※この作品はR-18です。

Familiar Phobia~倒錯のすゝめ~   作:友井架月

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お待たせしました、久しぶりの本編更新です。
以前書いた通り、諸事情により今回から挿絵はありません。
それから間が空きましたので、この話を読む前に第七話を読んでおくと内容がスムーズにわかるかと思います。


第十話 穢れた血

 私の前に現れた少年は、この世の存在とは思えないほど姿形の整った、生きた芸術品のような美少年だった。神の気まぐれで創造されたに違いない彼は、小学校という日常の場において異様なほど浮いていた。それは子供の集団に混ざった大人と形容することすら烏滸がましい、まさに猿の群れに何故か紛れ込んだ神に等しき超常現象である。その光景を間近で見ていた私ですら、これは夢か幻ではないかと疑ったほどだ。古神優馬という劇物は、普遍的であったはずの学級を自分が棲むに相応しい世界へと一瞬にして塗り替えた。もしかしたら、彼は神の使徒が何かではないだろうか。他人に言えば正気を疑われそうな妄言も、あながち的外れではなかったと理解するのはもう少し先の話である。

 数年間ではあるがこの業界に携わっている私には分かる。子供とは元来大人と比較にならないほど成長が早い。男子三日会わざれば刮目して見よとも言うが、誇張ではなく子供は日に日に大きくなっていく。だからあの子の行為も、よくよく思えば花の種に水をやっている程度のことなのかもしれない。よくも悪くも多感な時期の子供たちに、独自の思想を植え付けるのはそう難しいことではない。そして集団心理として、皆が共通の価値観に染まりやすいのはよくあることである。そういう意味では、私立津雲小学校五年二組で起こっている事象も、理屈の上では説明がつく。

 けれども、その中心にいるのが十歳の少年というのが信じられない。あれほど中身が成熟している子供は他に居ないだろう。彼はカルト教団の教祖のように人の心を自分の意のままに操っている。あの少年はどのような目的で人心を弄んでいるのか。彼の心の内は分からないけれど、その雰囲気はどこかあの人に似ていた。

 薄汚れた醜い私の心を救ってくれた、恩人である先生に。彼は私に大きな変革をもたらした。それと同じように、古神優馬は周囲にどのような変化をもたらすのだろうか。

 

 ◇仮面の奥

 

「優馬くん、放課後どうする?」

 その日の授業は何事もなく終了し、放課後。優馬の席に星見昴が子犬のように駆け寄ってきた。エッチな遊びを覚えて更に懐いてきたように感じる友人は、期待のこもった眼差しでこちらを見つめてくるのだ。その親愛に満ちた姿は、まるでご主人様にすり寄ってくる忠犬のようではないか。ここまで好かれれば優馬とて悪い気はしないし彼と遊びたいのは山々なのだが、今日は残念ながら他にやりたいことがあった。

 優馬が渋々といった表情で昴に断りを入れようとすると、横から別の人間が声をかけてきた。

「ちょっと待ちなさい、優馬くんは私と遊ぶのよ。そうよね、優馬くん?」

 二人の会話に横から割って入った美聖は、さも当たり前のように放課後の予定を入れてくる。つい先日までは犬猿の仲とまではいかないものの、それなりに剣呑な関係だったはずなのに、思わず目を見張る変わり様である。彼女が優馬に対して好意的になったのは後ろ暗い教育の賜物ではあるのだが、それを周囲の目がある中で表に出してきたのは美聖も状況の変化に慣れてきたからだろうか。ここまであからさまに態度が一変すれば他の生徒も不審に思うだろうが、そこは優馬の信者たちだから問題はない。海に真水を一滴垂らしてもすぐに馴染んで消えてしまう。美聖の変貌も、優馬とその周囲にとっては移ろいゆく日常の微差でしかなかったのだ。

「えぇ、僕が最初に……」

「何よ、文句あるの?」

「うぅ……」

 そんな優馬教団の一員となった少女が、優馬を挟んで昴を睨んでいる。以前まで彼女に虐められていた昴としては怯えて縮こまるしかない。可哀想に、まるで獅子に睨まれた兎ではないか。このまま二人のやりとりを眺めているのも面白そうだが、生憎今日は用事がある。優馬は苦笑しながら残念そうに間を取り持つ。

「まぁまぁ、二人とも落ち着きなよ。君たちと遊びたいのは僕も同じなんだけど、これからやりたいことがあってね。埋め合わせは今度するから、今日はごめんね」

「そうなんだ、用事があるなら仕方ないね……」

「ふん、この埋め合わせは必ずしなさいよね!」

 優馬が表面上申し訳なさそうに謝ると、二人はおとなしく引き下がった。優馬に嫌われたくないのはお互い共通の認識なので、ここで食い下がってはこないだろう。元々友好的だった昴はともかく、反抗的だった美聖も随分と素直になったものである。従順な信徒たちを見やり、邪教を統べる悪魔は楽しそうにニヤリと嗤った。

