翌日の土曜日、いつも通りの時間に起床した私は万全の状態でデートに臨むべく、手早く身支度を済ませてから姿見の前に立って全身の具合をチェックしていた。流石は至高の身体と言うべきか、いつもより着飾った格好のそれは特にこれといって問題があるようには見られない。
「これに最後の一手間を……っと」
そして、小さく呟きながら自身の髪色をいつもの漆黒から透き通る様な白銀へと変化させた。これで準備良し。
さて、お洒落にしては変な風に見えるかもしれないが、髪色を変えたのはちゃんとした理由があるのだ。というのも、例の番組が放送されてから、通学路や商店街を歩いているとやたらと声をかけられるようになったのが原因である。つまり、今回のデートは人の多い所に行くつもりなので、そういったことを避けようということだ。色を寧々の髪色とお揃いにしたのは彼女が喜ぶかなと思ってしたことだが。
「よし、時間もそろそろちょうどいいか……」
そうして、完全に準備を終えて時計の方へと視線を遣りながら独り言を呟く。今から出れば集合時刻の二十分前には着けるだろうか。あんまりギリギリになるのも良くないので、もう家を出てしまおう。
「空閑先輩! 今日はよろしくお願いします!」
「お、おぉ、早いんだね川上君……何時からここに?」
余裕を持って出発したので何をして時間を潰そうかと考えながら集合場所まで赴いたのだが、そこには既に気合十分な様子の川上君の姿があった。デートする私たちより気合が入っているのはどういうことなのか。
「十分前からここにいました! それより、伊達眼鏡とかお洒落っすね! 髪色の方は綾地先輩とお揃いですか?」
「あぁ、ありがとう。まあ、カモフラージュも兼ねてちょっとね」
「なるほど、先輩今有名っすもんね!」
「分かってるんならもう少し声のトーンを抑えて欲しいかなぁ」
……一人で川上君の相手するの疲れるなぁ! いや、純粋に慕ってくれてるのは分かるし、それ自体は嬉しいことなんだけども、テンションの温度差が凄いのよ。早く誰か来てくれと切実に思う私であった。
「あれ? 二人とも早いな……って、空閑は髪どうした」
「おぉ、柊史か。これはウィッグだ」
その願いが天に届いたのか、五分ほど彼と話していると柊史がゆっくりと歩いてやってきた。これであとは寧々と因幡さんだが、男衆揃うの早くない?
ちなみに、言うまでもないだろうが、ウィッグというのは大嘘である。川上君の手前で本当のことを言うわけにはいくまい。
「先輩方に川上君、随分早いですね。空閑先輩は一瞬誰だか分からなかったのでビックリしましたよ」
「因幡さんこんにちは。これはカモフラージュのためにね」
「あー、折角のデートですからね。でも良いと思いますよ。似合ってますし」
「ふふ、ありがと」
更に五分ほど三人で他愛もない話をしていると、パタパタと因幡さんがこちらへと走り寄ってきた。彼女はいつもの派手っぽい感じではなく、落ち着いた女の子っぽい雰囲気だ。恐らく、こちらの方が彼女の素なのだろう。
……男共の服装に言及してないのはまあ仕方ないよね。多分誰も興味ないだろうし。
「寧々先輩はまだなんですか?」
「うん。……といっても、まだ約束までは十分ぐらいあるし、遅れてくるわけではないと思うよ。そういう連絡も来てないしね」
意外そうな、心配してそうな表情で因幡さんは寧々のことを私に聞いてきたので、とりあえず心配はないだろうという旨の言葉を返しておく。寧々は遅れてくる場合は連絡をしっかり入れてくるタイプなので、実際に問題はないだろう。
「俺的には因幡が遅刻してこなかったことが意外だけどな」
「ひっどーい! 川上君、人を見た目で判断しないでよねっ」
きゃいきゃいと騒ぎ出した一年生二人を見ていると、元気だなぁ……などと、何処か達観したような思考が頭を過ぎっていく。横目で柊史の方を見ると、彼も同じような表情を浮かべていた。……いや、高校生ってそもそもこんな感じか。二年組に特殊な事情を抱えている人間が多い……というか、全員特殊なだけであった。いや、よくよく考えたらそれヤバない?
