※この作品はR-18です。

神戯姦濫   作:水晶水

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 ご都合主義だっつってんだろ!


G.ずっと側にいて

「そうだね……私たちのことはある程度聞いてると思うから、まずは君について聞こうかな?」

 

 コトリとソーサーが木製のカウンターに置かれる音を鳴らして、相馬さんは俺に向かってそう口にした。来た時にも似たようなことを言っていたが、あちらからすると俺という存在は寧々からの伝聞のイメージしかないのだし、これは別段気にする所ではない。

 というか本当にどうしようか。二重の意味で、俺が人ではないことは特に隠す必要もないような気がしてきている。ずっと隠しているのも寧々に不誠実な気もするし、いっそのことここで打ち明けてしまおうか。

 

「そう、ですね……相馬さん」

「うん?」

「相馬さんは俺の内側を見てどう思いました?」

「っ! 気づいていたのか……」

 

 俺の質問を受けて相馬さんは驚いたような顔をする。まあ、まさか聞かれていたとは思うまい。

 

「ふむ、そうだな……正直に言うと奇妙に感じたかな。人というよりも、人と何かが混ざり合ったような……」

「えっ、七緒、それはどういう……」

 

 相馬さんの語る所感に寧々も驚いたような表情を見せる。いきなりそんなことを聞かされたらそうなるだろう。

 しかし、相馬さんには結構なところまで見抜かれているようであった。これなら今黙っておいても後から寧々の方に伝わりそうである。そうなって変に仲をこじらせることになるよりは、やはり今種明かしをするのが上策か。

 

「色々見抜かれてるみたいですし、全部お話ししましょうか。俺の身の上のことを」

 

 覚悟……と言うほどのものではないが、決心した俺は椅子から立ち上がりながら二人から距離を取る。そして、自分の在り方を変えて第十一天(Eleventh Heaven)としての自分を表出させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽器に転生した元人間、か……」

「まあ、ざっくりと言えばそういうことになりますね」

 

 昨日のライブの時のように雰囲気を変えた天都君から語られたことは驚きの連続でした。一度に語られて色々と感情が錯綜しているせいで、今はとにかくそうと思うことしかできません。

 一度死を迎えてから神様の下で修業を経て、再び現世に戻ってきたこと。その際に魂に手を加えられて人型の楽器に在り方を変質させられたこと。荒唐無稽と一蹴されてもおかしくはないと天都君は言っていましたが、他ならぬ恋人の言葉であることと、彼の語る時の雰囲気もあって、私と七緒はその話を信じざるを得ませんでした。

 

「で、でも、天都君は天都君ですよね?」

「うん、色々弄られはしたけど、自分の形を失ったわけじゃないからね。そこは心配しなくていい」

 

 その言葉を聞けて、私はホッと安堵の息を大きく吐きます。そうであるなら私としては何の心配もありません。

 

「質問がないなら、一先ず伝えておくべきことはこれでお終いですが……」

「あぁ、ありがとう空閑君」

 

 初めは天都君に怪訝な目を向けていた七緒も納得したようで、今は居心地の悪いような雰囲気もすっかりなくなっています。

 

「……寧々、やっぱり空閑君には話しておくべきだと思うよ」

「っ!」

 

 暫しの沈黙が流れた後、七緒は真っすぐ私の目を見ながらそう口にします。そのことに思わず私が声を詰まらせたのを見て、天都君は不思議そうな顔をしていました。

 七緒の言う話しておくべきこととは、私が叶えようとしている願いのこと、そしてその願いが叶ったらどうなるのかということです。

 分かっています、分かってはいるんです。それがいつまでも黙っていられることではなく、いつか絶対に打ち明けなければならないことであることは。今のような幸せな状況がいつまでも続くものではないことは。

 

「魔女のことでまだ何かあるんですか?」

「魔女のこと……というよりは、寧々個人に関する……」

「な、七緒!」

 

 改めて突き付けられた現実に逡巡している内に話が進みそうになって、私は反射的に七緒に静止をかけてしまいました。そうしたことで驚いた表情の天都君と目が合ってしまい、どうしていいか分からずに目を逸らしてしまいます。

 

「わかっ、分かってます、分かってるんです……。で、でも、うぅぅ……」

「寧々……」

 

 整理が追い付かないままの頭では何と口にしていいか、考えがまるで浮かんでこなくて、何か言おうとしても、それで現状の幸せさえも壊れてしまう気がして、言葉は尻すぼみに消えていっていきました。

