「うむ、分かってはいたけど流石に辟易としてきたぞぅ」
「あはは……その割にはちゃんと反応してるんですね」
遠くから声をかけてくる人たちに手を振りつつ思うのは、昨日の放課後からやたらとこちらにアクションをかけてくる人が増えたということだ。理由は言うまでもなく、ニッグとのセッションが原因だろう。まあ、客観的な分析としても、あれは世界一の
「天都君、今日の放課後は大丈夫ですか?」
「ん? あぁ、そっか、ちゃんと挨拶には行かないといけないしな。大丈夫だよ」
寧々の問いかけに対して一瞬何のことかと思ったが、すぐに人と会う約束をしていたことを思い出した。相手は彼女のご両親……ではなく、彼女と契約している
約束自体は先週彼女と愛を交わした時にしたものだが、取材が終わるまで待ってもらっていたのだ。それを予定がフリーになった今日早速実行するということになる。早さは大事だぞ。
「じゃあ今日の部活動は中止?」
「はい、そういうことになりますね」
俺の確認の言葉に対して、寧々は頷いて肯定の意を示した。さて、今日という日も長い一日になりそうだ。頑張っていこう。
「よぉし! 寧々、即時撤退!」
「は、はい!」
そんなこんなで時は流れて放課後。ホームルームが終わった直後であるが、俺たちは既にまとめていた荷物を手にして、文字通り教室から学院の外まで走る。
こんなことをしているのにも当然理由があって、それは所構わずやたらめったら話しかけられるのが原因だった。それも通学路の比ではないほどに。
その内容も、ただ昨日のことで話しかけられるのならまだ良いのだが、オケ部の生徒や先生に勧誘されたり、バンドを組もうなどと言われたりするのがしつこいことこの上なかったからだ。ちなみにバイオリン以外弾けるのはニッグがバラしたらしい。おのれニッグ。
一応仕事を建前にして断ったのだが、それでも止むことはなく、日中の体力はほとんどそれで削がれたと言っても過言ではない。この調子では放送後が非常に心配である。
そして何より大変だったのが、下駄箱に大量のラブレターらしき手紙が入っていたことだった。今時古典的すぎやしないだろうか等と思いもしたが、隣でそれを見ていた寧々の機嫌は急転直下。俺は何も悪いことはしていないのに、寧々の機嫌を取るのに物凄い労力を消費したとだけ言っておこう。
何やかんやで追っ手を振り切って何とか無事に学院を出てから、俺たちは通学路から外れた人通りが疎らな道路を歩いていた。例の喫茶店──
そうして学院から出て十分ほど歩いて辿り着いたのが、「
「いらっしゃ……おや、寧々と……君は誰かな?」
特に戸惑う理由もないので扉を開けて入店すると、そこには桃色の髪をした若々しい美女がカウンター越しに立っているのが目に入った。第一印象は気さくなお姉さんと言ったところか。
「七緒、こちらが例の……」
「あぁ、君が空閑天都君か。ということは魔女の説明を?」
「はい、今日は一先ず顔合わせを」
目の前の人……人? について分析していると、寧々が七緒と呼ばれた女性に事情を説明し始めた。ふむ、美女同士が並ぶと実に画が映えるな。
「相馬七緒。ここ
「えっと、楽器職人をやってる空閑天都です。よろしくお願いします。相馬さん」
必要はないような気がするが、一応自分の職業を名乗って自己紹介をしてから相馬さんと握手を交わす。前情報は夢魔とだけしか聞かされていなかったので、どんな方なのかと思っていたが良い人そうだ。
「ふむ……? 変わった魂の形だ……。人のようなそうでないような……。私たちに近い……?」
「相馬さん?」
「おっと失礼。つい癖でね」
ぶつぶつと聞こえないように呟いたつもりなのだろうが、真正面でやられれば俺の耳はそれをしっかりと拾ってしまう。どうやら相馬さんは魂の形を見ることができるらしい。
「まあ、色々個人的に気になることはあるけど、それも含めて話は後にしよう。人に聞かれると困る話だからね」
「こんにちはー!」
結局相馬さんの提案で話し合いは店を閉めてからすることとなったので、寧々と二人で端の方のテーブル席を陣取ってお話していると、お客さんが少しずつ入り始めた店内に快活な声が響き渡る。よく聞く声に思わず振り向くと、そこには学校帰りの格好の仮屋の姿があった。おや、もしかして……。
「仮屋さんはここでバイトをしているんです。驚きましたか?」
「あぁ、うん、バイトを始めたのは知ってたけど……」
俺の予想を裏付けるように、寧々はにこにこと笑みを浮かべながら俺にそう説明する。何というか、世間は狭いなぁ。
「すいません」
「はい、ご注文を……って空閑? それに綾地さんも」
「こんにちは、仮屋さん」
