最近、銀子が八一に負けることが目に見えて増えてきた。
史上最年少で小学生名人となり、その副賞で無試験で奨励会員になった八一は、今までより高い次元で将棋を指しているからなのか、棋力もぐんと上がっている。
一方で銀子は、虚弱な身体のせいで今年の夏もあまり道場に行けていない。歩かせると、到着するまで体力を大きく減らしてしまうからだ。
八一には常に、時には師匠である鋼介にも傍若無人な態度を取る銀子だったが、道場に通う日を制限されても何も言わなかった。賢い彼女はタクシーの運賃が家計の負担になるのを察していたのだろう。
鋼介も出来るだけ丁寧に指導をしていたが、奨励会で揉まれている八一との差は開くばかりだ。
今日も励会日である八一は関西将棋会館へ行っている。桂香も出掛けており、家には鋼介と銀子だけだ。
二人は将棋盤を挟んで俯き合っている盤面は昨日の銀子と八一の対局、の勝負手の場面だった。
「これが悪かったな」
鋼介が相手側、銀子の駒を動かして咎める。一見すると無難な手に思えたが、そこから十数手先に詰みが合った。要するに自滅で彼女の詰んでしまったのだ。
感想戦でもう知っている様子の銀子だったが、静かに正座をして聞いている。膝に乗せた拳をスカートを巻き込み強く握っていた。
「ねえ、師匠。そろそろ道場に歩いて行ってもいい?」
脈絡の無い質問に思えたが鋼介は特に気にしなかった。
「せやな。涼しくなってきたし、ええやろ」
季節は九月の中旬。日差しはまだ強いが、気温は落ち着いてきている。
顔を上げた銀子は、ようやくの許可に喜ぶというより安堵した顔を見せる。
「なんやほっとした顔しとるけど、どうしたんや?」
「……別に」
質問してみたが、鋼介には銀子の表情の理由がおおよそ理解出来た。
八一の半分しか道場に行けていないということは対局数も単純に考えると半分になる。鋼介が都合を合わせられない以上、銀子は一人研究をするしかなく、八一と比べると対局の経験値に差が出来てしまっていた。それを彼女は焦っているのだ。
言いにくいが、元からの才能も八一の分がある。二つの要因が重なた結果として、銀子が勝負に負けるのも仕方のないことだった。
「師匠」
「ん?」
「八一に勝ちたい」
「ほう」
珍しい。銀子は将棋が強くなることに貪欲だが、特定の相手に戦意を向けるのは少ない。あえて言うならば全方位に戦意を向けていた。
一番身近なライバルである八一の伸びている棋力に、自分の力が及ばなくなってなってきているのを実感する場面も増えてきているのだろう。
しかし、気掛かりなのは最近の彼女の八一への負け方だった。途中で勝負を諦めてしまっているきらいがあるのだ。本人に自覚はない様子だが、対局の途中で肩の力が抜けてしまっている場面があった。 これが本格的に癖になってしまうとプロの世界では致命的だ。それどころかプロを名乗ることすら出来ないかもしれない。
「銀子、最近の八一をどう思う?」
「調子に乗ってる」
「調子が良い」ではなく、「調子に乗ってる」。
銀子が不機嫌そうに口にした言葉に鋼介は内心で苦笑いした。
八一本人は小学生名人になったからといって何の変化もない。奨励会という遊び場へ入る権利を得たことで実力を大いに伸ばしている。
「でも強くなった」
銀子も八一が急速に力を付けていることを理解している。だから嫉妬がてらに「調子に乗ってる」なんて言い方をしたのだ。
(気持ちの問題やからなぁ〕
棋力的には八一が大きくリードしているわけではない。確かに八一の伸びかたは早いが、それだけでは、これほど負けが込むとは思えない。ただ、鋼介には銀子の負け方に覚えがあった。他ならぬ自分である。
「銀子、最近の八一の将棋はどうや?」
「どうって?」
「やりにくいとか、押し負けるとか、とにかく感じたことで構わんから何かないか」
