早朝、勇魅は自室で何かを組み立てていた。
「ここをこうして、っと......出来た。」
どうやら彼は何かを作っていたらしい。
「これなら、大丈夫な筈だ。」
彼が手に持っているのは警棒。しかも持ち手に付いているスイッチを押すと電流が流れる様になっている。
(工学系の学校通っててよかった。.....これなら"あいつ"を救える。)
勇魅はベッドでスースーと寝息をたてている彼女を一瞥し、そう思った。
(璃彩。お前は必ず俺が守る。)
勇魅は彼女の頭を撫でながら一人、そう決心を新たにしていた。
─────────
翌日、征陸の自室にて
朝早くから常守が征陸のもとを訪れ、常守が何かを聞きたそうにしていた。
「咬噛のことが聞きたいのかい?」
征陸は絵を描きながらそう常守に聞く。
「分かりますか?」
「あんた。...妙にあいつと縁があるからな。」
常守は思い切って征陸に話を切り出す。
「あの人にどう接すればいいか未だに分からないんです。もっと理解しろという人もいますし。同じ人間だと思うなとも言われましたし。」
そう常守が話すと征陸は一呼吸置いて、話を続ける。
「ハッ、そっちは宜野座監視官だな。...あいつらしい。犬は犬。飼い主は飼い主。その一線を踏み越えない考え。それがお嬢ちゃんにとって一番だと思うねぇ。」
征陸の発言に少しだけ戸惑いを隠せず、常守は俯いてしまう。そこで正陸が話を戻す。
「咬噛を理解するってのはな、咬噛の様に物を見て、咬噛の様に考えるってことだ。」
筆と絵の具を台の上に置き、常守にそう答える。
「それが出来るようになったとしたら、その時あんたのサイコパスは咬噛と同じ数値を叩き出してることだろうよ。」
常守はただ、黙って正陸の話を聞き続ける。
「"深淵を覗くとき深淵もまた此方を覗いている".....咬噛はな、闇を見つめすぎたんだ。そして今でもまだ闇を見続けている。...あいつにとって世界でたった一つの正義ってやつはその闇の奥底にしかないんだろう。.....そんなものをお嬢ちゃんが奴と探したいと思ってるのなら俺にはもう何も言えない。俺はあんたを止められないよ。"俺"はな。」
征陸はまるで自分ではなく"彼"なら咬噛を止められたかもしれないとそう常守に遠回しに告げる。
「咬の時もそうだった。あいつがあの時居たら...何かが変わってたのかもしれない。」
征陸は過去を悔やみながらそう答える。
「それって──」
常守がその事を聞こうとした途端、端末に通信が入った。
「事件かい?」
「みたいですね。」
発信元は宜野座からだ。
「俺と六合塚は非番なんでな。咬噛とかがりで頼むぜ。」
常守はその場を後にし、宜野座達の元へと急ぐ。
───────────
場所は変わってとあるマンションの一室。
「で、一体何事だ?」
咬噛は宜野座達に事件のあらましを訪ねる。
「ホームセキュリティの点検で、この部屋のトイレが二ヶ月前から故障していたことが分かった。なのに住人からの苦情が一切来ない。それで管理会社が不振に思い、通報してきたそうだ。」
勇魅は端末を起動し、被害者の写真を映し出す。
「被害者は早山公彦。32歳独身無職。」
「無職って。居るんですか?今時そんな人。」
「あ~たまにな。」
勇魅は思うところがあるのかそう常守に答える。
「口座を洗ってみたが、こいつはフィレートサービスプロファイラーから多額の報酬を受け取っている。暮らしには何一つ不自由が無かっただろう。」
「へ~ネットの人気者ってだけでがっぽり稼げるなら、そりゃ外に出て働くのも馬鹿らしくなるわなぁ。」
かがりは被害者宅にあったパソコンを触りながら答える。
「何処かに長期の旅行中とかは?」
「無いな。それなら外に出たところで街道のスキャナーに引っ掛かる筈だ。それがないとなると.....なぁ?」
勇魅はかがりに同意を求めるようにそう聞く。
「ですね。」
「.....話を戻すぞ。確かに薙鵺眞が言ったようにこの街から出るなら痕跡が残る筈だ。痕跡を残さずこの街から出るのは至難の技だ。」
「死んでるな。早山は。」
「だね。殺される方が消えるより簡単。」
宜野座の話に咬噛とかがりはそう結論を出した。
「結論を出すのが早いぞ。」
