「よし」
入れ忘れた物がないことを確認した鋼介は、多少力任せに紺色のスーツケースのファスナーを閉じる。普段からよく使っているもので、一人旅なら余裕があるサイズだが、今回は二人分を入れているのでパンパンに膨らんでいた。ナイロンの生地だからこそどうにか収まってくれている。
新しいのを買うべきだったかなと今更なことを考え、玄関の框に置いた。隣には2サイズあまり大きなプラスチック製の白いスーツケースが鎮座している。大事に扱われているのか、それとも購入されて間もないのか表面に傷や汚れは見当たらない。
並ぶとよりそれが顕著だ。鋼介の方のはタイヤがでこぼこと欠けているのに対して、白い方のはまだ滑らか部分をほとんど残している。
跳ねた泥が乾いて模様が付いている紺のケースとピカピカの表面が光を返す白のケースを俯瞰して、そろそろ買い替える時期なのかもしれないと鋼介は改めて独り言ちた。
「用意終わった?」
「ばっちりや」
居間から出てきたパジャマ姿の桂香の方を振り向いた鋼介は指で作った丸を作って見せる。白いスーツケースは彼女の物だ。
明日から二泊三日で旅行だ。ただし、純粋に遊びに行くわけではない。銀子が出場している小学生将棋名人戦の決勝トーナメントのための東京遠征だった。
「明後日かぁ」
桂香はどこか羨ましそうな目で遠くを見やった。
居間に腰を下ろした鋼介は一息を吐いた。
時刻は夜の十時を回っている。根を詰めさせないように銀子は既に就寝させており、そのついでに八一も床に就かせた。普段はあまりうるさく言わないが、大一番で体調不良で全力を出せなかったという事態は避けたかった。
桂香に礼を言いながらテーブルの上に置かれた湯飲みに口をつける。
「晩御飯も残しちゃったけど。銀子ちゃん、やっぱり緊張してるのかしら?」
「こんだけデカい大会の前やからな。緊張もするやろ。本人が食べとうないんなら無理して食わせても辛い思いをさせるだけや」
桂香の話に鋼介は相槌を打つ。確かに銀子は夕飯をほとんど食べていなかった。
今日のところはそれでもよかった。最悪、明日の夕飯と明後日の朝食が入ればなんとかなると思っている。
頭脳競技である将棋は、対局後に立つことも儘ならなくなることがあるほどに脳を酷使する世界だ。身体の中で一番エネルギーを使う器官をそれだけ消耗させるのだから、食事でしっかりと栄養を蓄えておくことは非常に重要になる。
湯飲みを傾けていると桂香が再び質問してきた。
「勝てるかな?」
「正直微妙なところやな。いつもの調子が出せれば十分勝ち目はあるんやけど」
鋼介の口が重くなる。気掛かりなのはやはり銀子の体力だ。
今は連休の真っ只中である。移動で使う新幹線が混むのは必至で、指定席を取っているとはいえ目的地に到着するまでにどれほど人に揉まれるか未知数だった。足早に過ぎていく人波は彼女の体力を遠慮なく削っていくだろう。
移動日と対局日が別な方が楽なのは明らかで、そのために前乗りを計画している。去年の八一の時に、上京、対局、帰阪を一日でやった反省だった。
八一の場合は盤に挑むと疲れを忘れていたが、同じスケジュールで銀子が耐えられるとは思えない。
体力の懸念は桂香も解っているようで、父親から曖昧な答えを返されても物憂げな表情で俯いただけで、それ以上深く聞いてくることはなかった。
どんなに周到に準備していても、勝負に絶対はあり得ない。特に持ち時間の少ない小学生将棋名人戦では一瞬の閃きが勝敗を逆転させることもある。
飲み終わった湯呑みを台所に持っていき、洗って水切りかごに伏せた鋼介は自室に引っ込んだ。
布団に入って、明後日の銀子に思いを巡らせる。
