「いやぁ、映画どころじゃなかったね」
「は、はひっ……♡」
キスに夢中になりすぎて最大の山場を完全に見逃した私たちは、スタッフロールがスクリーンに流れていく中、耳元で囁き合うようにして会話を交わす。スタッフロール中に立つ男は何やってもダメ。過剰なイチャイチャはどうなのという疑問は受け付けませんので悪しからず。
本編を見逃したせいで気持ち味気ないエンディングから視界を外して寧々の方に視線を送ると、顔を真っ赤にして肩で呼吸をする彼女の姿が目に入った。いつもと違ってこの段階でも代償は発動していないようで魂に乱れを感知できないが、今日は波が浅い日なのだろうか。普段もこれぐらいなら寧々も苦労せずに済むのだがなぁ。
程なくしてからエンディングも終わってシアター内が明るくなってから、私たちは五人揃ってロビーへと戻っていった。合流した時に寧々の顔が異常に赤く染まっていたことを一年組二人に少々訝しまれたが、濡れ場で少し気まずいことになったという嘘と一緒に、川上君も映画に行くならチョイスは慎重にすることというアドバイスを送ると、彼から元気のいい声が返ってきた。ふぅ、何とか誤魔化せたか。
ちなみに、柊史には能力のせいでバレていたようで、何かを察したような視線を送られたよ。
「さて、時間も丁度いいし、休憩がてら喫茶店にでも行こうか」
「分かりました」
集合時間の都合で皆お昼ご飯を食べておらず、映画館で多少飲み食いしたとはいえ、食べ盛りの学生諸君のお腹は当然まだ満足していない。そんなわけで、移動と映画の時間経過でちょうどおやつの時間なのもあって、私たちの次の目的地は喫茶店に決まるのであった。確か映画館と同じ階に雰囲気の良いお店があったはずだ。
遠くから聞こえてくるそれっぽい音を聞き分けて寧々と手を繋いで歩いていると、思っていたよりすぐに目的の喫茶店に辿り着いた。時間も時間なので少々混んでいるようであったが、二人と三人が入店するだけのスペースはありそうだ。
「おぉ、どれも美味しそうだ」
「ふふ、目移りしてしまいますね」
案内された席に座ってメニューを開くと、そこに映し出されていたのは色とりどりのスイーツの数々であった。客足が入るだけあってどれもこれも美味しそうで、寧々の言う通りこれは目移りしてしまう……が、ドデカく書かれたカップル専用超特大パフェの文字列を見た瞬間私の心はそれに釘付けになってしまう。さては全く懲りていないな?
「寧々、寧々」
「はい、どうしましたかあま、と、くん……?」
若干瞳を輝かせながら寧々の名前を呼んで、寧々が見ているメニューの反対側に書かれた件のパフェを指差すと、彼女の動きがピタリと止まった。
「こ、これですか?」
「折角だから食べてみたいなぁって。寧々が嫌なら別のにするよ」
そこまで執着しているわけでもないので、しっかりと寧々の逃げ道を用意しつつ、私は私の要望を彼女に伝える。何だかんだで想い人とのデートで私も浮かれているのだ。
「あ、後で何でも言うことを聞いてくれるなら、食べてもいいですよ?」
「本当? ふふ、やったぁ」
そして、数瞬悩んだようであったが、寧々の出した答えは条件付きの賛成で、私はそれを即座に了承する。寧々なら無理なことは言わないであろうし、寧々のお願いなら多少の無理をしてでも叶えてやるぞぅ!
「すみませーん!」
「ふふふ♪」
カップル専用のメニューを注文をしてから、お話している時も天都君はずっとにこにこしています。……いえ、笑みを浮かべているのはいつものことですが、いつもの笑顔を優しさに溢れたものと表現するなら、今の彼の笑顔は子供が楽しみにしているものに思いを馳せて待ち焦がれているようなものと言えばよいでしょうか。
クールな見た目も相まって物凄いギャップを生み出していますが、正直に言うとそんな天都君が愛おしくて堪りません。ちょっと可愛すぎじゃないでしょうか?
