Familiar Phobia~倒錯のすゝめ~ 作:友井架月
子供の頃、飼っていた犬に手を噛まれたことがある。
それまでは親友のように大切な存在で、実の家族のように愛情を持って育てていたのに。
犬からすれば、甘噛みのつもりで行き過ぎた愛情表現に過ぎなかっただろうに。
飼い犬に手を噛まれた。可愛さ余って憎さ百倍とでも言うように、私の感情は逆転した。
その翌日、私は愛犬の餌に毒を入れて殺した。
子供は時に大人でさえ躊躇うような悪意を平気で他者に向けることがある。
楽しそうに虫を殺すような残虐性を、私はあろうことか家族同然のペットに向けたのだ。
私の殺意を知らずに嬉しそうに餌を食べ、そして主人に裏切られたと知るあの絶望的な表情。
必死に助けを求める視線を向けながら、もがき苦しむ愛犬の顔を今でもよく覚えている。
子供は時に大人でさえ躊躇うような悪意を平気で他者に向けることがある。
私は大切な愛犬を幼稚な悪性で死なせたことを思い出す度に。
何もかもが無垢だった当時に帰れるような気がして、心がすっと落ち着くのだ。
◇嗤う悪魔に迷える子羊
肉体関係まで至った憧れの先輩である
その事実は
白雪とはエッチした仲とはいえ、二人は別に付き合っているわけではない。彼らの関係は所詮大学の先輩と後輩でしかないのだ。
だから先輩に結婚を約束した相手がいたからといって、こんなに動揺する必要はないはずなのに。
どうしてこうも、心が揺れ動くのだろうか。
これはアレか。応援しているアイドルに恋人が居たのが発覚した時のような、夢から現実に引き戻されて冷めてしまう現象に似ているのかもしれない。
別に白雪と仲良くなって、ゆくゆくは付き合いたいとか結婚したいとかいう願望があったわけではない。上流階級の彼女と平民でしかない自分とでは住む世界が違うのは分かっているはずだった。
それなのに失望にも似た感情を抱いてしまうのは、心のどこかで期待していたからだ。
つまらない自分の人生にも希望が持てるかもしれないという淡い夢を抱いてしまった。
その結果当たり前の現実にぶつかり、こうして無駄にガッカリするハメに陥ってるわけだ。
「はぁ……女々しいな、俺も」
病院から帰宅する途中の一真は、意味もなく周囲をフラフラとうろついていた。
特に寄りたい場所があったわけではないが、自宅に直帰するほど心に余裕がなかったのだ。
せめて風にでも当たって気分を紛らわしたいという気持ちもあったのかもしれない。
しかしあてどなく散歩していても、気分が晴れるどころか心が曇るばかりだった。
「……やめやめ、悩んでも埒が明かない」
考えたところで白雪に許婚がいるという現実が変わるわけでもないので、一真は観念して帰宅することにした。
一真が家につく頃には陽はすっかり暮れていた。
「ただいま……」
暗い表情で挨拶を言い、重い足取りでリビングへ向かう。
すると、
「お帰り、お兄ちゃん。何やら顔が暗いけど何かあったのかな?」
陰鬱な一真とは一転して、やけに明るい笑顔の
唯でさえ機嫌が悪いのに、帰ってくるなり弟の顔を拝むことになるとは最悪だ。一真は優馬を見るなり舌打ちし、相手にも分かるよう露骨に嫌そうな顔をした。
「はは、不快感を隠さないなんて相当キテるようだね。どうしたの、白雪さんのことかな?」
優馬は聞いてもいないのに一真の内心を言い当てる。彼もあの現場に居合わせたのだ。兄の心境を察していてもおかしくはない。
さりとて弟に相談するのだけは勘弁願いたい。こんな奴に助けを仰ぐくらいならネットの掲示板に書き込んだほうがまだマシだ。悪魔に借りを作るのは後が怖いからな。
弟に介入されたくない一真は、別の話題で話を流しにかかる。
「母さんと父さんは?」
「二人共今日は遅くなるって。ご飯は冷蔵庫に入ってるから温めて食べなさいってさ」
「そうか」
それならさっさと食べて自室に行ってしまおう。一真は晩御飯を温め一人でそそくさと食べる。
だが物事は思うようにいかないもので、一真がご飯を食べている最中も優馬が隣りに座って話しかけてくる。
「白雪さんって羨ましいよね。あんなにカッコいい旦那さんが居るんだから。顔が良い上頭も良くてオマケに将来を約束されたお医者さんなんだから。誰でも彼のような男性に嫁ぎたいと思うよ」
優馬は兄のことを挑発しているのか、憎たらしい声音でそんなことを言ってくる。腹は立つが相手にするのは疲れるので、一真は黙々と晩御飯を食べることに集中する。
