第12話 猫屋敷の残念メイド
満月の下で起こった件から数ヶ月程が経った。3人回しで行われる昼食「あーん」も、もう日課と化してしまい湧屋から憐れみの目線を向けられていたはじめの頃が懐かしく感じる。
自分の怪我の方も無事完治にして、自由に動かせるようになったので、支え役に勤めていたなのはとアリサには礼をして、「なんとか」お止めさせてもらった。
そう。「なんとか」である。
なのはの言動は殆どいつも通りみたいな勢いであったので、苦労はしたけど元通りの位置に戻ったのだ。だが、そこに普段は一度で戻りそうなアリサが、まさか渋ったためかなりの驚愕と共にそこに便乗するなのはもいるので尚更苦労した。
アリサとのテスト対決であるが、テスト時は当然左手の支えなんてできるはずがないため、すまなそうな表情はしていたが、仕方がないことであるとして話している。ちなみに結果は勝った。
勝敗と腕の話は別なので、彼女は若干不満と悔しさを帯びた表情を浮かべていた。
次に、その月と同じ月――まぁ5月であるが、そこで行われた運動会又は体育祭と呼ばれるものを行った。
私立だし、こんな雰囲気持ってるような学校だから、そんなにしないのかなとか思ったが、どうやら俺の良く知ってるような運動会と雰囲気を同じようなもんらしい。
まだ1学年だし、やれる事も簡単な競技が多いが、そこで見られた友人でもあり、その時では敵チームとなっていたすずかが半端ない運動能力を所持しているのを身を持って知った。
俺とアリサがいる自分のチームだけでなく、彼女の所属しているチーム以外は皆一様に驚愕の面をしていた。
まぁ当然だろう。普段ではお淑やかで物静かな月村の御令嬢が、まさか1位を追い抜き、そして大幅な差をつけるなど、大人でも中々予想はつかない。
いやまぁ、原因的なモンだと俺の背中を押すような言葉だったらしいけど……。
それでも、あれほどの脚力、いや脚力だけじゃない。全体的に凄まじい身体能力を持っているなど思わない。
やっぱり、人生何があるか分からないものである。
さて、その時に彼女達の親類などと会話したりもして、色々顔を知ることは出来た。一応、既に出会っている月村家のメイドのファリンさんとノエルさん、そして姉君の忍さん。月村家のご家族からはこのお三方のみで、ご両親は仕事の方が忙しく来られなかったらしい。まぁ、立場が立場なので仕方ないとは思うが……。
アリサの方も同様らしく、ご両親のお二方は来ていなかったみたいだが、彼女の専属の人だと思われる白髪の高齢そうな鮫島さんが来ていた。
ちなみに、うちら高町家は皆揃って来ている。大抵彼らはこういう行事には来るという強い意志があるようだ。
そんなこんなで、彼女達との保護者的存在とも親交を大分深め、以前は月村家から警戒されっぱなしだった俺も、その月村家から俺を含む三人が茶会という名の遊びの招待を受けた。
◇◆『猫屋敷の残念メイド』◆◇
アリサは結構来室している頻度が高いらしく、俺となのは皆揃って月村家に集うのを楽しみにしていたらしい。この家の住人であるすずかの方もそれは同感していたのか嬉しいと言葉でも表情でも表していた。
俺は一回だけで、なのはは初めてはいるこの月村家。やはり、貴族っぽい雰囲気の屋敷な感じで大分広い。
「はい、お待ちしておりましたよ。なのは様に明良様」
門を超えた先にある玄関扉を内部から開けて現れたのはメイドのファリンさん。今日も爽やかな微笑を浮かべ、俺達を出迎えてくれた。
「うん、おはようファリンさんっ」
「おはようございます、ファリンさん。後、敬称はつけなくても……」
「はい、おはようございます。それと明良様、それはご了承しかねます。お二人方すずかお嬢様のご友人なのですから」
「……あー、了解しました」
こういうお堅いメイドさんは、今のような感じの事を伝えても仕える主人でない限り、この形式は崩すことはない。だが使える主人からの要望でも我を通す者はいるし、ファリンさんだって、最近では砕けた話し方をしてはいるが、敬称とかは忘れていないっていう人もいる。
