「………………
観客席からターちゃんを撃った男。恐る恐る彼の名を呟いたのは、青掛拳の胡文だった。
銃声で静まり返っていた観客達の注目は凶行に走った魯へ集められ、ざわざわと騒ぎ始める。
「あいつは胡文老師のいる青掛拳の村、漁師の魯じゃないか!」
「いったい、なぜ奴が……!」
「せ、青掛拳の名を怪我しおって! この馬鹿者がふがぁ!!」
入れ歯がすっぽ抜けてしまうほど激昂する胡文。
闘技場においては、魯に撃たれたターちゃんから血が流れ足元まで伝っていた。
「み、見ろ! ターちゃんの頭に!」
「ひどい……」
(頭か。ならば仕留めたはず)
ターちゃんの足を掴んでいる劉宝は死んだことを確認しようと見上げた。
「こ、胡文老師の入れ歯が、父さんの頭に!!」
「ふがふが、ふがふが(すまんすまん)」
「……いたいのだ」
「……だっ!?」
だが、弾自体はターちゃんへと命中している。場所は脇腹だ。
「ひでぇ、弾丸が脇腹に命中してやがる。これじゃもう戦えねぇぞ……!」
「一体トーナメントはどうなっちまうんだ!」
白華陣営はもちろん、この場にいる全員が何が起こった、どうなるんだと混乱していた。
そんな中で、元凶である魯はというと、両手で頭をおさえ後悔しているようだった。
「ゆ、許してくれ……」
「あいつが父さんを……!」
「アイツ~! ぶっ飛ばしてやる!!」
「ちょっ、ヂェーンさん止めて下さい! 乱暴はダメですよ!!」
「じゃあ黙って見てろって言うのぉ!! そんなことできるわけないでしょ!!!!」
夫が撃たれたのだ、妻や息子として落ち着いてはいられないのは無理もない。しかしここで喧嘩するのは違う、慌ててペドロが二人を止めに入った。そうでなければ、怒り心頭のこの二人は今すぐにでも観客席へ殴り込みをかけそうだからだ。
「――待ってください、ヂェーンさんにこうが君!」
するとここで、二人を止める言葉が上より聞こえてくる。声の主は蓮苞だ。
「魯を見る限り、何か訳がありそうです。私が気で魯の心を読んでみます」
「でも蓮苞さん! 父さんを撃ったんですよ!?」
「どんな理由があっても、許されることじゃないでしょお!!」
「二人とも! お気持ちは分かりますが、ここは大導師様の指示に従ってください!!」
本当に殴り込みをかけそうなこうがにヂェーン、二人をペドロは力の限り押さえ込む。
気や西派拳法については大導師である蓮苞の方が事情を知っている。今、一体何がどうなっているのか。知るためにもペドロが暴れる二人をどうにか宥め、この場は蓮苞に任せることにした。
◆◆◆
気のテレパシーで魯の心を読む蓮苞。見えてきた光景は古びた家の中、一人の男と正座で向かい合う魯の姿。
隣の部屋では布団に寝かされた男の子が苦しそうに呻いている。
『難病を患い、直ぐに手術をしないと危ないそうだな』
『は、はい……』
男が何十枚も束ねた紙の束を魯の前へ置く。
金だ。
『この金があれば、息子を北京の総合病院に入れて手術を受けさせてやることもできるだろう』
『う……』
『早くしないと息子の命が危ない。気なんぞでのんびり治している暇はあるまい』
この金を受け取ることがどういう意味か、魯にも分かっていた。だが魯の家は貧しく薬すら買ってやれない。
苦しんでいる息子を見る魯。選択肢はないも同然で、やがて男へ頭を下げた。
『……ありがとうございます。受け取らせていただきます』
『その代わりと言ってはなんだが頼みがある』
『はい……何をいたせばよろしいんで』
男が懐から取り出し魯へ差し出したのは拳銃だ。ターちゃんを撃った凶器。
『こ、これは……』
『万が一にも有り得んだろうが、もし劉宝が負けたときは、それを使って試合場の選手を撃て……!』
そいつは黒い胴着を着た白髪混じりの男。
トーナメントで白華の相手である黒龍拳の総帥謙大将であるあの男であった。
(やはり王翬!)
真実を知った蓮苞は、何が起こっているのかを明らかにしようと皆へ向け声を張り上げた。
「皆聞いて! 魯がターちゃんを狙ったのは――「そんなことは分かりきっておるわぁ!!!!」「えっ!?」
思わぬ大声が蓮苞の主張を遮る。
声の主が思いもよらない人間だったので、驚いてしまう蓮苞。
「西派32門派の名を汚す不届きものめ! この儂が成敗してくれる!」
立ち上がった王翬は観客席へ飛び上がり魯の直ぐ後ろへ降り立ち。
そのまま気を溜めた左の手刀一閃が閃く!
