ああ、寒いなあ、今夜はお鍋にしようかと思い、雪生は夕飯の支度を始め
た、もうすぐ恋人が帰ってくる、おいしいものを作ってあげないと、最近仕事
が大変そうだからと、朝、出かける時の洋司の姿を思い出した。
「あっ、ビール、いや、発泡酒、あったけ」
慌てて冷蔵庫の中を確認すると一本あった。
これでも十分、いけるぜといった恋人、洋司の言葉を思い出す、そのとき、
玄関から音がした。
「お帰りなさい」
玄関に向かうと、おーいと野太い声がしてドアが開いた。
「雨だよ、参ったなあ」
「えっ、本当、だったら、信子さん、傘を持ってたかなあ」
「大丈夫だろう、なかったらコンビニで買うんじゃないか」
「いいや、そんなことしないよ、面倒だって濡れて帰るよ、信子さんは、そ
ういうところは面倒くさがるんだよ」
「まあ、いい、それより腹が減った」
「うん、先に食べようか、信子さん、遅くなるみたいだし」
「そうか」
少し残念そうな洋司の声に、やっぱりなあと雪生は思った。
二人きりで食べるのもいい、だが、もう一人家主の信子のがいないと楽しく
ないのだ。
「なあ、雪生、物件、アパート探しの件だが」
「あっ、どうしたの」
どことなく歯切れが悪いのは気のせいではない、雪生は言葉を待った。
「もう少し先でもいいんじゃないか、その、慌てなくても、いや、金がない
ってわけじゃないんだよ」
その言葉に雪生は内心、ほっとしながら、そうだねと頷いた。
「いや、信も言ってたじゃないか、飛びついて変な場所だったりしたら引っ
越すのも大変だし、慌てることはないって」
「そ、そうだね」
甘えてるわけじゃないと言いたいけど。
「もう、四ヶ月近いし、近所の人は俺たちのこと信子さんの親戚か、恋人だ
って思ってるんだろうな」
「だろうな、まあ、本人は喜んでるみたいだが」
「俺たち、駄目人間、社会人失格ってやつかなあ」
その言葉に、洋司の顔、表情が固まった、三十半ばというのに顔つきはむさ
いおやじなので、妙な貫禄がある。
「家賃や食費は出してるじゃないか」
その言葉に雪生は黙り込んだ、確かに金は払っている、住まわせてもらって
いるから払っている、だが、それは万札を片手の数だ。
男二人の生活費、光熱費、水道代、生活するには色々とかかるのに、普通な
ら足りないぐらいだ。
「居心地がよすぎるというのも困るな、ヨウちゃん」
「う、うん、いや、俺も今、仕事が順調だし」
「それより、雪生、モデルというのはどうなんだ、信のやつ心配してたぞ」
「えっ、心配って」
「顔がいいからな、おまえ、熱心なファン、ストーカーとか、よくドラマと
か、ネットであるだろう」
思わず笑ってしまいそうになる、大げさだよと、アイドルや芸能人じゃある
まいし。
「そ、そうか、でも、今でもおまえは、そこらの男よりは」
「馬鹿馬鹿しい、俺は洋司に、いや、信子さんにもだけど、二人にもてるだ
けでいいよ」
「そ、そうか」
少し安心したように恋人が笑う、そのとき、玄関から、ただいまーと元気な
女の声が聞こえてきた。