負け込むようになってから初めて八一の思考と向き合ったのか、しばらく俯いて考えていた銀子は顔を上げると眉をひそめた。
「……気持ち悪い」
「気持ち悪い?」
これはまた苦手意識そのものな答えが返ってきた。鋼介は銀子の思考を解き解すように言葉を促す。
「毎回毎回別の戦法を使ってくるから遊ばれてるみたいで気持ち悪い。……勝てないし」
「勝てないし」の前に「それでも」と小さな声が入っていたのを鋼介はかろうじて聞き逃さなかった。
八一なりに研究をして披露しているのだろうが、これまで一緒にやってきた相手にいきなり自分の知らない将棋を見せられた銀子は対抗策を立てきる前にやられているのだろう。奨励会ならば相手を出し抜くように世間の流行りから外れた戦型が猛威を奮っていても不思議はない。そして、それを八一が取り入れることも。
その得体の知れなさがプレッシャーになっているらしく、それが弱気の原因のようだ。
「うーん」
まずは精神的に負けているのを改善しないと八一に勝つのは厳しそうだ。だが、銀子にメンタルをコントロールさせるのは、いくら彼女が子供らしくない落ち着きを持っているとはいえ無理がある。
「何や?」
思案していると、音もなく銀子がすり寄って着物の袖を引いた。目を閉じて首を反らしていたせいでちっとも気付かなかった。
鋼介が見下ろすと、銀子も視線を下げて鋼介の股座を見た。
銀子の細腕がするすると伸びる。帯下の合わせを割ってトランクスに手を当てると、慣れた手付きでゴムを伸ばした。
「いやいや、そんなつもりはないぞ」
これは正直な気持ちだ。なんだかんだしながらも鋼介の中には指導中には手を出さないという自誓があった。師匠として指導にかこつけるのは銀子の向上心を萎えさせるのではないかと危惧していたからだ。
「じゃあ、勝ちかた教えて」
普段なら絶対口にしない、安直な勝利の教示を求むる声。それを咎めるのが師匠としてのあるべき姿なのは理解しつつも、差が開くのを解っていながら道場に行く日を制限した本人としては強く出れなかった。
トランクスから手を放した銀子は背中を丸めて正座している。鋼介の心意など知らない彼女は、拒否されたことに戸惑いを見せていた。
「だって……」
さんざん性的な要求されたことで、性的な奉仕をすれば見返りがあることを銀子は学習したようだ。再度手を伸ばす素振りを見せたが、鋼介に止められる。
「数をこなして慣れるしかない。っていうより、口で説明しただけでものに出来るか?」
銀子が首を横に振る。
「とりあえず気持ちやな。形勢が悪なっても最後まで諦めない心を鍛えんと」
「そんなの持ってるっ!」
裂けるような声で銀子が叫んだ。
鋼介はなだめるように銀子の頭を撫でる。
「八一以外ならな」
衰える自分はいつか越えられていく。だから鋼介は八一の名前だけを口にした。
銀子は鋼介の言葉を聞いて不服そうにしたが、頭の片隅に置かれた図星を射抜かれたらしく、言い返せないでいる。泣き崩れたいのを耐えるようにいつも以上に固い表情をしていた。
「八一に、勝ちたい」
涙声で訴える姿は立派だが、そのためには横着せずに地力を磨くしかない。今回は気が逸って魔が差したというところだろう。鋼介はそう信じている。
しかし、目の前の問題は八一に苦手意識を持ってしまった銀子だ。さて、どうしたものか。
「せや」
鋼介の中に妙案が浮かぶ。
そそくさと将棋道具を片付け銀子と向き合う。
「銀子、お前が八一より勝ってるところがあるぞ」
「どこ?」
「これや」
鋼介が膝立ちでトランクスを下ろすとふにゃふにゃの逸物が現れる。いきり勃ったモノを何度も見ている銀子は動じた様子はない。ただ、一度拒まれたことを鋼介自らがやっていることに憮然としていた。
「銀子が勝ってること。それは師匠汁を口にしていることや」
「師匠汁?」
怪訝そうな顔で銀子が尋ねる。
「疑っとるな。食べたもんが食った人の力になるんや。つまり、銀子より強いワシの汁を飲めば将棋が強くなる。かもしれん」
