「ふぅ、一先ずこれでいいかな……おや?」
パソコンでの用事が一段落ついてオフィスチェアに深く身を預けたその時、タイミング良く呼び鈴の音が部屋に響き渡る。通販で注文した覚えはないはずだがなと思いつつも、軽快な足取りで立ち上がって玄関のカメラと接続されたモニターの前まで行くと、そこには私服に身を包んだ寧々の姿があった。こんな朝早くに何かあったのだろうか。
「えへへ、来ちゃいました♪」
玄関を開けて寧々と目が合うと、彼女はそう言いながら、にこにこと花が咲いたような笑みを私に向ける。はい、本日の可愛いをいただきました。
「あ、えっと……やっぱり連絡なしで来たのはご迷惑でしたか……?」
「いや、大丈夫だよ。上がっていくかい?」
「はい、お邪魔しますね」
あまりの可愛さに言葉を失っていると、私が嫌がっていると勘違いした寧々が不安そうな表情をし始めたので、それを即座に否定して寧々に上がっていくよう促す。許可をもらった彼女は再び表情を笑顔に転じさせて、パタパタと我が家に入場を果たした。
「それで、今日はどうかしたの?」
「……因幡さんの依頼の件で色々と考えてはみたのですが、その、恥ずかしながら全然考えが浮かんでこなくて……」
廊下を歩きながら、首だけ振り返ってそう寧々に尋ねると、彼女は顔を俯かせて言葉を返してくる。やはり、今の寧々にとっては難しい問題だったか。
……まあ、私の方も自分ではあまり思いつかなかったので、年の離れた友人たちの返信待ちなのであるが。さっきのパソコンの作業とはそれのことだ。
「そっか……じゃあ一緒に考えようか」
「はい!」
それでも、二人寄れば文殊の知恵とまではいかずとも、知恵を絞ることが全くの無駄ということにはならないだろう。せっかくの休日だし、有意義に過ごしていこう。そして、その決心と同時に、残念ながら今日の営業は休止することが決定した。
「それと、ついでだしもう一個の件も」
「あっ……そうですね、そちらもどうにかしておかないと……」
いつかの時と同じように、ソファーに二人で並んで座るのと同時に、私は思い出したかのようにそう提案する。寧々も得心がいっているが、昨日会長に言われた、オカ研の部員の件である。
ぶっちゃけた話、部員を増やすこと自体は、私と寧々のネームバリューを使えば至極簡単なのだが、部でやっているお悩み相談が心の欠片集めという公にできないことを目的としている以上、考えなしに増やすというのもまた問題なのだ。
「一応、一人心当たりがない訳では無いんだけどね……」
「そうなんですか?」
空中に吐き出すように口にした言葉に、寧々が意外そうな口調で食いついてくる。
そう、入部させても大丈夫だろうという人間は一人だけいるのだ。まあ、そいつの場合はオカ研の活動であるお悩み相談に
そいつは頼まれたことを断れない男で、本人も口ではそれを治したいとは言っているが、どうにも改善の兆しが見られないので、そういった処世術を身につけている寧々の下で、角の立たない断り方などをお悩み相談という似たような形で身につけてもらおうという私なりのお節介だ。もちろん、断られれば無理強いするつもりはないが。
ちなみに、その男というのは言わずもがな柊史のことである。
「何でかは分からないけど、魔女の気配を感じるのも気になるんだよね」
先程述べたことも理由の一つではあるのだが、柊史から寧々と極めて近い気配を感じ取ったというのも要因の一つなのだ。
元々、寧々と柊史から似通った何かを感じてはいて、つい先日まではそれが二人とも周囲から一歩引いたような接し方をしている、つまり、似たような気質の人間だからと思っていたのだが、あの日の夜に寧々の魂に触れた時、その似通った気配の正体が魔女が発する特有のものであると気付くことができた。柊史から感じたのは寧々ほど強い気配ではなかったので、魔女本人というわけではなさそうだが、何かしら関係がある人間であることは間違いないだろう。
「魔女の気配……ですか? あの、いったいそれは誰なんでしょう?」
「柊史だよ。何か魔女の視点からは分からない?」
「保科君が……いえ、特に思い当たることはないです。私が察知できるのは心が不安定であるとか、心の欠片が回収できそうかどうかぐらいなので……」
まあ、分からないなら分からないでも構わない。いざという時は
「とりあえずその件については因幡さんのことが終わってからかな」
「そうですね。その時はお願いします天都君」
「うむ、任された」
兎にも角にも、現時点ではそのことに関しては方針を決めておく程度が関の山だろう。本人もこの場にはいないことであるし。
「さて、じゃあ本題の方なんだけど……」
「あ、天都君は何かいい案は思い浮かびましたか?」
横道に逸れていた話を本筋に戻すと、寧々は初球から私の方へと丸投げを敢行してきた。本当に何も思い浮かばなかったのだろう。
「一応友人の知恵を借りてはいるんだけど、そっちの方はまだ返事待ちだね」
「友人……海道君たちにですか?」
「いや、そっちじゃなくてニッグとかベラ姐さんたちに」
「……な、何だか想像以上に大事になってきてませんか?」
挙げられた名立たるビッグネームに、思わずといった感じで寧々の顔が引き攣った笑顔を映し出す。まあ、確かに世界に名を轟かせる人気者たちの力を借りているとは思うまい。その実、世界一贅沢な相談だと私自身も思っているし、因幡さんがこのことを聞いたら卒倒しそうな気もしてきた。
