「Excellent!!」
「!」
時は流れてハロウィンパーティーの前日。仮屋、秀明、柊史が奏でる音が止んで数秒が経ってから私が紡ぐ太鼓判を押す言葉に、三人は喜色に塗れた表情を見合わせて隠せない歓喜の感情を露にする。約一週間続いた修練が正しく実を結んだのだからこの反応も当然のものだろう。
「いやはや、どうなるものかと思っていたけど、パーティーで演奏する分には誇っていいレヴェルで仕上がったんじゃないかな?」
「おぉ!」
「まあ、本番でトチらなきゃ、だけどね」
「おぉ……」
わいわいと喜び続ける三人に再度念押しで彼らの一週間の成果を褒めると声を揃えて感嘆の声を上げた。そこに釘を刺すように言葉を紡ぐと、三人の声のトーンが一様に落ちていく。何か面白いな。
「でもそのことに関しては心配はしてないよ。君たちなら成功すると信じてるから」
「空閑……」
しかし、続く私の言葉で、柊史が感極まったような声で私の名を呼んできた。まだそれには早い気もするが、今回の超特急のレッスンで一番苦労していて、それでもなお迷惑をかけまいと食らいつく様に頑張っていたので、ようやく一段落付けて気が抜けたのかもしれない。
「いやはや、相変わらずのスパルタだったけど、昔みたいに必死になれて楽しかったぜ」
色んな意味で経験者であった秀明は、からからと笑いながらそんな言葉を零す。昔と言うが、実際はほんの二、三年前なので、その言い方は少々年寄り臭いなと思いつつも、敢えてそれを指摘する無粋な真似はしない。
「うん、ここまでお膳立てしてもらったんだし、悔いのない様に頑張ってくるよ」
そして最後に、仮屋が決意とともに一度確と頷いてからそう宣言する。そこには自分のデビューのために努力してくれた友人たちの想いを背負う、力強い意志の力を感じることができた。
あぁ、ここまで私の指導で強い正の感情を抱いてくれるのであれば、
「で、できましたぁ……!」
万感の思いが宿った溜息と共に、リビングルームに何かをやり遂げたような寧々の声が木霊する。言わずもがな、彼女も前日になってようやく私たちの思い出を綴った詩を完成させたらしい。
「どれどれ……」
するりと後ろから寧々が綴った詩が書かれた紙を覗き込んでみると、そこに綴られていたのは寧々が過ごしてきた日々の思い出。魔女のことを筆頭に抽象的な表現に置き換えられているものもあるが、そこには確かに寧々が私と出会えてどれだけ嬉しかったか、どれだけ楽しかったか、そして、どれだけ変わることができたのかをひしひしと感じることができるものが散りばめられていた。
私に甘える時の寧々の様にストレートな感情表現に思わず苦笑してしまうが、普段引っ込み思案な寧々が私だけに見せる彼女らしさを感じることができて、私は非常に好みだ。
「うん、寧々らしさが出ていて良いんじゃないかな」
「えへへ、そうですか?」
一文字一文字精査する様にそれを読んでから私が率直な感想を口にすると、寧々は褒められたことが嬉しくてへりょりとその表情を柔らかく崩していく。可愛い。
「でもごめんなさい、こんなにギリギリになってしまって……」
「それだけ寧々が一所懸命考えたってことだろう? それを責めるほど狭量じゃないさ」
しかし、嬉しそうな顔から一転、寧々はパーティーの前夜まで作詞に時間をかけてしまったことを申し訳なさそうに謝ってきた。先程までピコピコ動いていた寧々のアホ毛も、彼女の心情を反映してしんなりと垂れていく。
「なぁに、そこは私の腕の見せ所だよ。神域の
「ふふっ」
そんな寧々に対して私は、敢えて身振りも交えた尊大な物言いで何の問題もないことを伝えると、彼女はくすりと上品に笑ってからその表情から憂いの色を消した。
「それでは、天都君のステージを楽しみにしてますね」
「私と寧々の、だよ」
「はいっ」
それから、調子を取り戻した寧々は明日の本番に期待する言葉を紡ぐが、あくまでそれは私と寧々とで作り上げる舞台である。そこが一番重要なので訂正すると、寧々は一瞬キョトンとしてから花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
「やあ、おはよう寧々」
「おはようござ────!?」
翌朝、パーティー当日。運営を任されているオカルト研究部たる私は、パーティーが開催される夕刻からではなく、朝から準備のために学院へと向かう必要がある。故に、いつもと同じ時間に私の家で寧々と待ち合わせていたのだが、寧々と玄関で鉢合わせた瞬間に彼女は挨拶の言葉を紡ぐために動かしていた口ごとその動きを止めることになった。いったいどうしたというのだろうか。
