アリサから体育祭の個人種目の手伝いということで御誘いを受けて、集合場所として指定された自宅から少し距離のある大きい桜の木が特徴な公園に辿り着いた。
真夏ほどの猛暑とまでは行かないが、大分気温が高くなると予想された本日。青空にある雲は散らばる程度に多少存在していて、快晴とは判断し難い。
「アキラ!」
「お、アリ、サ…………?」
「……何でそこで首傾げるのよ」
例の鮫島さんが運転しているであろう黒光りした自動車から降りた彼女が呼ぶ声に応えて、そちらを向いた。
けれど、彼女の姿は彼女本人かと一瞬疑いそうになる程、真っ白な薄着ワンピースが似合っていた。それはとても美しく綺麗に俺の目に映っていたがため、俺は首を傾げてしまった。
「あ、い、いや……とても、綺麗に見えたから、つい」
「見間違えちゃった?」
「……まぁ、ね」
「そう? えへへ」
こんなに喜色満面の様子を顕わにしてくれた彼女を見たことも、彼女に対し「可愛らしい」という感情を持ったことも、初の出来事で俺は心を射られた気分になった。
数秒も経たぬうちに、自分の感情に自覚した俺は頬が赤くなったような気がした。
「で、でも、それだと、今日運動とかするのに、キツくないか?」
「…………あ、いや、運動する場所でその、それ専用に着替えるから、いいのよ」
「そ、そうか」
俺の質問に、気づいたような反応を示すと共に赤面した彼女はそう答えた。
「ほら、行くわよ」と言って俺の手を引いて彼女は、黒い車両へと導いていった。
◇◆『アリサの魅力』◆◇
鮫島さんが運転する車両内は、外の暑い空気とは段違いで、冷房の聞いた空間だった。
だから、アリサと会った時に彼女はそこまで暑苦しそうな表情ではなかったのだろう。……この外の空間に出た瞬間は分からないけども。
「でも、アリサって、そういう衣裳も持ってたんだ」
「うん、この服は最近買ってもらったばっかで、まだパパとママ、鮫島にしか見せてなかったから」
「同年代同士としては、俺が一番乗りって形か……光栄な気分」
「ん、それは良かったわ」
そう返答する彼女の様子を見れば微笑を浮かべて、脚を気分よく揺らしていた。
姿を視界に入れたときに改めて分かることだが、彼女の着ている白いワンピースは本当に似合っていて、とても素晴らしいものだ……と感じた。
ちょっくら、腕の所が透けて彼女の肌が見えてしまっているが、流石にもう一枚中に着ているだろうと自分でも思っていたし、実際にノースリーブのものを着用していたようだ。
「えっと、練習って言っても、特に何をやるんだ……?」
「…………え、えっと、は、走りこみ……?」
「……それ以外でも、あると思うけど……? でも、大半クラス全体でやるのが多いか」
俺の指摘と、段々自分でも頭で分かってきたのか彼女の顔は赤くなっていきながら、こちらに向き発言した。
「……い、良いでしょ!? 走るだけでもっ!」
「ま、まぁ……」
シートベルトを着けているとはいえ、隣から前のめりで言われる感覚は意外と勢いがあり、少し押されてしまった俺はそう言った。
まぁ、走りこみといっても色々あると思うし……? また、リレー戦の練習とかも早めにやるって感じなんかなと、自分で解釈したりした。
「お二人とも。そろそろご到着致します」
「あ、はい」
「わ、分かったわ」
立ち居振る舞いを直した彼女は、未だ顔を少し紅潮させつつ前を向いて、駐車する様子を見守っていた。
――――
実際は外で行うためグラウンドのような会場の方が良いのだと思うが、その場所は他の人たちに使われているらしく彼女が手配できたのは屋内の体育館のような場所だった。
運動自体は出来なくはないし、ラインもバレーボールコートやバドミントンコートのエンドラインを印にすれば問題は無いだろう。
運動するのにどうか、と彼女に発言をした俺であったが、彼女と待ち合わせ場所で合流した時は実際俺もそこまで運動用に扱うことは可能であるが、別の服装を持って来ていた為それに着替えて出てきている。
