「それは……その、他の部から贔屓と見られたりはしないでしょうか?」
暫しの沈黙の後、最初に口を開いたのは寧々だった。彼女が尋ねるのは、本来学生会がやっていた仕事をオカ研に回すことが問題になるのではないかということである。
確かに、それが必要の無い委託業務であるならば、寧々の懸念も尤もであるが……。
「えっとね、渦中のアタシが言えたことではないんだけど、今年の選挙って例年よりも遅くなったじゃない?」
そんな寧々に対して、越路さんは追加の説明をするために言葉を紡ぎ、私たちはそれに頷いて続きを促す。若干気まずそうな顔をしているが、理由は分かっているので敢えてそこに触れる真似はしない。
「それに伴って、会長だけじゃなくて学生会全体でも人員の入れ替えがあるんだけど、定期テストと時期が被っちゃって運営の人手が確実に不足するんだよね……」
「なるほど、一応正当性はあるんだね」
続く説明は何てことは無く、単にスケジュールが過密になりそうなので、オカ研に白羽の矢が立ったというだけの話であった。パーティーを楽しみにしている生徒も多いことであるし、それならそういった意味も含めて批判は起こりにくいだろうか。
「それで、そのオカ研主導による運営の実績を以て、部室からの退去を取り消すことにします。それから、以降の退去の要求も却下することを約束しましょう」
再び空気を張り詰めさせてから、越路さんは力強くそう言い切った。頼もしい限りである。
「ただ、来年度からはちゃんと自分たちで実績を作ってもらうけどね」
「はい、ありがとうございます」
続く言葉に理解を示し、手を尽くしてくれた学生会関係の二人に私たちは頭を下げた。
来年度まで私と寧々が残っているかは分からないが、そこはご愛嬌だ。一応何かしらできるように占いぐらいは教えておくべきか……。
「それでは、アタシは戻りますから、後はよろしくお願いしますね先輩」
「合点承知!」
それから、仕事があると残してから越路さんは帰っていくのであった。
……はて、何故戸隠先輩はこの場に残ったのだろうか。
「えっと、戸隠先輩……?」
「あぁ、ゴメンゴメン、説明がまだだったね」
困惑の色が滲んだ柊史の問いかけに対して、先輩は朗らかに笑いながら部室の扉に向けていた身体をこちらに向き直す。
「故意じゃないとはいえ部室の件の約束を破っちゃったわけだから、引退した身ではあるけれど、学生会の関係者としてわたしが運営の手伝いを任されたのです」
そして、ふんすとその豊満な胸を張りながら、戸隠先輩は私たちにそう宣言した。
確かに、運営の経験がない私たちに何から何まで丸投げというのはあまりに無謀なので、ノウハウのある人員を派遣するのは適当であるか。あの様子では会長職の引継ぎも終わっていそうだし、そういう意味でも戸隠先輩が手伝ってくれるのが一番状況を考えると良さそうだ。
「そういうことでしたか。経験がある戸隠先輩が手伝ってくださるなら安心ですね」
「うんうん、いっぱいおねーさんに頼りたまえー」
なおも胸を張る先輩に私が自身の所感を述べると、調子をよくした彼女はにんまりと笑みを深めるのであった。
「と言っても、細々としたものは定期考査を切り抜けてからなんだけどね。それに、赤点取っちゃうとパーティーどころじゃなくなっちゃうから、皆も気を付ける様に」
が、パーティー開催まではまだ先の話であるし、そもそもあと三日もすればテスト勉強期間に入るので放課後の部活は全面禁止である。外部に注文する様なものは早めに済ませておくべきだろうが、それでも本格的に準備を始めるのはテスト後の話だ。
「あ、赤点取っちゃうとどうなるんですか……?」
「そもそものパーティーの参加権が得られません」
説明を続けていく戸隠先輩に、青い顔をした因幡さんが小刻みに震えながら問いを投げると、何とも無慈悲な宣告が返されていく。それを聞いた因幡さんはサッと更にその顔色を悪くした。
……さては、徹夜でゲームをして勉強を疎かにしていたか?
