「おいで、寧々」
「お、おお、お邪魔しまひゅ……」
優しく微笑みながら、腕を大きく広げて私を招く体勢を取る天都君に、私は少し挙動不審になりながらでしたが、少し勢いをつけて抱き着きました。そうすることで天都君から発せられるいい匂いが鼻腔を擽って、私の思考が幸せで満たされていきます。
突然の状況ではありますが、あれから部室を後にして、私たちは一旦天都君の家に寄ってから色々と準備を済ませて、私の家で二人きりのお泊り会を開催することなりました。今は食事もお風呂も終えて、就寝前にリクエスト通りたくさん甘やかしてもらっているところです。
「えへへ、温かい……」
「まだ暑い季節だと思うけど」
「むぅ、そういうのじゃないんです」
私が思わず漏らした言葉に対する天都君の揚げ足取りに、私は頬を膨らませて抗議の声を上げます。天都君のことは大好きですが、時々こうして意地悪をしてくるのは、その、あまりやられると怒ってしまいますよ。
「……契約してからはあまり家族のところにも帰らないようにしていたので、何と言いますか、家族の温もりも遠ざけてて……。でも、天都君とこうしていると、その温もりを感じれて……」
独白するような私の言葉に、天都君は何も言わずにそっと私の頭を撫でます。それに何だかお母さんのような温かさを感じて、胸の奥から熱い何かが込み上げてくるような気がしました。
「お母様とお父様にはしっかり謝っておくんだよ? 願いを叶える前にね」
「ん……」
その心情を見透かすようにして、天都君は私にそう言ってきます。
心に余裕を持つことが出来た今だからこそ分かりますが、私は本当にお父さんとお
「今度の休みに、一度帰ろうと思います」
「そっか。私も着いて行った方がいい?」
「いえ、これは私が解決しないといけない問題ですから、お気持ちだけ」
思い立ったが吉日……はまだ平日なので無理ですから、今度の土日の間に私の過ちを償ってくるつもりです。お
「じゃあ、ここで目一杯勇気を分けてあげよう」
「きゃっ……」
そう言って、天都君は少しだけ思考が暗くなって震えていた私をより力強く抱きしめてくれました。それによって密着した私たちの身体同士がお互いの体温で熱くなっていって、その熱が私の心の隅に残っていた不安を焼いてくれました。
「……もっと、もっといっぱい甘えないと勇気が出ません」
「ふふ、それならいっぱい甘えていいよ」
「やったぁ♪」
でも、折角なのでこれを口実にして、もう不安なんてなくなっていますが、もっともっと天都君から愛を貰うために、部活の時に学んだ上目遣いなんかも駆使して精一杯甘えた声を出します。そんな私に、天都君は慈愛の気持ちが籠った笑みを深くして、私の我が侭を受け入れてくれました。
「好き、好き……ちゅっ、大好きです……ちゅっ、ちゅぅぅっ……♡」
溢れてくる想いを口にしながら、私は目の前にあった天都君の首筋に吸い付くようなキスをします。私の突然の行動に天都君は少しだけ驚いたようでしたが、それからすぐに密着した天都君の身体から伝わってくる鼓動がだんだん速くなってきて、天都君が私のキスでドキドキしてくれていることが分かって、それがとても嬉しくて、キスのペースも意識しないうちに早くなっていきました。
「ちゅっ、ちゅっ♡ あむっ、ちゅぅぅぅぅぅっ♡」
「んっ……」
私が痕を残すぐらいの強さで吸い付くと、天都君の口から甘い小さな嬌声が漏れてきます。思わずキスするのを止めて天都君の顔を見てみると、そこには恥ずかしそうに顔をほんのりと赤色に染めた天都君が困ったように笑っている光景がありました。
それを見て、何だかとてもイケないことをしているような気分になりますが、その背徳感が私の行動を加速させていきます。
「甘えるんじゃ、なかったの?」
「ちゅっ……甘えてますよぉ♡」
熱くなっていく吐息と一緒に、天都君の問いに対して惚けた答えを返しながら、私は何度も何度も天都君の首筋に求愛行動をするように唇を重ねました。最初に強く吸い付いたところは赤い痕になっていて、それを見ると心の奥の方でゾクゾクとした感覚も感じます。
「こら、吸いすぎ」
「あっ……」
優しい口調のまま、天都君は首筋にマーキングを続ける私を抱き上げるように引き剥がして、そのまま天都君に跨るように座らせられました。その細身からは想像できない力強さに胸がキュンとしますが、それによって、身長差も埋まって顔と顔が真正面で向かい合うことになります。
