「お邪魔しま~す」
軽やかな鈴の音と共に、聞き慣れた声が聞こえてくる。
大胆な告白から日は流れ、時は週末。つまり、先日約束していた仮屋のギター選び兼男衆の見学会の日がやってきたというわけだ。
「おぉ、来なすったか。いらっしゃい
「おう、ちゃんと案内の任務、完了したぜ」
「うむ、大儀であった」
快活に笑ってそう口にする秀明に、俺は冗談めかして尊大な口調で労いの言葉をかけた。
「寧々もよく来たね」
「は、はい、お邪魔します、あ、天都君……」
そして最後に急遽参戦することになった寧々に声をかけると、彼女はポヒュっと顔を赤くしながら俺の下の名前を呼ぶ。夕暮れに染まる部室の中で決めた二人の約束を守ってくれている様で実に微笑ましい。
「最初聞かされた時は半信半疑だったけど……本当に付き合い始めたんだな」
「えっ!? 誰と誰が!?」
「俺と寧々のことだよ。この度目出度くな」
顎に手を遣りながら紡がれる秀明の言葉に仮屋が驚きの声を上げる。柊史も声には出していないが、目を剥いて驚いているようであった。
「はえ~……ねぇねぇ! 馴れ初めは? 告白はどっちからなの?」
「はいはい、それ話してたらギター選びの時間無くなっちゃうでしょ」
「っと、そうだったそうだった……。空閑、どれが値下げしてくれるやつなの?」
流石は女子というべきか、一早く話に食いついてきた仮屋を軽くいなして、ギターの方へと興味を軌道修正させる。言葉にした通り、本来の目的を果たせなくなるのはよろしくない。少し恥ずかしいというのもあるが。
「とりあえず、ここにあるのは全部触っていいから。気に入った子がいれば持ってきてくれ」
そう言って、俺は目をキラキラと光らせている仮屋を防音室に移動させた楽器たちの元へと向かわせる。見学という名目で来ている柊史と秀明もそれを追うようにして歩いていった。
ここに篭ってしまうと、ドアに付けている来客を知らせる鈴の音も聞こえなくなるが、今は工房の看板を
「寧々はいいの?」
「あっ、えっと……楽器はあまり触ったことがないのでどうしたものかなと……」
楽しそうにわいわいと話しながら楽器を手に取る三人から目を離し、隣に佇んだままの寧々に話しかけると、彼女は俯きながらそう口にした。欠片集めに奔走していた関係で、娯楽の類に疎い部分が強いと言っていたので、慣れないことに躊躇しているようだ。
「おぉ、懐かしいなぁこのドラム」
そんな風に、遠巻きに二人で話していると、秀明が嬉しそうな声でそう言うのが聞こえてくる。声の方に目を向けると、そこには彼が少し前まで使っていたドラムを見て懐かしんでいる様子が目に入った。
「久しぶりに叩いてくか?」
「え? 海道、ドラムなんてやってたのか?」
「おうよ、少し前までバンド組んでてそん時にな。それで、これがその時に使わせてもらってたドラムだ」
楽器工房の名を謳っているので、一応弦楽器以外の物もうちには置いているのだ。作成技術がないので取り寄せたものではあるが。
そして、それを知った秀明を筆頭としたバンドのメンバーたちに練習場所としてこの防音室を提供していたことがあるのだ。俺の指導もあって、クラブではそこそこ名を知られたグループだったが、高校に進学してバラバラになったのを機に、徐々に予定を合わせるのが難しくなって解散したという過去がある。