宜野座はまるで信用していないかのごとくそう咬噛達を睨みながら言う。
「この部屋の内装ホロ。再起出来るか?」
「...ちょっと待て。」
宜野座が部屋の内装ホロのスイッチを押すと、本物とホログラムのソファーの位置が明らかにずれていた。
「あれ?これは....」
常守は驚いて何も言えなくなってしまう。
「ホログラフの椅子には座れない。だから普通はホロを本物の位置に同期させる。そこの長椅子....ホントはこの位置にあった筈だ....それを誰かが動かした。」
「成る程ねぇ。」
咬噛とかがりがソファーを移動させると、ソファーの下の床には何かを叩きつけた後の様な凹みが出来ていた。
「こいつを隠したかったんだな。」
「こんな小さな傷がどうした?」
咬噛にの意見に食って掛かる様に宜野座が咬噛に聞く。
「鑑識ドローンにスキャンさせろ。」
咬噛は宜野座にそう言うと、突然部屋の角の床に指を押し付ける。すると、なにやら粘着テープの跡の様なものが咬噛の指についた。
「やっぱりだ、テープの跡だな。」
「どうゆうことだ?」
「この部屋の中から早山公彦を影も残さず消しちまった手品のタネさ。」
咬噛は宜野座に事件の内容の考察を話す。
「先ずは絞殺か毒殺、電気ショックの心臓麻痺でもいい。出血の無い方法で被害者を殺し、それから部屋にビニールシートを敷いて遺体を細切れに分解する。...風呂やトイレの排水口から流せる程度にまで粉々に。」
咬噛の考察を聞いている間、常守は気持ち悪そうに口を抑えながら聞いている。
「恐らく殺す段階で抵抗されたんだろう。床に傷が残り、それからビニールシートを固定した時のテープの跡も残しちまった。」
皆が床に残された傷痕をじっと見ている。
「度胸と根性はあるが、素人の殺しだな。」
「まさか。」
「征陸のとっつぁんならこの程度。部屋に踏み込んだ途端に嗅ぎ当てるぜ、ギノ。......猟犬の嗅覚を舐めるなよ。」
咬噛がそう言ったと同時に宜野座の眉間に皺が寄った。
「下水管の血液反応をチェックしてみろ...話はそれからだ。」
「....分かった。」
宜野座は血液反応を調べるため、部屋を後にし、かがりはパソコンから被害者の情報を割り出す為、パソコンを開いている。
「開いたよ。」
「早山がネットで使っていたアバターは....こいつか。」
画面には見るからに道化師を連想させる仮面を付けたアバターが写し出されていた。
「アフィリエイトで食っていけるんだから相当な人気者だったんでしょうねぇ。」
勇魅が画面の前に立つと、妙な既視感を覚えた。
「あれ?このアバター.....何処かで見覚えが?」
「何だ勇魅。知ってるのか?」
咬噛にそう聞かれ、勇魅は確かに何処かで見た記憶があると言って、必死で思い出している。
「タリスマン。」
常守が画面の前に立つとそう呟いた。
「何?」
「私.....今朝このアバターと会ってます。」
常守の発言に勇魅は思い出す。
「そうだ。タリスマンだ!昔、相談したことがあったな。......あれ?でも、タリスマン本人は既に死んでる筈だよな......一体、誰がタリスマンになってるんだ?」
勇魅の疑問に全員が首をかしげるだけだった。
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公安局。
「そんな訳でウチの鑑識ドローンが頑張ってくれた結果。早山さん家の排水口からはめでたく遺体の断片が見つかりました。はい拍手。」
志恩がそう言って拍手を皆に促すもするものは誰一人として居ない。
「なのにネット上で誰かが早山のコミュニティを運営し、早山のアバターで彷徨き回ってると。」
「正解。」
志恩は悪戯っぽく六合塚にウインクを返す。
「怪談だね。成仏出来ずにネットをさまよう幽霊ってか?」
「誰かが成り代わってるのか?」
「どうだかね。早山は失踪する以前からふざけ半分に偽装IPを使ってたみたい。」
かがりと、征陸の意見に志恩はそう答える。
「アクセスルートの追跡は?」
「試してみてもいいけどさー。な~んか明らかに胡散臭いプロクシサーバを経由してるからねぇ。まぁ間違いなく逆探知対策は講じてるだろうね。下手に追跡かけると先方に感付かれるよ。」