鮫島さんはいつも通りの紳士服の用であり、黒い衣装が似合っていた。
アリサの方も更衣室から数分経っているので、そろそろ来るだろう。
「おまたせ、アキラ」
「おう、そこまで待ってもないよ」
いつもの体育で見られる服装の体育着で現れた彼女は、ハンドタオルを右手に持っていた。
水筒とかの水分の方は鮫島さんが先に持参していて、彼が手にしている。
「髪型、それにしたんだ」
「うん、実際もこれで行こうかしらって、思ったんだけど……」
「特にダメとか指定されてないだろうし、いいと思うけど……?」
「なら、大丈夫ね」
自分の答えに満足してくれたのか、そう微笑を浮かべたアリサの髪型はいつもの長く降ろした姿ではなく、頭の後ろで結んだポニーテールの姿であった。
「それじゃあ、体操してから早速始めましょうか」
「只、走るだけだからな……。飽きやすいと思うけど……」
「その点は心配無用で御座います、アキラ様。私めが色々プランを用意致しましたので」
体操をしようと、彼女と一旦距離を置くために歩きつつ話していると、鮫島さんからそのような言葉を掛けられる。
彼の手元を見れば、数枚ほどに纏められた紙を所持していて、それを確認するように見ているのだ。多分、あの紙の書かれた中身が彼の言った「プラン」とやらなのだろう。
「えぇ、鮫島の言うとおりよ。色々用意してもらったから」
「なら、有難い事に平気だな」
「じゃ、ささっと体操して、やりましょ」
「おっけ」
各々のペースで事前体操を始め、俺達は鮫島プランの通りに体育祭に向けた練習を開始した。
数度の休憩を挟みつつも、澱みなく進められた鮫島さん案のプランは実に身に入りやすいものだった。
日常的に士郎さんと恭兄と共に鍛錬をしている俺はそこまで疲労することはなかったのだが、アリサは運動能力的には一般的なほうに入るから、かなり疲労したようだ。実際に、汗だくになって床に大の字に仰向けで彼女は倒れているのだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「おつかれ、アリサ」
「う、ん……ありがと……」
鮫島さんが彼女に水筒を渡し、座位になった彼女はガブガブと腹の中に水分を取り入れていく。
「……っ!?」
脚をだらしなく伸ばし、身体を支えるように左手を床に置いて残りの右手で水分補給する姿は、普通に水筒の中身を飲む少女と変わらないはずだ。けれど、そこに汗だくの肉体とそれに貼り付く薄い体操着が加わると、少し魅惑さの様なものが感じてしまって、照れてしまって自分の顔が赤くなった気がした。
「えぁ……っと」
「……、ど、どうしたの……?」
彼女が顔をこちらに向けることで、同時に上半身も多少こちら側に向いてしまい、さっきはチラリ程度であった彼女の未成熟な胸部とその中心部分が透過して見えてしまってるのがハッキリと分かってしまう。
「あぁっ、いや……な、なんでもっ」
「……絶対、何かありそう、なんだけど?」
一瞬、本当に一瞬だけ凝視してしまったが、彼女に再び声をかけられると同時に俺はあさっての方向に顔を向ける。
「ほ、本当に、何もないのよね……?」
「な、無いよ……」
これ以上向かれると彼女の身体の向きが正面になってしまい、服越しであってもモロに見えてしまう。
「……ふーん、そう」
何処か不満そうに漏らす声と彼女が立ち居直す音が聞こえて、ほっと安堵の息を漏らす。その後、俺は鮫島さんの方を見たら、彼は微笑ましそうな物をみるような形相をしていた。
――――
練習場として利用した施設を退場し、昼飯を近くの所で食べようという事になった。
昼のプランまでは考慮していなかったらしいが、主人の練習プランにあれほど熱を入れたのだから無理もないと思う。
「あの、あ、アキラ……?」
「ん? どうした?」