「あぁ、ごめんごめん。許婚なら今はまだ旦那さんではないよね。これから何か奇跡でも起これば、婚約が解消されて白雪さんはフリーになるかもしれないし」
奴は甘い言葉で兄の気を引こうとするが、そうは問屋が卸さない。こいつの口車に乗ったらタダでは済まないことを知っている一真は、徹底的に無視することで対処する。流石に黙っていれば悪魔も手出しはできないだろう。
一真が必死の抵抗を見せていようと、優馬は気にせず話を続ける。
「でも万が一白雪さんが別の人と結婚できるようになっても、普通の人が彼女と結ばれるわけないよね。なんたって彼女は天下の須納家のご令嬢なのだから。相手の男性にはそれ相応のものを求められると思うんだ」
一真が聞いていないというのに、優馬は勝手に持論を語りだす。顔の周りを飛び回るハエのように目障りだが、厄介なことに叩き落とすことはできない。仕方がないので、多少うるさくても放置するしかない。
「例えばイケメンだとか、頭脳明晰だとか、お金持ちだとか、由緒ある家柄だとか、将来有望だとか、地位や名誉があるだとか……それからそうだなぁ、彼女の秘密を知っているとかね」
弟は意味深な笑みを浮かべながら兄を見つめる。
こいつが何を言いたいのか大体読めてきた。この生意気な悪魔は、また兄を使って良からぬことを企んでいるのだろう。奴は怪しいセールスのように耳障りの良い言葉を並べてこちらの期待を煽ってくる。
「彼女の秘密を共有し彼女の理解者となり得たなら、白雪さんとしてはどれだけ心強いことか。孤独な境遇の彼女は心を許せる存在を求めているからね。……それはもしかしたら、家柄や地位が優れているというよりも彼女には響くかもしれないよ」
優馬はニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら一真へ暗に言う。
お兄ちゃんなら白雪のハートを射止めることができるかもしれない、と。
「どこかにそんな都合のいい人はいないだろうか。彼女の境遇や性癖を知っていて、彼女の助けとなるような心を許せる殿方がどこかにいれば良いんだけどな~」
ここまで弟の発言を聞き流していた一真だが、あまりにうるさすぎて耐えられなくなってきた。
さっさと食事を済ませて避難するとしよう。一真は食事のペースを早める。
「そんな人がいたら今が大チャンスだよ。彼女の心を完全に奪ってしまえば、許婚なんかより断然優位に立ち回れる。許婚なんて所詮契約書を結んでいるわけではない口約束に過ぎないからね。後でいくらでも撤回させる機会は巡ってくるはずさ。大事なのは、今のうちに白雪さんと強固な信頼関係を作っておくことなんだ」
優馬は熱弁する。言ってることは要は白雪を寝取れということなのだが、彼が言うともっともらしく聞こえてくる。
悪魔の誘惑を話半分に聞いていた一真だが、それが非常に魅力的なのは理解していた。
けれど奴の手のひらの上で踊らされるのは御免だ。
「ごちそうさま……」
だから一真は食事を終えるとすぐさま席を立ち、食器を洗って自室に戻ることにした。
これ以上優馬の話を聞いてると頭がおかしくなる。まともな人間はこんな奴に耳を貸してはいけないのだ。
「そうそう、件の白雪さんだけど大学を卒業したら許婚と結婚するそうだよ。彼女を射止めたいと思うなら、そんなにのんびりもできないよ」
自室に行こうとする一真の背中に、どこから手に入れたのか優馬の新情報が突き刺さる。
「はぁ……」
部屋に戻った一真は、溜息を付きながらベッドに寝転がる。食事の後にすぐ寝るのは身体に良くないが、そんなこと考える気分ではなかった。
今は自分のことよりも白雪のことである。
今日は本当に色々なことがあった。
大学構内でアナルにローターを挿入している白雪と出会い、彼女がアナルセックスに興味を持っていることを知る。
白雪の知られざる性癖を知る一真は彼女のアナル開発に協力し、その後白雪とアナルセックスすることに成功した。
それは一真にとって至福の時間であった。肛門とはいえ憧れの白雪とセックスすることができたのだ。彼はこの体験を一生忘れないであろう。
しかし楽しい時間は一瞬で過ぎるものだ。そして一真が夢を見ていられたのもこの時までだった。
ラブホテルでの情事を終えた彼は、白雪に頼まれ病院へ連いていく。どうやら彼女の妹さんのお見舞いに行くようだった。
意中の女性に家族を紹介される。それはまるで、恋仲になった男女の甘酸っぱいイベントのようではないか。突然の出来事に慌てふためく一真だったが、次の瞬間別の意味で困惑することになる。
