そういえば、せっかくデート回の時にローターの伏線張ってたのに、回収するのをすっかり忘れてた。
「さて、学院は結構広いし、早めに出ないと時間、微妙なんじゃない?」
一人残されて、微妙に居心地が悪そうにして身体を擦り合わせるように動く椎葉さんを横目で見ながら、私は壁にかけられた時計を指差す。そう、校舎自体はそこまでではないが、外の施設などを含めるとそれなりに我が校は広いのである。
「そうだな、話なら移動しながらでもできるし、そうしようか」
「うむ、では皆様方、案内の方は任せたよ」
部室内の皆の視線が時計へと向き、柊史が納得したように言葉を紡いだ後に私がそう告げると、今度は視線がこちらへと集中してきた。各々の表情は不思議なものを見る様な色をしている。
「えと、空閑君は来ないの?」
控え目に、しかし着いてきて欲しそうな声色で椎葉さんはそう口にした。まあ、私としても着いて行ってやりたいところではあるが、それができない理由があるのだ。
「着いて行きたいのは山々なんだけどね、かといって部室を空けるわけにもいかないから」
「でしたら、自分が残っていましょうか?」
誰か一人ぐらいは部室に残っていなければならないことを伝えると、それに即座に因幡さんが反応を示す。デキる後輩らしい発言であるが、しかし、今回はそうもいかない。
「因幡さん、占いできないでしょう」
「……あっ」
私の指摘に、因幡さんはそういえばといった風な声を出した。つまりそういうことである。
オカ研を訪れる人の目的は大別すると二つで、一つはメインの活動であるお悩み相談、そしてもう一つは占いだ。というか、頻度で言えばメインを差し置いてこっちの方が多いくらいである。
まだ下校時刻までは時間がある以上、お客さんが来ないとは限らないので、占いができる人間を残しておく必要があるのだ。
「それに、着いて行くなら同じ女の子の寧々の方が都合がいいだろうし」
「それは……そうですね。では、お任せしても良いですか?」
「うむ、バッチリ留守番は果たそう」
そうなると、残るのは私か寧々かの二択になるのだが、私が残った方がいいと判断した理由は先程述べた通りである。それに、案内というのならあまり視線を集めるのも椎葉さんが緊張して良くないだろう。
そういった事情を短い遣り取りで説明すると、寧々は数瞬考えた後ににこりと笑って私に留守番を任せてきた。
「それでは、私たちは行ってきますね。椎葉さん、行きましょうか」
「あ、う、うん」
寧々の声に従って、四人はぞろぞろと部室を後にしていく。出ていく間際に椎葉さんがちらりとこちらに視線を寄こしたが、私はそれをにこにこと笑みを浮かべながら手を振って見送った。
「よし、皆行ったな……?」
バタリと部室の扉が閉じられて数秒、四人が遠ざかっていくのを音でしっかり確認してから、私はポケットに入れておいたスマホを取り出してコールする。少し待っていると相手が応答した音声が耳に入ったので、それから私は口を開いた。
「ご無沙汰してます、相馬さん。今お時間はよろしいでしょうか?」
『おや、君の方からかけてくるのは珍しいね』
電話をかけた相手はしばらく顔を合わせていない
『今はお客さんもいないし問題はないが……何かあったのかな?』
挨拶もそこそこに、相馬さんは早速本題に入ろうとしてくる。極力人の耳に入るのは避けたい内容でもあるので、その対応はありがたい。
「はい、実は学院に魔女が転入してくるようでして」
『……詳しく聞こう』
私が簡潔にそう伝えると、通信越しに相馬さんの声が若干固くなるのを感じ取った。やはりデリケートな話なのだろう。自然な流れで一人になったのは正解だったか。
「まだお互いに気付いてない状態なんですけど、接触は控えた方がいいでしょうか?」
『本来なら、心の欠片の取り合いにならないように縄張りを主張するのが正しいんだろうが……』
縄張り争いと聞いて何だか動物みたいな表現だなと笑いそうになったが、相馬さんは元々猫だったことを思い出して、私はその笑い声を寸での所で引っ込めた。彼女たち
『君たちの場合はもう他者の心の欠片を必要としないんだったね? それなら、黙って譲るのも事情を話して協力するのも好きにしていいと私は考えるかな』
数瞬溜めてから、相馬さんはそう言い切った。
彼女の言う通り、私が魔法に干渉した時点でそうなのであるが、寧々の魔女としての在り方は、相馬さんから伝え聞くそれと比べると大きく変わった在り方をしているのだ。というのも、本来魔女は他者から心の欠片──つまり魔力を集めるためにそれに応じた活動をすることになるのだが、寧々は私が供給する魔力によって魔法の発動に必要な魔力を回収しているので、もう積極的に心の欠片を回収する必要が無いのだ。
もちろん、心の欠片が生じるほどの感情の偏りを無視することはできないので、それをどうにかする過程で魔力の回収を行うことはあるのだが、魔女である椎葉さんがいるのであれば、回収の方を彼女任せにすることもできるようになったわけだ。寧々の魔女態は少しアレな姿なので、変身しないで済むのであれば、本人の精神衛生上しないに越したことはない。