「さ、さっきは、ちょっと配慮が足りなかったわ、その、ごめんなさい」
彼女の照れたような感じで話す謝罪に何かと思い、彼女の方を見れば顔を多少赤くさせていた。歩きながら話していたではあったが、中身について段々察してきた俺は自分も顔を赤らめた感覚がしたの共に一瞬立ち止まる。
「あ、いや、俺も、すまない……」
「……う、ん」
少し変な空気になってしまったが、鮫島さんの両手による一拍で俺とアリサはハッとして、会話を別の方向性に逸らす。
「あっ、アキラ、あたしってあんまりファミレスって感じの店行った事無いから、何か案内しなさいよ」
「おう、ファミレスか。鮫島さんもそれで良いですか?」
「私はお嬢様のご意向に従いますので、構いませんよ」
「おっけーです。じゃあ、結構近くにあるっぽい例の場所、行ってみようか」
「わかったわ」
微笑を浮かべる橙色と黄色の混じった半袖のシャツと、短めのスカートを着服しているお嬢様の要望に沿って、俺は数メートルほど先にある人気点へ足を運んだ。
「こういう食品でも、お上品だなって感じるもんなんだな……」
「そういう食べ方を教育されてきたから、そりゃそう見えてもおかしくないわよ」
「そういうもんか」
「そういうものよ」
俺達が手にし、食べているのはバンズというパンの一種の間に肉やらチーズやら、種類によって挟む食材は異なるが、そういうものを挟んで食べるサンドイッチの一つのハンバーガーである。
俺はダブルチーズバガーというチーズが名の通り二つ挟まれたものにしていて、アリサと鮫島さんは一般的なハンバーガーを食べている。他にというと、ポテト位だ。
「んじゃあ、ハンバーガーは食べたことあったの?」
「いや、コレは無いけど……。手で持って食べるような物なら、色々食べてるわよ。サンドイッチとかホットドッグとか」
「あ、なるほど」
確かに、学校の昼のときにそんな形式の物を彼女は食べていたような気もする。
「でも、こういう感じの食事は中々経験が出来ないから、来てみたかったのよ」
「色々、お事情とかあるもんね」
「えぇ、そうね。特にルールみたいなものは無いんだけどね……、雰囲気的に……」
「あぁ……。規約とか規定とかちゃんとされてないけど、暗黙のルールって感じの奴ね」
「そう、そんな感じのよ」
茶会や何かの集会行事などで集まったりとかには、服装を正しくするのとかと同じように、いやそれよりももっとかもしれないけど。そんな感じで、品性を正しくするのが求められるのだろう。周囲が気品のある集団ばっかなのに、一人だけ庶民的というか俺からする普通だと、変なものを見る目で見られるだろうし。
それを考えると、式典とかと同じと思ってしまうものだ。結婚式とか卒業式とか、ああいったものは、皆揃って畏まった服装だったりしているし、出される食事もそれなりのものだ。
それが、ほぼ毎週あると考えると、俺は絶対に逃げたくなる。まぁ、生まれからそう教育されてると違った感性になってるんだろうと思うんだけど、俺は前世今世含めて庶民勢なのだ。……あの生き方が庶民かと言われると違う気がしてきた、まぁもう前のことなのでいいや。
「今は苦とは思ってはいないわ。もう慣れちゃったしね」
「そうだろうね、なんかそこは予想できた」
「そう? なら、当てられちゃったわね」
そう微笑を浮かべて、手で持ったドリンクに、蓋についたストローを口で吸って彼女はその中身を味わっていく。
「すいません、少しお手洗いに行ってまいります」
「えぇ、分かったわ」
「了解です」
鮫島さんがお手洗いにと席を外して、二人だけになる。
ちなみに、俺とアリサの席の位置関係は対面している状態だ。
「今日は、ありがとね」
「いや、構わないよ。正直、礼を言う相手は鮫島さんな気もするけど、ね」
「あー……、そうかもしれないわね。まぁ、何たってあたしの執事ですから」
自慢げに語る彼女に、俺は茶々を入れるように口を挟む。