白雪の許婚、
優れた容姿と恵まれた地位を持つ彼は、一部のスキもないような完璧な男性だった。雲の上の存在すぎて嫉妬すら沸かないような彼に、一真の淡い幻想は粉々に砕かれる。
もしかしたら自分のような平凡な人間でも白雪のようなお嬢様と深い仲になれるかもしれない、という小市民の愚かな願望が無に帰したのだ。
この時の一真の絶望、無力感といったら他にない。京介と邂逅した後の記憶などほとんど覚えていないくらいである。
「白雪先輩……」
やはり平民の自分では、お嬢様の彼女とは釣り合わないのだろうか。
一瞬でも期待してしまっただけに、夢が破れた時の落胆は大きい。
いっそのこと、彼女と出会わなければこんな屈辱を味わわなくて済んだのだろうか。
ベッドの上をゴロゴロと転がり行き場のない想いに苦しむ一真の脳内に、弟の言葉が反響する。
『院善京介との婚約が解消されれば、彼女はフリーとなる』
『お嬢様の彼女の相手には、それ相応のものが求められる』
『彼女の理解者として信頼されれば、後々有利になる』
相手の望む理想だけを抽出したような、悪魔らしいご都合的な甘言である。
奴の手練手管を熟知している一真にしてみれば、現実味のない理想論を吐いたに過ぎない。
しかし、しかしだ。
あの悪辣な悪魔ならば、一真の願望も現実にしてしまうかもしれないという予感があった。
かといって、悪魔に魂を売ってもいいのか。その代償に何を要求されるかも分からないのに。
「俺はどうすれば……」
悩んでいても時間が解決してくれる問題ではない。なぜなら、
『件の白雪さんだけど大学を卒業したら許婚と結婚するそうだよ』
悠長に手をこまねいていたら、現実は何も変わらない。
弟に頼らないのであれば、残っているのは自分の手のみだ。
「……良し」
一真はゆっくりと起き上がり携帯を取り出した。かける相手は決まりきっている。
彼女の番号は聞いていた。恐る恐るボタンを押し、待つこと十数秒。
「……あ、白雪先輩ですか? 今日はお疲れ様でした」
ありったけの勇気を振り絞り、そして言う。
「今度の休日、空いてますか?」
◇須納姉妹の実情
「こんにちは、
「古神くん……?」
それから数日後、優馬は須納深雪の病室を訪れていた。
「突然ごめんね、深雪さんのお見舞いに来たんだ」
「古神くん一人で?」
「そう、今日は昴くんや美聖さんは一緒じゃないんだ」
優馬が一人で病室に来た。初めての出来事に、深雪は不思議そうに首を傾げた。
元々深雪と優馬は仲が良いわけではない。
クラスメイトではあるものの深雪が病気がちで出席も少ないことから、会話すらほとんどしたことがない。彼が一人で病室に来るなんて、深雪には考えられないことだった。
「初めてだね。古神くんが一人で病室来るの」
「そういやそうだね」
「どうして一人で来たの?」
「深雪さんと仲良くなりたかったからかな」
優馬は恥ずかしげもなく躊躇うことなくあっけらかんとそう言った。
あまりに清々しく言うので、深雪は言葉の裏があるのではと勘ぐってしまう。
だが少年の表情に下心は感じられない。至って真摯で朗らかな笑顔だった
「古神くんは私と仲良くなりたいの?」
「当たり前じゃないか。だって僕らは同じクラスの学友なんだから」
優馬の言葉や表情からは悪意が微塵も感じられない。無垢な子供のような真っ直ぐな声音だった。
彼は小学生なんだから、純粋に自分と友達になりたいのかもしれない。深雪はそう判断しようとするが、心のどこかに引っかかりを覚えた。
気にするほどでもない、ささくれ程度の違和感ではある。聡明な彼女なら、あるいは優馬の真意を見抜いたかもしれない。
しかし深雪に彼を拒絶する理由はなく、明確に悪意を向けられたわけでもないので引っかかりはすぐさま消えてしまう。
そして彼女に拒絶の意志がないと察した優馬に抜け目はなかった。関わりの少ない同級生でしかない二人の距離をただちに詰めてくる。
「それで僕だけ深雪さんのことを名前で呼ぶのも悪いから、僕のことも名前で呼んでくれないかな。ほら、この前ここで僕の兄と会ったでしょ? また二人が揃っている時に名字で呼ばれてもどっちか分からないしさ」
「……それもそうね、うん分かった。それじゃあ、優馬くんで」
「改めてよろしくね、深雪さん」
一分にも満たない会話で、二人の間に若干打ち解けた感のある空気が流れる。自分を名前で呼ばせるまでの流れがやけにスムーズなのは、優馬の人間観察の為せる技だろう。