前回大会の決勝トーナメント出場者は八一以外は中学校に上がっているので、面子は総替わりしている。それでも、鋼介の見立てでは去年とレベルに差はない。毎年、雨後の筍のように英才、俊才が各地から頭角を見せている。
今大会に八一は出場していない。特別な事情があるわけではなく、奨励会員になった八一はアマ大会には出られないのだ。
小学生将棋名人戦優勝の副賞には奨励会入会試験の一部免除がある。それを目的に去年は出場させていた。
思考を銀子に戻す。棋力が他の選手と拮抗している中で、やはり心配なのは体調面だ。決勝トーナメントでは準決勝、決勝と最大で二局差すことになる。短期決戦とはいえ、大一番で精神と体力をどれほど磨り減らすか未知数だ。いろいろと図太い弟弟子の先例は全く参考にならない。
見た目以上に繊細な内面を持つ愛弟子に思いを巡らせる。しんとした空間に椅子に座って盤に臨む姿が容易に浮かぶ。苦しそうに歯を食い縛り、膝の上に置かれた拳がスカートを巻き込んで握りしめられる姿が後に続く。
普通の親ならばそれほど勝負に執着するのを止めさせるかもしれない。だが、彼女が見据えているのはプロの世界で、そこでは勝負から逃げることは許されない。普通からかけ離れた倫理が働く修羅場なのだ。
自分も通った道とはいえ、子供には厳しすぎる世界に顔を渋くなる。それでも、いつの間にか自分の癖を真似していた弟子たちに、師匠らしいことがしてやれていると思え、鋼介は微睡に深く落ちていった。
年度末の東京駅は、東京から離れる人間と、東京に来た人間とが入り交じって、歩くのも一苦労なほどに混雑していた。
砕氷船よろしく人波を割って通り道を作る鋼介の後ろを銀子、八一、桂香の順で着いてきている。人波に慣れてはいても、年間有数の込み具合に気が滅入ってしまう。
「やっぱり連休前から来てた方がよかったんじゃない?」
「そないな無駄遣い出来るかい」
あっけらかんと更に前倒しすることを提案した八一を鋼介は嗜める。旅程の都合上、これ以上滞在日数を増やすのは財布にかなり厳しい。
「銀子ちゃん、大丈夫?」
往来から階段脇に避難すると、壁に凭れて曲げた膝に顔を付けている銀子に桂香が声を掛けた。
「……大丈夫」
答えるが、普段より白い顔には全く説得力がない。
桂香は鋼介に目配せする。
「先にホテル行こか」
桂香が頷く。八一も何か言う様子はない。
地下鉄を使うつもりだったが予定変更だ。駅の構内から出てタクシー乗り場に向かう。運良く数組の先客しかおらず、すぐに自分たちの順はやって来た。
タクシーの運転手に目的地を伝え、鋼介が助手席、子どもたちが後部席に座る。気分が優れない銀子が運転席の後ろ、彼女を介抱するために桂香が真ん中、やることのない八一鋼介の後ろだ。
走っているうちに少しは楽になったのか、車から降りた銀子は微かに顔に色味が戻っている。しかし、気分は持ち直しても消耗した体力は誤魔化しきれず、歩く足取りは重い。
高い天井のロビーで二枚のカードキーを受け取り、エレベーターホールに乗り込む。
目的階に到着しドアが開く。エレベーターホールを抜け、割り当てられた部屋の前で桂香たちとわかれ、鋼介は八一と一緒に入室した。内装はシンプルそのものだ。二つベッドが並ぶ室内は少々窮屈な印象を持つが、泊まるだけなので問題ない。
「はあ」
脱いだジャケットと一緒にベッドに腰を下ろした鋼介が深く息を吐く。対局で東京に来ることは年に数度あるが、今回のように引率で来たのはほとんどない。
一人で動くのとは違い、小さい子どもの面倒を見ながら移動するというのは思っていた以上にハードだった。
八一はともかくとして、銀子ははぐれるような子ではない。ただ、土地勘のない場所で目を離すのは心配で、精神的に疲れていた。
件の八一も奨励会に入った後は、関東の将棋に触れさせるために何度か東京に連れてきていたので、好奇心を抑えて着いてきていた。
