吊革にすら摑まってないのだ。尻を思い切り突き出したせいで体勢を崩し、真尋はよろめいた。だが、転倒しかけた彼女を、背中から優しく抱き留めた者がいる。もちろん、それは南郷。
片手で真尋の細腰を支え、黒ショーツの中に突っ込まれたもう片方の手で、南郷は元婚約者の、女子高生の柔らかく滑らかな尻の表面を撫でてゆく。
激しい悪寒と戦慄の中で、真尋は自分の体温が下がっているように感じていた。だが、それは錯覚だったらしい。
いつの間にか、暑い。暑くて、たまらない。肌が、だんだんと汗ばみつつあった。ますます滑りは良くなり、南郷の指先はスムーズに臀部を揉みしだく、流れるように。
「ん……ん……」
真尋は眉をしかめた。
彼女に、南郷を気持ち良くさせるよう促す者がいる。
南郷に彼女を凌辱させて、愉しませようとする者がいる。
彼女を、南郷のもたらす淫猥な刺激で昂ぶらせ、官能に狂わせようとする者がいる。
それは他ならぬ、真尋自身だった。彼の指先をさりげなくもてなすため、真尋は撫でられている尻に軽く何度も力を入れて、ひくひくとさせた。真尋がくすぐったさを感じていることを、南郷に悟らせるために。
「う……んう…………」
自分のしでかしたその行為に、しかし真尋は激しく傷つき、ショックを受けてもいた。
凌辱者・南郷を悦ばせようとしているのは、たしかに真尋本人だった。ただし、それは彼女の脳内の、ごく一部で決定された行動で、彼女の人格を構成する大部分は、その決定になぜか逆らうことが出来ない――と、いった感じなのだ。
二重人格に似た症状だが、そこまではっきりと分裂しているわけではない。だが、真尋は便宜上、というか、彼女自身の考えとして、彼女の心の中に間借りして勝手を行なうそれを、「体」と呼んでいた。
真尋が心でやりたくないと思っていることを、体が勝手にやってしまう。そして、彼女の体は、なぜやったのか、その動機を一方的に彼女に伝えてくる――真尋本体の側の感覚としてはそんな具合だった。
真尋はそれを、どうすることもできない。南郷を止めるどころか、逃げられもしない。まともに体を動かすことすらままならなかった。
MANABUシステムによる悪夢から解放されて以来、ずっと感じてきた、違和感――自分の肉体が、自分のものでないかのような――今こそ、その原因はやはり、背中にいるこの不埒な男のせいだったのだと確信した、口惜しさとともに。
「そ、んな……」
真尋は、自分の意志の支配から離れて南郷を嬉しげに歓迎する彼女自身の肉体に呆然とするしかなかった。
……それは、真尋にとって今にはじまったことではない。夢の中に閉じ込められていたときもずっとそうだったし、その後にも、それは続いていた。
拓志によって救出され、覚醒した後も、真尋は約1ヵ月の間、入院生活を続けた。そして、やっと自宅に戻った日、下着を仕舞っているタンスの引き出しを開けると、そこに自分の物ではない上下のセットが何着も並べられてあることに気づいた。
赤、紫、黄、水色、緑……全部で、10色。
それらは、色が違うだけですべて同じデザインだった。布地は薄く、乳房や尻を隠すというより飾る機能をもっている――つまりは、そのブラジャーやショーツを身に着けた女の体型をより煽情的に強調するための淫猥な代物だった。
真尋は戸惑った。
自室のタンスに、そんな下着が10セットほども勝手に入れられていたからではない。それらを目の当たりにして、驚きも、恐怖も、歓喜も感じられないことに困惑したのだ。
確かに異様なことのはずなのに、それがさも当然なことのように受け入れる自分の反応に、静かに愕然としていた。
だいたい、どうして自分は自宅へ帰るなり、真っ先に自室のタンスの、下着を仕舞ってある引き出しを開けたりしたのだろう。自身のとった行動の意味すら、分からないでいると、
――どの色にしようかな?
