「天都君のお師匠様というと……」
「うん、私の保護者だね」
唯一師匠の存在を知っている寧々が私に確かめる様にして口を開き、私はそれに首肯しながら補足する様に言葉を紡ぐ。
そう、何を隠そう、目の前でゆったりとした服装で寛いでいる男性が私の音楽の師であり、名目上の保護者であり、私をこの世界に導いた神様だ。
「まあ、私は彼の後見人の様なものだよ。よろしくね」
ひらひらと軽い調子を崩さずに師匠がオカ研の皆に挨拶すると、皆は突然の出来事に少々動揺しながらも軽くお辞儀をして挨拶を返す。
「ところで、何故今日はこちらまでお見えに? 私の記憶では
「そのメンテの話で今日は来たんだよ」
談笑もそこそこに、師匠が敢えて予定より先んじて下界に降りて来た理由を尋ねると、彼は御名答と言わんばかりに人差し指を立てながら、真っすぐに私の方へと視線を送ってきた。その瞳に宿る真剣な色に、私は無意識の内に居住まいを正す。
「また無茶をしたみたいだね?」
「うぐっ……はい……」
スッと細められた
「はぁ、一度目の時にキツく言っただろうに」
「あ、師匠、そのことで一つお尋ねしたいことがあるのですが」
くどくどと始まりそうなお説教に口を挟む様にして、私は片手を胸元まで挙げながらそう言葉にすると、師匠はそれが予想外だったのか、キョトンとした顔をしてから言葉を切って私に続きを促してくる。
「何故あの程度で暴走したのでしょうか?」
「…………もしや君、自分の状態に気付いていないのかい?」
皆の前であることも考慮して行われた、少々ぼかした表現の端的な私の問いに対して、師匠は数秒の黙考の後にそんなことを口にした。その表情は事が私の予想していたものよりも深刻であることを示しているような気もする。
「あぁ……なるほど、そういうことか……」
「師匠?」
「我が子よ、場所を移そう」
それから、師匠は一人で何かに納得した様子を見せて、有無を言わさぬ態度で居住スペースから工房──恐らくその地下へと歩き出してしまった。確かに皆に聞かせるべき話ではないだろうが……。
「ごめん、先に勉強会を始めておいてくれるかい?」
「は、はい……」
あっという間に去っていった師匠を追いかけるべく、私は未だ困惑の最中にいる皆にそう声をかけると、皆は一様に不安そうな顔をこちらに向けてきた。何の話か全然分からなかっただろうが、私にとって何か深刻なことが起きているであろうことは察しただろうし、この反応も無理はないか……。
「寧々、悪いけど飲み物とかの準備は任せていい?」
「……分かりました」
しかし、敢えて私はそれを無視してから言葉を紡いでいく。不承不承といった感じではあるが、説明不足感が否めない私に対して寧々は私のお願いを聞いてくれた。
「後で全部話すから」
そして、擦れ違いざまに寧々にだけ聞こえるような声でそう伝えると、寧々は声に出さず、一度確りと頷くことでその言葉への返答としたようだ。それと同時に幾分か不安な様子も和らいでくれた。
「さて、じゃあ色々と確かめていこうか」
あれからすぐに師匠の後を追うと、軽い調子に戻った師匠が地下室に私を迎え入れる。確かめるという文言から察するに、やはり私が気づいていないうちに何かが進行していたと考えるべきか。
まあ、とにかく話を聞いてみないことには何も分からないので、私は話の続きを無言で促すのであった。
「そうだね、まずは……君の記憶についてだ」
「?」
スッと私の胸辺りを指差しながら、師匠はそんなことを口にする。何故私の記憶の話が関係してくるのだろうかと頭に疑問符が浮かび上がるが、まだ私が口を開く時ではない。
「天都、君は自分が死ぬ前に何処で育ったか覚えているかい?」
「え? それは────」
師匠の短い問いに、私はそんな事答えられないわけがないだろうとすぐに口を動かし始めたが、答えを口にしようとした直前で強烈な違和感に動きを止められた。
「君のことを一番慕ってくれていた施設の子の名前は? 子供たちにねだられて君は毎日寝る前に何をしていた? お礼を言ってくれる老夫婦に君はいつも何と返していた?」
矢次早に突き立てられていく問いに対して私は必死に頭を動かしたが、それらに対する答えを何一つ思い出すことはできなかった。背筋に嫌な気配が伝っていく。
「君、もう生前のことは何も覚えていないだろう?」
「────ッッ!」
そして、止めを刺す様な師匠の指摘に、私は喉を強張らせて声にならない声を漏らした。
かつてあったはずの思い出が何時の間にか跡形も無くなっていて、それ以上に、忘れていたことを指摘されてからようやく気が付いたという事実に私はただただ愕然とする。
「その様子だと、やっぱり無意識的に認識阻害を自分自身に施してたみたいだね」
呆然として背中に冷たい汗が流れていく中、師匠はなおも言葉を紡ぎ続けた。少し間を置いて欲しいという気持ちも強かったが、それよりも気になる言葉が師匠の口から飛び出てきて、私は下を向いていた顔を彼の方へと向ける。
「認識、阻害……?」
「そう、神言語による自己暗示によってね」
「し、しかし、私は神言語を使った覚えは……」
「だから、無意識的なのさ」
師匠の指摘に全く心当たりは無かったが、それによって私が想定よりも遥かに早くオーバーフローしてしまった理由は判明した。全く納得できてはいないが、そういうことであれば説明はついてしまう。
「本来成し得なかった姫君の魂の解放……恐らくその時から君にとっては原因不明の事態が起きてたんじゃないかい?」
続く師匠の言霊で、
楽器態になることに関しては何の制限も無かったことに多少の違和感は覚えていたのだが、今意識を自分の内側に向けてみると、確かに微弱ながら神の力の一端が効力を発揮しているということを知覚することができた。気付いてしまってからは何故こんな単純なことを感知できなかったのかとも思えてくるが、それが私が私自身の認識を阻害していたということなのだろう。
「その様子だと気付いたみたいだね」
「はい」
師匠の確認に対して、今度は確りと首を縦に振ることができた。
「長くなってしまったけど、今回の君の暴走は突然起こったわけじゃなくて、なるべくしてなったというわけだ」
いやぁ、災難だったねと、師匠は軽い調子で締めくくってしまったが、私の内心は釈然としない気持ちで覆い尽くされている。大切だったはずのものがいつの間にか無くなってしまっていて、心穏やかでいろというのが無理な話であるのだが。
「とにかく、何にしてもまずはメンテをしよう。応急処置は君自身が施したとはいえ、君の暗示を解かないとまたすぐにオーバーフローしちゃうからね」
「よろしく、お願いします」
心の整理はまだついていない。いや、つくはずもないが、師匠の言う通り、私の
しかし、丁重にメンテナンスが行われて師匠が帰っていってからも、私の心に不安が爪を立ててくる感覚を拭いきることはできなかった。神様が更に落としていった新たな爆弾も相まって────
何も考えないで書いてたシーンと繋がって自分でびっくりした。