「天都君は、何か弾いてくれないのですか?」
中学時代の思い出に耽っていると、寧々が俺の服の裾を引っ張ってきて意識を引き戻された。視線をそちらへ向けると、上目遣いで懇願してくるような心情を寧々にぶつけられる。可愛い。
大方、秀明の演奏を見て、まだ誰にも見せたことのない俺の腕が気になったと言ったところか。まあ、実は匿名で演奏することが結構あるのだが。
「弾いてもいいけど何が良い?」
弦楽器は勿論として、楽器であるならば人並み以上に扱えるので、この場にあるものなら何でも大丈夫だと伝えると、流石に選び切れないのか寧々はおろおろと悩み始めてしまった。
「あ、じゃあ久しぶりにアレ聴かせてくれよ天都」
意地悪はするべきでないと思って助け舟を出そうとしたその時、秀明がそのようなことを口にする。なるほど、それがあったか。
「で、アレって何? 海道」
海道君に何かしらの提案を受けた後、その何かを取りに行くために部屋を後にしました。そして、取り残された私たちは、唯一事情を知っているであろう海道君の話を聞くために彼の周りを囲むようにして天都君を待っています。
「あれだよ、キャップのアコギ持ってるんだよあいつ」
「うっそ! ヘヴンズ=キャピタルモデルの!? 何で?!」
海道君の口から説明された言葉に、私は聞き覚えはありませんが、それを聞いて酷く驚く仮屋さんの様子から、それが途方もなく凄いものであることは理解できました。
「なあ、そのヘヴン……? って何だ? 有名なブランドだったりするのか?」
私と同じく、保科君もそのヘヴンズ=キャピタルという楽器を知らないようで、二人へと疑問をぶつけているようです。
「楽器の種類毎に一つしか存在してないとされる、ある伝説の楽器職人が作った楽器の最高傑作に付けられる名前だよ。バイオリンならバイオリンで一つ。アコギならアコギで一つって感じでな」
「ニッグ=ティールがエレキのヘヴンズ=キャピタルモデルを持ってるって言えば、保科にもその凄さが分かるでしょ?」
「うわ、それは凄い……けど、何かゲームの伝説の武器みたいだな」
流石に娯楽に疎い私でも、世界的に有名な人の名前であれば知っています。ニッグ=ティールは確か、世界で最も有名なギタリストと呼ばれている人だったはずです。一度とても奇抜な格好をしていた写真を見たことがあるので印象に残っています。
そんな人が扱う楽器と並ぶ物を持っている天都君……。どうやら、私のこ、恋人は思っていたよりも凄い人のようです。
「お、ま、た、せ」
「く、空閑、どういうことなの!?」
そして、その件のギターを手にした天都君が軽快な声と共に戻ってくると、早速仮屋さんが掴みかからんばかりの勢い──ギターを気にして本当に掴みかかった訳ではありませんが──で、天都君を問い詰めていました。むぅ、何だか少しだけ胸がもやもやします。
「ん? ……あぁ、何でホルダーなのかって?」
「そうそう!」
「仮屋、俺の下の名前は分かるよな?」
「そ、そりゃ当然知ってるけど……」
仮屋さん同様、聞かれるまでもなく彼の下の名前は知っています。ん……? ……天都……ヘヴンズ=キャピタル……Heaven……あっ!
