「それじゃ行くか」
電車から降りた鋼介ははぐれないように銀子と手を繋いだ。駅のホームはそこそこ混雑していて、改札には行列が出来ている。カップル、ファミリー、ツアー、外国人観光客。人混みのグループは様々で、ここが有名な観光地だということを物語っている。
空くのを待ち、改札を抜けて外に出た鋼介は、昼食を取るために近くのレストランに入った。
内装の年季がレストランの風格に花を添える。数個のシャンデリアしかなかったが、良く艶の出ている壁板のお陰で暗く感じない。レンガ作りの建物に無理なく切り抜かれた窓から光を取り込んでいることもそれを助けた。
コートを椅子に掛けてテーブルに着いた鋼介はメニューを開くと、料理の値段にしまったと内心で膝を打つ。
良く通る道にあったレストランで油断していた。どの料理も普段食べているものよりも倍近くする値段で、品によっては五倍に迫るものもあった。
富裕層をメインターゲットにしているらしく、店内にいる客はどことなく気品がある。仕事用のスーツのおっさんと、防寒最優先で洒落っ気のない少女ははっきり言って浮いていた。
しかし、普段なら候補にも入れない高級店に来たのだから、そそくさと退散するのはもったいない。せっかくの機会なので何か食べよう。
開き直った鋼介はそう考えを改めて、メニューに目を通す。
丸テーブルの対面に座る銀子は静かにウェイトレスが運んできたお冷やを眺めている。店の雰囲気をごく自然に受け入れているようだ。
「銀子は何にする?」
「これ」
メニューを差し出して尋ねると、銀子はビーフシチューを指す。
「ビーフシチューを2つ」
教育の行き届いた畏まった態度で注文を受けたウェイトレスがバックヤードに入ったのと同時に、鋼介は肩の力を抜いた。
「緊張するな」
「別に」
鋼介は内緒話をするように、口に手を添えて銀子に話し掛ける。が、素っ気ない答えが帰ってくる。
「今日は、どこに行くの?」
今日の目的地を知らない銀子は、当たり前の疑問を口にする。昨日突然出掛けることを聞かされたのだ。
「お世話になってる人んところや。先週、八一を連れて行った時にな、話の流れで銀子にも会ってみたい言われてしもうてな」
「ふうん」
銀子は興味を失ったような相槌を打つが、八一のおまけのような扱いに不満をもっているのは明らかだ。不機嫌オーラが身体から漂っている。
「っ!」
銀子があえぐように口を動かし、股の間に手を入れる。数秒の硬直の後、前のめりに姿勢を改めた。
「いくら知り合いがいないからって、辺り構わずそんな殺気立ったらいかん」
鋼介はポケットから出したリモコンをテーブルの上に置いた。手で覆い隠しているので他人に見つかる心配はない。
銀子の膣内には以前プレゼントしたローターが入っている。滅多にない二人だけでの遠出は絶好の機会だ。
ローターで銀子を弄んでいると料理が運ばれてくる。ツヤのあるスープの中に大きめにカットされた野菜が浮かび、中心には厚切りの牛肉がメインとして堂々とした存在感を放つ。一緒に運ばれてきたバケットは自家製らしく、香ばしい匂いをさせていた。
鋼介はスープを掬って口に運ぶ。深みのある味わいと喉を通るまろやかさに、暫し言葉を失う。そして、やっと一言、
「旨い」
と、息を吐くよう呟いた。
銀子は行儀よく黙々と食べている。椅子の高さが足りずに苦労している様子だが、子供用の足長の椅子を使うのはプライドが許さないらしい。子供用椅子では収まりが悪い程度には身長があるので、その気持ちも解らなくはない。
「あっ」
ただ、より注意していないと、服にスープが溢れるのを防ぐ役目を持つナプキンが役割を果たせず、今みたいに褐色のシミが服に出来る。
鋼介は席を立ち、予備のナプキンで服に付いたスープを拭き取った。
抜けるような青空には雲の一かけらも無く、レストランを出た途端に寒風が吹き付ける。雑然とした香りの中に潮の香りが微かに混じる。
街を歩く人はもれなく厚着をしている。コートが手放せない季節に海水浴に挑戦するような物好きはそうそういない。観光資源が豊富なこの地ならなおさらだ。