「何だか寧々に攻められるのは新鮮だな」
「私も、いつもとは違う感覚がして、これはこれで楽しいです」
眉尻を下げて、天都君は声色に嬉しさを滲ませながらそう口にします。夢中になって吸い付いていただけですが、悦んでもらえたみたいです。
「あむっ、ちゅぷっ……♡ ちゅっ、れろっ……♡」
そして、言葉を交わすのもそこそこに、恋人同士が向かい合えばすることは当然一つ。私たちは愛を確かめあうように、お互いの桜唇を貪り合う激しいキスを交わしました。
恋人になってから毎日十回は交わしている天都君とのキスですが、百回以上交わした今もその甘美な味わいに飽きることはなく、寧ろ数を重ねていく度にどんどん深みに嵌っていくようにして、私はその行為が生み出す快楽に溺れていきます。痺れて甘く蕩けるような幸福感が頭を満たしていって、もう私の心だけではなく身体までもが、天都君無しでは生きられないぐらい依存していくのを、私は何処か客観的に感じました。
でもそれでいいんです。自分の人生を賭けてまで私を苦しみから解放してくれた天都君のためなら、私は何でもできます。えっちなお願いだって、二つ返事で受けちゃいますよ。……あ、あんまり変なのはダメですけど。
「ぷはっ……んむっ、ちゅるるるっ……♡ じゅぷっ……♡」
幸福感に包まれた思考と並行して、一瞬の息継ぎの後に私は再び天都君と唇を重ねます。酸欠気味で頭がチカチカしてきますが、それすらも快楽を彩るスパイスのように感じて、身体の火照りは増していく一方です。
「はぁっ……はぁぁっ……!」
「ふぅぅっ……寧々、私は逃げないから、ね?」
二度目の息継ぎは深く呼吸をして、身体から失われた酸素を大量に取り込んで回復に努めます。その間、天都君が心配するような言葉と共に、あやすように私の頭を撫でてきました。天都君の手のひらから伝わってくる、じんわりとした人肌の温かさがとても心地良いです。
「……こうして天都君に包まれていると、何だか小さい頃にお母さんに抱っこされてたことを思い出して、安心します」
「……そっか」
「?」
身を包む心地よい温かさから零れた言葉に、天都君が少し寂しそうな声を漏らしたのを耳にして、私は反射的に顔を上げました。今まで聞いたことのような無い声に釣られて動いた視線は、何と形容したらよいのか分からない表情を浮かべた天都君の姿を映します。
「ご、ごめんなさい、男の人にお母さんみたいだなんて……」
「ふふ、それに関してはこの容姿だから気にしてないよ」
「え、えっと……」
もしかして、男の人に母性を見出したことが失礼だったでしょうかと思って、すぐに謝罪の言葉を口にしましたが、天都君はそれを気にしている様子ではありませんでした。ではいったい何が天都君にこんな表情をさせてしまったのでしょうか……?
「まあ、隠しておくことでもないか」
「……天都君?」
「ちょっとだけ昔話をしよう」
おろおろとしている私の頭を撫でながら、天都君はそんなことを口にします。思えば、天都君の出会う以前の話は、七緒の所でとても端的に話してもらっただけなので全然知りません。その上、語ってもらって知っているのも、天都君が一度死を迎えて、中学生の頃から一人暮らしをしているということぐらいでしょう。
「私が前に一度死んだってのは話したよね?」
先程同じことを思い返していたのもあって、私は天都君の問いに遅れることなく首肯しました。天都君が死因と呼ぶ彼の身体に遺された大きな傷と合わせて、それは私の記憶に深く刻まれています。
「その影響なのか、前世……前世でいいのかな? まあ、とにかくそれ以前の記憶が曖昧なんだけど、一つだけハッキリと覚えてることがあるんだ」
天都君が胸のあたりを撫でながら零していく言葉の続きを、私は口を挟むことなく無言で促します。
「私、前世の時から親がいないんだよね」
「……え?」
あまりに淡白な様子で告げられた天都君の重大な過去に、脳の処理が追い付かなくて、私は僅かに遅れて辛うじてそれだけ口にしました。
親がいない? そう言われると、確かに天都君は保護者としてお師匠さんの話しかしていなかったことを思い出して、それから自分がしてしまったことに気付いて、ぶわっと冷や汗をかいて背筋が凍り付きます。
「孤児院で暮らしてて、年長者として小さい子の面倒を見ていたような記憶がぼんやりあるんだ。母親っぽいって寧々が思ったのは、多分その時の経験がまだ魂に残ってるんだと思う」