「お先にすずかお嬢様とアリサお嬢様がお待ちです。場所はご案内いたします」
「はーい」
「おう」
俺達二人はノエルさんに案内されて、先に到着していたアリサと待機してくれていたすずかと彼女の姉である忍さんが、各々の席に着席していた。
「おはよ〜」
「おはようっす二人共、と忍さん」
「……ついでみたいな扱いをされたのだけど?」
「き、気のせいですって!」
「お、お姉ちゃん! 最初からからかうのはやめなって!」
「ふふ、良いじゃない。まぁ、二人共いらっしゃい」
「……私からも、来てくれてありがとう」
ノエルさんとファリさんが空席であった2つの席を引いて、座れるように配慮をしてくれる。
その彼女たちに首を少しだけ下げて会釈をすれば、なのはも同様に行って俺達は着席する。
「お二人方もお飲み物はどのように?」
「俺は……おまかせで、お願いします」
「んー、私もアキくんと同じでっ」
「承りました。ファリン」
「は〜い! また後でねっ」
アリサと談話を楽しんでいたもう一人のメイドのファリンさんは彼女にそう告げたあと、こちらに会釈してノエルさんと共にお茶の手配の方のために向かっていった。
「でも……女子の中に男子一人だけって中々無いわよね?」
最初に切り出してくる発言としては少し答えづらい内容を持ってくる忍さんに、一瞬戸惑って返答をする。
「最初は……そうですけど。なのはと毎日のようにいるので、そこらへんの感覚は無いかもしれないですね」
「へー……」
彼女の応えとしては文面上に記すだけだと無関心げに思えるが、実際は実に興味深そうな瞳でこちらを見返しており、非常にキラキラしている。
自分の妹をアレほど活発的にさせ、三人もの女とつるむ男が気になるのかもしれない。
「なのはちゃんは、どんな感じで彼とご一緒しているのかしら?」
「は、はい! えと、アキくんとは……基本いつもでもどこでもずっと一緒です!」
「そ、そんなに張り切らなくても良かったのだけれど……」
忍さんの雰囲気にビビり気味になったのかなのはの反応に苦笑を浮かべる忍さん。
「とりあえず、皆今日はゆっくりしていって。それと、これからもすずかをお願いね」
「「はいっ」」
すずか自体、今は段々ハッキリしてきた感じだが、トラウマ並みの事が起こると最初に出会った頃と同じ状態に陥りやすいと感じる。
だが、彼女には殆ど逆の性格と言っても問題ないアリサという親友を得ているので大丈夫なはずだ。それに、アリサも彼女から得ているものがあるかもしれない。そこになのはも加わりつつ良いバランス……という感じなのだろう。
「あっ。皆……今度空いてる日が合えたら、あたしの家にも来ない?」
「ほ、ほんと!? アリサちゃん!?」
「う、うそ言わないわよ! あ、アキラはどうなの?」
「ん、行くよ。中々体験できないし、それとなのはが行くのもある」
「あ、すずかは当然よね」
「あ、うん。勿論」
アリサの中ではすずかの答えは既に「行く」という事に決まっていたらしい。彼女もアリサ宅の方に何回か行っていることもあるし、アリサ自身が断ると思ってないのもあるだろう。
「お茶とお菓子のおかわりお持ちしました〜!」
声の元を見れば、お盆に乗せられた数種のお菓子と、俺となのは用の茶らしきものがあって、ファリンさんがそれを両手で運んでこちらへと歩いてきていた。側には近すぎるとも言えるノエルさんがいる。
ニコニコと笑みを浮かべるファリンさんの裏には何処か慎重さが伺えるが、その理由はすぐに分かることになる。
「ひゃっ!?」
「「…………え?」」
段差もつっかえも、コケるような所は何処にも存在しないのに、何故か、彼女は前方へ倒れるように、コケた。
それから起こり得るビジョンが直ぐに予想できた俺は、直ぐ様行動を起こして彼女と両手に持っていたお盆なりを支えるために席を立った。
それと同時に「危ない!」との2人分の掛け声と誰か一人が席を立った音がしたが、気にせずファリンさんの姿態を視界に受け止めつつ、散乱しかける食器を手で広い、全て零さないように至らせる。
「あっぶねー……」
