「それでいいんだね?」
柊史が魔女の息子であることが判明した翌日、一晩かけて出した結論を語る柊史に私は最終確認の言葉を投げかけるが、彼の真っ直ぐな瞳の色を見れば問わずとも返ってくる言葉は分かるか。それを証明するように、柊史は力強く頷いてみせて、私はそれに対してにっこりと口角を上げてみせる。
「よし、じゃあこれからもよろしく頼むよ」
「こちらこそ」
そして、私は柊史に向かって腕を上げて拳を作り、それに合わせるようにして柊史も彼の拳を軽く打ち付けてきた。男の子同士の誓いの挨拶だ。
「ふふ、何だか妬けちゃいますね」
その光景を見て、寧々は小さく笑いながらそんな言葉を口にする。なぁに、仲間外れにするようなことはしないさ。この三人に因幡さんも含めたオカ研メンバーで仲良く頑張っていこうじゃないか。
「あっ、やだ、そこダメですっ……! あぁっ、無理無理無理っ、こんなの無理ですよぉ、ああぁんっ!」
「まだいけるいける、ほら、こっちも」
生まれてしまった隙を痛烈に突かれてしまった寧々が、身体をビクリと跳ねさせて嬌声を上げた。目の端にほんのり輝く涙が寧々の余裕のなさを如実に表している。
「やだぁ、二箇所同時なんて、本当に無理なんですっ」
「何を言ってるんだ、本番はココからだよ?」
寧々の懇願の声も届かず、増える攻め手が寧々に容赦なく襲いかかった。私の耳元で焦る様な寧々の熱い吐息混じりの声がいやらしく鼓膜を震わせる。
「さ、三箇所も同時にっ、こ、こんな激しいの無理ぃ、あっ、ああっ、死んじゃう死んじゃう、死んじゃいますよぉ……!」
そして、許容限界を迎えていた寧々に更なる猛攻が襲いかかり、寧々の奮闘空しく、寧々が操作していたゲームキャラクターが倒されてしまい、クエスト失敗の文字が3DWの画面に浮かび上がった。それを見た私の隣に座る寧々は集中力を切らして、深く自身が据わる椅子に身を預ける。
セックスかと思った? 残念、ただゲームをしているだけでした! いや、言いたいことは分かる。寧々の声が完全にゲームをやるそれでないことは私もよく分かっているので、とりあえず今はズボンを履き直して話を聞いて欲しい。
「ふぅ、少し休憩しますね。目が疲れてしまいました」
「集中してプレイしてると目が乾きますもんねー」
そう言って、寧々はゲーム機を折りたたんで机の上に置き、もみもみと指先で目頭を刺激し始めた。それを見届けてから、一緒に画面を覗き込んでいた私も眼鏡を外して寧々と同じように目頭を揉みほぐす。
さて、柊史が改めて魔法と向き合うと決めた日から時は数日流れて、私たちは今のように四人で部室でだらだら過ごす日々を送っていた。というのも、オカ研のお悩み相談は連日依頼人が舞い込んでくるほど盛況しているわけではないのだ。
「もう一時間ぐらいしてますから」
「個人的にはまだ一時間って感じですけどね」
「まだゲームに慣れてないってことなんじゃない? 慣れないうちはあんまり無理しない方がいいよ」
そんな風に暇だなぁとぼんやり考えていると、今度は各々が手にした物から目を離して雑談が始まった。ゲームに慣れている二人は一時間程度では疲れないようで、寧々とは違って平気そうな様子である。
「それにしても、空閑先輩ってゲームする時に眼鏡かけるんですね」
「あぁ、ちょっと事情があってね」
「ドライアイだったりするのか?」
話題の矛先が先ほどまで喋っていなかった私の方へと向き、普段見慣れない私の眼鏡姿について、ゲーマー二人が尋ねてきた。寧々も口には出してないが気になっているようで、興味津々といった風な瞳の色を輝かせているようだ。まあ、隠しておくほどのことでもないので聞かれれば教えるけども。
「体質的な問題みたいで、身体に害のある成分とか物質に滅茶苦茶弱いのよね」
「そう……なんですか?」
「うん、液晶から出る光とかもそうなんだけど、先月ニッグのとこでタバコ吸わせてもらった時は肺に紫煙を入れた瞬間吐血しちゃったから」
HAHAHAとコミカルな感じでカミングアウトしてみたが、三人の反応は紛うことなきドン引きであった。寧々に至っては泣きそうである。ちなみにさり気ない問題発言はスルーであった。
そう、私は有害物質やそれに類するものに対して耐性が物凄く低いのだ。これはこの身が「至高」であるが故に起こる弊害のようで、師匠はこれを「やっぱり、一個くらい欠点があった方が何か際立つよね」と言っていた。また、「至高」であるが故に、成長すること、つまり慣れることもないので、この変な方向性の虚弱体質モドキは治ることはないらしい。ホンマ張っ倒すぞ。
「それでは、天都君と一緒にゲームで遊ぶのは難しいでしょうか……?」
「いや、眼鏡をしてれば三時間はぶっ通しでも大丈夫だから、遊べないってことはないと思うよ」