「なにそれ」
最後に付け加えた言葉に、期待して損したといった様子で銀子は呆れた。
「どんなことにも絶対っていうんはないからな。信じる信じないは自由や。でも、万が一でも飲むだけで強うなれたらラッキーやと思わんか」
「でも、さっきはたくさん差すしかないってさっき」
「そや。スポーツ選手やて食べるだけやなくてトレーニングもしてるやろ? ただ飲むだけやなくて、飲んでから将棋の訓練の効率を上げるんが目的やからな」
「効率……」
自分に言い聞かせるように銀子は口の中で呟く。
もちろん出任せである。せっかく銀子が自分から動いてくれているのを逃すことは出来ない。将棋道具がなければ自誓の範囲外だ。
銀子は逸物を一瞥すると四つん這いになり、右手で掴んだ。逸物が握力に負けて形を変える。
今まで固くなった逸物しか触ったことのなかった銀子は、充血していない海綿体を興味深そうに握っている。逸物の触り心地を確かめるように力の入れ具合を調節していた。
柔らかい手のひらの感触に逸物が勃起する。馴染みのある形ではあっても、指で輪を作れたサイズから自分の手首サイズに変わった逸物に、銀子は躊躇している様子だった。
しかし、それならば扱いを心得ていると言わんばかりに、銀子は口を大袈裟に開いて逸物を咥えた。肉竿を舐め回し、熱の籠る口内で蒸していく。唾液が過剰に生産されているのが判る。それでも銀子が止める様子はなかった。
久しぶりの口淫に鋼介はすぐに達してしまう。
「一発目ッ」
鋼介は銀子の頭を掴み、股ぐらに顔を押し付ける。銀子も足の付け根に手を突いて喉に逸物を当たるのを避けた。
逸物の中を競り上がる感覚があった直後、銀子の頭が後ろに震える。一度きりの動きで、その後は意識があるのか疑うほどに動かなかった。
陰毛に鼻息が掛かってくる。
肉竿を撫でる口内が波打つ。顎を閉じようとして逸物に歯が当たる。
銀子は喉を鳴らして精液を飲み下す。
「誰も一回だけなんて言うとらんぞ」
頭を上げようとした銀子を鋼介の手は放さなかった。
「もう一滴も出らん」
肩から落ちかける着物を糺した鋼介は、股ぐらに顔を埋めて動かない銀子の頬を叩く。
「おぅい、いつまで咥えとくつもりや?」
ぴくりと身体を震わせた銀子はのっそりとした動きで身体を上げる。逸物を口から抜くと唾液が糸を引く。それだけではなく銀子の顔のあった場所の畳には水溜まりが出来ていて、いくつかの小さなも水溜まりが合わさって出来たらしく、いびつ過ぎる楕円形をしていた。
さすがに五回も射精してしまうと虚脱感に座っていることすらも億劫になる。鋼介は後ろ手に畳に手を突き身体を支えたが、体内を巡る倦怠感に負けて仰向けになった。
銀子の口を満たしていた逸物は見る影もなく縮小している。昂っていた気分が過ぎ、今はただ逸物が過重労働を訴えて熱を出していた。
「おえっ」
クールな雰囲気に嗜虐心が抑えきれない。その整った顔を苦痛に歪ませたいという欲求が暴走してしまう。だが今回はさすがにやり過ぎた。逸物が咽頭を突き抜けて喉奥を犯して犯してしまった。吐かなかったのが不思議なくらいだ。
身体を起こした鋼介は、えづく銀子の背中をさすってなだめる。喉を押さえている手が上に伸びて、顎の関節が外れていないかを確認していた。
「大丈夫か?」
赤を通り越して顔を白くした銀子は咳が収まると、鋼介が片付けた将棋道具を用意する。そして、盤の上に駒が並べると幽鬼のゆうな顔で鋼介の指導を求めた。
「ただいまぁ」
「お帰り」
奨励会から帰った八一を珍しく鋼介が出迎える。普段ならその場から声を掛けるだけなので、靴を脱ごうとかまちに腰掛けた八一が腰を捻る。
「どうしたの?」
鋼介は顔を寄せて囁く。
「いやな、ちょっと銀子がピリピリして、お前の帰ってくるの待っとったんや。今から勝負したってくれるか?」
「ちょっと疲れてるけど、いいよ」