「はぁ、す、少し時間をかけすぎてしまいました……!」
「すみません、お待たせしてしまいました!」
そして、遠目で既に集まって会話に花を咲かせている天都君たちの姿を捉えると、私は早足を駆け足に切り替えて彼らの下へと走りました。どうやら私が一番最後のようです。
「まだ時間じゃないからそんなに焦らなくても良かったのに」
「い、いえ、その、天都君に早く会いたくて……」
一早く私に気が付いた天都君がそんな風な言葉をかけながら、にっこりと笑って私を迎えてくれて、その優しい笑顔を浮かべたまま可愛がるように頭を撫でてくれました。私が気を遣ったところにも気づいてくれているようで、天都君の視線が私を撫でながらも、新調したリボンや美容院で整えてもらってきた髪に目線が動いています。
「うん、今日も寧々は可愛いね」
「天都君は今日は雰囲気が違って何だか新鮮です」
お互いに簡潔に容姿のことを口にしながら、私は改めて天都君の格好に目を遣りました。天都君は基本的にゆったりとした服装を好むのですが、今日の彼は上は白のワイシャツに黒のベスト、下はタイトなスラックスに少しだけヒールの入ったブーツで、いつも見ている天都君とは一風変わった雰囲気で纏まっていますね。
以前、天都君のことを自由で優しい春風のような人と表現しましたが、今の彼は凪いだ水面のように落ち着き払った雰囲気を感じさせます。垣間見る天都君の大人の部分を前面に引き出した感じとも言えるでしょうか。
「それと、銀髪も似合ってますよ」
「ふふ、折角だから寧々とお揃いにしてみたんだ」
そして、最大の注目点は天都君が今口にしたように、私の髪色と同じ色にした彼の頭髪です。口元に笑みを浮かべる彼を見て、私も自然と口角が上がっていって、心が嬉しさでいっぱいに溢れていきます。
いつもであれば、それだけで強制発情が誘発されかねませんが、今日の私はしっかりと対策を打ってきたので、まだまだその兆候は見られません。恐らく、デート中の間は大丈夫なはずです。恐らく。
「さて、じゃあちょっと早いけど行こうか」
「はいっ」
そう言いながら、天都君が手を差し出してきて、私がそれを握って、人生初めてのデートが始まりました。どんなことをするのか今から心がウキウキです。
ちらりと横目で一瞬だけ見学組である川上君たちの方を見ると、少し距離を取ってから私たちに着いてきているみたいでした。見られながらというのは恥ずかしいですが、依頼として受けた以上はしっかりと頑張っていきますよ。
「まずは映画館に行こうか」
「映画ですか?」
「私も寧々も初心者同士だから、今回はスタンダートに行こうと思ってね」
寧々が来る前に川上君たちには事前に話していたが、今回は奇を衒わずに定番の形で構成したデートプランを実行するつもりだ。この方が彼も参考にしやすいだろうという気持ちもあるが、変なことをして寧々をがっかりさせたくないというのが一番の気持ちである。
歩幅が違う寧々に脚を合わせて歩いて、私たちは駅から電車を使って出向いた中心街を談笑しながら進みつつ、目的のショッピングモールへと辿り着いた。歩き始めた頃は道すがら擦れ違う人々の視線を集めるせいで、寧々が若干居心地が悪そうにしているようだったが、ここまで話して歩いている内にすっかり気にならなくなったようだ。緊張がほぐれてきたようで何よりである。
ふと、視線を向けずに聴力だけで川上君たちの方へ意識を遣ると、彼は柊史と因幡さんが気づいた事などを熱心にメモ帳に書き込んでいるようであった。君、やっぱり私たちより気合入ってるよね?