「アリサの執事って事と、彼の実力は関係性がないと思うけども……?」
「い、良いでしょっ! こんくらい言ったって!」
少しムキになる彼女がいつも通りの感じで面白く感じつつ、それを宥める。
「ま、まーね。明後日はクラス全体で練習あるから、そこで発揮できるかもね」
「えぇ、今日の成果がちゃんと出来れば上出来よね」
「あぁ、大分良いと思うよ」
自分の飲料もまた、彼女の物と同じような器をしているため、右手で持ちその蓋に刺されたストローから中身を口内へと運ばせていく。
「あの、さ……アキラ」
「ん、どうしたの?」
「体育際終わった後の、振り替え休日に、すずかとなのはも誘って、どこか遊びにいかない……?」
「おっ、良いんじゃない? ぱーっと、そこではっちゃけれる様な感じの場所だといいね」
彼女は体育際の後に遊びに行かないかという誘いを貰い、俺は少し提案しつつ肯定する。
「そ、そうね、遊園地とか、どうかなって思うんだけど」
「尚更良いんじゃないかな、保護者とかはどうする?」
「鮫島と、すずかは後で聞くとして……そっちは?」
「言えば、誰かしら来てはくれると思うけど……。結構多忙だからなぁ……そっち任せになってしまうかも、一応伝えてみるけど」
美由希さんは……行けなくないかもしれないけど考査近そうだし、恭兄も美由希さんと同じ高校だから多分同じ理由、家の両親はあの期間だと尚更翠屋に訪れる人たちが多そうだと予想は出来る。
俺はそんな考えを口に出しつつ、結果的に鮫島さんに任せてしまいそうになりそうだという予想も述べた。
「分かったわ、ありがと」
「お、おう……」
誘いを受けてもらってか、頼られたからか、どっちか分からないが彼女の整った顔立ちが嬉しさを表す表情になって、少し胸に響いた。
今朝の服装しかり、練習終わりのトラブルしかり、今日は多少なりとも彼女の魅力と言うか、そんな感じのものに驚かされたという感覚を覚えた。
「……今日の、アリサって、何か可愛いよね」
「……えっ、あ、は、はぁっ!?」
「あ、いや、ごめん」
「ちょ、ちょっとビックリした、だけよ。きゅ、急にそんなこと、言われたら驚くわよ」
沸騰したかのように一気に顔を燃え上がらせた彼女は、完全に羞恥に染まっているように見えた。
「いや、悪い気させたなら、まじでごめん」
「そ、そそそんな訳ないでしょっ! 悪くない、悪くないからっ」
「お、おうおう、分かった、分かったから、あんまり身を乗り出すと周りに……」
「あ……、ご、ごめんなさい」
両手を机に乗せてこちらに身を乗り出してまで言う必至さに俺は驚きつつ、そう指摘すれば彼女は直ぐに落ち着きを戻す。
「おや、何かあったんですか?」
「ひゃっ!?」
「お……っと」
音も無く戻ってきた鮫島さんに二人で驚き、彼に声を「おかえり」のような言葉を掛けた。
その後は、此処の退散となり食事を廃棄する場所に各々捨ててから、俺達は施設を出た。
「この後は、どうなさいますか?」
「色々、運動してファミレスも満喫したから少し疲れちゃったけど……。アキラはどうするの?」
「特に、予定は無いからそっちに付き合えるけど、疲れてるなら今日は帰ったほうが良いよ。体調不良起こしちゃ、せっかく明後日のお披露目が台無しになってしまうし」
「そうね、分かったわ。じゃあ、今日は解散ってことで」
「承知いたしました」
俺達三人は駐車してある彼らの黒い自動車の場所へと向かい、鮫島さんの運転に頼りながら俺は今朝待ち合わせとして集まった公園で降ろしてもらった。
「じゃあ、またね。アキラ」
「あぁ、またね。筋肉痛には気をつけてね」
「……えぇ、そうするわ」
車の扉を閉めて、エンジンの音が鳴ると共にアリサと鮫島さんの乗った車は彼女の家たるバニングス邸へと走っていった。
「んじゃ、俺も家に帰りますか」
その後の夜は、なのはに散々付き合い、遊びつくしたのは言うまでもない。