「師匠、東京タワーが見える!」
「そりゃ東京やからな。タワーもドームもあるやろ」
窓に手をついて、彼方に見える赤い電波塔に思いを馳せる八一の姿に思わず冷静に茶々を入れてしまった。八一は気にする様子もなく外を眺めている。大人げない反応に鋼介は反省する。思えば去年は、朝に上京して、夜には帰阪してしまったので観光した記憶はない。その後も、将棋会館周りしか連れていった覚えしかなかった。
今回、自分との扱いの差に愚痴の一つも溢すかと思っていたが、意外と人間が出来ているのか、八一は特に何かを言ってくることはなかった。
早くも景色を眺めることに飽きたのか、部屋を出ていく八一にホテルから出ないように伝える。
静かになった部屋の中で鋼介は仰向けにベッドに倒れ込むと、遠くに車のエンジン音を聞きながら目を閉じる。
コンコン。
「お父さん」
微睡んでいた鋼介は起き上がり、ノックされたドアを開いた。
「どないした?」
桂香は言い出し難そうに視線を泳がせる。
「銀子ちゃんが鳩守神社に行きたいって」
「明日のことを考えてあんまり無理はさせとうないんやが」
「私もそう言って、銀子ちゃんも納得してくれたんだけど、一応伝えとこうと思って」
銀子の気持ちも鋼介にはよく解る。僅かな支えだとしても、精神的な余裕が持ちたいのだろう。そして、明日の勝利を祈願したいのは鋼介も同じだった。
桂香たちの部屋に入った鋼介はベッドで横になっている銀子の額に手を当てた。手のひらに伝わってくる熱は健康とは言い難い。見れば白かった顔に差している赤みが強すぎる気がする。
「神社に行くよりも体休めたほうがええんやないか?」
銀子が首を横に振る。言い聞かせるつもりでの質問だったが、却って行けるかもと思わせてしまったようだ。桂香の視線が痛い。
しかし、体調を崩し掛けている今の状態で外出させては明日に響く。兆候が出ているのに見逃すことはできない。
鋼介は一つの代案を出した。
「なら、桂香たちに銀子の分もお願いしてきてもらうんはどうや? 桂香もええか?」
「私はいいけど……」
答える桂香の言葉の歯切れが悪い。銀子もそれで意味があるのかと訝しげに鋼介を見やる。
「元気になったらちゃんと来ますって伝えとったら、神さんもそこまでシビアやろうし。な?」
「……わかった」
パジャマに着替える銀子を残して鋼介と桂香は廊下に出た。
「本当に良いのかしら?」
立った今自分たちの出てきたドアを見て桂香が呟く。銀子を置いていくことに後ろめたさがあるようだ。
「明日が本番やからな。用心しとかんと」
少しずつ身体は強くなっているとはいえ、それにかまけていると落とし穴に遭う。何度かサインを見逃して体調不良にさせたことがある、今回は同じ轍を踏むわけにはいかない。
来年もこうして決勝トーナメントに来られる保証はなく、文字通り小学生棋士にとっての頂に手を掛けるなんてもうないかもしれない。
ここで本人の意思を尊重して明日、体調のせいで思考が纏まらないでは本末転倒だ。願掛けと明日の体調では、天秤にかけるまでもなく後者が優先だ。
「銀子はワシが看とくから、お参りには八一と二人で行ってきや」
「看病なら私がしとくのに」
「いや、お参りにはお前が行くべきや。一日でも早うな」
「……」
鋼介の言わんとしたところを悟ったのか桂香は沈黙する。
高校を卒業した彼女は女流棋士になりたいことを鋼介に打ち明けていた。どう考えても遅すぎる進路選択だった。
女流棋士になるためには、主として奨励会の類似機関である研修会で成績を残すして女流資格を得るのが本筋だ。例外として有名棋戦で成績を残す方法もあるが、どちらにしても相当な棋力が必要になる。
