たとえば街を歩くとき、真尋に名前を呼ばれると拓志が顔を強張らせるのは、路肩にタクシーが停まり、後部ドアを開いたことが何度かあったからだ。しかも、彼女自身はいつもまったくそれに気づかず会話を続けていたりする。他の人ではそうはならないから、真尋特有の「たくしぃ」といった甘ったるい言い方とよく通る綺麗な声に原因があるかもしれない。
だが、拓志が真尋について危惧しているのは、MANABUシステムの――後遺症というべきか――それにまつわる全てに対してだった。
MANABUシステムが、ネット接続が禁止されただけで販売自体はいまだに許されていることには、それなりに理由があった。
この機械が発売された時、セールスポイントとして謳われていたもの――「お子様の学力を飛躍的に伸ばします!」
そう、当初MANABUシステムは睡眠学習装置として売り込まれ、そのせいで売れ行きは悪かった。が、受験生を抱えた家庭などにはそれなりの需要はあった。
そして、学習能力を向上させる効果があるのは事実で、使用や販売を完全に禁止することに異議を唱える者たちも少なからずいたのだった。
街でひっそりと店を開く、違法なネット接続も行なう潜り屋の経営者たちも、学生や社会人の勉学支援を口実にしている場合がほとんどだ――表向きは。
事前設定で勉強に集中する夢を見るようにセットすれば、たしかに勉強に励むことは可能だ。しかし、実際には出会い系やSNSやネットゲームのような使い方をする者がほとんどで、中には犯罪まがいや犯罪そのものの使用を促す業者も存在する。
たとえば、イケメンとデートする夢を見るつもりが、何人もの男たちと夢想空間内で延々とセックスし続けるはめに陥る等の被害に遭う女性は後を絶たない。
本人が意図しない事前設定が勝手に施され、セックスしまくるような夢を見させられてしまった女性は、その夢想空間内では積極的に淫らな行為に励むことになってしまう。いやらしいことをしたいと望み、男たちとの性的な愉悦を貪ることしか考えられなくなるのだ。そして、その男たちはネット接続を利用する実在の人物たちなのだった。
現実の肉体に影響は無いにしても、夢想空間内での淫らな行ないの記憶はその女性の心に大きな傷となって残る。また、夢の中で名前や住所などの個人情報や他人に話すべきでないプライベートなことを喋らされたりするため、やはり重大な問題となる事案だった。
いや、現実の肉体に影響は無い……果たして、本当にそうだろうか?
拓志は最近、その決めつけは早計だと思うようになっていた。MANABUシステムのシステムや原理的構造を調べれば調べるほど、確信は強くなってゆく。
むしろ、MANABUシステムは、現実の本人に影響を与えるために作られた装置なのでは?……そんな予感すら、近頃の真尋の様子を見ると感じられるのだった。
なんとかしなければならない、と拓志は焦燥を感じていた。手遅れにならないうちに、この悪魔のような策略を潰す手立てを考えなくては、と。
はやる気持ちを抑えながら、拓志は自宅へ戻るため、真尋と反対方面の地下鉄に乗り込んだ。
次回、「04 体が……」