もう一人の参加者こと俺の親父、長谷川銀河が加わっての夜の部はさらに盛り上がりを見せていた。
やはり去年、当日に帰って来れなかったのが相当に腹にたまっていたのだろう。
「去年はごめんなー。なゆなゆ~。俺だって本当は無理やりにでも帰りたかったのによぉ~」
「ううん。大丈夫よ銀河くん。銀河くんは私たちのためにいっぱいがんばってくれてるんだもん。今日だってほんとは大変だったんでしょ?」
相も変わらずのいきなりバカップルぶりを発揮し始めんな。
この場には智花もいるというのに……って、智花?
「ふぁう……お二人ともすっごく仲良しさんですよね。昴さんっ」
「え? ……あ、あぁ。そうだね」
バカップルにどこか羨望の眼差しのようなものを向けている少女に同意を求められたのだが、素っ気ない反応をしてしまい反省。
女の子からすれば『あんなの』でも、それなりに良く見えてしまうものなのだろうか?
確かに仲睦まじい姿というのは見る人を幸せな気持ちにするのかもしれないが、少しは人目を憚るというか自重して欲しいというのが息子の意志だが、まるで通じていない。
「羨ましいんだったら、昴だって智花ちゃんとイチャイチャすればいいだろ」
「ふふっ。恥ずかしいのはわかるけど、誘ってあげた方が智花ちゃんだって嬉しいはずよ。ねー」
「はぅ!?」
急に振られて恥ずかしそうに俯いてしまった。
ってか、焚き付けようとすんじゃねぇよ。俺と智花はもっと落ち着いた関係なんだ。
「さて、それじゃそろそろ風呂だけどさ。今日はどうするなゆなゆー?」
親父の口から発された不穏な単語に思わず眉をひそめる。
「そうねぇ。ほんとーはみんなで仲良く入りたいんだけど――」
「ふぇぇっ!?」
「絶対ダメに決まってんだろうがっ!!」
「なんだよー。まったく昴はちょっと独占欲が強すぎんだろー」
明らかに分かった上でからかってきている親父に余計イライラするが断固拒否。
他の男に大切な恋人の肌をさらさせるようなことできるわけないだろうが。
さすがに言って冗談と悪い冗談の区別くらいつけやがれってんだよっ。
そう思っていた矢先。どうやら今回に限っては思いがけない強力な味方がこちらについてくれていたようだ。
「あらあらー。もしかして銀河くんは、すばるくんの大切な恋人さんとも一緒にお風呂に入りたかったのかしらぁ~?」
いつもと変わらぬどこか間延びした口調はそのままはずなんだけど……なんだろうこの威圧感。
傍から見ているだけでも、思わず後ずさりしてしまいたくなるくらいなのだ。
幸いなことに今回はその矛先は俺ではないということに心底安堵しつつ、実際に向けられた者――親父には多少の同情を禁じ得ない気がしないでもないが、まぁ自業自得だ。
本気で収拾がつかなくなりそうだったら、助け船くらいは出してやろう。そんなことを考えつつ、慌てふためく親父の姿が見られることに期待していたのだが、
「ははっ。そんなわけないだろー、なゆなゆーっ。俺が愛してるのはなゆなゆだけに決まってんじゃんかっ」
母さんから発されているとてつもないプレッシャーを涼しげな顔で簡単に受け止めてしまっていた。
「ほんとーにほんとぉ?」
母さんの方も、おそらく親父の言葉に偽りがないと感じたのが、怒りの暴風雨のようなプレッシャーは霧散し、代わりにどこか不安な様子で少しだけ頬をふくらませている。
ありていに言えば『激おこ』から『ぷんすか』にランクダウンしたといったところだろうか?
この時点でようやく俺は全て親父の手の内だったということを察した。
ってか、『母さんにかまわれたい』なんて下らない理由で俺たちをダシにつかうんじゃねぇっ!!
隣で俺と一緒に事の成り行きを見守っていた智花はまだ気づいてない様子だったので、そっと頭に手を乗せさせてもらいながら「もう心配しなくてもいい」とだけ告げてやる。
忘れていたつもりはないが、こうして目の当たりにしたことで自分の認識がまだまだ甘かったのだということを嫌というほど理解する。
この二人はどうしようもないくらいのバカップルということを。
「俺がなゆなゆ一筋だってこと。今から証明してやろうか?」
「うふふっ。うん。久しぶりにお願いしちゃおうかしらっ」
親父に肩を抱かれながら、優しく耳元で囁かれると嬉しそうに頷いた。ってか、お前らいつものキャラと変わってるだろっ。
「ふぁう……」
智花は智花で二人の駆け引きというよりは、もはや予定調和な流れに、感嘆の息を漏らしながら赤く染まった頬を両手で抑えていた。
……もしかして智花ってこういう誘われ方に憧れてたりするのだろうか?
