「見損ないましたよアナベベさん!!」
白華拳の村に緊迫した空気が流れていた。
不安そうな村人達。視線の先で、ペドロが仲間へ怒鳴っている。
原因は突然アナベベがトーナメントから降りると言ったからだ。
「これからじゃないですか。西派の為にトーナメントを勝ち進んで黒龍を倒すのは!」
「そうですよ、なんで!?」
ペドロとこうがが問いかける。少し離れた場所ではターちゃんとヂェーンが心配そうにやり取りを見ている。
「倒せねーよ、あいつらは」
胴着からシャツとジーンズの普段着に着替えたアナベベは帰り支度をしながら訳を話す。
「格闘家の勘って奴さ。分かるんだよ……黒龍はとんでもなくつえーんだってな。体が震えたんだよ……俺が震えたのは生きてきて三度しかない」
一度目は三歳。初めてライオンを見た時。
二度目は五歳の時。部族のトーナメントで戦う戦士激を見た時。
三度目は十五歳の時。一日中ノンストップで、メスのチンパンジーと交尾するオスのチンパンジーを見た時。
「おい最後」
「……とにかく、ターちゃんやペドロならまだしも、俺じゃあ無理だ」
一回戦で勁を体に浴びてその威力を味わい、気を使う激しい戦いを見てきて、アナベベは自分では力不足だと感じていた。
降りる理由はもうひとつある。
「それに、黒龍のあの二人は、おかっぱと三つ編みのやつは特に強い……。ターちゃんですら、勝てるかどうかわかんねえよ」
「そんな。嘘だ!」
「父さんが簡単には負ける訳……!」
「ペドロにこうが、世界は広いんだ。ここはアフリカじゃねぇ、中国なんだよ。ターちゃんより強い奴がいてもおかしかねえ。特にこうが、ターちゃんだから負けねえっての考えは止めとけ。痛い目見るぞ」
「っ!?」
アナベベの言葉に二人は黙るしかなかった。特にこうがには、ガツン、と鋼鉄の塊で殴られたように、その言葉は響いていた。
「二人とも、そこまでにしなさい」
「先生……」
「アナベベがそう言うのは仕方ないよ。元はと言えば、私が騙して連れてきたんだし」
「そのとーり。俺はターちゃん程お人好しじゃねーからな、お家騒動で酷い目に会う前に帰らせてもらうぜ」
旅行鞄に荷物を詰め終わり立ち上がるアナベベ。
「ま、おめーらは正義の為に頑張れや」
「あぁ。ありがとう」
アナベベなりに激励し出発しようとする。
そのアナベベの前に、中国で関わった『彼女達』が現れる。
「アナベベさん」
「だ、大導師様!?」
「私達、白華の為に色々とありがとうございました」
トーナメントからおりるので怒っているかと思いきや礼を言う蓮苞。
お礼にとたくさんの大根と白菜を抱えた趙がやってくる。
「この村でとれた野菜です。お土産にどうぞ」
「ど、どうも」
「まだあるぜ」
カブやジャガイモを抱えた梁も来て、アナベベに野菜を持たせていく。
両手と右脇、背中に大量の野菜を持つこととなったアナベベ。(左脇は旅行鞄)
……ちなみに帰り道は、空港まで山道である。
「帰り道には気を付けて下さいね。この辺りには乱暴者のパンダ兄弟がよく出没しますから」
「はい……お土産ありがとうございます」
蓮苞に頭を下げ、アナベベは白華の村から出る。
「じゃあな。頑張れよー」
「おう」
「気を付けて」
ターちゃん達に一言挨拶してから、アナベベは歩いていく
小さくなっていくアナベベの姿に、ターちゃんは残念そうに呟く。
「……おしいな。アナベベかわ本気を出したら頼りになるやつなのに」
「だめだめ。アナベベのやつお金持ちになって人生観守りに入っちゃったから」
「ヂェーンさん、そう言わず。アナベベさん本人が止めると言うのですから、無理強いはできませんよ」
そう言いアナベベのフォローをしたのは、トーナメントをおりられると困る筈の蓮苞であった。
にも関わらず、アナベベが去っていった方へ変わらずニコニコしている。
「……あのー大導師様? 怒ってないんですか?」
「何を怒ることがあるんですの? アナベベさんがトーナメントから辞退したことなんか、別に。何も。私は怒ってなんかいませんよー」
おほほほ、とニコニコする蓮苞。
……目は全然笑ってない。
「おーい趙ーパンダ兄弟の着ぐるみ何処にしまったっけ」