彼女のような理知的な人間は、相手を名前で呼ぶ合理的な理由があれば納得しやすい。それを瞬時に見極め誘導する話術は、なるほど悪魔的といったところだろう。
互いに名前で呼び合うことで、心理的なハードルはひとつ下がる。とはいえ深雪は優馬のことを完全に受け入れたわけでもないので、細心の注意が必要だ。
彼女のようなタイプは、相手を一度疑うと心に壁を作ってしまい簡単には信用されなくなってしまう。だから重要なのは、如何に相手の琴線に触れるかにかかっている。
百戦錬磨の優馬とはいえ、一瞬で相手と仲良くなれる魔法は持ち得ていない。こればかりは地道に相手と交流を深めていくしかないのだ。
彼女の反応に注意を払い、優馬は会話を進めていく。
「最近学校に来てないけど、身体の調子はどう?」
「最近は落ち着いているけど、良くもなく悪くもなくかな」
「クラスの皆は深雪さんのことを心配しているよ。早く良くなるといいね」
「う、うん。そうだね……」
深雪の返答は歯切れが悪かった。
病気が回復してほしくない……というわけではない。快方を望みつつも諦めている、そんな表情だ。
深雪は病気がちで、家にいるより病院にいるほうが多い生活を送っている。彼女は聡い子だ。長い病院生活の中で、自分の人生を諦観しきっているのかもしれない。
ならば安易に彼女を励ましても意味はない。そんなことは、今まで数え切れないほど言われてきたはずだから。
彼女の感情を引き出すには、別の箇所を攻めたほうがいい。
例えば、深雪の姉の白雪のこととか。
「そういえば、この前初めて会ったけど深雪さんのお姉さんって綺麗な人だね」
嘘だ。優馬と白雪の初対面は古神家である。しかしあの夜の出来事は内密にしてあるので、白雪も妹に話していないはずだ。それに優馬は白雪の抱える事情についてある程度は知っている。
だがここは深雪から本心を引き出すために、あえて姉のことを知らないフリをする。
「深雪さんのお姉さんってどんな人なの?」
「姉さんのこと? そうだなぁ……」
自分のことには消極的な深雪も、姉のことになると別らしい。少女はこころなしか語気を上げて語り始める。
「姉さんはなんというか……もったいない人、かな」
「もったいない人?」
「うん。本当ならどこにでも飛べる翼を持っているのに、狭い鳥籠の中で満足している感じかな。姉さんは自分が思っているよりずっとすごい人なのに、それを自覚していないから残念なんだ」
姉について話す深雪は、自分のことを話すより活き活きしていた。きっと彼女にとって白雪は大切な存在なのだろう。それは深雪の話しぶりを聞いているだけで容易に想像できた。
「深雪さんはお姉さんのことを尊敬しているんだね」
「……うん。私は昔から病弱だから、姉さんのように何でもできる人に憧れているの。姉さんは幼い頃から優秀で、できないことなんかないってくらい完璧な人だったから……」
その表情は姉への信頼を見せながらもどこか哀愁のようなものを漂わせていた。
彼女が信じる誇れる姉さんは、もしかしたらこの世に存在しない偶像なのかもしれない。
「深雪さんのお姉さんはとても素敵な女性なんだね」
「そう。皆や本人が思ってるよりもずっとすごい人な何だから……」
深雪の根幹をなす存在、それが姉の白雪だ。
病弱で自分の人生を諦めている彼女は、理想の姉を信仰することで自我を保っているのだろう。
ならば少女の心を動かすには、彼女の願望を現実にする必要がある。
「それじゃあ、深雪さんの一番の願いは何かな?」
「願い?」
「そう、願い。深雪さんが望んでいること」
優馬は問う。願い。それこそが人が生きるための原動力となるものだ。
「望み……私の望みは……」
深雪は言う。普段は誰にも見せない、気丈な少女の悲痛な表情で。
「私の望みは、姉さんが自由に生きること。窮屈な須納家は、姉さんの居場所ではないと思うから……」
「そうか……」
それは少女の嘘偽りない本心だ。
そして優馬が本当に聞きたかった言葉でもある。
「大丈夫、その願いはきっと叶うよ。おそらく、そう遠くない未来にね」
「えっ……?」
優馬があまりにも自信満々に言い切るので、深雪は間の抜けた声で面食らってしまう。
それは彼女を励ます大人たちのような、何の根拠もない無責任な言葉ではなかった。
少年には何か自信があるのだろう。あるいは、そうなると断言できる確信が。
「叶うって、何が……?」