「えいっ」
「寧々?」
そんな風に数瞬寧々から意識を外していると、彼女は可愛らしい声を出して、指を絡めて手を繋いでいた状態から腕に抱き着いてくるような体勢へと移行した。私は突然の行動に疑問の声を上げると、それに対して寧々は頬を可愛らしく膨らませてジト目でこちらを見つめてくる。
「今、私以外のこと考えてました」
「ごめんごめん、後ろの方はどうしてるか気になっちゃって」
エスパーかな? いやいや、女性の勘が鋭いのは古来から言われ続けていることだ。それに、デート中に寧々以外のことに気を配りすぎるのも失礼か。なので、ここは素直に非を認めて謝っておく。
そうして、謝罪の意も込めて言葉と共に寧々の頭を一撫ですると、むすっとした彼女の表情が一瞬でへにゃりと力の抜けた笑顔に変わった。可愛い。
そんな風に、擦れ違う独り身の方々を悶絶させるような甘いひと時を過ごしながら歩いていると、あっという間に最初の目的地である映画館へと辿り着いた。楽しい時間が過ぎていくのは早いものだ。
見る予定の映画は上映開始二十分前ほどで、既に映画館のロビーは人で溢れ返っているようであったが、万が一を見越してネット予約で席を確保していたので、長蛇の列から少し外れた位置にある券売機からチケットを発行すれば時間はすぐで済む。今回はショッピングモール内を練り歩く予定なので、列に並んでゆっくり会話を楽しむのも良いが、寧々のためにそれは座ってからゆっくり楽しむことにしよう。
「柊史たち、ちょっとこちらに」
無事に素早くチケットを購入してから、私は自分たちはどうしようかと戸惑っていた見学組の三人を手招きして呼び寄せる。一旦集合の時間だ。
「はい、これ」
「あ、オレたちのも予約してくれてたのか、悪いな」
「幾らでしたか?」
「いや、支払いは私が持つからいいよ」
チケットを受け取り、財布をバッグから出そうとする三人の動きを私は軽く手を振りながら制した。
「俺の我が儘で連れてきてもらってるんですから、そこまでしてもらうのは流石に気が引けますって」
「そうですよ、別に金欠ってわけでもないんですから」
当然、彼らの良心はそれを良しとせず、チケット代を払おうとしてくるが、私は何も見栄で後輩たちにカッコいい所を見せようとしているわけではなく、ちゃんとした事情があるのだ。
「いや、違うんだ、別に寧々の手前で見栄を張っているわけじゃないんだ」
「それならどうして?」
「……お金を使わないとヤバいペースで残高が増えていくんだよ」
哀愁に近い何かを込めて放った私の言葉に、四人の顔が何とも言えない表情へと移り変わる。
そう、楽器作りに勤しみ過ぎたせいで貯金残高がえらいことになっているのだ。到底個人で所有するような額ではないそれを消費するために、私は家具や嗜好品といった物を高級な物で取り揃えてきたが、最近はそれでも増えていく額の方が多くなってきている。以前は確かにこういったことも夢見てきたような気もするが、実際その立場になってみると、庶民感覚が抜け切れていない私は桁単位で増え続ける預金に戦々恐々するハメになっていた。
以前も言ったような気もするが、何事もちょうど良い具合があるのだ。あって困るものでもないだけに、逆にそれが気がかりとなるのであった。
「そ、そういえば、何故私たちと御三方の席を少し外れたところにしたのでしょうか?」
何とも言い難い空気を変えるため、寧々は私にそんなことを尋ねてくる。それを聞いた三人もその流れに乗っかって四枚のチケットを突き合わせるようにして見比べた。
「斜め後ろぐらいの位置になってるみたいだね」
「見学はしやすい位置だと思いますけど……あれ? 四枚しかないってことは先輩たちのシートってもしかして……」
そして、四人の中で、色々と事前に調べていたであろう川上君が何かに気付いたようだ。多分その予想は合っているよ。
「うん、折角だしカップルシートにしようかなって」
「カップル────!?」
「寧々、ここだよ」
「は、はいっ」
あれから飲食物を購入してから、私たちは天都君に連れられて上映五分前にシアターに入場しました。例のカップルシートまで案内されて彼に座るよう促されたので、少しだけ上擦った声で返事をしながら腰を下ろすと、それを見届けた天都君も私と身体を密着させるようにして席に着きます。
まるでお家でデートをする時のような距離感に胸の高鳴りは増していきますが、対策のおかげでまだまだ代償は発動しないようでした。それよりも、私としては天都君から仄かに漂ってくる甘い匂いに意識が引っ張られています。腕に抱き着いた時も思いましたが、今日は香水でもつけているのでしょうか?