「
「Exactly.つまり、がっつり関係者なわけだ」
思わず飛び出た私の声に、天都君は指を鳴らしながら流暢な英語と共にウインクを返してきて、ちょっとドキッとしました。
「え、えっと、つまり、それは空閑が作ったってことか……?」
完全に固まってしまった仮屋さんから引き継ぐように、保科君が天都君へと質問を投げかけます。もし保科君の言う通りだとしたら驚きですが……。
「いや、Capは全部師匠の子供だよ」
「え? でもそれだと……」
そう、それであれば、天都君とその楽器の名前が一致している理由が分かりません。
「あぁ、俺の名付けは師匠なんだ。そんで、師匠は自分の作った子供たちと同じ名前を俺に付けた。多分、その時から俺に楽器の扱いを教えるつもりだったんだろうな」
一瞬疑問に囚われましたが、続く天都君の説明によってその疑問は氷解することになりました。なるほど、そういうことであれば納得です。
でも、その天都君の師匠が天都君に自身の最高傑作と同じ意味の名を送ったというのであれば……。
「愛されていらっしゃったんですね」
「ふふ、うん、多分そうなんだろうな」
そう口にする天都君の顔は、何処か誇らしげでした。きっと良好な関係を築けていたのでしょう。
「さ、話してばかりも何だからそろそろ始めようか」
そう言いながら天都君は慣れた手つきで演奏の準備を始めます。そして、その瞬間から彼の雰囲気が一変しました。
いつもは春風を思わせるような自由さと優しさを感じる彼ですが、今の天都君はまるで一本の真剣のような鋭さと力強さを感じさせます。いつもとは違う想い人の一面に心臓が早鐘を打ち始めて目が離せません。
「待たせたね、それじゃあ────開演だ」
準備も眺めている内にあっという間に終わってしまって、力強い言霊と共に彼のステージが幕を上げました。
「ふぅぅぅぅ…………どうだった?」
集中して演奏した影響でかいた汗をタオルで拭いながら聴衆に声をかけると、どうにも反応が鈍いようで、演奏の余韻が漂う沈黙が場を支配する。うむ、少しばかり本気を出しすぎたらしい。寧々の前だからと張り切りすぎたか。
「いやぁ、相変わらず凄いな。前より腕も上げたんじゃないか?」
「ずっと続けてる事だしな。そりゃあ腕も上がるさ」
以前聴いたこともあって耐性のある秀明が一早く復活し、俺に拍手と共に賛辞を送ってくる。自分でも言ったが、秀明に聴かせてから年単位の時が経過しているわけなので腕が上がらないはずはない。というか、上がってなければ
「た、魂抜かれるかと思った……」
「お、同じく……」
「本当に……凄かったです……」
一方、初見組の三人は腰が抜けたようにして座っていた椅子に深く身体を預けていた。魂が抜かれるとは言い得て妙であるが、ガチ中のガチの本気を出せば似たようなことができなくもない辺りは割と笑えない。
「それじゃあ、お給料入ったらまた来るから!」
「店開けてない可能性もあるから事前に連絡頼むよ」
そう言いながら天都君は、元気に帰っていく仮屋さんと、それを追うように後に続く海道君と保科君に手を振って見送っています。私もそれに倣うように控え目に手を振りました。
「寧々は帰らないの?」
「ぶぅ……意地悪……」
「ふふ、ごめんごめん」
帰って欲しいと露ほども思っていないくせに、天都君はそんな意地悪を私に言ってきます。私はそれに反抗の意を示すために、ジト目で睨みつけながら頬を膨らましますが、天都君にはあまり効果がなかったようです。
「とりあえず上がってく? 夕餉ぐらいしか出せないと思うけど」
「歓待という意味でなら十分過ぎると思いますよ、それ」
続く天都君の物言いが何だか面白くて、思わずふくれっ面を維持出来ずに笑ってしまいますが、天都君の手料理が食べれるのなら良しとします。
……立場が逆な気もしますが、天都君の手料理が美味しすぎるのがいけないんです。お弁当であれだけ美味しいのですから、出来たてのそれはもっと美味しいことでしょう。今から涎が出てきそうです。
「まあでも、まだ早いしとりあえず部屋でゆっくりしようか」
彼の言う通り、現在の時刻は午後四時ほどです。手の込んだものを作るとしても、夕食時にタイミングを合わせるとなると、作り始めるには早い時間と言えるでしょう。
