夏コミに出すつもりです、大人仕様十八禁です。
世界中が背を向けたのだ、たった一人、自分を心許した人にさえ裏切られたと思った時の絶望が、どれほどのものなのか、誰もわかりはしないだろう、だから自分を取り巻く世界、全ての人間に躊躇うことなくいうのに、また同じ事を繰り返すのかと男は自分に問いかけた。
ああ、なのに繰り返す、また同じ目に遭って裏切られるかもしれないのに、だが、縋ってしまうのは彼が幽霊でも化け物でもない人間だからだ。
男はパリの地下に住んでいた、それは決して珍しい事ではない、財産も家もない、浮浪者同然の人間が身を隠すようにして地下に隠れ住むなど当たり前のことだし、普通の日の当たる場所で生活している人間でも地下で暮らしていることもある。
男はかってオペラ座の怪人と呼ばれていた、ゆすり、恐喝、殺人、オペラ座の支配人達から大金を巻き上げて、自分の音楽をオペラ座で上演して、だがそれだけでは満足できなかった。
自分だけのプリマドンナを作り上げたのだ、最初のうちは全て順調にいき、今までの苦労は、この為だったのだと思え、幸福感さえ感じた。
だが、いつまでも幸運は続かない、そして最後に男は自分一人になった、今までのツケが回ってきたのだ、天罰か、だとしたら。
それは力一杯の拍手だった、街角で顔を隠してバイオリンを演奏して日銭を稼ぐ、生活に困っているわけではなく、ただ、音楽を捨てる事ができなかったのだ、全てを捨てようと思っても音楽だけは。
通りを歩く人が足を止めて演奏に耳を傾けるが、一体、どれくらい人間の、この音、演奏の意味がわかっているのかと思いながらバイオリンを弾いていたのだ。
その拍手に男は正直、戸惑い、視線を向けた。
拍手をしたのは女だが、ベールのせいで顔は見えない、周りの、いや、通行人も驚いている。
自分もだ、視線をはずそうとしても何故か気になってしまう、何故なのかわからない、だが、それが切っ掛けで出会ってしまったのだ。
会話というのは言葉を交わさなければ成り立たない、自分の演奏を聞いてくれて、拍手を、ありがとう、たった、それだけ、伝えるだけなのに。
緊張と妙な気まずさを感じた、いや、初めて相手の顔を見て外国人だとわかれば尚更だ。
英語が通じるのかと少し不安を感じつつ、ゆっくりとした口調で話かける、女の黒い目が顔を、自分の仮面に向けられる。
そのとき、鐘が鳴った。
教会の時を知らせる鐘のせいで、女の言葉が聞き取れなかった。
家に入る時、ドアを開ける寸前、男は声をかけた、それはドアを隔てた向こうに相手がいるからだ。
一人だけの時は気にも求めなかったのに、この一ヶ月、他人と生活するだけで変わってしまうものだろうかと内心、驚く自分がいた。
今の自分は一人ではない、誰かと共に暮らしているのだ、信じられないかもしれないが、クリスティーヌ。
ふと、思い出した名前がひどく意味のない言葉のように思え、そんな自分に驚いた、今の自分には必要ないものだと。