「寧々、代償の方は大丈夫?」
「はい、今のところは兆候はないです。その、ドキドキは止まりませんが……」
「そっか」
天都君が私の耳元で私の容態を気遣う言葉を囁いてくれて、同時に私の心の中で彼がデートが始まった時からずっと優しくリードしてくれることが嬉しくて堪らなくなりました。デートが初めてでないと聞いた時は本当に残念だと思いましたが、こういう風にドキドキしながらも安心していられるのは、今の私にとってはとても助かります。
そうこうしている内に予告映像も終えて映画が始まるようで、場内の照明が消されて辺りが暗くなっていって、カップルシートに座っているからというのもあるでしょうが、まるでこの広い空間の中で天都君と二人きりのような気分になってきました。その気持ちがそうさせたのかは分かりませんが、自然と彼と接触する部分が大きくなっていくのは分かります。
私の腰に回された天都君の腕の、その華奢な見た目に反した力強さや、彼と密着する私の肩越しに伝わってくる、いつもより少しだけ早い彼の鼓動のリズムを感じて、今から始まる映画をまともに観られるか心配になってきました。
今日私たちが観に来た映画は、最近テレビのCMなんかでもよく宣伝をやっているのを見かけるラヴロマンス系のヒューマンドラマで、ネットでも評判が高い映画……と天都君が言っていました。ショッピングモールに来ることもそうですが、映画を観るのは地上波で放送されたものをたまに観るぐらいなので、初デートで心が浮つきながらも、何処かワクワクしている自分がいます。
「あっ……」
映画が始まってからはポップコーンを二人で食べさせ合ったり、空いたもう片方の手を絡ませ合ったりと、映画が想像以上に面白かったのもあって、お互いの視聴の邪魔にならない程度にイチャイチャしながら鑑賞していましたが、物語も佳境に入ってきた頃にそれは起きました。スクリーン上に主人公とヒロインの濃厚なラヴシーンが映し出されたのです。愛し合う二人が舌と舌をいやらしく絡め合うキスを交わして、所謂濡れ場へと突入していきました。
も、物語の過程を考えるとそれは自然な流れで、寧ろそこを欠かしてはストーリーが薄味になってしまうと思うので重要なシーンだとは思います。それを頭では理解していても、多少落ち着き始めていた心臓の鼓動は再び早鐘を打ち始めて、脳裏には天都君と今まで交わしてきた性行為の情景が浮かんできました。
今、
そんな風に湧き上がっている情欲に耐えながら、ふと天都君はどうしているのだろうと思って彼の方に視線を送ると、天都君は私が彼を見たことに気が付いて、スクリーンから目線を外して私の瞳を覗き込んできました。心がえっちな方向に傾いてしまっている私では、彼の
頭もお腹の奥もぐつぐつと煮え滾っていく中、私の目線は天都君の瞳から外れて、彼の緩く結ばれた綺麗な唇へと落ちていきました。思い返すのは先程の濃厚なキスシーン。正直、強制発情なんかなくてもこの状況で我慢し続けられるわけがありません。自然と、極大な魔性に吸い寄せられるようにして、私の顔はだんだんと天都君の顔へと近づいていきます。彼もそれを拒むつもりは微塵もないようで、彼の薄い色素の唇は緩く弧を描いてから私を受け入れる形へと変化していきました。
「ん、あふっ……♡ れろっ、れるるっ……♡」
そして、ラヴシーンを背景に、私たちは甘い口付けを交わし合います。ゆっくり、慎重に味わう様に、身体を駆け抜けていく快楽を受け入れながら、深く、より深く溺れるように舌を動かし続けます。川上君たちや他のお客さんが見ているかもしれないなんていう考えは端から抜け落ちていて、私も天都君もお互いに心も身体も相手のことしか見ていませんでした。
「はむっ、ちゅるるるるっ……♡ しゅきぃ……♡ んむっ、んくっ……♡」
やがて、交わしていた控え目なキスは淫猥な水音を立てる様なものに変わっていって、映画の大音量に紛れながら、ただひたすら夢中になって舌を甘く絡みつかせて、唾液を啜り合ってそれを嚥下していきます。私にとって特濃の媚毒を含むそれは瞬く間に私の思考を蝕んでいって、浮かんできていた強制発情の兆候を消し去る代わりに、私の素の発情を引き摺り出しました。
「れろっ♡ じゅるっ、じゅるるるるるるるっ♡♡ あむっ、はぁぁっ……♡」
至近距離で見つめ合い、
結局、私たちが今までで一番濃厚なキスを終えたのは映画のクライマックスシーンが終わる直前で、肝心なシーンを見逃したことで映画を楽しむどころの話ではなくなってしまってました。
IF√のアイディアが欲しいので、活動報告にリクエストボックスを設置しておきます。よろしければ何か書いていってくださると助かります。