「準備は答案の返却前からやっていくから、赤点取っちゃったら準備だけやって本番に参加できないなんていう悲惨なことになっちゃうからね」
「嫌です! それは絶対に嫌です!」
続く脅す様な先輩の言葉に、因幡さんは全力で首を横に振りながら拒否反応を示していく。
試しにそうなるのを想像してみたが、流石に私もそれは嫌すぎるな。折角準備から携わるのであれば参加したいと思うのは当然であろう。
「普段からちゃんと勉強しておかないから……」
「うるさいですよ保科センパイ!」
「あはは……」
そこでかけられる柊史の追い討ちのド正論に、因幡さんはシャーっと威嚇する様にして彼に牙を剥く。そして、それを見た椎葉さんはその側で乾いた笑いを零した。
「うわーん! 寧々せんぱーい! 勉強教えてくださーい!」
それから、因幡さんは寧々に泣きつくのであった。これには思わず部員全員が苦笑い。
しかし、実際問題として、運営が赤点を取ったので不参加でしたというのは物凄くかっこが付かないというのも事実である。それを抜きにしても、仲の良い子が困っているのであれば助けてあげたいと思うのが人情であろう。
「それでは、皆で勉強会をするのはどうでしょうか?」
「やりますやります!」
追い詰められた因幡さんに寧々がそんな助け舟を出すと、因幡さんは一瞬の間も置くことなくそれに食いついてきた。
藁にも縋るとはこういうことだろうかと、余りに必死な因幡さんを見ていると思い浮かぶが、それを口にはしない。
「皆で集まるなら、休憩時間にパーティーの話し合いもできるしいいんじゃないかな?」
「でも、そうなるとこれだけの人数が集まれる様な場所が必要だけど……」
その流れに便乗して戸隠先輩が賛成の意を示して、柊史がそれに追従する様にして言葉を紡いでいく。その言葉を聞いた皆の視線が行き着く先は────
「ん? あぁ、私の家を使うかい?」
「空閑君のお家は広いの?」
「はい、リビングを会場にすればこの人数なら余裕で収容できますね」
当然、家が広いことを知られている私である。そして、私としてもそれに否と唱えるつもりもないので、私はそれを快く引き受けるのであった。
「それなら先輩は私の家を知りませんし、土曜日はお昼に学校の正門前で集合ということで」
それから、会話の主導を握った私が日程を決めていくと反対意見は無いようで、皆が一様に頷いて私の案は可決されることとなる。
さて、やることは多いけれど、まずは生存戦略を頑張っていきましょうか。
時は流れてあっという間に土曜日。家で待っておくのも良かったのだが、あまりにも暇を持て余した私は、目的地へと向かう寧々に合流してから学院まで来ていた。
「綾地さんと……あれ、空閑君?」
「おや、随分と早いね椎葉さん」
「うん、準備が早く終わっちゃったから……じゃなくて、空閑君はお家で待ってるんじゃなかったっけ?」
「いやあ、暇になっちゃってね。来ちゃった」
そこに居たのは単語帳と睨めっこをしていた私服姿の椎葉さんで、彼女は近づいてくる人の気配を感知して顔をこちらに向けたかと思うと、本来居るはずのない私の存在を見て驚いた様な表情を作る。私はそれにおどけた風に言葉を返すと、椎葉さんは納得した顔付きへと変化してから、手にしていた単語帳を大きめのトートバッグにしまって私たちの方へと歩いて合流してきた。
「そっか……えっと、今日はよろしくね。ワタシも少し分からない所があるから……」
「そうなのですか?」
そして、眉尻を下げながら困った風に笑顔を浮かべて、椎葉さんはそんな事を口にする。それを聞いた寧々は意外そうな声を漏らし、私も内心でそれに同意した。
学院生活中ではそんな様子は見受けられなかったが、実は苦手教科でもあったのだろうか。
「転校の都合で前の学校との授業の進度にズレがあったから、範囲の中で習ってない所があったんだよね。一応自習はしてみたけど、いまいち理解出来なくて……」
「そういうことでしたか。分かりました、任せてください」
「ありがとう、綾地さん」