通りにある洒落たアクセサリーショップは赤と緑をメインに店内を飾り付けていた。壁に貼られたポスターには、白いひげの老人が乗るそりをトナカイが引く絵がプリントされていて、街のあちこちがイルミネーションでデコレートされている。日が落ちて来れば、さぞ綺麗な景色が見られるだろう。
一月後のクリスマスに向けて街全体が一丸となって商魂を燃やしてるような感じだった。
流れに任せて鋼介は通りを歩く。その横を、銀子が先ほどよりもよりテンションを下げて着いてくる。
「そんな気落ちすな」
レストランでスープを溢したのは、長袖のワンピースだった。服のことは無頓着な銀子だったが、この服は例外だった。かなりの頻度で着ているのでかなりのお気に入りだったのだろう。
慰めの言葉も届いた様子はない。
白の生地に付いたスープが滲んだシミは、今はコートで隠れて見えない。その場で脱がせるわけにもいかず、結局は放置して目的地へ向かっている。
鋼介は帰宅を提案したが、シミを落とし切るのは不可能なことを解っているのか、銀子は諦めたように首を横に振った。
人の往来が少なくなる。商業施設の数が減り、代わりに住宅が多くなる。緩やかな坂を上った先の洋館のチャイムを鳴らした。
「清滝です」
「開いとるから勝手に入ってきてや」
家主から許可が出たので、鋼介は玄関のドアを開けた。付き合いも長く、お互い相手に遠慮するような仲でもない。性格もよく知っている。
だから、こういうイタズラを仕掛けてくることを事前に想定しておくべきだった。
「ねえ、師匠?」
「なんや」
「あれ、なに?」
「……大人の木馬や」
玄関ホールの中央で異彩を放つ物体を指差して銀子が尋ねる。鋼介は自分のことは棚に上げて、呆れながら答えた。
板を鋭角に張り合わせただけのシンプルな作りで、木製の首と頭が付いている、いわゆる三角木馬が玄関の中心に鎮座していた。
銀子が叩いて木馬を叩くと、中が空洞なのか低い音を立てた。銀子は鋼介を見上げて説明を求めるような顔をしている。自分の知っているのとは明らかに違う木馬に興味が沸いたのだろう。
鋼介は素知らぬ顔で足を進める。二人だけの時ならともかく、他人の目がある場所で、性的な言葉なしに説明出来る自信がない。ぽろっととんでもない爆弾を口にしそうな自分がいる。
「どこに座るの?」
木馬の天辺に手を置いた銀子が尋ねる。今、手のある場所が正にそれだが。
鋼介はコートを脱ぐと木馬に跨がった。角の位置は股の高さよりも僅かに高く、踵を上げる。逸物に体重が掛かるのを感じながら、鋼介は銀子に実践して見せる。
「師匠」
傍らに立つ銀子はいつの間にか左手に白い紙袋を抱えていた。どうやら、木馬が陰になって見落としていたらしい。
視点の低い銀子は最初から気付いていたようで、鋼介が木馬に足が向けた時には紙袋に手を掛けていた。
そして、右手には細長いムチが握られている。
「ムチ?」
「馬の尻を叩くやつみたいやな」
「馬……」
呟いた銀子は鋼介の尻を叩き始める。小さく手首のスナップだけで振るっているので痛くはないが、妙な性癖に目覚めそうだった。
銀子もどことなく面白がっていた。
「やめい」
ムチを掴んだ鋼介は、そのまま取り上げて、三角木馬からおりた。よく見ると、先端部分はゴム製で、全力で人に使っても、ミミズ腫れは出来ても、血が出ることは無さそうだ。
玄関の隅にムチを投げ置く。
「まだ袋の中に何かあるんか?」
「うん」
紙袋にから出てきたモノに鋼介は苦笑いしか出来なかった。
白い土台の上に、明る過ぎる紫の疑似肉竿が生えたディルドを銀子は呆然として眺める。見慣れた形ではあっても、玉袋や腿から独立して扱いやすいディルドは興味があるらしく、ぺたぺたとあちこち触っている。
「師匠、これ」
「おもちゃや。今、腹ん中に入ってるのと同じな」
鋼介を見上げていた銀子の視線がディルドに向き直った。そして、ディルドを下腹部に当てて再び鋼介に正否を尋ねるような視線を向ける。鋼介が頷くと、またディルドに視線を落とした。
ムチの横にディルドを放って、鋼介は家の奥に進む。天井の高い廊下を抜けて、いつも指導する時に使う部屋の扉を勢いよく開いた。