「え、えっと……それはいったい……?」
「ん? あぁ、これのことかい?」
数秒の沈黙の後、寧々がふらふらと戸惑いの意思を宿した指先で私の背後を指し示して、私はようやく合点がいった。彼女が動きを止めたのは、私が背負っている巨大な物質を見たのが原因のようだ。
「今日使う楽器がこれなんだ」
「な、なるほど……」
私が口にしたように、これは今日のステージで使う予定の楽器とそのケースである。しかし、私は身体スペックにものを言わせているので一人でも平気だが、本来であれば到底一人で持ち運ぶような代物ではないので、よくよく考えると寧々の驚愕も納得がいく。
「さ、取り敢えず出発しようか」
「は、はいっ」
だからといっていつまでもここに留まっている理由にはならないので、私は半ば放心する寧々に声をかけてから、二人並んで学院へと向かうのであった。
……楽器の分いつもより少しだけ距離が空いてしまうのはすこしだけ寂しいな。うん、
「おはよう諸君」
「あ、おはようございまぁぁぁぁぁぁ!!?!?」
それから道行く人の視線を浴びつつ部室までたどり着いて、挨拶しながら横歩きで入室を果たすと、一番にこちらに気が付いた因幡さんが挨拶の勢いのままそれはそれは良いリアクションをしてくれた。その驚愕の声につられて他の部員の視線もこちらへと向き、大なり小なり差はあれど、同じ様な反応を示してくる。
「あ、あわわわわ、な、何ですかそれ!?」
「今日使う楽器だよ……っと」
そのまま目をぐるぐるさせる因幡さんの問いに、私は寧々にしたのと同じ説明をしながら、傷が付かないように慎重に部室の隅の方に楽器を降ろした。その際、ズンと実に重い音が響き更に後ろの面々が困惑していくが、それは気にしなーい気にしなーい。
「ふぅ、それで、何から準備するんだっけ?」
「あ、えっと……会場の準備は昨日の段階で終わらせてるから、パーティーで出す食べ物周りのことだね」
「そうでしたそうでした、ありがとうございます先輩」
軽く一息吐いて、身体ごと皆の方に振り返ってから今日の予定を尋ねると、いち早く復帰した戸隠先輩がそんなことを口にする。
そう、体育館の部活生の協力を経て、昨日のうちにもうテーブルを出したり飾り付けをしたりといったことは終えているので、今日は注文したケータリングの運搬や、参加者に渡すクッキー作りなどが主な業務なのだ。
「というわけで皆揃ったことだし、早速準備の方を始めてこうか」
部室を見渡しながら、この場で最年長たる先輩が声をかけて、それに呼応する様にして私たちは気合いの入った声を上げる。さあ、張り切って頑張っていきましょー!
特に語ることもない、黙々とひたすら南瓜を削る作業も終えて時は夕刻。パーティーも目前ということで、仮装のために部室が女子更衣室として利用される中、私は途中で合流した秀明と柊史たちと共に空き教室で暇を潰していた。男衆の着替えは早いのだ。
私に支給された衣装は古代ギリシャの人々がしてそうな衣装だ。そう、あの一枚の布を巻いた露出が多い格好にオリーブの冠である。確か名前はエクソミスと言ったか……。いや、それは着方の名称か。
それにしても、この一枚布だけなら被服部に用意してもらう必要は無かったと思うので、何か彼女らの別の思惑が働いている気がしなくもない。まあ、それを分かった上で私は私の肉体美を惜しげもなく晒していくのであるが。
ちなみに、天界でもあんな格好をした神様は見たことが無かったので、モチーフが神様であると聞かされた時は思わず首を傾げそうになったのは内緒だ。
「もうすぐ本番か……」
そんな中、窓際に立つ柊史がぽつりとそんな独り言を口にする。ゆっくりと視線を送るとそこには自身の手のひらをまじまじと見つめる柊史の姿があった。
「怖いかい?」
「緊張はしてる……けど、少し楽しみにしてる自分もいる」
そこまで深刻そうな心境ではなさそうだったので、舞台を前に怖気付いたかと私が揶揄ってみると、彼は開いた手のひらを握りしめて、力強くそう宣言する。よくもまあ、自信を溢れさせる顔をするようになったものだ。お兄さんは嬉しいぞ。
「まあ、成功ももちろん大事だけど、それ以上に楽しんでいこうぜ」
「
そんな柊史に秀明は緊張の糸を緩める様に言葉を紡ぎ、私もそれに追従して
「それに、今から肩肘張ってたら、本番前に疲れてしまうよ?」
「そう、だな。……ふぅ、ありがとう、二人とも」
そして、続けて肩の力を抜く様に促すと、柊史は一度深呼吸してから気持ち上がっていた肩を元の位置まで下げた。まあ、彼は一週間前まで素人もいいところだったのだから、変に力が入るのも無理はないだろう。その点、場数を踏んでいる秀明は実に気楽そうだ。