「まあ、それはいいとして」
「いいんですか」
「良いのです。こっちはこっちでちゃんと考えておかないとね。案はできるだけいっぱいあった方がいいだろうし……」
自分の所業は隅に置きつつ、そこまで口にしたところで、ふと私の脳裏に過ぎることがあった。それは私と寧々のことだ。
「寧々」
「はい、何でしょうか天都君」
そのことを確認するために寧々の名前を呼ぶと、彼女は密着させていた身体を嬉しそうに擦り寄せてくる。可愛い……ではなく。
「時期を外した交友関係の構築なら、私たちのことって当てはまらないかな?」
「…………あっ!」
そういえばそうでした! と言わんばかりに、寧々は自身の口元に手を当てて目を僅かに見開いた。
そう、思い返せば以前にも語っていたような気もするが、私と寧々の関係は、初めの頃は寧々から恋慕されていたとはいえ、隣の席だから世間話に興じる程度の仲だったのだ。しかし、ある時、具体的に言えば今年の初め頃に共通の趣味を持っていることを知ってからは、お互いに胸を張って友人だと名乗れるぐらい仲良くなったという記憶がある。まさか、こんな身近に役に立ちそうな例が転がっているとは、灯台下暗しとはよく言ったものである。
「となると、何か趣味を取っ掛かりにして……といったところでしょうか?」
「そうだね、趣味に関しては本人に聞かないと分からないけど、方針としては悪くないはずだ」
降って湧いてきた妙案に、二人して同時に安堵の溜め息を吐く。それが何だか面白くて、私たちは顔を見合わせてくすりと笑い合った。何はともあれ、まずは一つ思いつくことができたか。
「っ……!」
「寧々?」
ほっとしたのも一瞬、息を呑むような音と共に、寧々が身体を跳ねさせるのを感じて、私は寧々へと声をかける。一方の寧々は、それに対して、涙目で私の方を見上げてきた。急にどうしたのだろうか。
「どうしたの? 何処か痛めた?」
「い、いえ、あの、やっと思いつけて安心して、気が抜けたら、はぁっ……ふぅぅ……っ! だ、代償が……」
「……結構な頻度で出るみたいだけど、普段からこんなペースなの? それとも多い時期とかそういうことだったり?」
「こ、こんなに、うぅっ……連日、症状が出るのはっ、はぁぁぁっ……! うくっ……は、初めてれひゅっ……!」
言っている間にも発情が進行しているのか、寧々の声がだんだんと熱を孕んだものへと変貌していく。聞いたところによると、気の昂りや緩み、緊張から誘発されることもあるらしいのだが、それにしたってこの頻度は多すぎるだろう。寧々も言っている通り、流石にこのペースは本人も未知の領域であるらしい。
というのも、寧々と付き合い始めてからここのところ毎日、多い時には日に二回、寧々の代償による強制発情を鎮めるために彼女と性行為に及んでいるのだ。発動する場所が場所なので前戯で留めてはいるが、これではいつ他の人にバレるか分かったものではない。一応、キスだけでも鎮められないことはないので、このままペースが落ちないようなら、万が一を考えてそちらに切り替える必要もありそうである。
「じゃあ寧々、半分脱がすよ」
「んんっ……! んんんんっ……!」
前に家でした時に寧々の下着をぐしょぐしょにしてしまったのを反省して、膝のあたりまで脱がせてから行為を開始するのがいつもの流れなのだが、今日の寧々は発情でどうにかなりそうになりながらも、彼女の下半身に伸びていく私の手を掴むことでそれを拒否してきた。
「寧々?」
「ふーっ……! あ、あの、今日は、ぁぁ……っ! 指、じゃなくてっ……あまとくんの、お、おち、おちんちんで、掻き回して、欲しいんです……」
予想していなかった彼女の行動に疑問の声をかけると、寧々は消え入りそうな声でそうおねだりしてくる。発情と羞恥が合わさって耳まで真っ赤に染めながら、涙の滲んだ瞳で上目遣いしてくる様は私の男心を擽り、下半身の一部分に血流を集中させていくが、まだ避妊具を購入していないことを思い出して頭は冷静になっていった。
「気を、遣ってくれるのは、とても、んんっ……嬉しいですっ……! しっかり、愛され、てるって、うくぅぅっ……で、でもっ、はじ、めては、ぁぁぁっ……あまと、くんのをっ、ちゃんと、生で感じたくて……っ!」
ゴムのことを口にしようとする前に、寧々はそれを見越していたかのように更に言葉を続ける。その言葉は男として当然心がけていた
「初めては……初めてだけは、たとえ、はぁぁ、0.02mmでも、壁を感じたくないんです……! 全身で、生のあまとくんを、感じたいっ……!」
我慢も限界に近いようで、皺ができるほどに自身のスカートを両手で握りしめて、身体の奥底から湧き上がってくる快楽の波に寧々は耐えながら、彼女は自らの本心を語り続けた。その涙混じりの懇願は寧々の覚悟にも近い想念を感じ取ることができる。
「あん、しん、してくらひゃい……っ! 今日は、安全な日……ですから……っ!」
「ごくっ……」
そして、無意識に生唾を飲み下す私の理性に止めを刺すべく、寧々は私を逃がさないようにするりと抱き着きながら……。
「いっぱい、いーっぱい……犯してください、あまとくん……♪」
耳元で、蕩けるような猫撫で声でそう口にした。その瞬間、私の理性は跡形もなく消し飛ばされた。
小悪魔寧々ちゃん。