 

「言い辛いことなら決心がついてからでも大丈夫だよ」

「天都、君……」

 

 そんな私に、天都君は優しく両手を包み込みながら優しい言葉をかけてくれました。いつも通りの優しい天都君を見ていると、現実に訪れる未来と理想の未来が頭の中でごちゃごちゃに混ざり合って、上手く言葉を出すことができません。

 

「寧々、後悔だけは、しないでね……?」

「……」

 

 静かな空間で吐き出された七緒の悲痛な想いを込めた言葉に、私は黙って頷くしかできませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 行きの楽しかった雰囲気と比べて、帰りの雰囲気は酷く沈み込んだ暗いものであった。どちらも寧々と並んで歩いているというのに、今はその間に広がる沈黙がただただ重い。

 時間も遅いということで今日のところは帰路につくことになった俺たちであるが、俺の頭の中では出る直前の二人の遣り取りがリフレインしていた。きっと寧々も同じことを考えているであろう。

 寧々個人のことで俺に伝えておかねばならない何か。あの場で出てきた話題ということは、恐らく魔女であることも関わっているのであろうが、如何せん情報が少ない以上推測することも難しい。となれば、寧々が話してくれるのを待つしかないのだが、今の彼女の辛そうな表情を見ていると、それを急かすのは酷であることは考えずとも分かってしまう。

 

「言えるようになるまで待つから、焦らなくていいよ」

「っ……!」

 

 励ます様に言葉を紡ぎながら寧々と手を繋ぐと、彼女は言葉を発しようとして、でもそれができずに喉を詰まらせた。多分本人も重大なことであるのは分かっているのだろう。強く握り返してくる手と、俯いて表情を窺えなくなった様子を見ればそれは明白だ。

 

「あ、の……天都君……」

 

 震える声で話しかけてくる寧々に立ち止まって向かい合い、敢えて返事をせずに続きを促す。見えた瞳には迷いと決意が混在していた。

 

「話します、さっき七緒が言っていたこと……」

「大丈夫? 今日じゃなくてもいいんだよ?」

「は、い……今、今言えなかったら、一生言えない気がして……聞いて、くれますか……?」

 

 無理はしないでいいという言葉を振り切って、寧々は俺の瞳を真っすぐ見つめてそう口にした。どうやら本気であるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まず、私の身の上の話を聞いて欲しいんです」

 

 先日と同様に天都君のお家にお邪魔して、淹れてもらった紅茶から立ち上る湯気に視線を落としながら、私は私の願いを語る上で欠かすことのできない出来事をゆっくりと語り始めました。

 

「私の両親……私が小さい頃に離婚しちゃったんです。記憶の中では、気づいたらいつも喧嘩ばかりしてて、その、私のために先延ばしにしてくれていたんでしょうけど、結局離婚しちゃって、それから私は父と、継母と一緒にこの街に来ました」

 

 突然の切り出しに天都君が小さく驚く気配を感じましたが、彼は握ってくれている手に少しだけ力を込めて無言で続きを促します。今はそれが私の背中を押してくれて、つっかえそうな喉から力が抜けていくような気がしました。

 

「それで、私の子供じみた我が侭のせいで継母には酷いことを、その、母と認めることができずに、無理を言って一人暮らしを始めて……その頃に七緒と出会ったんです」

 

 それがだいたい中学の初めの頃の話。心の奥底にこびりついた悩みを七緒に見抜かれて、夢魔(アルプ)と魔女について教えられた私は、それに縋るような形で契約を結びました。

 

「はぁ、はぁ、ぁっ……」

「寧々、落ち着いて。大丈夫、大丈夫……」

 

 核心に迫るにつれて緊張で喉が乾いて貼り付いていって、呼吸も浅く速くなっていく中、天都君は私を抱き寄せて落ち着けてくれようとします。差し出してくれた紅茶にも手を付けて、それで何とか気を取り直して、いよいよ伝えなければならない部分を私は口にします。

 

「……その時に私は願いました。『両親の離婚を無かったことにして人生をやり直したい』と……。そして、その願いは私がこの時空から消えて、両親が離婚しない時空にタイムリープすることで叶えられることになるんです」

 

 そう言い切った瞬間、私の耳は天都君が息を呑む音を捉えて、喉奥が強張って声が出なくなりそうになりますが、まだ伝えることは残っています。

 

