その………………ご、ごめんなさいですっ!」
どさくさに一日中俺から智花を奪おうとしてきたため咄嗟に口を挟む。
智花自身も、母さんのペースに振り回されつつも、さすがにそこまでの要求を飲めないとしっかりと否定してくれたので一安心。
「ふふ。冗談よ。夜はすばるくんと寝てあげてね」
「は、はい……すみませ――ふぇぇぇぇええぇぇぇぇーーっ!?」
どこまで冗談なのかまったく読めん。
さりげなく智花が俺と一緒に寝てくれるように言質取ろうと誘導してくれたのは――いやいやいやいや嬉しいなんて思ってないぞ。
そういうヒキョーな手で智花と寝るつもりなんてないんだからなっ。
「あら? もしかして今日ってダメな日だった?」
「い、いえ。そういうわけでは……はぅ!?」
母さんにつられてトンデモないことを口走ろうとしてしまい、頬を紅潮させながら慌てて両手で口を押える。
その仕草のまま、ちらりとこちらに向けられた視線に目があってしまい、こちらも赤面する。
不意に舞い降りてきた今日はシてもいい日。という情報に一瞬本気で心を躍らせてしまったことに心底猛省する。
ってか、なんでそんなことまで把握してやがんだよ……
相変わらず母親コンビの繋がりの強さを痛感させられるのであった。
智花だけでなく俺まで終始母さんのペースに振り回されたまま昼の部が一段落。
ここで母さんの要求通り、智花が一時俺の元を離れることに。
この後にもう一人の参加者が加わるタイミングの夜の部。というかむしろそこが本番。
その準備のため彼女に協力を要請したのだ。
多少の寂しさはあるけど、その埋め合わせ以上の対価をすでに支払われてしまった以上、俺も応じるしかない。
いや、いくら大丈夫な日だからって絶対にヤるわけじゃないんだけどね。期待はしちゃってるけど。
一人寂しく悶々とした気分を晴らすべく庭に出ようとしたところで、ふとキッチンに目を向けてみると俺の黒歴史エプロンを智花に着せてしまっているあたり、さすがと言わざるを得なかった。