そう言って、私は目の端に涙を溜めて落ち込む寧々の頭を優しく撫でると、気持ち良さそうに目を細めて寧々は頭を私の方へと預けてくる。小動物みたいで可愛い。
今さっきは身体が慣れることはないと言ったが、かと言って何の対策も取れないというわけではない。それが今机の上に置いてある、金にものを言わせて作ってもらった特注の眼鏡のことで、何もなければ三十分でノックアウトされてしまう私の身体を三時間戦える身体にしてくれる優れものだ。これのおかげで映画なども休憩を挟まずに見れるようになったので、私にとっては非常にありがたい代物でもある。
「あーあー、保科センパイ保科センパイ、何だか分かりませんけど苦い物が欲しくなりませんか?」
「そんな因幡さんにブラックなコーヒー」
無言でイチャイチャし始めた私たちを見て、やってられないとばかりに二人が漫才を始めて、そのままの勢いでブラックコーヒーをぐいっと一気に飲み干す。仲良いな君たち。
「さて、ゲームもそこそこにしておいて……と言いたいところだけど、やっぱりこうも依頼が来ないと暇なのはどうしようもないか」
「この部活って普段からこんな感じなんですか?」
そんな二人を見て、私は甘くなってしまった空気を換えるためにそう口にすると、因幡さんがそれに追従するようにこちらへと問いを飛ばしてきた。
「毎日誰かが相談に来るというわけではないですよ。ドッと来る日もあれば、最近のように閑古鳥が鳴くような日もある感じですね」
「ふーん、そういうものなんだ?」
「意外ですね。寧々先輩と空閑先輩がいるので毎日満員御礼なのかと思ってました」
この中で一番オカ研歴の長い寧々の返した答えに、二人は意外そうな顔つきをして言葉を紡ぐ。まあ、言いたいことは分からなくもないが、その辺りは寧々の奮闘のおかげといったところか。
「最初の頃はそういうこともあったんですけど、気軽な相談の人が増えてしまうと、真剣に悩んでいる人が来づらくなるかもしれないと思って」
当時のことを思い出したのか、少し困ったような表情を浮かべた寧々の言葉に二人は納得したような顔を浮かべた。そういえば始めたての頃は、冷やかし半分の人が来て少し困ってるんです、と寧々らしくない愚痴を聞かされたなぁと思い出して、懐かしい思いが私の胸に広がっていく。
「あ、そういえば因幡さん」
「はい、どうかしましたか空閑先輩?」
「あれからクラスの方はどうなの?」
思い出に立ち返る心が現在に戻ってくる途中で、直近の相談関係で思い出したことを因幡さんに尋ねると、因幡さんは空中に視線を向けてうむむと唸り始めた。
「まあ、そこそこってところですかね……。女の子のモン猟仲間もできましたから」
視線をこちらへと戻し、因幡さんはぼちぼちといった様子で言葉を紡いでいく。経過は順調なようで何よりだ。
「けど、あんまり急に目立ち過ぎちゃうと色々面倒なんですよね。まあ、空閑先輩ほどのものではないですけど」
そして、続く因幡さんの言葉に、思い当たる節がある私は凄まじく微妙な表情を顔に浮かべることとなる。最近本当に妙な視線を感じることが多いんだよネ……。
「まあ、でも以前よりはグッと楽になりましたし、後のことは自分で何とかします」
そう口にする因幡さんの顔からは無理をして作った表情ではなく、本当に安心していることが窺える表情を読み取ることができる。これなら頑張った甲斐もあったかと、渋面を作っていた私の表情筋が緩んでいくのを感じることができた。
「ちなみにだけど因幡さん、クラスの友達で悩みを持った人とかはいない?」
「え? そうですねぇ……うーん……」
空気が和んできたところで再びの話題転換。暇なこの状況をどうにかするために、私はよく情勢を知らない一年生のことに関して因幡さんへと問いかけてみると、彼女は記憶を呼び起こしながら思案顔を作る。
「女子同士なら恋愛に関する相談なんかは多そうだけどね」
「いやぁ、意外とそうでもないぞ?」
「はい、悩んでる子は多いですけど……女子同士ではそう簡単には言いませんからね」
多分本人も深く考えずに何となく零した言葉なのだろうが、私と因幡さんの二方向からツッコミが入ったことで、柊史は意外そうな表情を見せた。教室なんかでたまに聞こえてくることがあるが、色恋方面では結構裏のある遣り取りをしていることが多いぞ、女子高生は。
「それは結構意外だな。やっぱり恥ずかしかったりするの?」
「それもありますけど、女子のそういう相談って牽制目的なことが多いですから、するにしてもタイミングやら何やらの駆け引きがあるんですよ」
「牽制……ですか?」