「だ、から、あの、天都君に会うまでは、あまり人と深く関わらないように生きてきました……。ど、どうせ無かったことになる繋がりなら、作らない方が心の柵も無くて済むかなって思って……」

 

 消え入りそうな声でも、包み込まれる両手の温もりを頼りに私は言葉を紡ぎ続けます。進むにせよ止まるにせよ、これはちゃんと最後まで伝えなければなりません。

 

「天都君に一目惚れして、毎日他愛もない話で盛り上がるのが楽しくて、触れ合いたくなったことも友達以上のことをしたくなったことも一度や二度じゃなくて、あ、天都君と恋人になれたらどんなにいいだろうかって、でも、そういう衝動に任せた想いは、両親の離婚みたいに擦れ違って破綻してしまうんじゃないかって怖くて、それに、遠くない未来にそれも意味が無くなっちゃうなら、この想いは胸に秘めたままの方が良くて、で、でも、それでも湧き上がってくる天都君への気持ちが溢れて止まらなくて、私、わ、たし……!」

 

 話していくうちに頭が真っ白になっていって、天都君に出会って在り方を変えられた日のことが私の口からとめどなく溢れていって、何を言いたいのかもだんだんぐちゃぐちゃになっていき、その胸から込み上げる焦燥感が涙になって溢れ出していきます。

 

「自分がどうなってしまうかも忘れて、思い出さないようにして、天都君と過ごす日々に幸せを感じていました……! 出会った頃から毎日夢に見るぐらいあなたのことが好きで……! それに、ずっと、ずっと隠し続けていた想いを天都君に受け入れてもらえて、それが生きてきた中で何よりも嬉しくて……! でも、でも、この関係に未来がないなら、天都君と幸せになった記憶が、思い出が……! わ、わた、し……もう、前に進めない……!」

 

 ボロボロと涙を零し続けながら自分のことを伝えきって、そのせいで改めてドン詰まりの状況に自分が置かれていることに気付いてしまって、どうしていいかも分からず、天都君に縋りついて私は泣き続けました。

 今の幸せな生活が、見ないふりをしていた未来の私を殺そうとしているんです。重い代償がある以上願いを叶えない訳にもいかなくて、でも、願いを叶えた私が、私のことを覚えていない天都君に出会うことに尋常ではない不安を覚えています。最悪の場合、時空を越えた後の世界では天都君という存在がいないかもしれないんです。そうなったら、私の心は間違いなく壊れてしまうでしょう。

 泣き続ける私を、天都君は何も言わずに抱きしめて撫でてくれました。でも、いつもは跳び上がるほど嬉しいはずの行為なのに、私の心は今、酷く痛みを感じています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ、く……ひぐっ……!」

 

 あまりにも、あまりにも重い事実に俺は寧々に何も声をかけることをせず、ただただ涙を流す彼女を抱きしめていた。その頭が動揺でいっぱいなのかと言われると、その実、俺の思考は冷静そのものであった。冴え渡っていると言い換えてもいい。

 寧々が口にした自身の願い。それは凡そ今の彼女が一人で抱えていられる問題ではないと思う。それは紛れもない事実だろう。現に寧々は自身の置かれた状況に酷く怯えてしまっている。

 説明を受けた時に聞いたことだが、魔女の願いは契約した瞬間に魂と強く結びつかれるもので、一度契約してしまえば、契約者がそれを完遂するまでその内容を変えることはできないものだと言う。故に今寧々は酷く苦しんでいるわけだ。

 が、しかし、しかしである。契約(魂)に干渉できないのはあくまで魔女と夢魔(アルプ)にその能力が備わっていないからであり、それは魔女でも夢魔(アルプ)でも、ましてや人でもない俺には関係のない話だ。魂に干渉する能力を持っている楽器である俺ならば、掟破りで常識外れな手法で解決できるのではなかろうか。

 その考えを前提にしてみれば、自ずと神様(師匠)が俺を楽器に作り替えた理由も見えてくる。メタ的で悪いが、惚れた女を笑顔にするためならば、神様方(視聴者たち)の罵詈雑言も甘んじて受け入れよう。尤も、こちらに干渉できるのは神様(師匠)だけなので実際にその声を聞くことはできないのであるが。

 

──私が君に施す総ては、君が下界で成すことに必要なことだよ。無駄なものも余分なものも何一つとして存在しない。

 