「鬼沢センセッ」
大きな窓で光を取り込む明るい部屋には、好好爺然とした男がアンティークな椅子に座っていた。
鬼沢 談。
大人の恋愛小説、官能小説の大家。
また愛棋家としても棋界に貢献している人物で、特に関西の棋界での影響は強い。 関西棋院に所属する人間として、鬼沢の要望は断り難く、今回も会いたいと言うので、棋院に所属していない銀子を連れて来たのだった。
「やっと来たか。遅かったやないか」
「玄関にあんなのを置いとかないで下さい!」
「ちょっと模様替えしたんや?」
「いつ?」
「今朝」
「確信犯か、コノヤロー!」
棋界のパトロンの一人であることを忘れたように鋼介は鬼沢に詰め寄る。
「まあ、ええやないか。ちょっとしたお茶目や。で、その子が銀子ちゃんかい?」
鬼沢は、適当に鋼介を宥めすかして、扉の前の銀子に目を向けた。肩透かしを食らって毒気を抜かれた鋼介は、手招きをして銀子を呼び寄せる。
「内弟子の空 銀子です。銀子、こっちは鬼沢 談 センセ言うて、ワシが昔から世話になってる人や」
「プロ?」
「センセ」という言葉に銀子の目が光る。値踏みするように鬼沢の顔を観察し、
「こんな人、いた?」
と、言葉を続けた。
「棋士のセンセやない。小説のセンセや」
「小説……」
銀子の目の色が変わる。将棋関係以外の本なんてほとんど読まない銀子も、生の小説家に興味津々といった様子だ。
「それで今日、銀子を呼んだ理由は?」
「え? 無いよ。あえて言うなら会ってみたかったからかな」
「そうですか」
事前に聞いていたとはいえ、本当に他意がないと答えられると気が抜ける。これなら断っても良かったかもしれないと思う反面、おかげで野外調教みたいなことが出来たので、あきれと感謝が半分半分だった。
「あと、ワシも青い実を食べてみたくてな」
鬼沢の口角がニヤリと上がり、怪しい笑みを作る。
「……何のことです?」
「とぼけんでもええよ。食べてるんやろ? 銀子ちゃん」
怪しさを通り越して喜色さえ浮かべて鬼沢は言葉を続ける。
「いつ気付きました?」
この老人の嗅覚に隠しても無駄だと判断した鋼介は、早々に取り繕うのを止めた。下手に誤魔化しても、結局は論破される未来しか見えなかった。それに言葉を信じるなら、すぐに外にバラされることもないだろう。
促されて鋼介と銀子は鬼沢の対面にある椅子に座る。
「なんとなくやな。なんとなく木馬で遊んでた気がして、なんとなく銀子ちゃんが師匠の尻にムチを入れて、なんとなくディルドをヘソんとこに当ててた気がしたんや」
どうやら玄関から見られていたらしい。出迎えが面倒で来ないと思って油断していた。
「でも、銀子はセンセの趣味じゃないでしょ」
鬼沢の作品はほとんどが成熟した女性を描いている。それを嗜好に当て嵌めるなら銀子はあまりにも幼く、食指が反応するとは思えなかった。
「確かにそうやけど、嫌いなわけやないで。たまには若い実も食べたなるときもあるよ」
「実というか蕾ですけどね」
「まあ、言い方はどうでもええよ。それで、返事をもらえるかな?」
バレている以上、ここは銀子を抱かせて巻き込むしかない。幸いあちらもそのつもりのようだ。しかし、自分が折れたようで、鋼介の独占欲を刺激する。
「銀子はどうする?」
「え?」
そこで、銀子に選ばせることにした。初顔合わせなので、後々の心証を考えると、直接拒否されれば、鬼沢も今日のところは手を引いてくれるだろうと考えた。
鋼介の横で静かにしていた銀子は、唐突に話を振られて狼狽している。
「このじいさんが銀子のこと味見したいそうや」
「味見?」
「そ、味見。ここの」
鋼介の手が股に伸びてきて反射的に銀子の手が動くが、もはや日常の一部になっているのか、防ぐまでの動きはない。ただ、膝の上にあった手が胸の高さに上がっただけだった。
銀子も鋼介たちの会話がセックスを指していると解ったのか、目を開いて交互に二人を見る。そして、逃げられないと理解したのか、膝を抱えて俯いてしまった。
「それでどうする?」
「どっちでもいい」
なげやりな返事に鋼介は頬を掻いた。