「確か向こうの倉庫です」
((((あ、めっちゃ怒ってらっしゃる……))))
だがこれで白華の選手は四人。一人空きが出てしまった。
五人いなければトーナメントには出場出来ない。
……なので。
三回戦。
白華拳の相手は青い胴着の青掛拳。
抜けたメンバーをどう補ったかというと、
「おい見てみろよ。白華の大将は子供だぜ!」
「今年の白華はやっぱおもしれえことするな!」
「あははははは遂に父さんと戦えるぞ一緒にたたかえるぞしゅぎょーのせーかみせてやるぜははははははははははははははは」
「こうがちゃーん現実逃避しないの」
そう……残ったこうがを大将にしたのだ。
白華の胴着を着てターちゃん達選手と並んでいるこうが。
……緊張と観客の重圧で半分壊れかけているが。
「……ターちゃん、本当に大丈夫かよ」
「大丈夫だよ梁師範。大将出すまでに勝てばいーのだ」
「そーそー僕なんかがでるまでもないですよあぁでももしものときはぼくがでてたたかうんだよなよーしがんばるぞオロロロロロ」
「吐くくらいなら休めや!!!!」
ヂェーンに背中をさすってもらいビニール袋にリバースするこうが。いくらターちゃんの息子でもやっぱり子供。大きな試合を耐えれる程、メンタルはまだ強くなかった。
「おいおい。あんなんで勝てんのかよ、白華は」
観客席では黒龍の李功が偵察に来ている。しかし白華の……というよりこうがの体たらくに、半分呆れて見ていた。
「ただいまより三回戦第一試合。白華拳対青掛拳の試合を開始します」
闘技場に先鋒二人が上がる。
白華拳はペドロだ。
「さあ、来い!」
「むん!」
「試合ーー開始!!」
◇◇◇◇◇◇
その頃。
白華の村を出発したアナベベはと言うと。
「あー……いい天気」
山道の途中、草原に寝そべりゆったり空を眺めていた。
トーナメントから降りるとは確かに言った。でも直ぐ様帰ってしまうと、まだ戦うターちゃん達に申し訳ない気持ちを感じない訳じゃない。
急ぐ旅でもないし、嫁のズベタに土産でも買っていくか、とアナベベはその辺の草をぶちぶちとちぎり始める。
草を紙の袋に漢方薬と書けば。本場中国の漢方薬の完成だ。
……言うまでもなくパチモンである。
「やー金持ちになってもこーいうとこは庶民的だよな俺って。…………んっ?」
「ちょっとよろしいですか」
草をちぎっていると、見知らぬ男達が近づいてきた。
いや、一度見ている。
白華の二回戦の時、黒龍拳と何か話していたスーツの白人二人。海外のスポンサーだ。
「おめーら黒龍と一緒にいた奴等だな、何の用だ。俺はこれからアフリカに帰る所なんだが」
「えぇ知っていますよ。我々は白華の村を監視していましたから」
「じゃあ用はねーだろうが! さっさとどっか行きやがれ」
こちらのことを見透かしておきながら、勿体ぶる感じで話す白人。
苛ついたアナベベは怒鳴りその場を後にしようとしたら「まあお待ちを」と呼び止められた。
「実は一つ、貴方に頼みがあるのです。そうすればこの……」
懐に手を入れ取り出したのは……札束。
「十万ドルを差し上げますよ?」
「!?」
◇◇◇◇◇◇
「ぐっ!」
「はぁ!」
「ふんっ、だぁっ!」
場所は戻り闘技場。
青掛拳先鋒の気を込めた拳や蹴りを、血だらけになにらながらもペドロはなんとかさばく。
上段蹴りを跳躍して回避し、空中で回転。
「だぁぁりゃあっ!!」
「ぐはっ!?」
「それまで!」
後ろ回し蹴りがクリーンヒット。青掛拳先鋒は倒れた。
「よっしゃ! ペースいいぞー!」
「ナイスですペドロさオロロロロロ……」
「まず休めや」
しかしまだ試合は始まったばかり。
青掛拳の残る拳士は四人。
「次、青掛拳次鋒、前へ!」
「……来い!」
息を切らしながらも心は切れてない。ペドロは次の相手へ向かっていく。
◇◇◇◇◇◇
「ーー成る程ね、そういうこと」
アナベベの方はと言うと。
白人の説明を聞き、一つの瓶を持っている。名前は痺れ薬『テアシシビレール』。
「俺に白華の村へ戻って、隙を見てこの薬をターちゃん達に飲ませろと(なんつー安易な名前)」
ようは金でアナベベにスパイになれということだ。
十万ドルの報酬、即ち一千万円で。
