「椎葉さん」
「あっ……空閑君……」
夜風が冷たくなってきた時期にあまり待たせるのも忍びないので、私は駅まで出来るだけ急いで行くと、到着してすぐ椎葉さんを見つけることができた。近づいてきた私に気が付いた彼女は、私の呼びかけの言葉に小さく呟くような声で私の名前を呼ぶ。
私の目に映る椎葉さんの姿は部室で見た時よりも所在なさげで、こちらを上目遣いで見据える瞳には不安の色を隠せていないようだ。
「話は聞いてる?」
「うん……あ、あの、綾地さんが魔女って本当なの……?」
私と椎葉さんは真正面で向かい合い、私が投げかけた短い問いに彼女が肯定の意を示した後、そう小さな声で尋ねてくる。それに対して、私はゆっくりと首肯すると、椎葉さんは伏し目がちにそっか……と寂しそうな声を漏らした。
「そのことも含めて、細かい話は君の
「……分かった、案内お願いしてもいい? 空閑君」
「うむ、任された」
そうして、元気のない椎葉さんを連れて、私は来た道を引き返してSchwarze・Katzeへと戻っていく。
故意ではないとはいえ、本来は避けるべき魔女と魔女の邂逅だ。事前にそういった場合の状況の推移の仕方は相馬さんに聞かされていたので、椎葉さんの気持ちが沈んでいく理由も何となく想像できた。
「心配しなくてもいいよ」
「え……?」
故にこそ、私がそんな彼女にかける言葉は決まっている。
「私たちはこれからも椎葉さんと仲良くできたらなって思ってるからさ」
「出迎えご苦労であったな」
二人で店の扉を潜ると、椎葉さんが近づいてくるのを察知していたのか、一番に椎葉さんの
「おかえりなさい、天都君」
「ただいま、寧々」
近づいてくる私に寧々はにこにこしながら応対して、私が脱いだ学ランを受け取るようにその白磁のような手をこちらへと伸ばしてきた。何だか夫婦のやり取りみたいで微笑ましく思うが、私はそれで緩んでいく頬を相馬さんの咳払いを聞いて引き締め直す。
「さて、では全員揃ったことだし、改めて自己紹介といこうか」
そして、この話し合いの場を提供した相馬さんが静かな店内によく響く声でそう口にした。お互いの陣営で知り合いでない者がいるので、こうなるのは必然であろう。
まず、相馬さんを筆頭とした
次に、
「それで、肝心のお前は何者なんじゃ」
そして訪れる私の番。訝しむような声色でそう尋ねられた私は椎葉さんから視線を外してアカギさんへと顔を向けると、鋭い眼光をこちらへと向けるアカギさんと目が合った。その瞳の力強さは鴉というよりは猛禽類のそれを思い浮かばせるもので、私のことを確実に見定めようという意志を感じることができる。
その視線と言葉を真っすぐに受け止めて、私は少しばかり思考を加速させた。以前も同じような状況で同じようなことを考えたような気がするが、いったい何処まで話したものか。
「端的に言ってしまえば、心の欠片の回収を手助けする魔女の協力者ですが……この答えでは満足いただけないようで」
極限に端折った私と寧々の関係を説明するが、依然としてアカギさんの様子は変わらない。うーむ、これは私個人のことも話さねば話が先に進まなさそうだ。
ちらりと相馬さんの方へと目配せをすると、彼女も同じ考えのようで、こちらを見ながら短く首肯してきた。
「まあ、こちらとしては協力体制を敷くつもりなわけですし、誠意は見せるべきですね」
そう言いながら一つ嘆息をして、私は四人から少しばかり距離を取るべく後ろへ数歩下がる。木製の床が軋む音が沈黙に染まる空間に響いて、音源たる私に皆の視線が集中していくのを私は肌で感じた。
「ではでは改めて名乗りをば」
そして、その注目を振り払いつつ、私は芝居がかった口調で話し始めて────
「私は空閑天都、齢は不明、性別不詳、しかしてその身は半人半神にて、此度においては魔女への魔力供給者の役割を担っております」
尊大な名乗りと共に楽器態の力を解放し、それに加えて自身の背中から純白の翼を顕現させた。
「それではお近づきの印に」
「えっ、あっ、ありがと……」
魔力を解放することで現れた翼を目にした椎葉さんとアカギさんは、それはもう目を剥くほどに驚いてくれて、今はおっかなびっくりする椎葉さんを連れて、高校生組で一つの卓を囲みながら魔力の翼を椎葉さんの方へと向けているところである。そして、彼女が恐る恐るその翼に触れると、寧々が魔銃で心の欠片を回収する時のように羽が弾け飛んで、散っていった魔力が椎葉さんが所持する欠片を集めるための小瓶に収束していった。
「本当に心の欠片が……」
その様子を見届けて、椎葉さんは白い残光で仄かに輝く小瓶を見つめながら改めて事実を認識したようだ。それを彼女がこちらに向ける視線に疑いの色が先程よりも大きく損なわれていることが如実に物語っている。
さて、新たな事実が幾つか発覚したところで、少しだけ私のことを
半人半神がどうとか今しがた口にしたところであるが、実のところ私は師匠との修練を経ることでほんのちょっと神化してしまっているのだ。権能を行使していると口にしたことはあるので何となく察していた方もいるであろうが、神の御業を受け継ぐということはそういうことである。