「だ、大丈夫……? ファリン……?」
「あわ、あわわ……」
自分の主人とその友人に支えられる状況によって、冷や汗を垂らしながらあわあわしている彼女をすずかが宥めつつ、俺はお盆にモノを整理して机上へと運ぶ。
「うーん、中々直らないわね……」
「姉として、大変遺憾なのですが……」
「ご、ごめんなさ〜〜い!!」
発言的に一回じゃないらしい。
――――
ファリンさん……いや、この不運メイドはどうやらこの醜態を晒しているのは一度や二度ではなく、ほぼ毎日らしい。
どんな事をしたら、毎度毎度ズッコケたり皿落としたりなど不運がつきまとうような厄に取り憑かれるようになったのか。大変疑問である。
専属の主人たるすずかは大変寛大の心をお持ちなようで、いつも許しているようだが、ノエルさんとしてはとっとと直してどうにかしてほしいとの事。
すずかの専属として勤めていた彼女は月村家に来客が来ても、すずかに付きっぱなしで、基本ノエルさんやすずかのご両親方が相手していたらしい。
それ故、身内でしか醜態を犯すことは無いので内心大丈夫だろうと思っていた……が、ここ最近彼女の主人のすずかが嬉しいことに、数人とはいえ友人に恵まれてきているので、醜態を晒さないようにしているつもりでも、なるもんはなっちゃた、と供述している。
ちなみに、以前俺が初めて訪問していたときは警戒していたのもあって、平気だったんだろうと忍さんとノエルさんは推測している。
「まぁ、良くはないけど、なんとか無事だったんだし……」
「…………」
「さて、ノエル。私室の方に。じゃあ、皆よろしくね」
「……畏まりました、忍お嬢様」
忍さんとノエルさんがこの場から立ち去り、俺達五人がこの場に残った。
「じゃあ、庭の方に案内するね」
「今日も庭の方に猫達がいると思うんだけど……」
「うん、皆あっちじゃないかな」
「すずかちゃんって、猫飼ってるの?」
「うん、親猫が生んだ子猫達で貰えなかった子とか、貰い先が無くなっちゃってる子達とか……」
「確か……今は20行くか行かないか位よね」
「そうだね、その位かな」
三人並んで前を歩く彼女達の後ろでファリンさんと並列しながらついていくと、奥に森が広がっている庭に辿り着いた。
先の会話の彼女たちの予測通り、猫たちはそこに集っていたらしく、戯れてたり丸まって寝ていたり液体猫になっている猫達がいた。
「おー、やっぱ結構いるなぁ……」
「でしょ? すずかの家は猫屋敷って言えるからね」
「あはは……そうだね」
俺達はその庭にあった白い机とそれを囲むように設置されている椅子の方へと歩いていき、各々席に着席していく。
茶菓子の類は後でファリンさんが用意してくれるようだが、少し不安である。
「じゃあ、ファリン。お願いね」
「はーいっ。持ってきますね~」
そうすずかに返答して彼女は茶菓子セットをこちらに用意するために席を一度離れていった。
「でも、ファリンさん……相変わらずだったわね……」
「ま、まぁ……アリサちゃんが来てくれてからは、そんなにじゃなくなってきたけどね……」
「それだと、アリサが来る前はもっとやばそうだけど……?」
「う、うん……。あ、あんまり気にしないであげて……」
「う、うん。そうするわ」
「あたしも……」
ファリンさんが戻ってくるまでの間そう三人で会話し、会話に参加していないなのはを見やると緊張でもしてしまっているのか固まっていた。
「な、なのはー……」
「にゃっ!? あ、アキくん、ど、どうしたの?」
「いやー、めっちゃガチガチしてんなーって」
「なのはってば、緊張してる……?」
「う、うん。お屋敷、広いし。メイドさんとか、初めてだし……」
「まぁ、無理もないよ」
「うん、明良くんの言うとおり仕方がないことだけど……」
「一旦、深呼吸してリラックスしなさい」
「う、うん……」
アリサの言葉を受けたなのはは深い呼吸を行い、俺達はその様子を見守っていた。
アリサもすずかも美少女だが、なのはもそれなりに美少女なのではと贔屓目の入った思考をしながら眺め――――
――――わっ! わーーっ!!