「わ、わた……ご、ごめんなさっ……!」
猶も淡々と語り続ける天都君に、私は今まで無神経なことをしてしまっていたことを謝ろうとしましたが、その言葉を言い切る前に、天都君は私を強く抱きしめてくれました。その温かさが痛みを発する私の胸を落ち着けてくれます。
「大丈夫だよ。私はそれを一度も辛いと思ったことはないし、何だかんだでその生活が好きだったから」
「天都君……」
「ただ、記憶の欠落のせいで孤児院が何処にあったかも覚えてないから、あの子たちともう会えないのは少しだけ寂しいかな……」
そう言って、天都君は私が零し続けてきた失言の数々を責めることをせず、ただただ寂しそうな笑顔を浮かべるだけでした。それが何だか、甘えることができない幼子のような印象を私に与えてきて、私は申し訳ないという気持ちと入れ替わるように、心の奥の方である感情が沸々と湧き上がってくるのを感じます。
「そ、それなら、私が天都君のお母さんになります!」
「寧々?」
「その、天都君はたくさん甘えさせてくれますけど、でも、天都君を甘えさせてくれる人はいなくて、あの、あの……」
「た、確かに師匠も甘えさせるってタイプではないけど……」
私の感情任せの取り留めのない言葉に、天都君も困惑しつつ言葉を返してきました。
でも、私の心に嘘偽りはありません。与えてくれるばかりの天都君に私も返せるものがあると気付いての突発的な行動でしたが、それは本当です。
「ふふ、気持ちは嬉しいけど、やっぱり寧々は甘えるより甘やかしたいかな」
「なっ……! わ、私ではダメですか?」
「ダメってことはないけど……じゃあ、寧々はどういう風に甘やかす?」
しかし、続く天都君の言葉はやんわりと断る言葉で、その様子がまた母性に近い優しさを感じさせて、何だか女子力で負けたような気分になって、ムキになってしまった私はついつい食い下がってしまいました。
「…………お、おっぱいを……吸ってもらう……とか……?」
「そういうところだよね」
天都君の問いに対して、数秒考えた末に出てきた唯一の答えを口にすると、天都君はしょうがないなぁといった風な笑顔を浮かべながら、私の頭を撫でてきます。な、納得がいきません!
「だって、甘やかすって言うか、赤子に対するそれじゃないか」
「う、うぅぅぅぅ!」
不満そうにしている表情を一瞬で見抜かれて、天都君は撫でる手を止めることなく、諭すように言葉を紡ぎます。私は何も言い返すことができず、目の端に涙を溜めながら子供みたいな反応をすることしかできなくて、それがますます母性で敵わないことを如実に表してしまう始末です。
「ふふ、ごめんごめん、寧々の気持ちは本当に嬉しかったから」
「……甘やかさせてくれないと、信じません……」
「うーむ、そもそも、私は親の愛に飢えているわけではないからなぁ」
癇癪を起こそうとする私を優しく抱きしめて、私の顔を笑顔で見つめながら天都君がそんなことを言ったので、私は思わず天都君にキョトンとした顔を向けてしまいました。会おうと思えばいつでも会える私でも、ふとした時に恋しくなることがあるのに、嘘を吐く様子もなくそう言い切った天都君の言葉が少しだけ信じられなかったからです。
「まあ、色々とあるんだけど、端的に言ってしまえば、甘やかす方が好きなだけだよ。うん」
「そう……なんですか?」
にこにこと楽しそうに笑みを浮かべる天都君は、そう言って私の頭を撫で続けます。何だか負けたような気がしなくもないですが、天都君が求めていないというのであれば、無理強いするつもりはありません。
……おっぱいを吸ってもらえなくて残念だなんて思ってませんよ? 本当ですよ?
「まあでも、寧々がついつい甘えたくなるぐらい母性豊かになったら、甘えさせてもらおうかな? ……さて、何かしんみりしちゃったし、今日はもう寝ようか」
「へ!? あ、は、はい!」
笑みを崩さず、私を抱いたまま、天都君は掛布団の中に潜り込んで、そんな言葉を口にしました。確かに、湧き上がっていた情欲もすっかりどこかへいってしまったので、明日も学校があることですし、今日のところは大人しく天都君の腕の中で眠ることにします。
大丈夫です。時間は沢山あることですし、焦らず頑張っていきましょう。言質もとりましたし、いつか必ず天都君におっぱいを吸わせてみせます。そんな何処かズレた思考を新たに抱きながら、私は
あ、僕は夢の中でよく寧々ちゃんのおっぱい吸ってます(隙あらば自分語り)。