丁度コーヒーを切らしたというのもあり、俺は店の奥から着替えて出てきた仮屋を呼びつけると、あちらも驚いたような顔をこちらに見せた。まあ、よもやクラスメイトがこんな時間にこんな所にいるとは思うまい。
「何何? デート?」
「まあそんなもんだ。今日は碌に部活もできなさそうだったし、それならいっそのこと……ってな感じでね」
「あー……確かに凄かったもんね。海道がボヤいてたよ、羨ましいって」
本当のことを言うわけにもいかない──と言っても、半分はデート気分ではあるが──ので、今考えた理由を仮屋に伝えると、彼女は納得したような表情をした後にそんなことを言ってきた。
秀明のドラマー時代はライブハウス内ではそこそこ目をかけられていたと記憶していたが、過ぎたるは及ばざるが如しである。あんまり注目され過ぎるのも困りものなので、羨ましがられても正直困る。
「じゃあ、邪魔しちゃ悪いか」
「そうしてくれると助かる。あ、ブレンドをもう一杯お願い」
「あっ、私も同じものを」
「かしこまりました」
そう言って、流れるような動作で気を遣ってくれた仮屋がテーブルから離れていく。仕事には慣れているようで何よりだ。
「……」
「寧々? 仮屋がどうかした?」
「あっ、いえ、その……前に話した魔女の活動について、天都君は覚えていますか?」
ボーッと去っていく仮屋を眺める寧々に声をかけると、気を取り直した寧々はそんな話を俺に振ってきた。
「えっと、魔力を集めるために人の感情の余剰分を回収してるんだっけ?」
「はい、それで合っています」
聞かされた話を思い返しながら口にすると寧々は満足気に頷く。
「それで、今仮屋さんを見てみたんですけど、彼女から心の欠片が回収できそうなんです」
「あぁ、じゃあ実際にその様子を俺に?」
「はい、その、は、恥ずかしいですけど、そういうことです」
察し良く話を進めていると、突然寧々が顔を赤らめながらそう口にした。魔女の活動が恥ずかしいとはどういうことだろうか。
「さて、今日はそろそろ上がっていいよ」
「えっ、でもまだ時間が……」
作戦会議と雑談をすることで余暇を過ごし、時はあっという間に夜の帳が降りる時間。今はもう俺たち以外に客がいなくなったので、相馬さんが仮屋にバイトを上がっていいと声をかけているところだ。
それに対して、仮屋は誠実な性格なのもあってそれを気にしているようであったが、相馬さんの巧みな話術によって納得させられて、今まさに更衣室のある店の奥の扉を潜っていく。
「今日が給料日だから、回収のタイミングとしては今が最良か……。分かった、それじゃあ頼んだよ寧々」
「は、はい、頑張ります……」
それを見てから俺たちも席を立ち、カウンターの方まで移動してから相馬さんに先程詰めた話を説明すると、彼女は少し考えた後にその提案を受け入れた。いよいよ、魔女の活動が見られるようだ。
「そ、その、あまり、じろじろ見ないでくださいね……?」
仮屋が戻ってくる前に準備をするらしく、寧々は俺たちから少し離れた位置に立つと、俺にそんなことを言ってきた。話し合いの時も言っていたが、そんなに恥ずかしいことをしないといけないとは魔女も大変である。
「はぁ……ふぅ……それでは、いきます」
二度深呼吸をして覚悟を決めたのか、寧々の瞳に決意の色が宿る。そんなことを思っていると、突然彼女の身体が光り輝き出し、俺は思わず目を瞑った。
そして、その光が収束して目を開けるとそこには……。
「It's amazing……」
「う、うぅぅぅ……!」
魔女……いや、痴女の姿があった。
つばの広い大きなウィッチハット。これはいいだろう。寧ろ定番だ。リボンもあしらってあり、非常に可愛らしい。
次に黒のマント。これも問題ない。妖しさを演出するのに一助を担っていて、欠かせない一要素となっている。
しかし、それ以外はほぼほぼ裸であった。大問題である。
全身に巻かれた細いピンクのリボン……ベルト? それは乳首や陰唇を隠すためだけにしか用意されていないのかというほど隠す面積が少なく、そのせいでほとんど双丘の形が丸分かりになっていた。
赤と黒のグラデーションになっているアームカバーの留め具としても機能しているようだが、そこよりもまず先に隠すべき場所があるだろうと言わざるを得ない。あれでは歩いただけで乳首がはみ出るのではなかろうか。身体のラインも丸見えで、もはや衣服としては機能していない。
次に超絶ミニスカート。こちらもやる気があるのかと言いたくなるような布面積しかなく、こちらは何もしなくても局部もお尻の南半球が見えてしまっている。下着も履いておらず、リボンで隠しているだけなのもあって、ヤる気ではなくやる気を出して欲しいという感情しか生まれてこない。切実に。
最後に片方だけの縞ニーソ……はもういいや、何だか疲れてしまった。やめやめ! やめにしまーす!