煙草の煙を吐きながら答える。
「でもさぁ。少なくとも早山のアバターを使ってる奴は自分が怪しまれてるだなんてまだ気付いてない筈。それってチャンスなんじゃない?」
確かに、と勇魅は心の中で答える。
「ある意味。今回の容疑者は逃げも隠れもせずに目の前をほっつき歩いてる訳だ。」
「上手く誘導すれば招待を掴む手掛かりになるボロを出すかもしれない。」
「よし。奴のアバターに接触してみろ。」
宜野座がそう命令するが、征陸は不服そうだ。
「手としちゃ悪くないが、誰がやる?」
全員が皆を見回すと、誰がやるかは直ぐに決まった。
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ネットサーバー内、タリスマンの間にて、
「成る程。今タリスマンに成り済ましている偽物は本物と遜色ない手際でこのコミュフィールドを二ヶ月間運営している訳だ。興味深いな。」
外国人が印刷された硬貨のアバターとクラゲの様な形をしたアバターがタリスマンの元を訪れていた。
「宜野座さん。あれです。」
クラゲが指差した方向にはタリスマンが他のアバターに手を降りながらその前を悠々と歩いていた。
「どうやら他所のコミュフィールドに移動するみたいですね。」
「よし。追うぞ。」
タリスマンが移動したのを確認すると、二人も移動を開始する。因みにクラゲが常守、硬貨が宜野座だ。
別のコミュフィールド内。
景色が大きな満月と倒壊しかかっている西洋の屋敷に変わり、見るからに別のコミュフィールドだということが分かる。
「スプーギーブーギーのコミュフィールドですね。ここもかなりの大手ですよ。」
スプーギーブーギーは屋敷の頂上に首を吊っている眼帯を着けた猫のアバターだ。そのアバターが、閉じていた目を開くと周りにいた他のアバター達が騒ぎ出す。
「気を付けてくださいね。ここの管理人アナーキーストで有名なんです。刑事だってバレたら厄介なことになるかも。」
「早山....タリスマンとは交流があるのか?」
宜野座がそう常守に聞くと、苦笑しながら答える。
「そりゃあどっちも有名ですし。いや、中の人が顔見知りかどうかは別ですけど。」
「アクセスログを洗おう。お互いがコミュフィールドに頻繁に出入りしているようなら....ん?常守?」
隣を見るも、常守は居ない。この時常守はスプーギーブーギーに呼び出され、事件の捜査協力を常守に願い出ていた。
─────────
時は少し遡り、常守と宜野座がタリスマンの動向を探っていた時。
「う~ん。」
勇魅は何かをずっと考えていた。
「どうした?勇魅。お前がそんなに考えるのは珍しいな。」
すると咬噛が話し掛けてきた。
「いやな。犯人の動機が分からなくてな。」
「動機、か。」
咬噛は勇魅の隣に座り、煙草を吹かしながら天井を見上げる。
「怨恨の線も考えたが、早山は基本的に外には出ていない。かといって他の動機が考えられないし。どうしたもんか。」
「確かにな。ならギノ達が戻ってきてから話すとしようぜ。」
「それもそうだな。」
勇魅は咬噛の言うとおり、常守達が戻ってくるのを待つことにした。
────────────
「オフ会?」
「ええ。普段ネットフィールド上に集まっているユーザー同士が皆でソーシャルネットで同じホロコスを被ってパーティーをするんです。」
常守はスプーギーブーギーからされた協力の件を宜野座達に話し、犯人の特定を急ぐ様に伝えた。
「妙な事を思い付くもんだな。」
「で?そのイベントには間違いなくタリスマンも参加するのか?」
咬噛が確認するために常守に問いかける。
「あれで欠席したらタリスマンの人気はがた落ちです。早山公彦の代わりにタリスマンを演じているのが誰にせよ、あれだけコミュフィールドの運営を熱心に続けているんです。きっとオフ会にもタリスマンに成り済まして出てくる筈です。」
常守は咬噛にそう答える。
「ちょい質問。」
勇魅が手を挙げて常守に質問する。
「なんですか?薙鵺眞さん。」
「いや、大したことじゃないんだけどさ.....もし成り済ましている奴がオフ会に参加した際、全員のホロコスを同じものに変化させた場合。どう見分ければいいんだ?」