 そんな俺の脳裏に、神様(師匠)が修練中の俺に言った言の葉が過ぎった。

 一人で生きていくためだけを考えるのであれば、正直な所、第十一天(Eleventh Heaven)の力は過剰の一言に尽きる。それは俺が現時点で既に一生遊んで暮らせるだけのお金を稼いでいることを考えれば分かることだ。

 本当に生きていくだけであるならば、楽器職人の力だけでも十分である。俺を第十一天(Eleventh Heaven)として仕上げてから下界に行かせたことは、師匠の言葉からすると他に理由が無ければおかしいのだ。

 神様(師匠)の思考のメタを張っていき、俺がすべき行動を読んでいくと、俺は何処かで魂に干渉する力を十全に発揮しなければならない時が来るということになる。「必要」であるということは、「絶対に使わなければならない」ことを指し示すので、この力を使わなければどうにもならない状況、つまり今のことを予想していたということであろう。

 であれば、俺がするべきことは一つである。

 

「寧々、少しだけ聞いてもいい?」

 

 沈黙を守っていた俺から発せられる声を聞いて、寧々は泣き腫らした顔を俺へと向ける。その顔色は不安と絶望に濡れていた。

 

「寧々はさ、俺のこと……好き?」

「好き、です……! ぐすっ、愛、してます……!」

 

 泣きじゃくりながら、寧々は俺へと愛を紡ぐ。失う怖さを突きつけられながらも、彼女はハッキリそう言い切った。

 

「今、寧々が俺と離れることで楽になるとしたら……寧々はどうする?」

「っ……! い、や……嫌……! 離れたくない……! ずっと一緒にいて……!」

 

 俺の試すような問いに、寧々は心が壊れそうになりながらもそう決断した。彼女の想いは紛うことなき真なる愛である。

 

「寧々、俺は世界を越えても寧々と一緒にいるから、もう怖がる必要は無いよ」

「で、でも、魔女の願いは……」

「俺がそれもどうにかするから。寧々、信じてくれる?」

「う、あぁ、ぁぁぁあぁぁっ……!」

 

 寧々の大粒の涙が俺の肩を濡らす。不安も絶望も、全部ここで流していこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天都君……信じてますよ……」

 

 寧々が涙も枯れるほど激情を流しに流して泣き疲れた後、私は彼女を寝室へと運んでいた。へとへとになって半分瞼が落ちている寧々が、一緒にベッドに入った私にピッタリ寄り添うように身体を寄せながら、安心しきった表情でそう口にする。

 そして、私は半身を少しだけ腕で浮かせながら、もう一方の手で寧々が安眠できるように一定のリズムで彼女の頭を撫でていた。全体像で捉えると、それは子守唄を聴かせる母親のような様相に見えるだろう。

 そう、今から奏でるのは干渉波を伴う子守唄だ。一番意識が無防備な瞬間、つまり、魂に干渉しやすい瞬間を狙い定めて、寧々の願いを書き換えるのが今から私がすること。丸っきり違うものにするのであれば難しいであろうが、今ある願いに新しく書き加えるだけであれば、幾分かは容易に事を運べることだろう。

 

 深呼吸をして、姿を変えてから、私はゆっくりと唄を紡ぎ始めた。それは大いなる星の下で出逢い、永遠を祝福された恋人たちの唄だ。それは寧々が望む未来を掴み取るための福音でもある。

 寧々の魂を覗き見て、形を崩さないように書き換えるという、多大な集中力を要する唄であったが、どういう想いを干渉波に乗せて歌えば上手くいくのかが手に取るように理解できた。示された道を往く様に、私はそのメロディーラインを真っすぐに進み続ける。

 歌いながら眼下の寧々を見ると、彼女は先程までとは打って変わって、母親に甘えてくる子供のように幸せそうな表情をしていた。それは抱えていた未来への不安も絶望も感じさせない安寧そのものである。

 唄が終局に向かうにつれて、寧々の瞼はゆっくりと閉じていく。そして、唄が終わるのに合わせるようにして、彼女は静かに寝息を立て始めた。

 

「Stay with me forever. Good night my angel」

 

 この上なく安らかな寝顔の寧々の額に、私はそっと口づけを落とす。願いの書き換えは今ここに果たされた。




 子供であることを引き摺り続けている彼女にようやく訪れる眠り(終わり)。次に目覚めた彼女はきっと大人になっていることであろう。
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