「さて、ぼちぼち合流しに行こうか」
柏手を打って注目を惹き、私は会場へと向かうために二人へ声をかける。久方振りの男だけの談笑も悪くは無いが、今はそれよりも優先することが私たちにはあるのだ。
それを分かっているが故に、名残惜しくはあるものの、二人はそれぞれ返事をしてから徐に窓際から離れ始めるのであった。
「似合ってるね。可愛いよ、寧々」
「えへへ、ありがとうございます、天都君」
空き教室を後にした私たちは真っ直ぐ部室へと戻って──運営でない秀明は一足先に仮屋と体育館へと向かっていったが──女性陣との合流を果たすこととなり、被服部に流石と言うべきか、文句を言うべきかはさておき、男の我々とは違って女の子たちの衣装は気合いが入っているようで、それぞれが楽しそうに衣装を纏っている様子を入室と共に目撃することとなった。流石に柊史が以前踏んだ轍を踏む様な真似はしていない。
そして、今は黒を基調としたゴシックスタイルの衣装を身に纏う寧々と向かい合って、頭を撫でながら彼女を褒めているところだ。それを寧々はにこにこしながら受け入れるが、いつもと同じ様な遣り取りも、寧々の少々性的な格好のせいでいやらしく感じてしまうのはきっと私だけではないはずだと思いたい。
特に大胆に開かれた胸元からはちらりと谷間が見えていて、アシンメトリーなスカート部分からは寧々の瑞々しい太ももとそこに這うガーターベルトの存在を認知できるところが良い。うむ、被服部は実に良い仕事をしてくれたようだな!
「あ、天都君のは、その、少し目のやり場に困りますね」
「露出が凄いもんねぇ」
私の言葉に返すようにして、寧々も私の格好に言及するが、ほんのりと顔を赤らめて少々目線は私から逸れていた。寧々と私はほぼ毎日裸を見せ合うような関係ではあるが、それとこれとはまた別の話ということなのだろう。気持ちは分かる。
「まあ、そこはあの二人ほどでもないと思うけど……」
尤も、露出という点では因幡さんと戸隠先輩には到底勝てない気もするが。張り合うつもりは毛頭ないけれども。
というか、因幡さんの
「わ、空閑君の衣装凄いね」
「というか、コスプレ感が無いと言いますか、何と言いますか」
流石に視線を送り続けていると寧々に拗ねられるので、私はちらと先輩の方を一瞥してから視線を更に動かすと、その先からタイミング良く楽しそうに会話に花を咲かせていた因幡さんと椎葉さんがこちらに歩いてきた。
ちなみに戸隠先輩は柊史を揶揄うことに忙しい様だ。
「ありがとう。二人も似合ってるよ」
「えへへ、まさか私もコスプレできると思ってなかったから……。本当にありがとう、空閑君」
寧々の前で少しだけ憚られるが、かと言って何も言わないのは更に失礼なので、極簡潔に二人の格好にも言及すると、
そう、今彼女は女性物の衣装を着ているのだ。というのも、代償を抱える椎葉さんは元々男性物の衣装を被服部に頼んでいたのだが、何かの手違いで今着ている衣装が仕上がってしまい、先程まで彼女が悲嘆に暮れていた所を見かねた私が
「でも、あんな魔法みたいなことができるなら、どうして今まで使ってあげなかったんですか?」
「あんまり乱用すると身体に悪いからね。だから今日だけ特別にってことさ」
その所業を見ていた──私たちの中でも特に椎葉さんの代償のことを気にかけていた──因幡さんが不思議に思うのは当然のことで、今まさにそのことで問い詰められているが、軽微とはいえ魂に干渉する必要があるのであまり多用はできないのだ。学院生活を送る最中で使用するにはあまりに危険が過ぎる。
「いいんだよ、めぐるちゃん。今日だけでも皆と同じ様に可愛いお洋服が着れたのが本当に嬉しいから」
「紬先輩……! 分かりました、今日は目一杯楽しみましょう!」
「うんっ!」
しかし、少しだけおこ風味だった因幡さんも、椎葉さん本人が心底嬉しそうな表情をしているのを見たことでその気配を霧散させていく。それから、キラキラとした輝きを瞳に携えながら椎葉さんの手を取って、そんなことを口にするのであった。嗚呼、美しき哉、女の子の友情。
「じゃあそろそろ会場の方に向かおっか」
そして、一頻り
「天都君、行きましょうか」
「うん」
鍵を管理しているので最後に残った寧々に声をかけられて、私は短く言葉を返す。さて、楽しいパーティーの開幕だ!
なぜなに天都君-第五回-
Q.引くぐらい有名になった割にマスコミ凸とか全然起きてないっぽいけど、その辺はどうなの?
A.一応そういうことは起きてないみたいだね。何でなのかは何となく想像がつくけど……。
(天都君のお友達たちが圧力かけてるせい)