「ごめんごめん、遅くなっちゃった」
メンテナンスが終わって更に十分ほどの時間をかけてから気持ちを落ち着けてから、私は地下から二階の居住スペースへと戻ってきていた。いつもの軽い調子で声をかけながら歩いていくと、皆がテキストへと落としていた視線を一斉にこちらへと向けてくる。
「随分遅かったんですね」
「時間をかけて丁寧にやらないといけない作業だからね。何せ
恐らく今回一番勉強で苦しむであろう因幡さんから、開口一番若干皮肉めいた言葉が飛んできたが、私は宥めるような口調でそれを華麗に受け流していった。私も
「あれ、空閑、あの人は?」
「
続く柊史の問いに対しては簡潔に事実のみを述べた。
基本的に
予定していない時期のメンテナンスだったので恐らく後者の方なのだろうが、
「そうなんですか? ご挨拶しておきたかったですが……」
「あはは、それはまたの機会にしようか」
それを聞いて、寧々が心底残念そうな声を零すが、今後もずっと一緒にいるならチャンスも幾度となく訪れるので、保護者への挨拶はその時にしよう。
「では、明日はここに直接集合ということで」
「うん、明日もよろしくねー」
勉強会に合流してからは、私も皆に混ざってテスト勉強をして過ごしたり、おやつを食べながらパーティーの段取りを話し合ったりして、時はあっという間に夕刻。一日目の勉強会は終わりを告げて、今は玄関まで行って帰路に着く皆を見送っているところだ。
「……天都君」
「うん、分かってる。リビングに行こうか」
そして、皆の姿が見えなくなったのを見計らって、寧々が不安そうな声で私に呼びかけてきた。後で説明すると伝えていたのもあって勉強会中は自重してくれていたようだが、それでも何度か不自然なタイミングでこちらに視線を送ってきていたので、やはり相当気になっていたのだろう。
それが分かっていたので、私も短くそれに応えてから寧々を伴って家の中に戻っていくのであった。
「さて、何から話したものか……」
いつかの時と同じように、紅茶を用意してからソファに隣合って座ると、寧々は無言でこちらを見上げて話を促してくる。
話すべきことは幾つかあるが、何から触れていくべきか。まあ、順序良くいくとしよう。
「え、なっ……! あ、あままま、天都く、ん……?」
説明のために私が徐に服を脱ぎ始めると、寧々は私の突然の奇行に大いに慌てるが、それも私が上半身の衣服を取り払った段階で鳴りを潜めた。そして、その視線は私の胸部へと向かっていく。
「傷跡が……」
呆然とした様子の寧々が呟いた言葉に私は一つの頷きを以て返答とした。そう、私の胸に刻まれた前世の死因が、前世との繋がりを保っていた楔が綺麗さっぱり無くなっていたのだ。
つまり、この前の暴走時に魂に歪みが生じてしまい、その際に、元々不安定で辛うじて残っていた前世の記憶の部分が消失してしまったということで、何も思い出せなくなっていたのはそれが原因だったということである。
「これが無くなった時が私の記憶が消える時ってことは……前に話したよね?」
「は、はい……」
敢えて、もう一度補足する様に寧々に言葉を紡ぐと、寧々はそれを覚えていたようで、私へと向ける視線が痛ましいものを見るものへと変化していく。
「全部、大事だったはずのもの、全部忘れちゃった」
「天都君……」
吐き出す様に、淡々と私は私が陥った状態について口にした。悲しいはずなのにそれでも泣けない私に変わって、寧々の目の端に涙が溜まっていくのが見えた。
「いつかはこうなるって分かってた。でも、その時が来たら沢山泣いてしまうと思ってたのに、胸が締め付けられるほど痛いはずなのに、涙が一滴も零れてくれないんだ。寧々、私はいつからこんなに薄情に────」
しかし、総てを言い切る前に震える寧々に抱きしめられて、私は動かしていた口を止めることとなる。
「そんな、そんなに辛そうに懺悔する様な表情をする人が、薄情なわけないじゃないですか……!」
ボロボロと私の代わりに泣きながら、寧々は自身の胸に私の頭を抱えてそう言ってくれた。その言葉がじわじわと心に浸透してきて温かくなってくるが、やはり、私の涙は枯れてしまったかのように一滴も流れ出ることは無い。
「寧々……」
「今は、こうしていてください……こうしてないと、天都君が壊れてしまう気がするんです……」
「うん……ありがと、寧々……」
でも、胸に感じる痛みは本物で、もう無いはずの傷がズキズキと心を蝕む様に痛み続けていた。それを分かっている寧々は、私を慰める様に強く抱きしめてくれて、もう
「寧々、もう落ち着いたから大丈夫だよ」
「ダメです、天都君はまだこうしててくださいっ」
自分でも気付かぬうちに取り乱していたが、しばらく続いた寧々の抱擁によってそれも次第に落ち着いてきた。なのでもう十分だと寧々に声をかけたが、寧々はそれを是とせず、寧ろ腕の力を強めて私を離すまいとしてくる。
「ごめんね、手間かけさせて」
「ぐすっ……えへへ、やっぱり天都君は天都君です」
「??」
「記憶が無くなっても、天都君は私が知ってる優しい天都君だってことですよ」
だんだん申し訳ない気持ちが強くなってきて、要らぬ手間をかけさせたことを謝罪すると、寧々は泣き笑いながらそんなことを口にした。
「私が好きになった、私の大好きな天都君はちゃんとここにいます。私のことを助けてくれて、私のことを愛してくれる私の、お、おお、王子、様……」
私の頭を撫でながら、寧々は私が変わっていないということを伝えてくれる。その顔は普段言わないことを口にしているせいで急速に真っ赤になっているようだが。
「……ふふ、少しらしくなかったかな」
「そう、ですね……。でも、元気になったみたいで良かったです」
「うん、本当にありがとう、寧々」
「はいっ」
しかし、それのおかげで私はいつもの調子を取り戻すことができた。一気に色んな事が起きて不安定になっていた心もようやくこれで元通りだ。
抱擁を解かれながら、私は消え去った
「さて、良い雰囲気ではありますがまだ話は終わっていないのです」
「えっ!?」
場の雰囲気もあって、完全に
そう、初めに言っていたが、話すべきことは幾つかあるのだ。と言っても、残りは一つなので恐らくすぐに終わるだろう。
「
「え、えっと……?」
魂が一部神化していることは以前寧々に話していたので端的に説明したのだが、どうやらそれでは理解が及ばなかったようで寧々は可愛らしく小首を傾げた。
「つまり、魂が神様になっちゃったってこと」
「ということは、お師匠様と同じに」
「そういうこと」
理解できなかったなら分かりやすく噛み砕くまでの話。というわけで、今度は簡単に言い直してみると寧々も理解が及んだようで、ポンと手を鳴らして至った答えを口にする。
「それで、それに伴って少し予想外のことがあるみたいでね」
「?? それは何でしょう?」
私自身、去り際に
「寧々の大魔法で過去に戻るタイミングで、一度天界に戻されるみたいなんだ」
「そ、それで……?」
「それで、
続く説明で再び寧々は頭に疑問符を浮かべてしまった。ええい、恐れ多いがやはりハッキリと言わないとダメか。
「とどのつまり、私、本物の神様になっちゃうんだってさ」
「…………えぇっ!!?」
今明かされる衝撃の真実に、寧々は今日一番の驚きの声を上げる。それは防音が施された我が家にしっかりと響くのであった。
天都君の状態が整えられたのに口調が戻ってないのは、大魔法の一件で神化が進んで、今回の調整で魂の人間部分がほとんど残らなかったからです。