「だから深雪さんの願いだよ。お姉さんが自由に生きてほしいという優しい想いだ。それは近い将来、必ず現実になる」
「そ、そう……」
優馬には妙な説得力があるとはいえ、親しいとは言えない彼のことを簡単に信じるほど深雪は浅慮ではない。
けれども彼には人を惹きつける謎のカリスマ性があるのを、少女は本能的に感じ取っていた。
「……あ、そろそろお薬の時間だ」
話に夢中になっていた深雪は、時計に目をやり途端に慌てる。
机の引き出しからケースを取り出し、中からカプセル剤を手に取る。
「それは?」
「病気のお薬。毎日決まった時間に飲まなくちゃいけないんだ。面倒だけど、先生に厳しく言われてるから」
「そうなんだ」
大きめのカプセル剤を小さな喉に流し込もうと苦戦する少女を視界の端に収め、優馬は踵を返す。
「長居をして深雪さんの容態に障るのは悪いから、僕はそろそろ帰るよ」
「そっか。それじゃあ、またね」
「うん。またそのうち皆で来るよ」
そう言って、優馬は微笑で手を振り病室を後にした。
「今日は来てくれて本当にありがとうございます」
「いえ、お誘いいただき私も嬉しいです」
とある休日、穏やかな午後。喫茶亜璃亜の一角に、二人の男女が向かい合って座っていた。
一人は古神一真だ。慣れ親しんだ常連の店でやけにソワソワしているのは、対面の女性に理由がある。
昭和に取り残されたかのような古風な喫茶店でも浮いていないのは、彼女が大和撫子然とした気品のある美女だからだろうか。この店の新参のはずなのに一真よりも落ち着いている彼女は、須納家のご令嬢白雪である。
彼女と話をするため、一真は電話で休日に会うことを取り決めていた。
そういえば、喫茶店で二人きりは初めてだ。だから余計に緊張するのかもしれない。
「それで、お話というのは……?」
注文したコーヒーが届いたのをきっかけに、白雪は話を切り出した。
「あの、それはですね……」
自分から呼び出しておいて躊躇するなんて情けない。一真は内心で自分に活を入れて話を始めた。
「白雪先輩、この前は一緒に過ごせて楽しかったです。ホテルでその……できましたし、病院にも連れて行ってもらって……先輩のことを知れて嬉しいというか、仲良くさせてもらえるのはちっぽけな俺にとっては幸せなことだと思ってます」
「私も、その……一真さんの存在は大変助かっています」
互いに感謝を述べ合いながらも、その様子はどこか他人行儀であった。
二人の間には見えない壁が存在する。それが負い目となって歩み寄ることを妨げているのだ。
その一線を一真はあえて踏み越える。そうしないと二人の距離は縮まないからだ。
「……白雪先輩には許婚が居たんですね」
「っ……!」
一真の指摘に、白雪はあからさまに動揺した。
触れられたくはなかったのだろう。彼女の表情は強張り、頬には一筋の汗が伝っていた。
「先輩が今まで言わなかったのは分かります。そんな話題にはならなかったですし、自分からは話しにくいことですしね」
この先は白雪の繊細な部分に触れることになる。その結果、今の関係が壊れることも十分にありえる。
それでも一真は話を進める。そうしないと、平静を保って彼女との関係を続けることはできないと思ったからだ。
「それならなんで俺を病院に連れて行ったんですか? 病院に行けば許婚と会う可能性は高いですし、知らない男と一緒にいるのがバレれば許婚との関係が壊れるかもしれませんよ?」
「それは……」
一真の問いに白雪は答えることができない。
答えが見つからないというよりは、答えるのを躊躇っているという風な顔だった。
だから一真の方から答えを出す。白雪の気持ちを確かめるために。
「……白雪先輩は、もしかしたら親が決めた結婚相手に納得がいってないんじゃないですか? だからその意思表示のために俺を連れてった。暗に許婚を牽制するために」
「…………」
一真の推察を白雪は否定しない。その沈黙は彼の言葉を肯定しているようなものだった。
少し声量が強くなってしまったことに、一真は内心で反省する。別に彼女を責めたくて呼んだわけではないのだ。表情や声音を和らげて、彼は続ける。
「俺は別に先輩に利用されて怒ってるわけじゃないんです。前に言いましたよね? 先輩の役に立てるならそれで良いって。だから俺のことはどんどん使ってください。でも……」
相手の本心を知りたいなら、こちらも本心でぶつかるべきだ。最低でも、自分はそうしたいと一真は信じている。