「ひゃぁっ!?」
「「……」」
「ちょっ、大丈夫なのはちゃんっ!?」
自然と俺とアリサは目が合い、互いにこう呟いた。
「「……またか」」
その後、なのはを少し落ち着かせたあと、流石に散乱して汚れていた床とか衣服とかの後片付けを済ませるために、なのはを席に置いて三人で例のメイドの下へと向かった。
無事、色々片づけを済ませた後、滅茶苦茶謝罪するファリンさんの姿を見てから、俺達は再び庭の席についた。
ニャンコ達は移動していなかったのか、そこにまだ存在していて各々自由に伸びている。
けれど、大抵集っているのは飼い主であるすずかの下が多く、他の数匹は俺達3人にそれぞれ一匹ずつというような感じになっている。
ちなみにファリンさんは、先程の事態に気付いたノエルさんに何処かへと連れてかれていった。
俺は目の前にいる彼女達と夏休みの予定やらを駄弁りつつ、膝の上に陣取る猫を軽く撫でる。
「そろそろ、夏休みだもんね~」
「なのはとアキラは、何処か行くとかの予定決まってるの?」
「いや、まだお母さんから予定聞いてないから、そんなに決まってないよ」
「俺も同じだよ。基本俺は家族一緒に行動することが多いし」
「じゃあ、お姉ちゃんに伝えてみてからになっちゃうけど、今度一緒に出かけられたら行かない?」
「うんっ! 行くよ!」
すずかにそうお誘いを受けて、なのはは直ぐ様喜色を浮かべ即答した。
「アタシも勿論、参加させてもらうわよ」
「なら、俺もっと」
「一応、ご家族の方も誘ってみて?」
「おっけー。そうする」
アリサと俺もそう返事をして、すずかの提案を受けた俺は家族の士郎さんや桃子さんなどの顔を浮かべた。
「えへへ。友達とのお出かけ、楽しみだねっ!」
なのはの期待満々の声がこの場にいる三人の気持ちを更に和やかにさせた気がした。
「今日は、その来てくれて本当に、ありがとうね」
「うん、ありがと! すずかちゃん! アリサちゃんもまたね!」
「うん、また明日ね、なのは。二人も、すずかも交えて今度アタシの家に招待するから、その時はよろしくね」
「うんっ!」
「おう、楽しみにしてる」
後で迎えが来るという事でまだ帰らないアリサと、出口まで来てくれたすずかにそう少し会話をして、俺達はファリンさんの運転する車に乗車して帰宅をした。
「すずかお嬢様にお付き合いくださり、ありがとうございます」
「いえいえ、人付き合いは楽しいですから」
「なのはも、すずかちゃんとアリサちゃんと過ごすの楽しいですっ」
「それは、仕える者としても光栄です。今後とも、よろしくお願いします」
「「はいっ」」
ノエルさんの言葉にそう返事をして、月村家との関係は少しでも良くなったように感じて今日は終えた。