「それじゃあまた明日、ばいばい皆」

 学友たちに別れの挨拶をして、優馬は一足先に教室を出た。この後の予定を思い浮かべると、自然と頬が緩んでしまう。何かを企んでいる時というのは、どうしてこうも心が踊るのか。気を抜けばスキップでもしたくなるような衝動をどうにか抑え、彼は廊下を歩き階段を降り下駄箱へ向かう。ただし、まだ学校を出るつもりはない。彼が向かったのは生徒用の下駄箱ではなく、職員用の下駄箱だった。

 

 太陽も沈み月が煌々と大地を照らし始める夜の七時過ぎ。教室という教室からは明かりが消え、校内に残っている生徒はいない。一部の教師や職員だけが活動する時間となった校舎は、日中とは全く違う独特の雰囲気を醸し出していた。子供たちの活気ある声が消え失せた学校は、不気味な廃墟を思わせる。

 そんな人気のない校舎内を、何者かがコソコソと歩いている。不審者のような足取りで廊下を歩くその人物は、『5年2組』と書かれたプレートの下で立ち止まる。そこで左右に視線を送り周囲に誰もいないことを確認した人影は、音を立てずにゆっくりと教室内へ足を踏み込んだ。

 当然、教室の中には人っ子一人いない。そんなことは自明の理であるはずなのに、人影はなぜかキョロキョロと辺りを見回していた。人を探しているのか、もしくは無人なのを再確認しているのか。見るからに挙動不審な動きを見せる謎の人物は、抜き足差し足忍び足で黒板の前を横切り教卓の前に立ち、

 と、その時。

「月が綺麗ですね、門間先生」

「っっ!?」

 教室の入口に生徒がひとり立っていた。薄暗い中でも目立つ赤い瞳は、まるで獲物を見つけた肉食獣のように爛々と輝いている。するすると心地よく脳内に入ってくる美声と、輪郭だけでも美しいと分かる女子生徒用の制服姿。一見すると女の子だが、彼は信じがたいことに正真正銘男子生徒だ。彼女の教え子である古神優馬という名の少年は、意味深な微笑を浮かべながらこちらを見ていた。

 優馬が所属している私立津雲小学校五年二組の担任教諭である門間香織のことを。

「明かりも点けずに何をしてるんですか?」

「古神くんこそ、なぜこんな時間まで残っているんですか? 下校時刻はとっくに過ぎてますよ」

 香織の言う通り、クラブ活動をしていない生徒がこの時間まで残っているのはおかしい。本来咎められるべきなのは優馬の方のはずなのに、彼はそのことを意に介さず堂々と立っている。それも校則を知らなかったという風ではなく、理解しながらあえて無視しているようだった。その傍若無人な振る舞いが鼻につかずむしろ様になっているのは、彼が持つ異質なカリスマ性によるものだろうか。

「やだなぁ先生、そんな怖い顔しないでくださいよ。僕はただ、宿題を学校に忘れたから取りに来ただけなんですよ」

 誰が聞いても嘘だと分かる白々しさを滲ませて優馬は言う。それは人を騙すための嘘ではなく、人をからかうための嘘だった。大人であり担任でもある教師を、自分の半分も生きていない十歳の子供が馬鹿にしているのだ。どんな善人だろうと苛立ちを覚えても仕方のない場面で、しかし香織は年甲斐もなく狼狽えていた。彼女には目の前の子供が可愛い教え子ではなく、得体の知れない恐ろしい存在に見えたのだ。

「僕はそんな事情なんですけど、門間先生はどういった理由で教室に? 僕みたいに忘れ物でもしたんですか? それとも見回りですか? この時間ですと、先生はいつも帰宅されていましたよね。門間先生は仕事が早くて丁寧ですから、テストの採点や授業の準備は遅くまで残ってやっていませんし」

 この生徒は、なぜ担任の帰宅時間や勤務態度まで知り尽くしているのだろうか。教師の評判は学校生活を共にすれば察することもできるだろう。しかし少年の口ぶりは、香織の職員室内の振る舞いまで実際に見てきたかのようではないか。

 古神優馬は、自分のことをどこまで知っているのだろう。香織の頬に冷や汗が伝う。この身に感じる寒気は、夜間の冷えからくるものではない。彼女は少年の迫力に気圧され、身体が竦んでしまっているのである。

「これはただの推測なんですけど、先生はもしかしたら別の理由で教室に来たんじゃないですか? ……例えば、自分の下駄箱に差出人不明の手紙が入っていたとか」

「なんで、そのことを……!?」

 なんでも何も、手紙の差出人が優馬だからに決まっているではないか。香織はここに至ってようやく、このしたり顔の少年に嵌められたことを悟る。ただの天才少年ではないと思っていたが、まさかここまで腹黒い本性を隠し持っていたとは。

 あまりの衝撃で次の言葉が出てこない香織を尻目に、優馬は喜々として事の経緯を話し始めた。

「その手紙にはこう書いてあったんです。『先日の星見昴くんの体操着紛失事件の犯人を知っている。その件について知りたければ五年二組の教室に来い』ってね。それを読んだ門間先生はびっくり仰天。帰ろうとしていたのを引き返して教室に飛んできたってわけですよね?」