ツッコミによって湧いた何気ない疑問を柊史が因幡さんにぶつけると、彼女は少々辟易とした様子で女子高生の難しい話を語り出す。それを聞いて早くも嫌な予感を感じたのか、柊史は微妙に顔を引き攣らせて、聴きに徹していた寧々も疑問の声を上げた。寧々の場合はずっと色恋を避けてきたと言っていたし、同じ女子高生でもその辺りの世情には疎いのだろう。
「はい、そうですね……例えば、『私○○君のことが好きなの』っていうのは、『○○君は私が唾を付けたからてめぇら手ぇ出すなよ?』っていう意味が込められてたりしますね」
割と現実感の籠った演技と共に、因幡さんがそんな風な例え話をすると、寧々の表情も若干引き攣り始めた。いや、流石にそんなヤクザみたいな心境ではないと思うけども。
「そんな意味が込められていたんですか? 私、初めて知りました……」
「というか早い者勝ちなの?」
「女子同士は言葉の裏を正しく捉えないと大変な目になりますからね。何だったら、その○○君が勝手に告白してきただけでもアウトです」
因幡さんの女子高生の恋愛講座に、二人は感嘆の息を漏らす。柊史の方は華やかな女子高生像がぶち壊されたような表情もセットであるが。私からは流石は雑誌で猛勉強しただけはあるなとだけ言っておこう。心の中で。
「男子だとそういうことはないんですか?」
微妙な空気が立ち込める中、寧々が部内男子たる私と柊史を見てそんなことを問いかけてきたので、私と柊史は向かい合い、そしてお互いに首を傾げ合った。あんまりそういった話はしないが、男子の場合ではそこまでギスギスしたものではないと思う。
「皆が皆ってわけではないと思うけど、男子の場合は純粋に悩み相談って意味合いが強い気がする……」
「そこまで踏み入った話をするのが珍しいってのもあると思うよ。精々が『○○ちゃんが可愛い』ってのに『分かるわ~』ってな感じがほとんどだし」
数瞬の思考の後に、それぞれが己の所感を、私は秀明たちと中学時代に話したことを思い返しながら口にする。その流れから猥談に発展するのが男子流じゃなかろうか。
「でも、女子は女子でも綾地さんみたいに色んな人から相談される人の場合はどうなんだろ? 恋愛相談なんかもあったりしたんじゃない?」
「寧々先輩、恋愛相談される前に『誰が好き?』とか確認されませんでした?」
「そう言われると……確かにそういう質問をされた気がしますね」
目まぐるしく質疑の対象が入れ替わる中、今度はその対象が寧々へと切り替わる。
「それって寧々先輩が自分のライバルにならないか事前に確認してから相談してるんですよ」
「はぁー、なるほどね……でもさ、もしそれで被ったらどうするの?」
「そういう時は……『えー、そうなんだ。どうしよう……私も好きなんだけど……でも綾地さんが相手じゃ、私なんて敵わないよね』と、同情を買いつつ『そんなことないよ、頑張ろ』と言わせて、応援する方向に持っていかせてから、追い討ちで裏切りは許さないとばかりに、『おめぇは彼に近づくなよ?』って布石を打っておくって感じですかね」
「うっわ……腹黒……」
再びの因幡さんの解説を聞いて、柊史はもうお腹いっぱいとばかりに嫌そうな顔をして呪詛に似た何かを吐き出した。確かに、そこまでいくと私も良い感情は抱けないな。
「まあ、そういうわけで女子同士ではそういう悩み相談は気軽にしないんですよ」
「怖い……マジ女子怖い……」
そういえば悩み相談の話だったなと思い返して、柊史の力の籠ってない呟きと共にこの話題は終結することになった。あと、他人事みたいな顔してるけど寧々も関係ある話だからねこれ。
「で、横道に逸れちゃいましたけど何の話でしたっけこれ」
「あぁ、因幡さんの周りで悩んでそうな人はいないかって話だったよ」
「そうでしたそうでした……んー……そういえば、川上君が浮かない顔をしていたような気が……」
横道に逸れた女子高生の恋愛事情から軌道修正を図ると、因幡さんが心当たりがありそうな声を上げる。おっ、これでようやく柊史も仕事を出来るか。
「クラスメイトの方ですか?」
「はい、クラスメイトの男子なんですけど、いつもは結構バカやってるイメージなのに、ここ最近はどうにも暗い表情を浮かべてたと思うんですよね。あっ、まだ教室にいるかもしれませんし、ちょっと見てきますね!」
そう言って、因幡さんは椅子から立ち上がった勢いのまま部室を出て行ってしまった。彼女に声をかけようとした寧々の手が所在なく空中を漂って、ゆっくりと膝の上に戻っていく。
「元気だなぁ」
「それが彼女の取柄じゃろうて。さて、一応お客様を迎える準備をしましょうか」
「あっ、ゲームを出しっぱなしはいけませんね」
数秒間部室を沈黙が支配したが、柊史の疲れたような呟きと共に再び時が動き始めて、私たちは川上君を迎えるために少々散らかった机の片付けを開始するのであった。
Restartの時の川上君の感じは結構好き。