「空閑先輩、どうか力を貸してください!!」
「……彼、どうしちゃったの?」
片付けも終わってまったりしていると、因幡さんが出て行ってからしばらくしてから彼女と共に見知らぬ男子学生が部室に入ってきて、開口一番に勢いよく頭を下げながら部室に響き渡る大声でそう口にした。流石にいきなりそんなことをされるとは予想していなかったので、困惑の視線を因幡さんに飛ばすと、彼女も彼女で困った顔をしながら自身の頬を指先で掻いているようである。……いや、本当にどうしちゃったのさ。
「えっと、とりあえず君が川上君でいいの?」
「はいっす! 一年の川上光大です! よろしくお願いします!」
助け船が来ない状況でいつまでも困惑していても話は進まないので、腰を90°曲げたまま動かない彼に声をかけると、川上光大と名乗った少年は風圧が発生するほどの勢いで頭を上げた。げ、元気が良すぎる……。
「えーっとですね……あれから川上君を見つけたまでは良かったんですけど、悩みがあるのか聞き出してるうちに空閑先輩がいるってことをポロっと漏らしたらこんな感じになっちゃって……」
「いや、まあ、それはいいんだけどね」
気まずそうにそう言葉を漏らして、因幡さんは若干興奮気味の川上君へと視線を送った。まあ、私の存在を認知してこうなったなら、部室に来た時点でこうなってただろうし、因幡さんに非はないだろうて。
「知ってるだろうけど、二年の空閑天都だ、よろしく川上君」
「はい! 先日のテレビも観ました! 最高にカッコよかったです!」
「うん、ありがとう。……それで、力を貸して欲しいっていうのは何に対してだい?」
自己紹介をすると元気いっぱいに賛辞をくれる川上君の勢いを若干受け流しつつ、私は彼が初めに口にした言葉の真意を問うた。あの様子だと私に用事があったとも取れるが、いったい何なのか。
「経験豊富な先輩を見込んでお願いがあるのですが」
「うん、……うん?」
「あれ? 空閑先輩ってすっごい女性経験があるって聞いたんですけど……あの綾地先輩とも付き合ってるって聞きましたし」
川上君の不穏な文言に疑問を呈すると、彼の口から特大の爆弾が部室内に投下され、私と寧々がほぼ同時に噴き出す。何処情報なんだそれは。
「え、えっと……つまり、川上君の悩みって恋愛事ってことでいいのかな?」
「はいっす!」
色々とツッコミたい気持ちはあったものの、話が長くなる気配しかしなかったのでそれを断腸の想いでスルーして話を続けると、川上君から肯定の言葉が返ってくる。
「じ、実は俺、少し前から付き合ってる彼女がいて……」
「えっ! そうなんだ? 誰誰? 誰と付き合ってるの?」
「そうやって問い詰められるのが嫌だから他のヤツには言ってないんだよ」
「あ、ごめんね。つい気になっちゃって……。続けて続けて」
流石と言うべきか、川上君の口から飛び出す甘い話題に一早く食いついたのは因幡さんで、彼女は目をキラキラさせて会話にエントリーしてくるが、川上君はそれを鬱陶しそうに振り払った。
「それで、来週の日曜日に予定が作れたのでデートに行くことになったんですけど、俺も人生初のデートなんでいったい何処に行って何をすればいいのか全然分かんなくて……だからお願いします! 空閑先輩と綾地先輩のデートを参考にさせてください!」
再び川上君が力強く頭を下げてそんなことをお願いしてくる。……え? そうくるの?
「さ、参考にですか?」
「何かもっとこう、考えてきたデートプランを精査して欲しいとかそんなのではなく?」
「いや、俺も自分なりに考えてはみたんすけど、でもビックリするぐらい全然纏まらなくてほとんど白紙の状態で……激ヤバなんすよ。だから、空閑先輩だったら綾地先輩をどういう風にリードしたり、どういう風な所に連れて行ったりするのか実際にデートを見学して参考させてもらえればって」
戸惑う私たちの問いに川上君が返すのは、いっそ清々しいまでの開き直りであった。えぇ……。
「いや、ちょっと待って、そもそもとして私は女性経験豊富ではないからね?」
「え?! ミュージシャンってウッハウハじゃないんですか!?」
「私! 楽器職人! というか、その偏見もだいぶネットの意見とかに毒されてるからね!?」
そして、私の反論に引くぐらい驚く川上君に対して、ここ最近出していない大声で以て全力のツッコミを入れる。周りの皆もそんな風に私を見ているのだろうか……。何だか悲しくなってきたぞ。
「で、でも、デートの一回や二回ぐらいはありますよね?」
「まあ、それはあるけど……」
「え!? わ、私はまだ無いのに……」
なおも食い下がってくる川上君に、若干疲弊しながら肯定の言葉を返すと、今度は寧々が泣きそうな顔で口を挟んでくる。ええい、話が進まない!