棋士としての一番の伸び盛りを無為に過ごしてしまった桂香は棋力を地道に伸ばしていくしかない。劇的な成長を見込むには数年遅い。
長期間将棋から離れていた桂香の棋力は小学生の段階で止まっており、それどころか退化している感じさえあった。八一たちが来るまで意識して将棋と距離を取っていたようなので、当然のようにも思えるが。
過去の蓄積でどうにかEクラスに編入出来ている。直接聞くことはなかったが、勝ち負けを繰り返しているらしいことは伝わってきていた。
年頃の実の娘のいきなりの弟子入りに、鋼介は扱いを持て余していた。いくら基礎は出来ていても、ブランクや退会年齢期限のこともある。まだ余裕があるとは言っても、他より遥かに遅いスタートなだけに期限の文字はどうしても気になる。
研修会では規定の成績を残すと昇級できる。勝ち負けをシーソーのように繰り返している現状では、昇る算段よりも降る心配をしなければならない。残された時間の中で彼女が燻っていられる時間は多くない。
女流棋士には将棋普及という側面が男性棋士より強く出る。対局数や対局料の少ない女流棋士にとっては対局以外の仕事も収入的な意味で大事で、それらの仕事はやはり若い方が重宝される。なので桂香には一日でも早く女流棋士になって貰いたい。そのためには神頼みだって望むところだ。
財布から出した一万円札を桂香に渡す。
「ついでに夕食も食べてきや」
「お父さんたちは?」
「銀子は多分今日もほとんど食えんやろうから、連れ出すよりもコンビニで食いもん買って部屋で食べた方が負担にならんやろ」
鋼介たちが予約した宿泊プランには夕食は含まれていない。大一番前に精が付くものを食べさせてやろうと思ていたが、今の銀子の容態ではやめておいたほうが良さそうだ。後からフルーツやデザートを食べさせたほうが無難だろう。
エレベーターでロビーに降りる桂香たちを見送った鋼介は、桂香から預かったカードキーを使って銀子たちの部屋を開けた。
しんとした室内を進んで、銀子の寝ているベッドの隣のベッドに腰を下ろした。やって来ることを見越して背を向けるように寝ていると思うのは考えすぎだろうか。
「行かなかったの?」
背を向けたままでの問い掛け。
「銀子一人を置いていくわけにはいかんからな」
「そう」
だらだらと話していては銀子が休めないと思い、鋼介は腰を上げる。
「そういえば、今日の夜ご飯どうする?」
「いらない」
もぞもぞと布団が動いて、腹に手を当てているのが判った。緊張して腹痛まで気が回っていなかったのを意識させてしまったかもしれない。
「少しくらい食べとかんと明日十分に戦えんぞ。コンビニかどっかで適当に買ってくるから何か食いたいものないか?」
「……ゼリー。モモの」
「わかった。しかっり休んどくんやぞ」
「っ!?」
何気なく鋼介が銀子の頭を撫でると、彼女の体が僅かに跳ねた。密室に二人きり。反応の理由はすぐに見当が付いた。
「さすがに病人にまでは手を出さんから安心しや」
自分の部屋に戻った鋼介はスラックスを脱いだ。旅先にスーツを何着も持っていくのは億劫なので明日はこれを着回す予定なのだ。不測の事態で汚してしまう前に着替えてしまう。
「マジかぁ」
着替えを出そうとスーツケースを手に取った鋼介が落胆した声を上げる。布と角のフレームとの法制が破れてしまっているのだ。原因ははっきりしている。入れ過ぎだ。
ひとまず帰ったら買い替えようと思いながらズボンを穿いた鋼介は、財布を手にコンビニへ向かうために部屋を後にした。
タクシーの車窓から大阪よりも背の高いビルを見ながら、鳴滝 桂香は身の内を蠢く嫉妬に辟易していた。十も離れた少女に抱く感情ではない。正直、看病を鋼介が引き受けてくれてほっとしていた。