ぶはっ、と飛び散る血。
「ぐあっ……!」
「「「あぁっ!?」」」
背中を切りつけられた魯は血を流して観客席を転がり落ちていく。傍の観客が悲鳴を上げ、後には血の線ができるくらい出血していて、確認するまでもなく致命傷だ。
「なんてことしやがる……王翬!」
「ひでえ! いくらなんでも殺すことはねーぜ!!」
梁や元ターちゃんの弟子達をはじめ観客は王翬へ非難の目を浴びせるが、王翬は意に介さず観客一同へ叫ぶ。
「西派32門派を代表して来られた拳士達よ! 此度の犯行に及んだ魯は青掛拳の人間。青掛は三回戦で白華拳に敗れた、それを根にもっての犯行と見られる!」
「はあっ!? ふがふがふがぁ~!!」
「誰かー! 入れ歯を取ってきて下さーい!」
歯がなくて喋れない老師をいいことに、王翬は更に続ける。
「白華の勇敢な拳士ターちゃんは悪の銃弾に倒れた、よって試合は続行不可能! しかしこれは西派の今後の行く末を決めるトーナメント、中止するわけにはいかん! 私は試合の続行を主張するがいかが!!」
「なっ……!? 皆、騙されてはだめ! これは全て王翬の企みなのよ!」
「おやおや、何を言い出すかと思えば……」
蓮苞は王翬の企み通りにさせてたまるかと声を張り上げたが、逆に王翬はガンを飛ばしてくる。
「白華のお嬢さん、私が何をしたというのだ? いかに大導師といえど、証拠もなく犯人扱いされては困る」
「くっ……!」
「ちょっとアンタ! ガンつけんなら、あたしが相手よ!!」
睨み付ける王翬に対し名乗りを上げたのはヂェーンだ。魯が落とした拳銃を拾い上げるとそのまま……
バン!!
胸板へとたたきつけた。
「……なんだこれは」
「ガン付け!!」
「「「……だぁぁぁ~~~っ!?」」」
「あ、銃をたたきつけるからそれで……」
……ヂェーンはガンをつけて見せたわけだが、王翬の言う通りでもある。確かにこの場で見せれるような決定的証拠はない。
証拠がないことには観客達も王翬が何かしたとは思えず、黙るしかなかった。
「んん……。反対意見がないということは、どうやら皆さん賛成のようですな。ではトーナメントを……」
「――いいぞ! 早くやろうじゃないか!」
「な、なんだと!?」
闘技場から響き渡った声に、王翬はもちろん皆が驚愕した。
何故ならばその声の主とは、誰もが戦闘不能だと思っていた男だったから。
「ターちゃん!」
「先生!」
「父さん!」
「こんなの、ちっぽけな口径な弾じゃないの。こんなのじゃあやられはしないって」
弾が当たったのはターちゃんの脇腹。そこの皮膚がきゅっと締まっていて弾を吐き出す。ターちゃん本人は血塗れの弾を掴んで見ていて、血こそ流れているが元気そうであった。
ただ傷は傷なので、柔らかい体でぐにゃっと曲げて傷口を舐めて治療。
「でも念のため消毒ー」
「どうだい見たかぁ! 父さんは普通の人間じゃあないんだぞー!!」
「いや誉めてねーぞこうが」
「ば、バカな……!」
アナベベの言う通りではあるが……普通に考えて銃で撃たれて平気な人間なんてまずいない。
驚きを隠せない王翬に、ヂェーンが腕組みしながら言ってみせる。
「知らないの? ターちゃんはアフリカでハンターどもの弾を二十数年浴びながら戦ってきたのよ。一発撃たれたくらいでやられるわけないじゃない」
「くっ……!」
ターちゃんのタフさは予想外で、暗殺が失敗したことに歯噛みする王翬だが、ならばあえて倒せばいいだけのこと。直ぐに頭を切り替えると闘技場へ降り立つ。
「……きさまだけは本気でたおしたくなったぜ」
遂に闘技場で向かい合うこの二人。
かたや、白華拳中堅兼助っ人のジャングルの王者ターちゃん。
こなた、黒龍拳大将兼総帥の王翬。
この中国トーナメントにおいて、いよいよ最後の戦いが始まろうとしていた。
「これより、白華拳中堅対黒龍拳大将の試合を開始いたします。――はじめ!!」
開始の合図が出るや否や、王翬は両手で印を結んで呪文を唱えてゆく。
【三花聚頂……天花乱墜……】
「………………」
「どうしたんだターちゃん! 奴に気を練る隙を与えるな!!」
「李功のときみたいに接近して戦え!」
「このままじゃやられちゃうよ! それになんか動きがぎこちないし……!」
攻撃の準備を整えていく王翬に対し、何もせず立ったままのターちゃん。梁やこうが達の声を聞いても動かずにいて、王翬が気を貯め終わってしまう。
「食らえい! 百歩神拳!!」
梁が先鋒戦にて使ったのと同じ大技。レーザービームの如く気が放たれる。
触れただけで大怪我を負うその百歩神拳をターちゃんは……命中する直前、跳躍!