真尋の頭の中に突然、そんな思考が生じて「え?」となった。
そして、身動きすらできず、呆然と立ち尽くした……はずだった。だが、真尋の体は彼女の意思を無視して勝手に動きだした。身につけていた衣服を、その場で脱ぎ始めたのだ。
「そんな! な、何で…嫌っ! やめ、て!!」
半狂乱となり、文字通り自制しようとする真尋。だが、出来なかった。誰かに操られている、というのではない。脱ぐことを拒絶しようとすればするほど、逆に「脱ぎたい!」という気持ちが肉体の奥底から湧き出してきて、ブラウスのボタンを外し、スカートを緩めたくなる。
その気持ちを遂には、抑えられなくなってしまったのだ。
それは、欲情に似ていた。理性が性欲に屈するように、真尋の気力は自分自身のいやらしくも強烈すぎる衝動の前に、あっけなく尽きた。
「はあ……はあ……」
興奮で、いつの間にか我を失っていた真尋は、気づくと、鏡の前に立っていた。学校や友人と遊ぶため外出するとき、身だしなみを整えるために使う大きな鏡の前に。
「あ…あああ……」
その時、真尋は、全裸ではなかった。白いブラとショーツだけで裸体を隠していた。いや――着飾っていた。彼女自身が買い求めた物でも、親から買い与えられた物でもなく、布地は薄く、乳房や尻をより煽情的に強調するための淫猥な代物――上下お揃いのデザインで、そのどちらもサイズはぴったり。縁にはNANGOと赤い糸で刺繍されていた。真尋の目はその5つの赤い文字が、ブラにもショーツにもしっかりと縫いつけてあるのを、じっと見つめた。それから、その目を全身に向ける。
鏡に映る下着姿の肌は赤く火照り、頬も上気していた。両目も潤み、息荒く陶然とした表情を艶やかに浮かべていた。
その日以来、真尋はそれら、NANGOと文字が縫われたもの以外のインナーを身に着けられなくなった。清楚かつ可憐なコーデで決めているときも、その内側では男に劣情を催させるキワドイ下着で肌を装う。
はじめて、拓志と夢の外で一夜を共にしたときもそうだった。
幸い、というべきか、色だけは自分で選べたので拓志に会うときは黒を着ている。この色だけは刺繍糸も黒いので分かりにくいのだ、5つの文字が。照明を暗くするなどして誤魔化せる。それに、拓志は黒い服が好きで黒しか着ない。彼の趣味に下着だけ合わせたように演出することは可能だった。
だが、実は、昨日のデートだけは違っていた……そのつもりだった。
だんだんと誤魔化しきれなくなってきたこともあり、今回こそはと真尋は、なんとか自分が身に着けたい下着を着る決心だった。NANGOの下着を着ようとしたがる自分の体を叱りつけ、強引に、久しぶりに、花柄パステルカラーの上下セットを身につけ、重ねて、「この日のために」と数週間前に購入したワンピースを着た。だが、無理だった。少しでも気を抜くと、いつの間にか脱いでしまっている。そして、NANGOと刺繍された下着を身に着けてしまっている……結局、下着はいつもの黒NANGOで家を出るしかなかった。
そして今、真尋は南郷に身を汚され、抵抗するどころか、受け入れてしまっている。そう、まるで夢の中のように、心のどこかで異変を感じ、危機感を抱いているはずなのに、体が言うことをきかず、もどかしくもどうすることもできない。
あの夢想空間に囚われていた日々のように。
「く……」
真尋は歯噛みした。南郷の指先が、ついに彼女の肛門に触れたのだ。
嫌……嫌! 嫌!
これ以上ないほどの生理的嫌悪感を催し、真尋は心の底から拒絶することができた。なんだ、大丈夫だ……自分は、まだまともだと思った。真尋は再度、彼女の尻を苛む手を摑むことができた。さあ、この手をショーツから引き抜き「痴漢です!」と叫ばなければ。
だが、無理だった。
激しい嫌悪感は堪えきれぬほどの嬉しさへと急速に変わってゆく。拒絶は欲求となり、すぐに、このまま尻をいじられ続けなければ死んでしまう、とでもいうかのような、麻薬の禁断症状にも似た妄念が真尋の心を無情に蝕むに至る。やっと摑んだ手首を離し、その手の甲を真尋の手の指先が優しく撫でる。許しを請うように。
構わず、南郷の指先は真尋の、熱く潤った後ろの穴の襞の、その細かな1つ1つを、数えるように、正確な形をはかるようになぞり、それから、強く乱暴に擦りあげた。
「んうっ……!」
思わず、真尋は呻く。静かにと命じられていたにもかかわらず、泣き声が出てしまった。周囲の人に聞こえてしまったかもしれない。しかし、それどころではない。何度も何度も擦られてゆく。真尋の、恥ずかしい肛門が、捲れ上がるほどに。
そんなハードな凌辱を全力で愉しまなければならなかった。全霊をかたむけて、南郷の気持ちをすべて受け入れなければ。
嫌! 嫌だ、嫌だ……!
違う。抵抗しなければ。早く、この恥知らずな痴漢を止めなければ、取り抑えなければ――
だが、入ってきた。そのまま……濡れきった後ろの穴に。真尋の中に、南郷の長い指の1本が、すんなりと、根元まで。
「や……あ……」
尻の中が、熱い。ジンジンと、痛い。こんなこと、拓志にも許したことないのに……甘い喘ぎをあげたくなるのを、真尋は必死で我慢した。
ひどい辱めだった。満員電車などという公衆の真っ只中で、しかも心を弄られ、悦ぶしかない状態にされて。
――お尻の穴を思うがまま嬲られるなんて。
「ん、く……ぅん……あ……は……」
怖くて目が開けられない。周囲の誰にも気づかれていないことを祈るしかなかった。
――気持ち、いいよぉ。
「!?」
背中が、ぞくっと震えた。真尋の心の中で、そんな呟きがたしかに聞こえた。
彼女自身の、心の声だった。いや、体の声か?