「本当に甘いものがお好きなんですね」
「そりゃあ、インスピレーションは糖分から生まれるからね」
「ふふっ」
天都君は本当に甘いものが好きです。部室でお茶会をしていた時もそうですが、間食として甘味を食べているところをよく見かけますし、元々苦味が抑えてある七緒のブレンドにも砂糖を入れてから飲むようにしてますからね。
私も天都君も結構食べる方ですので、女子としてはそれであの身体をキープできているのが羨ましい限りです。そういえば、前に一度そのことを漏らした時に少しインチキをしていると言われたような気もしますが、あれは何だったのでしょう。
「お待たせしました。カップル限定スペシャルパフェでございます」
「おぉ……! ふふ、ありがとうございます」
「どうぞ、ごゆっくり」
そうして、可愛らしい笑顔を振りまく天都君を視界に捉えて会話に花を咲かせていると、件の特大パフェがドンっと私と天都君の間に置かれました。お、大きい……ですが、目の前で二つの
先に出されていたコーヒーのカップがお猪口に見えてくるほどのサイズの器に盛られるバニラアイスと生クリームの山、山、山……。そこに散りばめられる苺やメロンといったフルーツに、見栄えを派手にするカラフルなフレーバーチップやチョコソースといったトッピングの数々。生クリームが主体とはいえ、確かにこれはスペシャルの名に恥じない一品だと思います。
周りの方々もそのサイズ感に気を引かれているのか、川上君たち以外の視線も多く集めているようでした。す、少し恥ずかしいですね……。
「よし、食べちゃおうか」
しかし、天都君はその視線の雨に気付いていないのか、目の前のパフェに夢中のようです。……いえ、あの大観衆の前であれだけ堂々としていた天都君なら、気づいていたところで柳に風といった感じで動じなさそうですね。ふぅ、私も頑張って気にしないようにしましょう。周りはカボチャ、周りはカボチャ……。
「うんっ、味もしっかりしてて美味しいね」
「んぐっ、……はい、量の割に大味でないと言いますか、丁寧に作られている感じがします」
とりあえずお互いに一口、パフェのトップに近い部分をスプーンで掬ってから食べると、口いっぱいに上品な甘さが広がっていきました。やはり量が量ですし、胸焼けして残すといったことが無いような工夫をしているのでしょう。
「寧々」
「? はい、どうしま……」
そんな風にパフェの品評を心の中でしていると、天都君の呼び声が聞こえてきたので顔をそちらの方へと向けると、彼の指が迫ってきていて……。
「ん、付いてたよ、クリーム」
「はわ、あ、ありがとうございまひゅ……」
私の口元に付着していたクリームを指で拭われて、そのままその指を舐め取るようにして処理してしまいました。間接キス以上に恥ずかしいことはたくさんしてきているのに、私の顔はみるみるうちに熱くなっていきます。
「寧々、寧々、はい、あーん」
しかし、天都君は畳みかけるようにして私に攻勢を仕掛けてきました。にこにこと眩しい笑顔を浮かべながら、私が食べやすいように少なめのクリームと苺をスプーンに乗せて、それを私へと差し出してきます。
……これはもしや、天都君、この上なく浮かれてますね? …………でも、その事実がとっても嬉しかったり。
「あ、あーん……んむっ」
「ふふ、美味しい?」
「は、はい、美味しいれす……」
天都君が楽しいのであれば、私も多少の恥ずかしさを無視して乗っかってあげるのも吝かではありません。こんなにはしゃいでいる天都君はそうそう見られるものでもなさそうですしね。私の羞恥心をベットして天都君の笑顔をペイオフです。オッズは如何ほどでしょうか。
「では、天都君も……あーん……」
「あむっ……」
「美味しいですか?」
「うん、寧々に食べさせてもらったから、とっても美味しいよ」
ただ、こちらもやられてばかりというのは悔しいので、反撃として私も天都君にパフェを食べさせましたが、彼は少しも動じる様子も見せず、あまつさえ、聞いているこちらが顔から火を噴くような言葉を紡いできます。嬉しいのは嬉しいのですが、これでは何だか釈然としません。こ、こうなったら……!