 優馬の問いかけに香織は返答できない。それは彼の指摘が的を射ていたからではなく、少年の意図が読めなかったからだ。彼はおそらく事件の犯人を知っている。それ自体は驚くことでもない。なんせ優馬は類稀なる天才児だ。少年の頭脳なら事件の真相にたどり着いてもなんらおかしくない。

 香織が困惑しているのは、なぜ優馬は自分を呼び出して話そうとしているのか、彼の真意が見えないからである。何も誰もいない夜の教室で二人きりになる必要はないはずだ。利口な彼ならば、いくらでもやりようはあったはずなのだ。犯人を糾弾したいだけならもっと効果的な方法はあるはずなのに、なんで優馬はよりにもよってこの状況を選んだのか。

 そんな香織の脳内に浮かんでは消えていく様々な疑問の答えはすぐに明かされる。額に汗を浮かべながら縮こまる香織と尊大な表情で悠然と立つ優馬の構図は、あたかも教師と生徒の立場が入れ替わっているかのようだった。

「先生は今、こう思っているはずです。なんでこんな時間に自分を教室に呼び出したのか、とね。その疑問はもっともです。僕なんかのために貴重な時間を割いていただくのは心苦しいんですけど、これは先生のためでもあることをご理解ください」

 香織には分かっていた。少年の大仰な仕草も勿体ぶった言い回しも、全てはこちらを焦らして反応を見るためのものであることを。彼は子供ながらに人間のことを熟知している。顔色ひとつで相手が今何を考えているのか手に取るように解るのだろう。繊細な心の内側まで丸裸にされたようで気分が悪い。

「あまり長引くとお互い不都合でしょうから、結論から言いましょうか。……僕はね、門間先生が昴くんの体操着を盗んだ犯人なんじゃないかと思っているんですよ」

「……根拠はあるんですか?」

 どうにか喉の奥から振り絞って出した声は恐怖で震えていた。この質問に意味はない。彼なら当然答えられるだろう。そう分かった上で声に出したのは、彼女に他の選択肢がない故の苦し紛れの言い訳だったのかもしれない。

 彼女はすでに崖っぷちまで追い詰められている。生贄の子羊が絶望的な表情で立ち尽くしている眼前で、捕食者である悪魔が愉悦を噛み締めながら心底楽しそうに嗤っていた。

「根拠ならあります。まずは順を追って説明しましょう。先日話した通り僕たちが音楽室へ行くため最後に教室を出たので、クラスメイトの中に昴くんの体操着を隠した人はいません。これは僕たちが最初に教室へ戻ってきた時点で体操着が紛失していたので確実でしょう。問題はここからです」

 少年は推理小説の探偵役のように、順序立てて丁寧に事の真相を開示していく。

「次に犯人として候補に上がるのは他のクラスの生徒です。タイミング的に盗難が行われたのは授業前の僅かな時間か授業中でしょうが、授業前に無人の教室に侵入するのはどう考えてもリスクが大きいです。そんなことをしたら嫌でも目立ちますし、放課後誰もいなくなってから忍び込んだほうが安全ですからね。同様の理由で授業後急いで隠した可能性も否定されますし、授業中なんて言うまでもないでしょう」

 優馬の説明は簡潔で、香織が間から口を出す余地は存在しなかった。小さな名探偵の推理は誰にも邪魔されずに淀みなく進んでいく。

「他の可能性としては部外者・不審者の類が考えられますが、それらを考慮すると際限がないので候補から外します。そもそも不審者が学内に侵入していたら、体操着の紛失以上の大騒ぎになってるはずですからね。……とまぁこんな感じで犯人を絞っていくと、必然的に残っているのは教師・職員関係者ということになってきます。その時間帯に授業のない教師なら、授業中に廊下を歩いていてもあまり怪しまれませんからね」

 現実での二人の距離は変わっていないのに、まるで喉元にナイフを突きつけられているかのような気分だ。悪魔による無慈悲な死刑宣告が眼の前まで迫っていた。

「犯人の目星が段々とついてきたところで、紛失発覚直後のことを思い出してみましょう。当時クラス全員で体操着を探しましたが、結局見つからず揉めていた時に先生は教室に来ました。先生は僕から事の経緯を聞いた後、もう一度皆で教室中を探すよう指示を出しましたね。あの時の先生の行動がずっと引っかかってるんです」

「何が引っかかってると言うんですか? 私は不自然な行動など何も……」

「表面上は、ね。流石にあからさまだと僕どころか他の生徒も気づきますよ。でもよくよく考えるとおかしいんです。だって、先生が体操着を見つけたロッカーは僕が一度確認してるんですから。直前まで無かったものが、先生が探すと突然現れたんです。これが魔法や超常現象の類でなければ、答えはひとつしかありません」

「それは……」

 二人の間で既に共通の結論は出ている。それなのに少しずつ逃げ道を潰していく様は、真綿で首を絞められているかのようだ。香織は吐吐き気がするほどの息苦しさで、反論すらおぼつかなくなっていた。