ちなみに、デートの時に髪色を自在に変えていたが、あれも神化した時にできるようになった業の一つだ。楽器態の時に容貌が変わるのは既に周知の事実であろうが、自身の姿を自由自在に変えることができるのがこの業の凄い所である。骨格レベルでの変化も可能なので、ダンディズム溢れるオジサマの姿になったり、花も恥じらう美しい乙女の姿になったりもできるぞ。
詳しいことは確か
それで、今回の本題であるが、以前私が寧々の魂に干渉して魔女の力を弄ったことを覚えているだろうか。その時のことが深く関わってくるのだが、魔女の願いとは魔女システムの中でも根幹を担う部分らしく、どうにもあの一件以来、私は魔力を扱う資格を得てしまったらしいのだ。
神秘の技術故か、楽器態でなければ扱えないのだが、それを補って余りある利点をこの魔法──相馬さんはこれを小魔法と呼称していた──を使うことで私は享受している。というのも、椎葉さんを迎えに行く前にアカギさんが使っていた
「確かに、こんな風に欠片が回収ができるなら…………二人が言っていたことは本当……なの?」
驚愕の余り忘我の彼方にいた椎葉さんであったが、私が物思いに耽っている間に意識を現実に引き戻していたようで、今度は私と寧々の言葉を思い返して震える声でそう口にしてきた。
「はい、私は椎葉さんとも、その、仲良くしたいと思ってます」
「私も敢えて事を荒立てるつもりはないよ。それに折角知り合えたんだ、こんな理由で疎遠になるのは寂しいだろう?」
その問いに対して、私と寧々は改めて己のスタンス述べていく。貴重な寧々の魔女仲間になり得るというのも理由に無いこともないが、私たちは魔女であるが故に人に言えない事情を抱え込まざるを得ない椎葉さんを放っておくことができそうになかった。それは共存という選択肢を取った私たちを、椎葉さんが淡い希望に縋る様な表情で見ていたから。
「魔女のことは誰にも話せませんし、だからこそ、椎葉さんとそういったところで助け合えたら……」
そして、それに追い打ちをかけるように寧々が言葉を紡いでいくと、それが途中で途切れてしまうのと同時に寧々は表情をギョッとしたようなものへと転じさせた。その理由は考えるまでもない。それを聞いていた椎葉さんが静かに泣き始めたからだ。
「あ、あの、もしかして何か気に障る様な事を……!」
「ち、ちがっ、ぐすっ……違うの……!」
突然泣き出した椎葉さんを見て寧々はオロオロと狼狽え始めるが、椎葉さんが否定するようにこれは寧々が悪いわけではないだろう。もし寧々の懸念の通りであるならば、椎葉さんが涙で滲む顔色に安心したような色が混ざっているはずがない。
彼女が涙を流すのも彼女の境遇を考えれば当然か。知り合いのいない土地での魔女活動に、仲良くなれそうだと思っていた相手が魔女だったのだ。そこに光明が見えたというのであれば、私が仮に彼女と同じ立場であったとしても、同じように涙を流すまではいかなくともそういった感情で心が満たされることは容易に予想ができる。
「知らない土地で不安もいっぱいで、ひっく……それに、アカギから、話を聞かされた時は、ぐすっ、も、もう、仲良くできなくなると思ってたから、離れなくちゃって……でも、綾地さんと空閑君から、離れなくてもいいって思ったら、嬉しくて……うぅぅぅ…………!」
それから、椎葉さんは堰を切るようにして自分の心の内を涙と共にポロポロと零し始めた。それに伴って、乙女に圧し掛かっていた重圧が徐々に霧散していくような感覚を私は覚える。
止め処なく語られる椎葉さんの心境を、寧々は彼女の手を取って相槌を打ちながら聴きに徹し、私はそんな二人を黙って見守っていた。どう転ぶか幾ばくか不安ではあったが、始まってみれば少しも争うことなく静かに着地できそうで一先ず私は胸を撫で下ろす。
「ぐすっ……! ごめんね、綾地さん」
「いえ、私も天都君に初めて色々と打ち明けた時は泣いてしまいましたので、気持ちはよく分かります」
しばらく心情を吐露した椎葉さんは、話を親身に聞いていてくれた寧々に涙の痕が残る顔で申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。それを受けて、寧々は表情に郷愁を帯びさせて優しい口調でそう言葉を綴る。
「……うん、それじゃあ、綾地さん、空閑君、改めてよろしくお願いします」
「はい、お互いに大変ですが、頑張っていきましょうね」
「こちらこそ、よろしく頼んます。寧々共々仲良くしてやっておくれ」
そうして、話が始まる前より何処かスッキリしたような表情の椎葉さんが頭を下げながら改めて挨拶をしてきて、私たちはそれに笑顔を浮かべながら応答した。そこには既に重苦しい空気など存在してはいない。
「えへへっ」
それを受けて顔を上げた椎葉さんの表情は満開の笑顔の華が咲き誇っていた。
備忘録はアレ、私じゃなくて天都君のお師匠様が書いてるって設定なんですよね(今考えたので纏めて書き直してる顔)。