「どうしてそうしたのかは、ちゃんと理由が知りたいです。でないと、意図せずに先輩のことを傷つけてしまうかもしれませんから」
「一真さん……」
自分のためにではなく、あくまで彼女のために。一真の誠意が伝わったのか、白雪は顔を上げて背筋を正し正面から一真のことを見た。
「まず始めに、一真さんに不快な思いをさせてしまったことを謝罪させてください。一真さんを利用しようなんて気持ちはありませんでしたが、貴方に甘えてしまっていたのは事実です」
「甘えてしまった……?」
「はい、そうです。私の邪な欲求を共有できる友人ができて浮かれていたんだと思います。京介さんは私の性癖について何も知りませんから」
白雪は滔々と語りだす。自分が抱える許婚への負い目について。
「京介さんは誠実な人です。私のような汚れた人間が許婚だなんて烏滸がましいくらいに。もちろん彼のことは尊敬していますし、決して嫌いではありません。ですが結婚したいかと言われると、どうしても気が引けるんです」
一真は白雪ではないので、彼女の心境を完全に理解することはできない。しかし彼女の言うことは嘘ではないと信じられる。ただの傲慢かもしれないが、彼女の秘密を知り肉体を重ねた自分には分かるのだ。
「私の欲求を満たすため一真さんに協力してもらってますが、例え切羽詰まっても京介さんには打ち明けなかったでしょう。いくら許婚とはいえ、彼を巻き込むのは心苦しいのです」
彼女も許婚に罪悪感はあるのだろう。
さりとて人間の欲求とは、時に理性や立場では抑えられないことがある。
白雪は名家に生まれたお嬢様だが、家柄で人格が決まるというわけではない。
「私と一真さんは清らかな関係ではありません。家族や許婚に隠れて淫らな行為に耽る罪深い関係です。ですが、こんなことを頼めるのは一真さんしかいないんです。だから……」
「それ以上言わなくても分かってますよ。俺と付き合うことはできないけど、肉体関係だけは続けてくれってことでしょう? でも覚悟はあるんですか? つまるところ相手がいるのに浮気するってことですから」
「覚悟はできてます。一度でも別の殿方と関係を持った時点で純血とは言い難いんですから。もしこの関係が家族にバレたら私は勘当されるでしょうし、一真さんにも責任が及ぶかもしれません」
そりゃあ由緒正しい家柄のご令嬢に手を出したんだ。彼女との関係が露見すれば、一真もタダではすまないだろう。
だがそんなことは問題ではない。一真は白雪の不安を拭うために笑ってみせた。
「良いですよ、落ちるとこまで落ちましょう。俺なら別に、どれだけ汚れても構いませんから。もしもの時は、どこか遠くの街へ一緒に行けば良いんですから」
「一真さん……」
白雪の瞳には涙が溜まっていた。
彼女の中で凝り固まっていた憂いが一気に解消されたのだろう。
「本当にありがとうございます、一真さん」
「お礼はいいですよ。それよりも……」
二人の心は決まった。ならば向かう先はひとつだろう。
「今夜、ちょっと時間を貰えませんか?」
一真の方から白雪を誘う。
若い男女の愛欲の炎は、背徳であればあるほど一気に燃え上がるのだ。
◇不貞の契り
人々が寝静まり静寂が訪れる深夜。閑散とした薄暗い公園に、二人の男女が訪れていた。
「誰にも見られませんかね……?」
心配そうにしながらも興奮で頬が紅潮しているのは白雪だ。薄手のコートを着た彼女は周囲に人が居ないか見回していた。
「大丈夫ですよ。周辺に民家は有りませんし、この時間に人気がなくなるのは白雪先輩も知っているでしょう? ほら、前にここでオナニーしてたんですし」
「恥ずかしいのでそのことは言わないでください……」
白雪を夜の公園に誘ったのは一真だ。彼はこれからする行為に期待で胸を高鳴らせていた。
彼らはもちろん、夜のお忍びデートをするために公園に来たわけではない。
「白雪先輩、公園の奥まで来たんで早速しましょうか。頼んだ通りの格好で来ましたよね?」
「はい、ちゃんと。ほら、この通りです……」
一真に見られながら、白雪は恥ずかしそうにコートを脱ぐ。
コートの下は全裸だった。しかし所々に装飾があるのが分かる。
まず頭に犬耳のカチューシャを付け、首には首輪をつけている。そしてお尻には尻尾付きのアナルプラグを装着していた。
これから彼女を犬に見立てて散歩をしようという試みである。普通の神経なら絶対に拒否するだろうが、彼女ならば受け入れてくれると信じての申し出だ。