「飛んだ!」
「気をかわしたぞっ!」
空中へ飛び上がり回避した、しかし!
「バカめ! 空中では身動きがとれまい!」
「しまった……! 王翬はこれを狙っていたんだ!」
「食らえターちゃん! ――百歩神拳!!」
再びターちゃんを狙い、一直線に気が迸る。
それにターちゃんは、自分の胴着を掴むなり一気に破り捨て「何か」を広げた!
「なっ!?」
「はっ!?」
「えぇ!?」
「やぁぁぁ~~~っ!!」
広げた何か……金○の皮をムササビよろしく広げ、ターちゃんは空中を飛び、百歩神拳を避けたのだ!
「出たぁ! 先生のジャングル流飛行術!!」
「今のも普通の人間にできないんだぞー!!」
「だから誉めてないって」
「お、おのれ! ふざけおって!」
王翬は連続で百歩神拳を撃ちまくり、ターちゃんを撃ち落とそうとする。
だが空中のターちゃんには当たらない、自在に飛び回り、回転し、滑空して、全て避けていった。
「良い子は危ないから真似するなよー! たあっ!」
パンツ一丁になったターちゃんが闘技場へ着地し、再び王翬と向かい合う。
「今のがお前の必殺技か王翬。まだハンターのバズーカの方が気がきいてるぞ」
「なっ、舐めるなぁ! 気功弾!!」
掌へ気を貯めての連続発射。
両手から次々と繰り出される気の塊を、ターちゃんは軽くひょいひょいと、そしてふにふにと体を曲げかわしていく。
「出た、ふにふに避けだ!」
「ふにふにふにふに~」
「えぇいならば、三倍速気功弾!!」
焦れた王翬は更に気を使い技をパワーアップ。その名の通り三倍の速さ、威力となった気功弾でターちゃんを狙うが、全て、全てふにふに避けによってかわされた。ターちゃんにはノーダメージだ。
「どうした、本気でやれよ。弟子の劉宝の方がまだましだったぞ」
「ど、どういうことだ! あの男、俺と戦ったときより動きがいいぞ!?」
劉宝を始めとし、全員が驚きを隠せなかった。そう、ターちゃんの動きがこれまでの中で一番いいのだ、撃たれて傷を負っているにも関わらず。
ただ一人、妻のヂェーンだけが冷静でいて、ゆったりとお茶を啜っている。
「やーれやれ、やっとターちゃん本来の動きになってきたわね」
「えっ? どういうこと母さん」
「こうがちゃんの言う通り、なーんか中国に来てからターちゃんの動きが鈍いと思ってのよね~。……あっ! もしかして!」
「なんですかヂェーンさん!?」
「分かったわ! きっと今まで『胴着を着てたから』動きにくかったのよ!」
「……え? 胴着を着ていたから、ですか?」
「どういうことだヂェーンさん」
「???」
ヂェーンの言葉に趙や梁は意味が分からず困惑する、何故胴着を着ているのに動きが悪くなるのかと。
似た感じで頭を捻っているこうが達にも、ヂェーンはまとめて説明する。
「簡単なことよ、ターちゃんはいつもジャングルでは『裸』で戦っていた」
「「「ふんふん」」」
「つまり! あの格好こそが、ターちゃんにとって自然なのよ!」
「なるほど……」
「そういうことだったのか……」
ターちゃんにとっては胴着という邪魔なものを脱ぎ捨てたことで、今はいわば自然体となった。
もう阻むものは何もない、全ての力で戦える。
中国トーナメント最後の戦い。その戦いは今、佳境を迎えようとしていた。
こうが
「次回予告!
遂に全力を解放した父さん! 動物パワーやあらゆる技で王翬を翻弄。このまま行けば勝てる!
でも追い詰められた王翬が放つ究極の奥義が、父さんに迫る……!
負けないで父さん! 父さんには僕達だけじゃない、アフリカの皆もついているから!
次回、ジャングルの王者ターちゃん~新ファミリー物語~
第26話 決戦、黒龍拳!!後編その3の巻
中国トーナメント、遂に決着です!」