「すまんな。それと銀子に疲れてるの気付かれんようにな。手を抜かれたと思って余計ヘソ曲げるやろうから」
「わかった」
二人は居間に移動すると、こたつに入って真剣な顔で盤を睨む銀子が目に入る。
盤面は直前の鋼介との対局で銀子が迷った場面だった。正解を選んでいたが、勘に任せた一手に彼女は納得出来ないらしく、鋼介を巻き込んで深く思考していた。
八一の声に意識を浮上させた鋼介と違い、銀子は未だに思考の海を潜行しているようで、待ちに待った相手が帰ってきたというのに一向に気付く気配はない。
「あ、八一」
らしくない素直な声に、八一の身体から力が抜けるのが判った。
「ただいま、銀子ちゃん」
「そっちに座って」
目で対面を差す。礼を欠く態度だったが、傲岸不遜なのはいつものことなので八一が気にする様子はない。言われた通りに八一は銀子に相対すると駒を振った。
お互いに相手の頭を押さえるような将棋を差す。
奨励会での対局疲れているのか、八一自覚はない様子だが単純な力押しになっている。これならば銀子が本来の実力が出せれば勝てるだろう。
しかし、疲れているのは銀子も同じようで咎める手が精彩に欠けていた。それだけならば問題にする必要はないが、相手の見せかけのプレッシャーに将の守りを固めている。
「それなら、これはどうだ!!
合い駒の連続。しかし、仕掛けた八一には既に詰みまでの道筋が見えているらしく、大駒を切ることも厭わない。
必至ではないが劣勢に銀子の手が止まる。駒に触れる直前に有効な手なのか自問しているようだ。
銀子は鋼介を見る。助けを求めているような表情はなく、何か強い思いを秘めたような険しさが滲み出ている。
鋼介が自分の腹を撫でると、銀子も腹に手を当て、数時間前の出来事を思い出しているのか顎にもう片方の手を伸ばした。
それだけだったが、浮き足を地に着けるには効果があったらしく、仕切り直すように一呼吸した銀子の目に闘志が戻る。流れに任せて合い駒していた手が、しっかりと見極めて駒割を決めている。
元々が無理責めのきらいがあっただけに、形勢が逆転するのは実にあっさりしたものだった。久しぶりの攻勢に銀子の手が冴える。
守勢に回った八一が奪った駒で将の周りに壁を作る。
しかし、一人研究で本ばかりを相手にしていた銀子は、プロの理論の一端を吸収していて終盤に強くなっている。おそらくは序盤や中盤も力をつけているはずだが、今回は萎縮していて見ることは出来なかった。
「負けました」
「感想戦は後からにしよか。八一、夕飯前に風呂に入って来なさい」
必至を振り解こうとも粘った八一だったが、勝敗の気配が逆転して、それが決定的になると悔しさを隠すように平静すぎる態度で頭を下げた。
何かを言う前に 風呂に促して退室させた八一の座っていた場所に鋼介が腰を下ろす。
綱渡りの勝利だったのだろう。銀子は身体が机に寄り掛かって深く息を吐いた。まるで蒸気のように身体から闘志が抜ける。
「勝ったな」
「うん」
棋力にさして差がない二人なので、精神的に補強すれば、いずれまた銀子は勝ち出すだろうと思っていた。しかし、こんなに早く勝利してしまうとは予想外だった。
「師匠汁効果あったやろ?」
「うん」
銀子の表情が一気に曇る。
「でも、あんまりしたくない」
「したくない? ああ、イマラのことか。さすがに小二にやらせるんは厳しかったな。いつかの風呂場ん時みたいに自分で頭を動かしたほうが苦しくなかったかもな」
下着を着けずに学校へ行かせたりはたびたびやっていたが、口淫させたのは実に一年ぶりだった。
「もうしたくない」
「そしたら師匠汁飲まれんぞ」
「師匠が自分の手で出してくれたらいい」
「そりゃ、ワガママっていうもんや。飲ませてもらう立場なんやから、銀子もそれなりに協力せんと」
「じゃあ手でする」
固い決意が感じ取れる声に、鋼介は仕方なく妥協して首を縦に振った。