「正確に言うと、デートっていうよりはエスコートだけども」
「エスコート?」
「あぁ、ベラ姐さんとかリリアちゃん……あー、ニッグの娘さんがパーティに出る時にちょっとね」
「ちょっとどころの話じゃないと思いますけど!?」
スーツを着て、護衛のような感じでビッグネームと共にパーティに出席したことを思い出しながら口にすると、何時かの時と同じように、因幡さんが大きく反応を示した。
「でも、同年代の女の子と普通のデートをした経験は一度もないから、そういう意味では川上君と私は変わらないと思うけど……」
「いやいやいや! そんなことないっすよ!」
部室内が騒がしくなっていく中、私が渋面を作っていると、川上君はそれでもなお食い下がってくる。どれだけ切羽詰まっているんだ君は。
だが、その彼の焦る様な気持ちは、それだけその初デートに大きな不安を抱えているということで、心の欠片という観点から見ると、それを放っておくのも忍びないという気持ちがあるのも事実である。しかし、これ以外にも大前提としてこの話を受けるのが難しい理由があるのだ。
「……来週がデートってことは、明日からの三連休の間に参考にした方がいいんだよね?」
「っ! そ、そうっすね。改めて考える時間なんかも欲しいですし、できればその方が」
私の確認の言葉に、私が話を受けるつもりであると思ったのか、川上君は嬉しそうな顔をしながらそう返してくる。
「寧々、確か帰省するのって明日からだったよね?」
「……あっ! うぅ……で、でも、天都君とデートしたいです……」
そう、今週末は寧々がご両親の所へ帰省するため、そもそもその参考にするというデートそのものができないのだ……と思っていたが、意外にも寧々は乗り気な方に気持ちが傾いているようだった。
「予定の方はどうするの?」
「い、一日遅らせれば明日は空きますから……だ、ダメですか?」
気持ちが完全にデートの方にいっているのか、寧々は完全にマスターした上目遣いを駆使して私にお願いしてくる。思えば、本来ならばデートよりも後にすることばかり先行していて、学生同士の恋人らしいことはやってきていないなぁ私たち。初夜もプロポーズも終えているのにデートはしていないってどうなんだろうか。
「俺からもお願いします!」
そして、川上君からも寧々への援護射撃が飛んできて、私の気持ちも押され気味になってくる。スッと外野に徹している二人の方へと視線を向けると、目を閉じてシンクロした動きで力強く頷かれてしまった。だから仲良いな君たち。
「…………するか~~~~~!」
「本当っすか、ありがとうございます!」
結局、四方から襲い来る無言の圧力に負けて、私は川上君のお願いを聞くことになった。初デートが何だか変な感じになってしまったが、まあ、もうしょうがない。
「はぁ、でも、くれぐれも参考に留めておくようにね。あくまで明日するのは私と寧々のデートで、川上君と川上君の彼女さんとのデートとは形が違うわけだから」
「分かってます。実際に見て雰囲気とか空気感を見れたら、自分たちのイメージも固まってくると思うんで」
全体的に浮かれ気味になっていく空気に、一応釘を刺しておくために私は言葉を紡ぐ。流石にそれで失敗しましただとこっちもあっちも浮かばれない。まあ、川上君もそれは分かっているようなので大丈夫みたいであるが。
「あ、あのー……自分もついていっていいですか? あ、自分の場合はただの興味なんですけど……デートなんてしたことないんで」
「まあ、一人も二人も変わらないだろうし、アドバイスが目的なら視点が増えるのはいいことなのかな? 寧々は大丈夫?」
「は、はい、その、恥ずかしいですけど頑張ります」
そうしていると、おずおずと手を上げて、因幡さんがデート見学会への同行を願い出てきた。異性からの視点と意見は川上君にとっては貴重であるはずだし、私としては寧々が断らないのであれば、着いてきてもらっても構わないと思っている。そして、同行の許可を得ることができた因幡さんは嬉しそうに笑った。
しかし、そうなると柊史だけおいていくのはかわいそうか。そう思って私は彼の方へ視線を向ける。
「柊史はどうする?」
「じゃあ、オレも着いて行かせてもらおうかな。二人がどんなデートをするのかもちょっと気になるし」