「ちっ、ちが、違うんです! 私が好んで着ている訳では無いんです!」
呆れるような何とも言えない顔をしていたせいか、寧々は必死に自分の格好に関する弁解をし始めた。
曰く、契約時に付与される代償と同様に、魔女態の衣装もランダムで決まってしまうらしい。二回目であるが、難儀なものである。
……とは言っているが、実際の所はどうなのだろうか。実は心の在り方を具現化したものである線も捨てられなさそうだと、俺は寧々と二人きりの時の彼女の様子を思い返しながら考えるのであった。詳細は省くが寧々はドエロいのである。
「うぅぅぅ……代償といい魔女服といい、何で私ばっかりこんな目に……」
「寧々、そろそろ」
「分かってますよぅ……」
ぶつぶつと呪詛を唱え始めた寧々であったが、相馬さんの声掛けでとぼとぼと店の端の方へと移動していった。後でフォローはしておこう。
「あれ、あんな無造作に立ってて大丈夫なんですか?」
「ん? あぁ、魔女の姿は魔女同士、或いは魔女を知っていて、かつ、そこに魔女がいることを認識している人間にしか見ることが出来ないんだ」
ふと思い立った心配事について俺が相馬さんに尋ねると、彼女は淡々と魔女について説明してくれる。流石に友人にあのドスケベ衣装を見られたら二度と立ち直れなくなりそうだなと思っていたが、そういうことなら心配はないか。
「着替え終わりましたー」
「うん、今日もお疲れ様」
そんなやり取りをしていると、仮屋が店の奥から制服姿で戻ってきて、相馬さんと話を始めた。
給料やら何やらの話をしているのを聞き流しつつ、俺は目線を寧々の方へと向ける。これだけ側にいるのに仮屋が何の言及もしないのを見ると、本当にあの姿の寧々は見えていないようだ。
そして、ボーッと両者を視界に収めて黙っていると、突然場の空気が変質した。目に映るのは自身が想像していたよりも多い給金を貰って喜びを露わにする仮屋の姿と、彼女に対して銀色の銃を構えた寧々の姿だ。
声に出すわけにもいかなかったので、視線だけで何をするつもりかと問うてみると、寧々の瞳は自分を信じてくださいと語ってくる。思うことが無いわけではなかったが、それは飲み込んで次の行動を待っていると、銃口から発射された光の弾丸が仮屋の背中に吸い込まれて、弾けるような音とともに光が炸裂した。
「おっと」
その直後に仮屋が膝から崩れ落ちて、それを相馬さんが支える。そして、最後に弾けた羽状の光が寧々が身につけている小瓶の中に吸い込まれたかと思うと、一連の行動が終わったようで寧々が制服姿に戻った。
「仮屋は大丈夫なんですか?」
「心配することは無いよ。削れた感情の辻褄を合わせるために少し眠っているだけだ。五分もすれば目覚めるだろう」
相馬さんの言葉にホッと安堵の息を吐く。まさか気絶するとは思っていなかったので驚いた。
「それで、今出てきた羽のようなものが?」
「はい、あれが心の欠片です」
寧々の言葉を聞きながら、先ほど見た神秘的な光景を思い出す。あれが心の欠片……。
「さて、それじゃあ彼女を帰したらいよいよ本題だ」
そっと寝かせた仮屋を見ながら相馬さんがそう口にする。はてさて、長い夜となるかどうなるか……。
魔女の設定に微妙に手が加わってたりしますん。