実際、白雪は恥ずかしがりながらもちゃんと指定した格好をして来てくれた。元々夜の公園でオナニーしてしまうような女性なのだ。こういう背徳的なプレイに興味があるのだろう。
「まず何をすれば良いんでしょうか?」
「そうですね。まずは犬のように四つん這いになって散歩してもらいましょうか」
白雪の破廉恥な艶姿に情欲を隠せない一真は、遠慮せずに変態行為を要求する。
一方の白雪も、淫乱な姿で吹っ切れてるのか大して躊躇わずに頷いた。
「……分かりました。リードがあるので引っ張ってくださいね」
一真は首輪に繋がれたリードを手に取り、白雪は四つん這いになる。地面に手足を付けることに抵抗はないどころか、むしろ乗り気ですらある。彼女もこのプレイを楽しんでいるのだろう。
そうして犬の散歩プレイは始まった。
夜の公園で天下の須納家のお嬢様が全裸になって四つん這いで歩いている。他人に話しても絶対に信じてもらえないような光景である。リードを手にし先導する一真は、ありえない状況に動揺しつつも興奮していた。
「白雪先輩、寒くはないですか?」
「暖かいんで平気です。それよりも、地面を手足で歩くのって変な感じですね……」
公園の地面はアスファルトとはいえ、素足で歩くのは想定されていない。万が一お嬢様を怪我させては申し訳ないので、一真も足元に注意してリードする。
「小石とか小枝で手足を切らないよう気をつけてくださいね」
「はい……段々四つん這いで歩くのも慣れてきました」
そうして一真は裸の白雪を引き連れしばらく散歩を楽しんだ。一歩間違えば誰かに見られてしまう状況は、新鮮な背徳感があって非常に唆るものだ。
「あの、一真さん……ちょっとよろしいですか?」
色んな意味でドキドキしながら歩いていると、白雪が一真を呼び止める。何事だろうと下を見ると、彼女は羞恥心で頬を染めながらお腹を抑えていた。
「一真さん、お花を摘みに行ってもよろしいでしょうか?」
なるほど、お腹を出して外を歩いていたので催したようだ。
普通なら、素直に彼女を公園のトイレへ連れて行くだろう。
しかし今の一真は紳士とは程遠い性欲の獣となっている。
「それじゃあ、公園の隅に行きましょうか」
舗装された道から外れ芝生の方へと白雪を先導する。そこの木が生えているところに彼女を案内すると、樹木の根本を指差す。
「先輩は今犬なんですから、樹の下にオシッコしてくださいよ」
「えぇ、あそこにですか……?」
一真の提案に白雪も流石に困惑する。
彼女に嫌われてもおかしくない下品な発言だが、白雪も普段とは違う精神状態だった。
「せっかく犬になりきってるんだし、オシッコもそれっぽくしないと」
「……はい、分かりました」
背徳感で邪な情欲が刺激された彼女は、困惑しつつも言われた通りに樹の下まで行き片足を上げる。
そして、赤面しながら膀胱を緩めた。
「んんっ、んはぁ……」
外気に晒された尿道口から、ちょろちょろと黄金水が解き放たれる。絶世の美女の排泄物が、樹木の栄養となるのだ。
「我慢してたんですか? いっぱい出ますね」
「……そんな恥ずかしいこと言わないでください」
数十秒間の排尿を終えた白雪は、スッキリしたせいか多少冷静になっていた。
彼女のおしっこを見守り、なんだか一真も催してきた。別に用を足したくなったわけではない。同じ下だが違う衝動が湧き上がったのだ。
「結構歩きましたし、少し休憩しましょうか」
湧き上がる劣情を抱えたまま、一真はある場所へと移動する。そこは二人にとって意味深い場所だった。
「ここって……」
「先輩もよく知ってる場所でしょう?」
そこは彼女が以前オナニーをしていたベンチであり、二人が運命的な出会いを果たした場所である。
「はぁ~……疲れましたね、よいしょっと」
一真はベンチに座り、白雪は犬なので地べたに座る。
彼女の目線の先には、雄々しくテントを張った一真の股間が映った。
「……そうだ、先輩。おしっこしたらお腹が空きませんか?」
そう言って一真は股間の封印を解いてペニスを露出させる。男根は赤黒く変色し欠陥を浮き上がらせてイキリ勃っていた。
「すごい……大きくなってますね」
天高く勃起した肉棒を見やり、白雪は頬を赤らめていた。彼女も肉欲の疼きが抑えられないのだろう。オスの象徴に対し興奮で潤んだ眼差しを送っていた。
「先輩って男性のモノ舐めたことないですよね?」
「はい、書物では勉強しましたけど……」
性欲旺盛な白雪は、男根を咥えることへの抵抗はなさそうだ。むしろ今にも食いついてきそうな迫力すら見せている。