「門間先生が昴くんの体操着をロッカーに隠した。そう考えると、あの時の先生の行動に合点がいくんです。なぜ先生はわざわざ教卓から窓際を通って後方のロッカーに向かったのか。どうしてその時クリップボードを持っていたのか」

 優馬は確信の笑みを湛えながら事件の核心に触れる。

「理由はひとつ、あの時先生はボードの裏側に体操着を隠し、何食わぬ顔であたかもロッカーに体操着があったかのように振る舞ったんです。先生の演技は中々見事なものでしたよ。顔色ひとつ変えずに生徒たちを騙してみせたんですから。僕がその場に居なかったら、この事件は迷宮入りだったでしょうね」

「……ひとつだけいいですか? 古神くんが言うには、私がロッカーに体操着を隠したようですけど、そもそも私はどこに体操着を隠し持っていたんですか? 教室に来た時私は……」

「そう、そこが一番重要なところなんです。確かに教室に来た時、先生は体操着を持っていませんでした。つまり、体操着は教室内の別の場所に一旦隠していたんです」

「でも、教室の中は生徒たちで探したはずでは?」

「それが一箇所だけ探していない場所があったんです」

 教室の入口に立っていた優馬は、おもむろに香織の方へと歩いていく。接近してくる少年に対し、香織は呆然と立ち尽くすしかない。もはや命運は尽きた彼女を見上げつつ、優馬は右手をある場所に乗せた。

 教室の中では絶対的な立ち位置に存在する、教卓の上へと。

「ここの生徒は礼儀正しい子ばかりですからね。例え緊急時であっても、そこは神聖な場所だから探さなかったのでしょう。もしくは、そんなところにあるはずがないという先入観があったのかもしれません。逆に言えば、先生にしてみれば仮に見つかっても誰かの悪戯ということにしておけばいい。そもそも門間先生は評判のいい教師だ。生徒のものを盗み隠すなんて、誰も想像しないでしょうからね」

「けれど、実際に教卓の中にあったという証拠は……」

「これを見てもそんなことが言えますか?」

 そう言って、優馬は教卓の中に手を突っ込んだ。ガサゴソと中を探し、目当てのものを見つけ取り出す。

 教卓の中から出てきたのは、フェルト製の手作りキーホルダーだった。

「それは……」

「これは体操着袋についてた昴くんのキーホルダーです。きっと入れた時に外れたんでしょうね。これが教卓の中にあったというのが、ここに体操着が隠されていた何よりの証拠ですよ」

 言い訳のしようがない証拠をつきつけられ、香織は力なくうなだれる。探偵に真相を暴かれた犯人のように、悲愴感のこもった表情で敗北宣言をするしかなかった。

「……いつから私のことを疑っていたんですか?」

「盗難の犯人のことなら先生が体操着を見つけた瞬間に分かりましたけど、疑っていたというだけなら……この学校に転入して担任が決まったときから門間先生のことは警戒してましたよ」

「えっ……? それはどういう……」

 少年の予想外の言葉に、香織は驚愕の声を上げる。転入してきたときから自分のことを警戒していた? 嘘にしても意味不明な発言に困惑していると、優馬が更に驚くべき事実を告げる。

「実はですね、津雲小学校に転入することが決まってから、そこに所属している教師についてできる限り調べたんです。それまでの経歴とか、職場での評判とか、家族構成とかをね。知っておけば色々と便利ですし、個人的な知的好奇心もありましたから。その中で分かったのは……門間香織さん、貴女について何も分からないということでした」

「…………」

 優馬の話に香織は沈黙を貫いた。それは雄弁よりもハッキリと、彼の言ってることが真実だと肯定していた。

「もちろん書類上の経歴は存在します。ですが、それらは全部架空のものでした。親類縁者ひとりもいない天涯孤独の身で、過去の交友関係も一切不明。それどころか門間香織という名前すら本名かどうか怪しいものです。別に僕は警察やスパイではありませんから調査能力に限界はあるんですけど……逆に言えば、通常の手段では貴女の素性は把握できなかったということになります。……門間香織さん。貴女は一体何者なんですか?」

「私は……」

 私は一体何者なのだろう。それは香織自身が一番知りたいことだった。

 彼女は生まれてからの二十数年間、一度として自分のことを肯定的に見たことなどないのだから。

「門間先生……先生が胸の内に抱えているものを、良ければ僕に話していただけませんか? 今回の件だって、きっと貴女の過去に原因があるのでしょうから」

 道に迷った子供のように途方に暮れている香織に、優馬は優しく手を差し伸べる。彼女には、それが天から伸びる救いの糸に見えたのだ。溺れる者は藁をも掴む。しかしこの場合は頼りない藁ではなく、扱いを間違えればその身を滅ぼす劇薬に他ならなかった。