簡潔に誘いをかけると、柊史もそれに乗っかって同行することになった。五人だと結構な大所帯であるが、まあよいよい。
「そんなに期待の眼差しを向けられると照れてしまいます……べ、別に変なこともするわけではないですからね。普通です、普通」
「え!? へ……変なことって言うとやっぱり…………」
「さっ、流石にこ、交尾なんてしませんし、そんなの見せられもしませんよぅ」
語るに落ちてるんだよなぁ……。
因幡さんの問いに対して、寧々は深読みしすぎて焦りと共に言わなくていいことを口にした。普段は慌てている姿を見るのも可愛くて好きなのだが、この場はそういうことに興味津々なお年頃の少年少女が集う場所なので……。
「な、何か生々しい……」
「自分はキスとかそういうのかと思って……ま、まさか、いきなりそんな……せ、せ、せ……~~~ッ!」
「と、というか、そういう反応が出るってことは、お二人はもう……?」
当然の如く、予定調和のように顔を赤らめながらそれぞれの所感が述べられていく。因幡さんなんかは耳まで真っ赤である。
「──ッ! そ、そそ、そんな変なコト訊かないでくださいよぅ……答えられるはず、ないじゃないですか……」
そして、動揺が最高潮に達している寧々の返答がこれである。頬を桜色に染めて目の端に涙を溜め、チラチラと私の方へ悩まし気な目線を送りながら消え入りそうな声で回答拒否したが、それが何よりの答えであった。その証拠に、聴衆三人も何かを察したような顔をしている。
「いやもうその反応だけで十分というかええっ!? それってつまり寧々先輩はもう……ヴァ、ヴァヴァヴァージンじゃ……ふぉぉぉぉぉ! 大人! おっとなー!」
「空閑先輩! 一生ついて行きます!」
「ふ、二人とも興奮しすぎ……でも仕方ないのか……?」
雑誌で情報収集に余念がない耳年増な因幡さんを筆頭に、一年生組が引くぐらい興奮しながら言葉を紡いでいき、柊史はそれを若干気まずい表情をしながら宥めようとしているが、彼も内心では気になっているのか、あまり二人に強く出なかった。
あっという間に部室内が思春期の熱気と狂気に包まれていくが、部室の外まで会話が漏れるほど騒ぐのは流石に少々やり過ぎか。
「皆様方、『
ヒートアップしていく一年生二人を止めるために、人の声帯では発することができず、文字に書き表すこともできない言語でこの場にいる全員の魂に強制命令を叩き込むと、先程までの熱狂が嘘みたいに無くなり、部室内が静まり返った。
これは私が天上の世界で習得した「神言語」である。本来は上位者が下位者に対して服従させるために用いられることが多い能力であるのだが、神様についでだからと修行の合間に教えてもらったのである。久方ぶりに使ったのだが、上手くいって何よりだ。
「気になる気持ちはよく分かるけど、せめて勢いと声を抑えて、ね?」
「は、はい」
そして、追い討ちで釘を刺して鎮静化は完了である。後輩二人が少しシュンとしてしまったが、必要経費だと思っていただきたい所存。
「よし、話が逸れに逸れてた気がするけど、とりあえず明日はお昼に駅前に集合でいい?」
「はいっす、お願いします」
パンっと手を打ち鳴らして視線を集めて強引に話題をレールの上に引き戻すと、川上君は姿勢を正してもう一度頭を深々と下げた。
「何だかとても疲れた気がする……」
「そうですね……」
あれから、下校時刻も近いということで解散した後、私と寧々はいつも通り二人で家路に着きながら揃って大きな溜息を零していた。理由は敢えて言うまでもないだろう。
「しかし、デートかぁ……」
「?」
「いや、ああは言ったけど、実際何をしたらいいものかなと」
「……私は天都君と一緒なら何をしても楽しいですよ」
私が零す少し弱気な発言に、寧々は握っている手の力を強めながら励ましの言葉を口にする。あんまり気負わないでくださいねということか。
「ありがと。まあ、精一杯楽しませてみせるから期待してて」
「ふふふ、はい、いっぱい楽しい思い出をくださいね」
悲観的になっていてもしょうがないとばかりに、敢えて強気の発言を寧々にウインクと共に届けると、寧々はにっこりと笑いながら腕を絡ませてきた。そこから伝わる温もりが、心の隅に残っていた不安を氷解させていく。
よぉし、気合入れていくか!
ちょいちょいSANチェック案件発生させる天都君。