それから、二人の麗しい少女が向かい合ってにこやかな笑顔を浮かべた。何これ尊い……拝んどこ。
冗談はさておき、やはりこの時期の転入はそういった問題も生じるようだ。色々と大変だろうし、私も陰ながらサポートしていくことにしよう。
「ゴメ~ン! 遅くなっちゃった~!」
メンバーが揃うまで雑談して待っていると、すぐに因幡さんと柊史も集まってきて集合時間間際のことである。少し離れた場所から聞こえてくる声に意識を取られて、その方向に顔を向けるとそこにはこちらへと走ってくる戸隠先輩の姿が確認出来た。
その衝撃で豊満なバストがばいんばいんと暴れ揺れて、非常に通行人の目を引いているが、そこは言わぬが華である。口にしたら寧々に小突かれて拗ねられるというのもあるが。
「いえ、集合時間はまだですから大丈夫ですよ」
「そう? それなら良かった」
私たちの目の前で足を止めて、軽く息を整える先輩に問題ないと告げると、彼女は安堵の息を吐いてからスッと姿勢を正した。
よし、これで全員揃ったので早速我が家に向かうことにしよう。
「そういえば、空閑君のお家って何処にあるの?」
「えーっと、天の音色工房はご存知ですか?」
「うん、知ってるよ。確か……学校の近くにあるおっきい楽器屋さんだよね?」
他の通行人の邪魔にならない程度に展開しつつ私の家まで戻っていると、唯一私の家を知らない戸隠先輩がそんなことを聞いてくる。今から向かう所で黙っている理由もないので、まずは前提知識を確かめるために私が経営している店の名前を尋ね返してみると、先輩はそれを知っていたようで、記憶を確かめる様にしながらその建物の特徴を述べた。まあ、あれだけ大きければ行ったことが無くても記憶には残るか。
「そこの二階部分が私の家ですね」
「へぇ……じゃあ本当に大きいんだ」
事前知識は十分であった様なので残りも簡潔に説明すると、戸隠先輩は納得した様な感心した様な声を上げるのであった。
あれ以上は特に疑問は無かったようで、その後は適度に雑談しながら歩いていると、間もなくして私の家の居住スペースに直接通じる扉の前に辿り着いていた。そこで私は微細な違和を感じ取る。
「あれ、鍵が開いてる……」
「え?」
一体何だろうかと思いつつ玄関の鍵穴に鍵を差し込んだ直後、私はその違和感の正体に辿り着いた。出る時にしっかり閉めていた鍵が開けられているのだ。
隣でその様子を見ていた寧々も驚きの声を上げているので、勘違いではないはずだが……。
「ま、まさか泥棒……!?」
「いや……その割には静かすぎるかな……」
そして、その遣り取りを後ろで見ていた因幡さんの言葉によって、場に緊張の糸が張り詰め始める。
私も警戒態勢に入って耳を澄ましてみるが、どうにも不届き者らしき
「だ、大丈夫なのか?」
「うん、多分問題は無い……あっ、ほら」
取り敢えず中に入らないことには何も分からないと判断してゆっくり扉を開けると、柊史の心配する声が背後から飛んでくる。それに返答しようとしたところで、綺麗に揃えられた見覚えのあるブーツが目に入ってきて、私はそれが皆に見える様に扉を開け放って指で示した。
「お客様ですか?」
「勝手に人の家に上がるお客さんっているのかな……?」
靴が増えていることに気がついた寧々が私にそう尋ねてくるが、その横から椎葉さんが尤もな疑問を呈する。
残念ながらいるのですとは口には出さずに、私はリビングのソファで寛いでいるであろう方の下に馳せ参じるべく步を進めていくと、後ろの寧々たちも一度顔を見合わせてから私に追従した。
「あぁ、やはり貴方でしたか」
「うむ、上がらせてもらってるよ」
ガチャリと音を立ててリビングへと通じる扉を開けると、そこにはやはり見知った御方の姿があったので、私はホッと息を吐きながら声をかける。それに反応を示して、予想通りソファに深く身体を沈みこませていた目の前の
「ご無沙汰しております、
なぜなに天都君 -第四回-
Q.演奏するならどの楽器が一番好き?
A.悩ましい所だけど、敢えて言うならハープが好きかな。あの透き通る様な音色を奏でるのは実に楽しいからね。