「私は……」

 気がつくと、香織は自分の身の上について優馬に語りだしていた。

「……私は人間の醜い欲望によって生まれた、存在してはいけない穢れのようなものなんですよ」

 この話をするのは、敬愛する先生以来だ。

 なぜ教え子の少年に昔話をする気になったのか。

 それは彼の持つ独特の雰囲気が、彼女の恩人である先生に似ていたからかもしれない。

 

 ◇門間香織

 

 香織の原初に残っている記憶とは、肉と肉が擦れ合う音や獣のような言葉にならない嬌声や様々な体液が混ざった鼻が曲がりそうな臭気が渾然一体となった、見るも悍ましい悪意にまみれた肉欲が支配する狂気の光景だった。

 彼女の父親と呼ぶべき男は、いつも年端もいかない少女たちを周囲に侍らせていた。少女たちは皆一糸纏わぬ姿で男の身体に擦り寄り、ある者は股間に顔を埋め、ある者は接吻をしていた。皆が皆理性を失った表情で喘いでおり、とても正常な状態には見えなかった。

 彼女らは男が飼っているペットだった。誰も彼もが非合法な裏のルートから手に入れた奴隷たちであり、中には元の戸籍すら存在しない者もいた。人間としての権利を剥奪された少女たちは、男の従順な愛玩具であることを強制された。彼に逆らえば、それこそ玩具のごとく乱暴に扱われ壊されてしまうだろう。そうならないためにも、彼女らは幼い頭で必死に生き残る術を考えていた。その結果が男の野蛮な欲望の贄に成り果てることだとしても、無力な少女たちには選択肢などなかったのだ。

 香織は男が所有している性奴隷の中のひとりだった。醜悪なる色欲の権化である彼にとって、愛情を注ぐべき自分の娘ですら性欲を発散するための道具でしかなかったのだ。

 彼女は言葉を覚えるよりも早く性器の舐め方を覚えた。どこをどう刺激すれば彼は悦ぶのか。少女の小さな口では男根を咥えることはできなかったので、カリ首を舌で引っ掛けたり玉袋を手で愛撫したりと様々な手段で父を楽しませた。彼は彼で、実の娘に性処理をさせていることに微塵の罪悪感もないのか、下卑た笑みを浮かべながらこの上ない高揚感に浸っていた。二人の間に親子の情など一切存在せず、そこにあったのは強者が弱者を一方的に搾取するという残酷な真理の縮図だった。

 香織は幼少期のことをあまり覚えていない。それは彼女にとって思い出したくないほどの苦痛に満ちた地獄のような日常だったからだ。まだ性行為など想定していない幼膣へ強引に肉棒を突き立てられ、情け容赦なく処女を散らされた。少女が泣こうが叫ぼうが抵抗しようが男には関係なかった。彼が性玩具に対して余計な情など抱くはずがない。ただ穢れた本能の赴くままに、発情期の獣の如く腰を振るだけだ。圧倒的な体格差で為す術がない香織にできることは、精々拷問のような痛みに耐え感情を忘れることだけだった。

 膣を、口を、肛門を、肉体のあらゆる箇所を男に汚し尽くされ、少女は身も心もボロボロになっていった。ここまで徹底的に陵辱されて廃人にならなかったのが奇跡なほどである。悲鳴すら枯れ果てる悪夢の中にいながら辛うじて精神を現実に繋ぎ留めていられたのは、そこが生まれ育った環境だったからだ。もし平穏な日常を知っていたら、この劣悪な地獄に耐えられなかっただろう。父親から性的虐待を受けるのは彼女の知る世界では当然の義務であり、それ以外の世界などあるはずがない。そう信じ込んでいた小さな領域の価値観が覆るのは、香織が12歳を過ぎた時だった。

 男は肉体が成長しきる前の少女にしか興味がないのか、彼が飼っていた奴隷たちは遅くとも15歳前後までに皆捨てられる。ある者は中古品として別の人間に買われ、またある者は男が所有する養護施設に引き取られる。それは血の繋がった娘である香織も例外ではなく、比較的発育が早かった彼女は13歳になる前に父親の支配から解放された。

 数いる性奴隷の中でも、香織はまだ救いのある方だった。彼女はその後施設に預けられ、やっと人並みの生活を送れるようになったのだ。さりとて、それでハッピーエンドとなるわけではない。施設での暮らしの中で、ようやく香織は今まで自分がいた環境は異常なものだったと認識するのだが、それは返って少女を苦しませる結果になったかもしれない。彼女の人格は、既に父親の調教によって取り返しがつかないほど酷く歪んでしまっていたからだ。

 精液や愛液や尿で汚れていない清潔なベッドの上で、香織は毎日のように父親の慰みものになっていた時のことを夢に見た。当時は流されるままに耐えていたはずなのに、どうして安全な場所に来た途端苦痛に感じるのだろうか。それは彼女が真の意味で父の洗脳から解き放たれた証拠なのだが、そう簡単に心の傷が癒えるわけではない。香織が歪んだ人格を日常生活に支障がないものへと矯正するまで、更に十年の歳月を必要とした。