「後学のためにも、試しにフェラチオしてみませんか?」
「初めてですけど上手くできますかね……?」
「大丈夫です。指示もしますので」
「分かりました、頑張ってみます……」
理性よりも欲求が勝ったのか、白雪は小さな舌を出して恐る恐る亀頭を舐め始める。
「ちろ、れろ、んっ、ちゅぷ……」
「おぉ……」
逸物に伝う、美女の生温かい舌触り。彼女の初々しいフェラで一真の情欲も益々昂ぶっていく。
「先輩、気持ちいいですよ。その調子で竿全体を舐めてください」
「ふぁい……れろっ、んちゅっ、れら、んちゃぁ……」
白雪は一真の反応を見ながら、彼の感じる場所を探っていく。最初は辿々しかった舌使いも、見る見る内に上達していった。流石は何事も優秀なお嬢様だ。一真が少し指示しただけで自分の技にしてしまうのだ。彼女が秘めたる才能に、一真自身も驚いていた。
「あっ、くっ、そこっ……カリの部分を突かれると、最高に気持ちいいですっ……!」
「んちゅっ、ちゅぷっ、んくっ、こうですね……れろっ、ちゅう、ちゅぱぁ……」
彼女のような気品ある美女が男の股間に顔を埋めている。本来なら一生遭遇しないだろうありえない光景に、一真の興奮は天井知らずに上がっていく。
シチュエーションによる高揚もあり油断すればすぐイッてしまいそうだが、簡単に射精しては面白くない。できるだけ長い時間彼女のフェラを楽しもうと、一真は怒張に力を入れた。
「舐めるのはいい調子なので、次は咥えてしゃぶってください」
「しゃぶるんですね……あむっ、んんっ」
陰茎全体を彼女の唾液でコーティングした後は、いよいよ本格的な口淫に移行する。男根を灼熱が包み込み、一真の全身をとてつもない快感が襲う。
「ちゅむっ、んぷっ、ぐぷうぅっ……ちゅぶっ、んくぅっ、んじゅううぅっ……!」
「おぉっ、気持ちいいですよっ……歯を立てないように、口全体で包み込むように愛撫してください……」
白雪はフェラチオ初心者とは思えないほど上手だった。事前にアダルト作品で勉強していた成果が現れたのだろうか。
「じゅむっ、んくっ、んぐっ、じゅるるっ……んぷっ、ぐじゅうっ、ぐぶうぅっ……!」
白雪の舌が口内で縦横無尽に動き回り、男根をもみくちゃに愛撫する。女性の舌で弄ばれて、一真の愚息は液体の如く蕩けてしまっている。憧れの先輩に陰茎を咥えられて気持ちよくないわけがない。一真は白雪にフェラチオをさせている愉悦感に酔いしれていた。
「じゅうっ、んぐっ、じゅぶるっ……一真しゃん、どうれすか?」
「気持ちいいですよ、先輩っ……もうすぐイキそうなんで、そのまま続けてくださいっ……!」
「ふあぁい……んじゅっ、じゅぐぶっ、んぶっ、んじゅぶうぅっ……!」
一真の射精を察知して、白雪のペースが上がっていく。口内に溜まった唾液でジュプジュプと淫らな水音が響き、乙女の淫らな口淫を盛り上げている。
もっと長く楽しみたかったが、これ以上我慢できそうにない。一真は白雪の頭を掴み、射精の態勢に入る。
「うっ、先輩射精ますっ……!」
「んぐっ、んんっ、んぶうぅっ……!?」
白雪の口内にザーメンが勢いよく流れ込む。ドロドロの白濁液が彼女の喉奥を容赦なく占領し、縄張りを主張するようにマーキングしていく。
「んんっ、んじゅるっ、ずずずっ、んぐうぅっ……!」
「おおっ、すごいっ……搾り取られるっ……!」
一真が指示しなくとも、白雪は率先して白濁を飲み込んでいく。苦痛に歪んだ表情で窒息しそうになりながらも、懸命に喉を鳴らし精液を嚥下していった。
「んくっ、んぶっ、んはぁ……全部飲めました」
「吐き出しても良かったのに頑張りましたね」
「はい、男性は精液を飲むと喜ぶと本で読んだもので……」
お嬢様は勉強熱心らしい。今度お気に入りのエロ本でも貸したいものだ。
「精液を飲んだ感想はどうですか?」
「そうですね……苦くて変な味ですけど、嫌いではないかもしれません」
「それは良かったです」
自分の調教もあってか、白雪はどんどん淫らに成長していく。
その達成感と充実感を胸に抱き、一真は彼女と繋がったリードを手に取った。
「お腹も満ちたところで、散歩を再開しましょうか」
「はい……ご主人様」
二人は再び散歩を始める。その足取りは軽かった。
その先に待つ困難など、二人の絆の前では無意味だとでも言うように。
本当はHシーンでアナルセックスも挿れる予定だったんですが、尺がなかったので没になりました。
書籍化された際追加しようと思います