いや、残念ながら俺には智花相手にそんな強気な誘い方はまだ難しい……。申し訳ないが。
「――とゆーわけだから、昴。ちょっとなゆなゆと風呂入ってくる。ま、お前たちもどうしても一緒に入りたいって言うんなら、混ぜてやってもいいが」
「言わねーよっ!! いいからさっさと行って来いっ!!」
早々にこのバカップル共を追い払いたい一心で親父をリビングから追い出す。
「うふふ。ごめんね。成り行きだけど、二人には悪いけど今日は先にお風呂頂いちゃうわね」
「い、いえっ。そ、その……ごゆっくり入ってきてください」
耳まで真っ赤に染まった顔を俯かせながら、徐々に尻すぼみになっていく言葉。
男同士の雑なやり取りは反対に、努めて冷静に母さん送り出そうとがんばっている智花だが、おそらく彼女もこの二人が風呂で何をするのかという想像で頭の中がいっぱいになってしまっていることだろう。
俺と智花の二人だけになったところでテーブルを挟んで向かい合うように座り直したのだが、どこか気まずい。
騒がしかった二人がいなくなったことで、しんと静まり返ってしまったリビング。
「なんかごめんな。二人ともいつも以上に変なテンションでどっと疲れたろ?」
「あ、あはは。とても賑やかでしたね。ビックリすることでいっぱいでしたけど、でもなんだかすごく楽しかったですっ」
彼女の言葉にふと湊家の様子を想像してみたが、きっと俺の概ね想像通りだろう。
花織さんはともかく忍さんは、あまり騒がしすぎるのは、苦手そうな方だからな。
「そうだ。智花、もし親父に変なこと言われても絶対に言うこと聞く必要なんてないからな。なんだったら俺や母さんにすぐに話してくれたっていいからな」
あとで親父にも念入りに釘を刺して置かないとな。
智花は時折冗談すら真に受けてしまうくらい真面目な子なんだから。
たとえ親父にとっても不本意だったとしても、取り返しのつかないことを彼女にさせてしまってから「わりぃ。昴」なんて言われてもきっと俺は絶対に許せない自信がある。
「はいっ。私は、もう……す、昴さんの、ものですから……できないことは、ちゃんとお断りさせて頂きますので、あ、安心してくださいね?」
「う、うん」
「それに、その……昴さんのお父さんも、変なこと言ってごめんな。ってちゃんと謝ってくださいましたよ」
そりゃ親父も弁えるところは弁えてるし、ちゃんとその後のフォローもするに決まってるよな。
……確かに親父の言うとおりだったのかもしれない。
ちょっとばかし智花の独占欲が強くなってしまっている気がする。
もっと彼女のことを信用してあげるべきなのに、心配になりすぎてしまって……。
そういう当たり前のことに改めて気づかせてもらい、少しは親父たちを見直してやろう。
そんなことを考えた矢先――」
『……ん』
『ほらほら~。どうだ? ここがイイんだろ~』
風呂場の方から決して漏れてはいけない声が俺の耳へ届けられてしまった。
びくり。と反射的に背筋を伸ばしてしまうと、向かいの少女も俺と同じ反応をしてしまっていた。
俺たちに気まずい空気を与え続けていることに気づいていないのか……いや、実際気づいていないのだろう。
おそらく激しく燃え上がっている風呂場に反比例するように俺たちがいるリビングは、ぴんと張りつめたような空気に場を支配されてしまっていた。
黙っていれば聞きたくもない嬌声が耳に届くが、かと言って変に声を上げてしまうと、俺と同じく気まずい思いをしている少女を驚かせてしまうかもしれない。
「あ、あはは……。な、七夕さんも、昴さんのお父さんも仲良しさんですね」
「こんな家庭で重ね重ね本当に申し訳ない」
照れ笑いを浮かべながらオブラートに包まれた表現で感想を告げてくれる少女にただただ頭を下げることしかできなかった。
とはいえ、いつまでもこんな精神衛生上よろしくない空間に彼女を居続けさせるわけにもいかない。
「……お、親父たちはまだしばらく掛かりそうみたいだし、俺の部屋に行かないか?」
「ふぇぇっ!? す、昴さんのお部屋ですかっ!?」
あ、しくった。確かにこのタイミングで俺の部屋に行こう。なんてどう贔屓目に見たって下心見え見えじゃないか。
「その、もちろん変な意味でじゃくてさ。少なくともここよりは落ち着けると思ったからであって……」
「はうっ!? す、すみませんっ。私ったらまた変なかんちがいをっ」
否定したらしたで、今度は智花に必要のない謝罪をさせてしまうことに。
うぅ、違うんだ。俺はただ智花とお互いに気を張り合わずに自然体でいられる関係になりたいだけなんだ。
気まずい空気を払拭しきれないまま、二人で廊下に出て俺たちの部屋へ移動を開始する。
移動の中なんとか挽回できないものかと必死に思考を巡らしていると、不意に手を握られた。
「……智花?」
「かんちがいしちゃったので…………このまま、かんちがいしたままでいたいです」
この状況でしちゃった『かんちがい』とはつまりそういうことであって……。
「いいの?」
俺の短いな問いかけに小さくだけど、しっかりと頷いた少女にはもう躊躇いは微塵もないように見えた。