 施設により名前と戸籍を与えられ、最低限の常識と教養も身につけることができた。そして香織は過去のことを吹聴しないことを条件に自立することを許される。子供の頃を考えれば夢のような前進だが、彼女の社会人生活は順風満帆なものにはならなかった。全身を猛毒に犯されておいて、高々十年かそこらで解毒できるわけがない。そう、彼女も間違いなくあの男の遺伝子を受け継いだ娘なのだ。

 施設のコネで小学校の教師となった香織に、ある異変が起きる。教え子の男子生徒たちを見ていると、胸の奥から湧き上がってくる感情があるのだ。

 それは性的欲求だった。性に目覚めていない初な少年たちに、本当の快楽を教えてあげたい。教師と生徒という許されざる関係で、禁断の恋に堕ちたい。日に日に肥大化していく後ろ暗い欲望を目の当たりにし、香織は絶望する。

 本当の意味で父の魔の手から解放されたわけではないことを。あの最悪な男の血が、確かに自分の中にも流れていることを。

 自覚し、困惑し、戦慄した。どう足掻いてもあの男の影に追われるのかと、自分の運命を呪った。しかしどれだけ過去を恨んでも、現実が変わるわけではない。大切なのは自己の性癖とどう向き合うかである。

 門間香織はどうしたのか。結論から述べるならば、彼女は何もできなかった。そもそも香織は性奴隷として育ってきた。自己の欲求に対して無関心に生きてきたので、湧き上がる欲望に対処する術を心得ていないのだ。

 このまま歪んだ性欲に身を委ねてもいいのだろうか。彼女は悩み、困り果てる。施設で受けた教育により、流石に公然の場で少年と淫らな行為に及べば罪になることは知っている。かと言って、自分の父親のように誰にも見つからない場所で秘密裏に事を起こすのは気が引けた。それは彼女がもっとも忌み嫌う行為だからだ。あの男と同類であるという事実が、余計に彼女を追い詰める。

 しばらく悶々とした気分の日々が続いた後、とある人物の助言もありとうとう香織は己の欲求を堪えきれなくなる。と言ってもいきなり生徒を襲うほどの度胸はなかったので、咄嗟の衝動で教え子の体操着を盗んでしまう。

 それがまさかあのようなことになろうとは、この時の香織は夢にも思わなかった。人生とはつくづく思い通りにいかないものだ。しかし結果的に、香織の行動は彼女の未来を大きく変化させることになる。

 古神優馬との出会いは、香織の吉兆となるのだろうか。

 もしかしたら、それは神でさえも与り知らぬことかもしれない。

 

 ◇欲求の行く先

 

「へぇ……門間先生にそんな過去があったんですか」

 すっかり夜が更けた薄暗がりの教室で、優馬は香織の話を楽しそうに聞いていた。

 普通の人なら反応に困る重すぎる過去も、この少年ならば美味しくいただける。むしろ予想以上に興味深い話で喜んでいるほどである。やはり自分の目利きは確かだったと自画自賛している優馬だった。

「つまり先生は少年に欲情するショタコンだったというわけですね。でもまぁ、別に恥じるようなことでもないと思いますよ。ほら、僕だって男なのに女子生徒用の制服を着てますし」

 そう言って、優馬はスカートをひらひらと揺らしてみせる。それくらいで慰めになるわけではないが、少年の反応は香織にとって意外なものだった。彼女は全てを話し終えた後に通報される覚悟で口を開いたのだ。半ば自暴自棄気味で白状したというのに、彼はまるで世間話でも聞くように軽々と受け入れてみせた。これは彼の器が大きいと言っていいのだろうか。

「……それで、この後私はどうなるんですか? 警察に通報を? それとも教頭先生にでも報告しますか?」

「そんなつまらないことはしませんよ。むしろ僕は先生のことを応援したいと思ってるんです」

「えっ……?」

 応援したい? この少年は一体何を言ってるのか。香織は一瞬、優馬の発言の意味が理解できなかった。いや、今まで一度として彼を理解できたことはないのだが、教え子に欲情してしまう教師を応援したいとはどういうことなのか。

「応援って、どういう……」

「そのままの意味ですよ。せっかくですから、僕が先生の望みを叶えてあげようと思いましてね」

 ニヤリと意味深な微笑を顔面に貼り付けながら、優馬はスカートの裾を捲ってみせる。現れたのは女物の下着であり、その中心には彼が男であることを証明するものがぶら下がっていた。欲望の対象であるショーツの膨らみを目の前にし、香織はゴクリとつばを飲んだ。

「どうです、触ってみませんか? 僕のモノでよろしかったら、先生の好きにしていいですよ」

「そう言って、後で脅したりしませんよね?」

「脅迫の道具にするのなら、生徒の体操着を盗んだことと先生の過去で十分元が取れるじゃないですか。ここから先は個人的な好奇心ですよ。そういや、大人の女性と行為に及んだことはなかったですからね。何事も経験という奴です」