「しかしおたくら、随分な念のいれようだな。そこまでのことなのかよ」
「無論です。これは既に進行中のビッグビジネス、失敗は許されません。是が非でも黒龍には優勝し、実権を握ってもらわないといけないのです」
彼らの目的は、西派拳法を使う暗殺集団のスポンサーになること。暗殺依頼に西派拳士を使い活躍させ、金を儲ける。それよって宣伝し、たくさんの依頼が舞い込んできたらまた暗殺、金……とボロ儲け。ビジネス実現の為ならばどんな障害も排除する。
このアナベベへのスパイ要請もそのひとつ。
白人はドクロマークが描かれた、いかにも、というリストを取り出す。
「このリストには我々の組織が受けた世界中の暗殺依頼が載っています。既に契約金をいただいている依頼もあるのですよ」
「へー。ちょっと見して」
油断なのか。それとも余裕なのかは分からないが、「えぇどうぞ」と簡単に白人はアナベベへリストを渡した。
ページをめくっていく。
政治家や権力者を始め、様々な人物の暗殺依頼がびっちり書かれている。中には某漫画家やこの作品の作者まである。
「世の中には大金はたいてでも殺したいやつがたくさんいるんだな……」
一通り目を通すとリストを返すアナベベ。
また一枚ページをめくる。
「!!!!!!」
『暗殺依頼94 ジャングルの王者ターちゃん
依頼主 世界ハンター組合』
(ターちゃんに、暗殺依頼が……!?)
あまりの驚愕でページを凝視するアナベベ。
依頼主のハンター組合からすれば、確かにハンティングの邪魔ばかりするターちゃんは殺してでも排除したい存在だ。
そしてこのリストに乗っているということは、即ち。
(もし黒龍が優勝したら……西派32門派がターちゃんの敵になる)
それだけでなく、家族のヂェーンにこうが、弟子のペドロ。その他ターちゃんみたいなと仲のいい人、動物達も危ないだろう……。
こんなことを知った今、果たしてアフリカへ帰っていいのか。
(……ターちゃん、俺は……!)
『アナベベー!』
脳裏に浮かぶターちゃんの姿。スケベでおバカだけど、優しく、そして強いジャングルの王者。
そして……自分の友達。
(……バカが。考えるまでもねぇ)
決まっている。
答えなんて、どうするかなんて、考えるまでもない。
「それで、ご返答は?」
「決まってらぁ。…………ん」
リストを返すと聞かれた返答。
アナベベの答えは、左手を出す、だった。
「でしょうねぇ。十万ドルですから! あなたには縁のない金額ですからな!」
「なーに勘違いしてやがる」
アナベベ歯左手を持ち上げ、はめている腕時計を見せつける。
18カラットのダイヤをたくさんつけた超高級腕時計。
お値段2450万円。
「そんなはした金じゃーな、この時計一つすら変えねーよ」
「えっ」
言いながら白人達へ詰め寄るアナベベ。
「それになぁ」
「え、え?」
予想外の返事と、アナベベの雰囲気に圧されて白人達は後退る。
「友達ってぇのはなぁ――」
右手を大きく振り上げ、
「金じゃ買えねーんだよ!!!!」
バッチコーーーン!!!!!!
「「ぶべら!?」」
怒りの渾身ビンタ炸裂!!
そのまま白人二人をボコボコにし、しばらく起きてこないようにしてやった。
「やれやれ。これでアフリカに帰るわけにもいかなくなっちまったな。面倒は嫌いなんだが……」
ターちゃんを見捨てる訳にはいかない。
少しバカで、スケベで、ヘタレでも。
アナベベは、友達を決して見捨てない『男』であった。
「全く……やっかいな友達を持っちまったぜ!!」
口ではそう言いならも顔が笑っている。
友達を助ける為に戦う。理由はそれだけで十分!
体を反転。
今頃は三回戦が始まっている頃だ、急いで戻らなければならない。
「皆、待ってろよ!!」
友の為、アナベベが走る!!
こうが
「次回予告!
ペドロさんとアナベベさんの頑張りで、遂に白華は決勝に!
残す戦いはあと一戦。
けどそんな中、梁と大導師様の秘密が明らかになる。
それは、戦いの中に隠された皮肉な運命だった……。
次回、ジャングルの王者ターちゃん~新ファミリー物語~
第19話 死闘の影の悲恋の巻
二人の間に、一体何が!?」