そうして、天都君に連れられてお店の二階部分にある居住スペースまで行くと、そこには広々とした空間が広がっていました。パッと見でも30畳ぐらいはありそうなリビングに、インテリアとして楽器やオカルトグッズが置かれている風変わりなお家です。
私が借りている部屋も一人で過ごすには少々持て余す部分がありますが、天都君の家はそれよりも更に一人で暮らすには広すぎるように思えます。
「麦茶でいい?」
「あ、えっと、はい」
あまりの部屋の広さに驚いていると、天都君はそんな私を微笑ましいものを見るような目で見ながらそう声をかけてきました。不躾に部屋を眺めていたことに今更気がついて、恥ずかしさで顔が少しだけ熱を帯びます。
キッチンの方へと姿を消した天都君を待つ間、私は彼に座るように促されたソファに腰をかけていました。その座ったこともないような柔らかさに慣れなかったからというのもありますが、私は猛烈に居心地の悪さを感じています。
……いえ、──誰にしているのかは分かりませんが──言い訳はよくないので正直に言いますと、今、私の履いている下着は興奮によってびしょびしょに濡れてしまっています。原因は言うまでもなく、天都君の演奏を聴いたからでしょう。あんなかっこいい姿を見せられて興奮するなというのも無理な話なのですが。
代償による強制発情ではないので急ぐほどではないのですが、お腹の奥の方が熱く疼いているせいで天都君に襲いかかりたい気持ちが湧いてきて、今はそれを深呼吸と太ももを擦り合わせることで何とか抑えています。その、あまり淫乱な女の子と思われて幻滅されたくはありませんから。
「ほい、どうぞ……っと」
「ひゃっ……! あ、ありがとうございます」
ち、近い……! 飲み物を持ってきた天都君が、二つのコップをローテーブルの上に置いてから私の隣に腰かけてきたので、肌が触れ合う様な距離で座り合うことになりました。辛うじて悲鳴を上げるのは堪えましたが、深呼吸していたせいであ、あま、天都君の匂いががが……。
「寧々、顔が真っ赤だけど緊張してる?」
「ひゃえあっ!?」
あわ、あわわわわわわ……あま、天都君の綺麗な手が私の顔に……! そ、そんなに分かりやすく赤くなっていたでしょうか。なってますね! だってこんなに顔が熱いですし!
二度目の接触でとうとう声を我慢できずに珍妙な悲鳴を上げてしまいました。疼きの方もだんだんと強くなり始めて、理性もどれだけもつか分かったものではないです。
「……嫌だった?」
「ち、ちがっ……! そ、その、あの、ドキドキしすぎて……」
及び腰になりすぎたせいか、少し悲しそうな顔をして天都君が私の頬から手を放していきます。もったいない気もしましたが、今これ以上やると確実にイけないことになるので、助かったような気がします。でもやっぱりもう少し……。
「じゃあ、もっとドキドキさせてもいい?」
「あっ……」
そして、私の心を見透かしたように、天都君は見惚れるような笑顔を浮かべながら、私を押し倒すようにしながら抱きついてきました。もぞもぞとそのまま姿勢を変えて、二人で抱き合うような形で大きなソファに寝転がります。
顔が近くて、心臓の鼓動も伝わってしまうぐらいに密着して、私の奥から湧き上がってくる性欲も破裂しそうなぐらいに膨れ上がってきました。
「皆がいたから言えなかったけど、私服も可愛いよ寧々」
漂って来る天都君の匂いに意識を持っていかれそうになっていると、少しはにかみながら、彼は私の今日の服装を褒めてくれます。リボンの変化にも気づいてくれたのか、愛おしそうな表情で纏めた私の髪の束を優しく撫でてくれて、そのせいで私の女心は加速度的に天都君を求めようと更に下着を濡らしていきました。
「今日の俺、どうだった?」
「あ……そ、その、とても、かっこよかった、です……」
ドキドキで上手く回らない口でそう口にすると、天都君はとても嬉しそうに笑ってくれます。私の言葉で喜んでくれたことと、先程の天都君の勇姿を思い出したことで、じりじりと焼け落ちていた理性もそろそろ限界が近いようでした。も、もうこれ以上は……!
「あ、まと、くん……」
「寧々」
甘い熱を孕んだ吐息を混ぜて愛しの人の名を呼ぶと、彼も嬉しそうに私の名前を呼び返してくれます。そして、どちらからともなく近づいていって口付けを交わすと、その瞬間に私の理性はぶつりと音を立てて堕ちました。
三人は気を遣って早めに帰路についたようです。