 本当に彼のことを信じてもいいのだろうか? 思いもよらない展開に戸惑う香織だが、今は理性よりも欲求が上回っていた。一秒でも早く少年の性器にしゃぶりつきたい衝動を必死に抑え、香織は恐る恐る優馬の股間に手を伸ばした。

「あっ……んっ……」

 香織の手が股間に触れると、少年のものとは思えない艶めかしい声が教室中に響く。優馬によるちょっとした悪戯だが、夜の校舎ということもあり香織はビクッと反応してしまう。この状況が万が一他人にバレれば始末書では済まないので当然だろう。いまだこの突発的な情事に集中できていない彼女に、優馬は甘い声で語りかける。

「この時間は誰も来ませんから大丈夫ですよ。それよりも、今は一時の快楽を楽しみましょう」

 優馬は香織をその気にさせるために、ショーツを下ろして中身を見せる。中から小ぶりのペニスがお目見えし、彼女の欲望は大いに刺激される。少年ペニスは半勃ち状態で、さらなる快楽を待ち望んでいるようだった。

「どうぞ、触りたければ存分に触っていいですよ」

 この発言が引き金となり、香織はとうとう自分を抑えられなくなる。自分を誘惑する無防備で可愛らしい男根に触れると、そのツルツルとした手触りに歓喜を覚えた。夢にまで見た少年のペニスを手に取り心が震えないわけがない。香織はしばらくの間、半勃起の陰茎を上下に擦りながら念願が叶った感動に打ち震えていた。

「あっ、んんっ……ひゃぅっ……! あまり乱暴にはしないでくださいね。……ほら、先生に扱いてもらって、おちんちんが段々硬くなってきましたよ」

 見ると、優馬も欲情してきたのか肉棒が立派に反り立っていた。と言っても子供のペニスなので、サイズは控えめで皮も被っている。しかしそれが香織にとっては愛おしくて仕方がなかった。この胸の高鳴りは果たして母性なのか、それともただの性欲なのか。理性のタガが外れた彼女に自分の精神状態を推し量る余裕などない。後は欲求のままに転がり落ちるだけだった。

「あぁ、おちんちん可愛い……あの、おちんちん舐めてもいいですか?」

「はい、どうぞどうぞ。僕ので良ければ先生のお好きなように」

「そっ、それじゃあお言葉に甘えて……あむっ」

 優馬の許可が降りるやいなや、香織は魅力溢れる肉棒に勢いよく食いついた。もはや知性の欠片もない下品なしゃぶり様は、相当切羽詰まっていたからだろう。砂漠で水を求めて彷徨いやっとのことでオアシスを見つけた旅人のような狂気すら感じる狂喜っぷりは、欲望を押し殺した禁欲生活がよほど苦痛だった証明だろう。

「じゅぶっ、んんっ、んくちゅっ……んあぁっ、おちんぽぉっ……んぐっ、じゅるるぅっ……!」

「ふふっ、先生ったらそんなにがっついて……そんなに焦らなくても、僕のおちんちんはどこにも逃げませんよ?」

 香織の意識は眼前のペニスに集中しているのか、優馬の言葉が耳に入っていないようだった。無我夢中で男根を咥え口の中で感触を楽しんでいる。その普段の凛々しい表情からはかけ離れた下品なフェラ顔は、とても小学校の教師には見えない。熟練の娼婦を思わせる巧みな舌使いに、すまし顔の優馬であっても舌を巻かざるを得なかった。

「んじゅっ、じゅちゅう、んじゅうぅっ……んんっ、おちんちん美味しいっ……んぐっ、じゅるる、んちゅう、じゅちゅうぅっ……!」

「流石に幼い頃から性奴隷として調教されてきただけあって、フェラチオがお上手ですね。でも、僕みたいな小さなおちんちんは咥え甲斐がないんじゃないですか? それだけおちんちんが好きなら、もっと大きなおちんちんを舐めたくならないんですか?」

 少年の素朴な疑問を、香織は頭を振って否定する。どうやら愚問だったらしい。彼女には眼前の肉棒が豪勢な晩餐にも勝る極上の逸品に見えているはずだ。じゅぷじゅぷと淫らな水音を響かせながら、めくるめく官能の宴に酔いしれていた。

「んぐっ、じゅぶぶっ、んぐうぅっ……先っぽから我慢汁がっ……じゅうぅっ……溢れてきましたよ。んんっ、ちゅう、ちゅうちゅう……美味しい、とっても美味しいですぅっ……!」

「ははっ、それが先生の本性ですか。えぇ、ソッチのほうが僕好みですよ。己の性癖を隠すことなく曝け出す先生は、とても魅力的で美しいと思います」

 それは皮肉でもお世辞でもない、優馬の心からの称賛だった。理性や建前で覆い隠していない剥き出しの感情のなんと尊いことか。社会性と秩序を重んじる人間こそ鑑だと持て囃される世の中で、これほど純粋な魂の輝きが他にあるだろうか。彼女は今まさに己の人生を謳歌している。社会の檻という不条理な抑圧から解放され、本来の自分を取り戻しつつあるのだ。

