第1話 プロローグ
――XXXX年
天は澄んだ蒼に染まり、神々しく輝いている朱がその蒼の中で主張している。
その下では、柔らかい白の塊が敷き詰められている。
この蒼白の中間で、二人の男が浮遊していた。
両者は同じ方向に身体を向けており、疲労困憊な表情をしている。
何故なら――
――前にいる背丈の高い壮年の男は、背後にいる青年に胸部を右腕で貫かれているから。
――背後にいる青年は、腕を貫通させてはいるが、肉体そのものは腐敗が起こり始めているから。
「き、貴様ッ!?……どこにっ……そんな力が……ッ!?」
ゆっくりと、顔を背後にいる青年へ向けた壮年の男は、苦痛の声で驚きを含んだ言葉を放った。
「へへっ……。俺の、根性……すげぇだろ……」
その叫びに青年は力無く笑い、そう続けた。
◇◆『プロローグ』◆◇
「へへっ……。俺の、根性……すげぇだろ……」
目の前の「堕ちた」男に俺は進行する腐敗を感じながら答える。
「くうぅ……っ。……だ、がっ! そんな、攻撃で……っ! 私を、消せると、思っていたのかぁっ!?」
反語のニュアンスで問うコイツの表情は、苦痛と同時に絶対なる自信があるように覚えた。
だが、こいつの言っている事ぐらい知っている。言われなくともだ。
だからこそ。
「細工を、したんだ」
「なに……?」
今の言葉が聞こえなかったかのように発言するコイツだったが、その発言は同時にコイツの真正面に現れた円のゲートと共に掻き消される。
「っ!?……き、貴様っ!まさかっ!?」
俺が言わずとも、もう答えは分かっているはずである。
だが、現実を認めたくは無いがためにそのような問いをしたのだろう。
焦り、嫌悪、そしてこの場から逃げたいという欲求が顔に表れているのが、よく分かる。
――そう、俺がした行為は、
「道連れだ……。俺も、お前も、一緒に。……地獄へ行こうぜ」
触れた生者を死者と、もしくは贄と同類にし、地獄の魔共の餌にする行為。――
周りは赤く、魔法陣に描かれる文字が羅列しているこのゲートは、地獄への道。
周という境界から内側は、闇のように深い暗黒の靄が蠢いている。
「離せえぇっ!地獄行きは貴様だけで充分だあぁっ!」
もう、痛みが平気になったのか。まだ貫いているというのに。
「はは、お断り、だ」
こっちは、足先が腐りきっているというのに。
パチンッ
俺は貫いている右手で、指を鳴らした。
それと同時に、腕を引き抜く。
「ぐほあっ……」
勢い良く引いたためにゆらめくコイツと、もう何もすることが出来ず落下していく俺。
「い、今のうちにっ――う゛あっ」
遠くで闇から数多の腕が飛び出してヤツを捕らえたのが確認できた。
俺の期待に応えてくれて、よかった。
そしたら、いつもの奴等と同じ末路だ。
「わたしの逝く先は『こっち』ではないのだああああっ!!」
腕を掴み、脚を掴み、開いた胸の穴から胸部と腹部を掴み。
「はなセエッ!ハなセエエェっ!!ハナセエエエェッ!!」
一度捕らえたら、絶対に、絶対に、離しはしない。
「ウアアアアアアアァァァァァァッ――」
断末魔が遠のいていき、あのゲートは直径を短くしながら消えていった。
「一度、『堕ちた』時点で……逝く先の運命は、決まっていた」
俺は、何も無い空間に、そう溢した。
今度は、俺の番だろう。
こうなってしまったのは自分の油断が原因であったが、最期にヤツを撃退することが出来たのは良い点だろう。
己の右手を顔の前に持ち出し、手の甲を見やる。
「そら、当然か」
紋章も、元を捨てればもう効力を失っているのだから、色は無い。
そのまま腕を見れば、肘辺りまで腐敗は進行している。
自分の生気も段々無くなってきた。
「……」
目を瞑れば、後悔の念が溢れると同時に、悲しみとちょっとした不安も沸いて来る。
――「風の魔」と「消滅の魔」の破棄
根底である魔力そのものを消したが、その残骸があるのなら悪者に拾われませんように――
――「闇の左目」の受け渡し
半ば強引でやったから、ちゃんと渡せているか不安だ。渡せていたとしても、扱えるかどうか……。いや、そこは信じよう――
――マリー
いつものように自堕落やっていくのだろうが、普段でもしっかりしてほしい――
――フレディ
良き悪友で、
――迅
いつも無口で、最初は何を考えてるか分からない奴だったけれど、とても人思いな親友。孤独を嫌うようになったのも彼のおかげ。もっと道を共に歩んでいきたかった――
――春海
最愛にして最高の我妻。俺がこの身ながらヤツの元にいこうとしたのを誰よりも一番に気付いた者だ。やはり、彼女を思うと後悔の念が大きくなる気がする。最後に言葉を交わした時の表情を簡単に浮かべるほどに。でも俺は願うことしか出来ない。だから、腹に宿す子と共に幸せで、平穏な暮らしを、俺は望む――
「……」
身体の腐敗が全身に回りきり、もう数秒で風と共に消え去る。
「――さらば」
友よ。悪友よ。親友よ。我が妻よ。そして、現界よ――
真っ白い雲の感触を身に感じたとともに散った俺は、最期に理性等ない本能でこう思考した。
もっとイチャコラしたかったなぁ。