そこまで思考してから、私は相馬さんが口にした言葉の意味をよく考えてみる。要は関わるにしろ関わらないにしろ、私たちの自由にして問題ないということだ。個人的には椎葉さんに譲っても私の供給分で今年中には必要な魔力量に達する見積もりなので、もう少しだけこの時空でゆっくりしていたい私たちとしては、譲る方向で意見が固まると思うが……。
「……とりあえず、寧々と一旦話し合ってみます」
『それがいいだろう』
何となく考えを読めるとはいえ、勝手に最後まで話を進めるのは違うだろう。そういうわけで、今日の帰りにでも寧々とこの件を話してみることにした。
それを聞いた相馬さんも、その意見に賛同する声を上げる。何となく、カウンターに備え付けられたキッチンの前で腕を組みながら頷く相馬さんの姿を幻視したような気がした。
「ありがとうございました相馬さん」
『うむ、協力は惜しまないと言ったからね。このくらいなら何てことはないよ』
一先ず聞いておきたいことは聞けたのでお礼の言葉を口にすると、彼女はふっと笑いながらそう口にする。
『ところで、寧々は元気かい? いや、
そして、魔女の話が終わった途端、相馬さんはそわぁ……っとした気配を電話越しでも察知できるぐらい醸し出しながら、寧々の近況について尋ねてきた。その歳の離れた妹を心配するような様子に私は思わずクスリと笑ってしまう。
「ええ、元気にしてますよ。最近趣味も見つけましたし、毎日が充実してるみたいですね」
『そうかそうか……それは何よりだ』
寧々が前向きに生きていることを知って、相馬さんは喜色を隠せていない声でそれだけ口にした。それ以上喋ると、今彼女が装っているクールな雰囲気もあっという間に剥がれてしまいそうだ。
「何なら、今日の帰りにでも寧々と寄って行きましょうか? ちょうど甘い物でも食べたい気分ですし」
『ほ、本当か? ……んんっ! それならとびきりの物を用意して待ってるよ』
悪戯心が芽生えたわけではないが、私はニヤニヤとしながら相馬さんの心をつついてみると、彼女はとうとう隠し切れなかった喜悦の感情が声に乗ってしまい、それを取り繕う様に咳払いをしてから声の調子を戻して言葉を続けた。……ちょっと楽しいかもしれない。
「それでは相馬さん、また後ほど」
『ああ、また後でね』
しかし、徒に通話時間を延ばすのは状況的にはあまり良いことではないので、今はこの辺りで相馬さんを揶揄うのは打ち切っておくことにする。まだ帰っては来ないだろうが、用心するに越したことはない。
そういうわけで、お互いに短く暫しの別れの言葉を口にしてから私たちは会話を終えて、通話終了ボタンをそっとタップした。
あれから結局来客もなく、のんびりと皆が帰ってくるのを待っていたが、彼女たちが部室に戻ってきたのは下校時刻間際のことであった。想像よりも遅れた帰還に何かあったのか尋ねてみると、何でも早速椎葉さんの服装のことでトラブルがあったらしい。なるほど、そういうことなら遅くもなろう。
「では、今日の部活動はこのあたりで終わりにしましょうか」
案内組と留守番していた私とで情報を共有した後、夕日が差す部室で寧々はそう口にする。流石に今から来る生徒もいないだろうし、今日のところはそれでいいだろう。オカ研の活動に興味を示して仮入部することになった椎葉さんへの詳しい説明も明日だ明日。
しかし、仮入部ね……。やはり、見知らぬ人間しかいない土地での欠片集めは困難を極めるということなのだろうか。
「寧々」
「はい、どうかしましたか?」
ぞろぞろと全員で部室を出て、皆が特別棟を後にしていく中、鍵を閉めるために扉の前に残っていた寧々に私は声をかけると、作業を終えた寧々が呼ばれたことに嬉しそうにしながら振り返ってきた。可愛い。
「今日は帰りに相馬さんの所に寄って行こうか」
「七緒の所にですか?」
突然の私の提案に、寧々は予想外の誘いだったようでコテンと首を傾げてみせる。
「最近顔を見せてないんだろう? 相馬さんが会いたがっていたよ」
「そうでしたか……。分かりました、そういうことでしたら」
そんな寧々に私は電話での相馬さんの様子を伝えると、寧々は少し考える様な素振りを見せた後に、私の目を見て了承の意を伝えてきた。その顔には薄っすらと申し訳なさそうな色が滲んでいたので、寧々もしばらく店の方に行っていないことを気にしていたのだろう。
「それと、とびきり美味しい物を用意して待ってるみたい」
「ふふ、それなら夕飯はあまり要らないかもしれないですね」
隣合って歩きながら紡がれる私のどことなく急かすような言葉に、寧々はくすくすと上品に笑いながら言葉を返してくる。どうやら私が甘い物に釣られていることを勘付いているようだ。今回は私が分かりやすかったのもあるだろうが、寧々もだんだん口に出していない私の心情やらを読むのが上手くなってきたなぁ。
そんな風に、夕暮れに沈んでいく街並みを私たちは幸せを振り撒きながら歩いていく。学院内に魔女が二人同時に存在することでどう状況が変化していくかはまだ分からないが、この喜びに満ち溢れた今が変わらないことを切に願おう。
相馬さん、何でシスコン(?)になっとるんやろなぁ(すっとぼけ)。