「えっと、そうですね。.......ジェスチャーをするとか?.......ですかね。」
常守が勇魅の疑問にそう答えた。
「おい、何の話だ。勇魅。」
宜野座が勇魅に突っ掛かる。
「いやな。もしかすると相手はハッキングとか得意じゃないかなーとか思ったから、もしそうだったらどうするか対策考えとかないとな。.......それと常守。」
「は、はい。」
「スプーギーブーギーのアバターを使っている人物に心当たりはないのか?」
「そうですね。今のところは。」
「おい勇魅、今度は何だ。」
またもや宜野座は突っ掛かる。
「もしかしたら次の被害者が出るかもしれないからだよ。」
勇魅は今までニコッとしていたが、急に険しい顔になり、宜野座達を驚かせていた。
「もし俺の言ったことが全て正しかった場合。次は証拠隠滅として、スプーギーブーギーのアバターを使っている人物が殺される可能性が高くなる。」
「成る程。一理ある。.......分かった、そちらは至急特定を急がせる。」
「分かった。頼むぞ信元。」
「........それよりも、オフ会の場所は何処だ?」
「六本木のクラブ。エグゾゼです。」
─────────────
エグゾゼにて、常守がホロコスを被り、オフ会に参加することとなった。
「表は宜野座達が、裏はドローンが固めている。後は奴が現れるのを待つだけだ。」
「しかし、こいつは当世風の仮面舞踏会って趣か?」
「誰が誰だか分からない状況でこんな狭い場所に押し込められてこいつら不安じゃないのか?」
「匿名性を怖がってたらソーシャルネットなんて出来ませんよ。」
「それに、全員楽しんでるみたいだから別にいいんじゃないか?」
常守と勇魅の意見に咬噛はこう返す。
「これはバーチャルじゃない。殴れば血が出るし、ナイフ一つで命を奪えるリアルな空間だ。なのに隣にいる奴の正体すら分からない。正気の沙汰とは思えんな。」
「そんな考え方してるからサイコパスが濁るんですよ。」
常守はハッとなり直ぐに自分がしてしまった失言に後悔する。
「す、すいません。そんなつもりじゃ。」
「いや、全くの正論だ。」
「おい。奴だ。」
征陸が咬噛達にタリスマンが来たことを伝えた。タリスマンは踊っている客達の前を横切っていく。
「ここからじゃ狙えんな。」
「私が接近してみます。」
常守は右手にドミネーターを握ると、直ぐにホロコスを起動し、いつも自分が使っているアバターの姿でタリスマンに近づく。一方のタリスマンは立ち止まってしまった。
(そろそろか。)
勇魅は。耳に耳栓をし右手にドミネーターを持って、咬噛達に気付かれないように少しずつタリスマンに近づいていく。常守がタリスマンまであと数㎝といった距離で突如、超音波が店内全体に響き渡った。暫くして咬噛達が瞑っていた目を開くとホロコスを着ていた全員がタリスマンの姿になっていた。
「な、なんだこりゃ!?」
「ホロコスの同時ハッキングだ。勇魅の言ったことが本当になっちまいやがった。ホンボシが逃げるぞ!」
「くそっ!ドミネーターだ。犯罪係数で被疑者を探せ!」
咬噛と征陸は直ぐに全員を調べるが、全員が全員。犯罪係数の数値が100を越えていた。
「何人いやがる。」
「期せずして一斉摘発って訳か。」
客達は全員表口から逃げ出し、最早誰が誰だか分からない状態になってしまった。が、
「おらぁ!」
勇魅だけはあるタリスマンにカラーボール(赤)を投げつけ、急いで追いかける。
「待ちやがれ!!!」
────────
客達が表口から逃げている時、
「あっちゃー。」
「チッ、やられた!」
宜野座達はただ逃げる客達を見ることしかできなかった。
──────────
店内。
征陸がドミネーターで客達を撃っていると後ろからタリスマンが肩を叩いた。
征陸はタリスマンを羽交い締めして動きを封じたが、それは常守だった。
「す、すまん。」
この日、スプーギーブーギーの協力も虚しく。タリスマンを捕まえる事は出来なかった。そして、この日を境にスプーギーブーギーも。まるで別人になったようになってしまった。
勇魅は生前、工業系の高校に通っていたのでそういった事はお手のものです。