自分よりはるかに年下の姉弟子がひどく羨ましかった。比ぶべくもない才能の差を自覚していても、その気持ちは抑えきれない。
彼女の年の頃の時分は漠然と棋士を目指していた。その時点で覚悟の差は歴然だ。今はその夢に再挑戦している最中だが、ひたむきに全力を傾けている姿は一度諦めた人間には眩しすぎた。
一緒に暮らし始めて数年。初めて感じた劣等感を持て余す。
的外れな感情なのは解っている。それでも、体調を崩しても明日の対局に臨もうとする銀子がひどく羨ましい。
自分はその舞台にすら上がれないから。
去年の八一の時は男の子というのもあり、他人事として素直に応援出来た。しかし、同性である銀子が大舞台に立つと思うと、見当違いの嫉妬が心をささくれさせる。そんな自分がどうしようもなく嫌になる。
身体の弱さを微塵も感じさせない力強い差し手。だがそれも、彼女が纏う鎧でしかない。
鎧の奥にあるのは綿のように柔らかく繊細な精神と年相応な少女の顔だ。しかし、父親はそのことに全く気付いていない。隣に座る小さな兄弟子も。
「なに?」
視線に気付いた八一は桂香の方を振り向く。どことなく緊張気味で目が泳いでいる。
「ううん、何でもない。何か食べたい料理とかってある?」
銀子に嫉妬したついでに八一にまで矛先を向けたとは言えず、桂香は無難な質問を返した。
「桂香さんは何を食べたい?」
乗車前に、参拝した後に夕食を済ませることを伝えているので主語を省いた質問でも八一に伝わった。
その上で聞き返されてしまったことに桂香は苦笑いを浮かべる。この兄弟子は彼なりに自分をエスコートしているのだ。
八一の言葉に甘えることにする。
「そうね、プロ棋士の対局メシっていうの食べてみたいな。いい?」
「もちろん」
八一の即答に桂香は微笑んだ。
目的地に到着した二人はタクシーを降りる。大きな石製の鳥居が参拝者を出迎えている。
境内を抜けて、本殿に向かう。ピークを過ぎているのか人の数は多くない。
静かな敷地を散策した最後に社務所でお守りを購入し、お釣りを受け取るときにふと、それが目に入った。
「おみくじ引いてかない?」
「いいよ」
おみくじ箱に入れた手を引き、吉凶の書かれた紙を広げる。
「吉か」
ため息交じりに無難な結果を口にしながら隣に目をやる。
「どうだった?」
「小吉」
「そっか」
桂香はどちらの結果が上だったかを思い出しながらおみくじを結び所に結ぶ。少しでも高い方がご利益がありそうなので最上段だ。
なんとなく手を合わせ、帰ろうとしたところで、八一がおみくじ箱を見ていることに気付いた。
「どうしたの?」
「銀子ちゃんのも引いてきていい?」
尋ねてくる姿が余りに甘酸っぱく、吹き出しそうになるのを抑えながら桂香は八一の頭に手をやった。
「いいと思うわよ」
桂香の賛同を得られた八一は跳ねるように社務所に戻る。財布からおみくじ代を出すと、即決した自分の時とは違い、紙山をまさぐって品定めしていた。
ようやく引いたおみくじを開いた八一の顔が暗くなる。とぼとぼと結び所にいた桂香のところまで歩いてくると、手に持っているおみくじを差し出した。
「うわぁ」
思わず桂香は声を上げてしまう。
結果は凶だった。これは報告できない。
「もう一回引いてくる」
「あ、待って」
桂香が止める前に八一は社務所に駆け戻ってしまった。
結果は三回連続の凶。四回目でやっと小吉が出たが、総合するとどれほどのご利益があるか疑問だった。
「こういうのは本人が引かないと意味が無いのよ。たぶん」
言いながら桂香はおみくじを最上段に結ぶ。小吉を一番外側にして重ねて折り曲げて分厚くなった紙はなかなか結ぶのに苦労した。
周りのよりも主張の強い結び目を見て桂香が小さく息を吐く。隣ではばつが悪そうな顔で八一がおみくじを見ていた。
「銀子ちゃんには内緒ね」
「うん」