――この気持ち、伝えないと……もっと、激しくしてほしい……
声は、止まらなかった。心の中で、まだまだ続いてゆく。
それは、真尋にしか聞こえない、真尋の裡なる声。
真尋自身の声。
――そうだ。
南郷の嬲りに悦ぶ真尋の体が何かを思いつくと、それはすぐさま真尋に伝わった。
「ああ……や……嫌ぁ……」
絶望を感じた。恥知らずな、最悪な行動選択――しかも、それを思いつき、行なおうとしているのは、確かに自分だった。
やめさせて、お願い、と、真尋は自分を思いとどまらせようと必死に懇願した。
それでも、真尋は止まらなかった。
軽く優しく2回、その後、ゆっくりと強く締めつけていった――南郷の指を、肛門の……括約筋で。
切なさと興奮、感謝の念、期待感、そして、ちょっとした悪戯心をもって、躊躇うことなく実行に移した。
まるで、想いを込めて口でしゃぶるように、後ろの穴で凌辱者の指に吸いつく。
と、同時に――
畜生……
無力感、怒り、真尋は無念に打ちひしがれた。世界で一番、体を許したくない男を相手に、性欲で胸をたぎらせ、快楽を求めて甘え、ねだってしまうなんて……の思いで気が狂いそうだった。
畜生! 畜生! 畜生! 畜生、畜生!
心の中で、とにかく口汚く罵った、言葉にすることはできずに。だが、真尋自身にも、それはあまりにも空虚なものとしか響かない。
そして、躊躇なく、南郷は中指による抽送を開始する。乱暴に、荒々しく……
「ん……やぁ!……は……ぅ……んぅ……!!」
思わず、真尋の喉から声がこぼれた。南郷の命に反し、細切れに、その言葉の意味するところはともかく、明らかに甲高い喘ぎ――男が悦ぶたぐいの。
雌が雄に、自分を犯させるための鳴き声だった。
十二分に潤まされたおかげで、真尋の中を南郷の指はスムーズに出入りする。事前に爪もしっかり切ってあったのだろう。真尋の尻の奥は灼熱の痺れに曝されつつも、傷つくことはなく、倒錯的な幸福感が極めて女性的なラインを描く背骨を駆け上がり、脳を叩き続ける。
触られてもいない膣口――女性器も、痛いほどに熱い。体の内側から、小突かれている感じだ。
「はン……! あ……っ…く……んっ……」
声は止まらなかった。真尋は目を瞑っていた。とても、周囲の人の様子を確認する気にはならなかった。だが、気づかれずに済むレベルは、間違いなく超えるボリュームの声が出てしまっている、真尋の唇を割って。歯軋りするほど口惜しいはずなのに、頰は強張りつつも表情は緩み、羞恥で赤く火照りかえっていた。
「つ……! ん……!……ふぁ…………!」
どうしようもなかった。涎が閉まりきらない口からこぼれ落ちそうになる。
そんな時――
「キスだ」
南郷の声と息が、耳朶にかかった。
反射的に俯いていた顔を上げると、唇を奪われた。まるで当然のように口腔に舌が入ってきて、真尋も自分の小さな舌をそれに絡めて迎えた。
助かった、と思った。これで、声を出さなくて済む……なんて、優しい気遣いなのだろう、と。
「ん……ぅ……」
夢の中では日常的に行なっていた、挨拶のようなものだ。だから南郷の舌は、真尋の舌が最も悦ぶ速度、擦り具合で責めてきた。
南郷のもう片方の手は、いつの間にか乳房を摑んでいた。背中のファスナーを開け、そこから入ってきて、ブラの上からきつく揉みつぶす。
真尋の両脚からは、すでに力が抜けきり、がくがくと震えている。南郷に支えられ、抱き締められてなんとか立っている状態だった。
脳が昂ぶり、熱く茹だる。
ぬるぬるの尻の穴も、最早、痛みは、熱さすら感じない。指が高速で擦りつけてくる都度、ただ嬉しさで切なくなる。
唾液がとめどなく口の中に溢れ、真尋はそれをふたりで交換しあった。舌の、感度の高い先端同士で擦り合わせながら、喉を鳴らして、貪るように飲み干しあう。周囲を確認することもなく、出来ず、情欲を夢中で愉しみあった。
快感だった。痺れる心地良さに浸かり、溺れてゆく。
気持ちいい……もっと………
だが、至福でいられる時間はあまりにも短く――尻の穴から燃え盛り、吹き上がるいやらしい気持ちが限度を超え、真尋の意識は瞬く間に爆ぜて、消えた。
次回、「05 不注意操車」