「あ、天都君、ちょっと顔をこちらに……」
「ん? はい、これでいい?」
「は、はい……ぺろっ」
一口目の私と同じように、天都君が口元にクリームを付けているのを見た私は、同じことをやっても勝てないと思ったので、顔を少し寄せてもらってから舌でクリームを直接舐め取りました。すると、天都君は驚いたような顔をした後に、仄かに頬を桜色に染めて恥ずかしそうに笑みを浮かべます。
ふふ、してやりました。……私の方も耳まで熱くなっているので、負ったダメージはこちらの方が大きい気がしますが。
そんな風にイチャイチャしながら、私たちはパフェを食べ進めていって、気付けばあれだけあったパフェを二人で綺麗に平らげてしまいました。甘味の甘さだけでない実にスウィーティーなひと時で、少し恥ずかしかったですが、それ以上に楽しくて幸せで……機会があればもう一度来てみたいです。
「今日はホントありがとうございました!!」
喫茶店を出てからは服や装飾品、それとゲームなど、私たちが見たい商品を見て回っているうちに夕方になり、今はそろそろいい時間だということで集合場所の駅まで戻ってきていた。そして、メモにたくさん書き込んでいた川上君に凄い勢いで頭を下げられている。終始元気だったなぁこの子。
「また何か困ったことがあったら聞きに来てね」
「はいっす! お疲れ様でした!」
二度頭を下げて川上君は走って帰路へと着くのであった。多分家に帰ってから色々と忙しく考えるのだろう。
「柊史と因幡さんもアドバイスありがとね」
「いえいえ、自分たちも楽しかったですし、寧ろお二人の邪魔になっていなかったか……」
「アドバイスと言っても、大したことは言えてないしな」
次いで、川上君を見届けてから二人に労いの言葉をかけると、嬉しそうな表情をしながら謙遜の言葉をそれぞれ零した。だが、こちらはデートに集中していたし、二人がいなければろくに依頼は遂行できなかっただろう。そういう意味でも柊史と因幡さんがいてくれて助かったと思う。
「それじゃあ、私たちも帰っちゃいますね」
「そう? 皆で夕餉でもと思ってたんだけど……」
「めぐるも初めはそのつもりでしたけど、その、お二人を見てるとこれ以上はホントにお邪魔になっちゃうかなぁって……ほら、保科センパイも行きますよ! それでは、寧々先輩、空閑先輩、あとはごゆっくり!」
「おっとと……じゃあ空閑、綾地さん、また火曜日に」
あらら、行っちゃった。親睦会も兼ねて何処かで外食でもと思っていたのだが、因幡さんに引っ張られるようにして二人も足早に帰っていってしまったようだ。まあ、親睦会はまたちゃんと計画を立てて行うか。
「じゃあ寧々、私たちは……」
あっという間に二人きりになったので、これからどうしようかと寧々に呼びかけた瞬間、服の裾を強く握られるような感触がして言葉が途切れてしまう。何事かと思って寧々の方を見てみると、そこには頬を上気させて荒く呼吸をする寧々の姿があった。最後の最後で代償が発動してしまったか。
「はぁ、はぁ……あま、とくん……!」
「大丈夫? 家までもつ?」
熱に浮かされた瞳をこちらに向けて、寧々は耳に甘く絡みつくような声で私の名を呼ぶ。足取りはまだしっかりしているようだが、動けなくなるのも時間の問題だろうか。
「ん……ま、まだ、我慢できます……ぅくっ……!」
いや、これはダメそうだ。そうなると、少し視線を集めることになりそうだが……。
「ひゃっ……!」
「ちょっと我慢してね」
「んっ……」
縋りつく様に私にくっついていた寧々の身体を姫抱きで抱え上げ、そのまま寧々の家に帰るべく足を動かし始める。寧々は少し驚いた声を漏らしたが、嫌そうな雰囲気は出しておらず、寧ろ私の姿勢を安定させるために首の後ろに腕を回して身体を密着させてきた。首元に纏わりつく寧々の甘い吐息と、弾けそうなほど大きな彼女の鼓動が私の気持ちを昂らせていく。
それから私は二人分の荷物と寧々を抱えながら走りに走った。衝撃を与えないように気を付けながらではあったが、急ぐに越したことはないだろう。
終わったと思っていた楽しい初デートであったが、どうやらまだまだ終わらないらしい。
多分、共通√のストーリーが終わるあたりでRestartに入っていくことになると思います。ぶっちゃけると、この時空でやることほとんど終わってますので。