「んじゅる、んちゅっ、ちゅじゅうぅっ……ぷにぷにの若々しいおちんぽ素敵……こんな愛らしいモノでおまんこぐちゃぐちゃにされたらと思うと、どうにかなっちゃいそう……」

「先生、もうノリノリですね。こんなに激しく舐め回されたら、おちんちんが飴みたいに溶けちゃいそうです。……おや、どうやら先生のアソコもトロトロに蕩けているようですよ」

 見ると、屈んだ香織の太ももに透明な雫が垂れている。それは汗ではなく彼女の愛液だった。フェラチオで興奮しすぎて蜜壺が濡れてきたのだろう。上の口同様だらしなく緩んだ下の口からもショーツを貫通するほどのよだれが溢れ出ており、彼女の欲情の度合いを物語っていた。

 彼女の溜まりに溜まった性欲は、男根を咥えるだけでは発散できないのだろう。むしろ露出させた欲望は留まることを知らず、よりストレートな劣情となって表に出ようとしていた。

 香織は咄嗟に空いていた左手を自分の股間に伸ばす。そしてそのまま自然な動作でオナニーを始めた。もどかしくて仕方ない性の衝動を鎮めるために、自分の性感帯を刺激する。そこにいたのは理知的な大人の女性ではなく、卑しく発情した一匹の獣であった。

「んんっ、んぐぅっ……オナニーがこんなに気持ちいいなんてっ……古神くんのおちんちんも美味しいし最高よっ……!」

「先生が楽しんでいるようで何よりです。……僕ももうすぐイキそうなんで、最後は一緒に絶頂しましょうね」

 優馬の射精が間近まで迫っているのを、香織も肌で感じとったのだろう。口淫の勢いが段々と増していき、同時に膣を弄る速度も早くなっていく。既に二人は一心同体、向かう先は見えている。後はどれだけ最高のゴールを迎えられるかどうかだった。

 それから数分の戯れの後、ついにその時はやってきた。優馬の陰茎はパンパンに膨らみ、対して香織の肉壷は淫蜜の洪水状態だ。今にも爆発してしまいそうな両者は極限まで欲求の沸点を我慢し、いよいよというところでフィニッシュへと突き進む。

「んじゅっ、じゅぷぷ、んぷぅっ……イクっ、イキますっ……んんっ、じゅぶうぅっ……!」

「ああっ、僕も一緒にっ……くぅっ、イッちゃうぅっ……!」

 香織の口内に少年の瑞々しい精液が迸る。喉に絡みつく濃厚な精は彼女を極楽へと導き、尿道口からは潮が吹き出した。彼女の脳内は一面快楽の渦に包まれ夢見心地の状態だろう。今にも昇天してしまいそうな恍惚とした表情でザーメンを飲んでいた。

「はぁ、んはぁ……先生、とっても気持ちよかったですよ。先生はどうでしたか?」

「んんっ、んぐぅっ……ふぁい、良かったれす……」

 精飲している最中にまた絶頂したのか、香織はビクビクと肢体を痙攣させながら呂律の回らない舌で感想を述べていた。唇は満足そうに弧を描いており、その口の端からは飲みきれなかった白濁が垂れている。溜まっていた性欲を発散できて嬉しいのだろう。香織は少しの間絶頂の余韻に浸り、口に残る子種の味を噛み締めていた。

「……先生はもう大丈夫そうですね。それじゃあ、今日はそろそろお開きにしましょうか」

「え、本番はしないんですか……?」

 てっきり挿入までいくと思っていた香織は、名残惜しそうに股をモジモジさせていた。

「これ以上やると遅くなっちゃいますし、日を改めましょうよ。安心してください、先生が喜んでくれそうな機会を設けますから」

「……はい、分かりました」

 優馬の精液には催眠効果でもあるのか、香織はすっかり従順な姿勢を見せていた。自分の理解者ができたというのもあるだろう。父親のせいで幼少期の大事な次期を失った彼女は、本当は誰かに甘えたかったのかもしれない。この夜の出来事を通じて、優馬は香織のことを少しだけ理解できたような気がした。

「……そう言えば」

 事後の処理をしながら、優馬は何気なく聞いた。

 彼らのこれからの未来に大きな影響を与える、ひとつの質問を。

「門間先生のお父さんの名前って、何ていうんですか?」

「っ……!」

 香織は一瞬ビクッと反応したが、躊躇うことなくすぐに答えてくれた。

「……津雲金造(きんぞう)。この津雲小学校を運営している津雲グループの会長よ」

 人と人は目に視えない縁で繋がれ、どこかで誰かと繋がっている。

 だから、極論すればこの世に自分と無関係な人間など存在しないのかもしれない。

 この日優馬は新たな縁を手に入れ、新しい世界を知ることができた。

 彼が追い求める人間への理解とは、要するに人間関係の探求なのかもしれない。

 




今回の話は企画の初期の段階から絶対書きたかった話なので書いてて楽しかったです。
第二章は次で終わる予定です。
年末は忙しいので、次の更新は早くて1月になるかと思われます。
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