第2話 転生
死者となった俺が体内時間を計測できるのもおかしい事だが、大体十数分したと考えられる時……。
瞼の先に光が現れ、俺はその光に惹かれる流れで目を開けた。
目を開けたというより、意識を覚醒させたと言った方があってるだろうか。
まぁ、どっちでも良いんだけど……。
━━━━って、何故こうも熟考できるのか。
あれ、俺死んで魔界というか地獄行きしたはずだよね?……そうだよね?
なんだろう、全くそんな気配しないんだけれどっ!?
むしろ、よく熟睡したあとに起きるような感覚に近いのだけれどっ!?
それか、亡者が死者の行く世界にそろそろ到着する頃合になると、こうやって意識がもどるものなのかな?
仕組みが全く分からん。亡者とまともになんて話したことなんてないし……。
――う゛っ!?
唐突に自分の身体を包むように現れた液体の感覚に息苦しくなる。
息苦しいという「苦」を感じたということは……もう既に地獄で何かをやらされていて、その拍子で覚醒しただけだったのか……?
疑問を抱きながらも、自分を包むこの液体は流動しているようで、俺はその液体の流れに身を任せ、数秒後には何かから脱出したような感覚を感じた。
「……っ!……」
良く聞こえないが、女性の声が耳に入った。
声質からして、歓喜しているような感じであるが……。
“開けづらかった目”を開け、視界からの情報を取り入れる。
それと同時の直後に、空気を肺に取り込む動作である呼吸を無意識に行った。
「~~~っ!!」
そしてその呼吸の動作によって自分の口から大音声の赤ん坊の泣き声を発していた。
――あぁ……。目の前にいる手術服を着た人といい、この泣き方といい……
どうやら。俺は、転生したらしい――
◇◆『転生』◆◇
時と場所は移り変わって、第二の人生を送ることになったと認識した俺は、今の両親のご友人が住んでいる家のベッドに寝かされている。
あれだ、よく赤ん坊が寝かされてる周囲が柵で覆われてる……ベビーベッドと言われるものだ。
「あー……」
歯も生えていないためか上手く発音できているか不明だが、声を発したことで自分の母親とは異なる女性がこちらを向いて微笑を浮かべている。
「ふふ、起きたのかしら」
今、起きたところでっせ。
栗色の長髪をした彼女は、容姿だけをみれば女子高生程度の年齢に見える。
それ程の若い容姿ではあるのだが、彼女は既に女の子を一人産んだ母である。
その「女の子」だが、俺の隣に設置されている同じベッドの上でスヤスヤと気持ち良さそうに眠っている。
その彼女の名は「高町 なのは」。俺と同い年の子のようだ。そして、先ほど声を掛けてくれた女性はこの子の母親でもあり、この家の家主の奥さんでもある「高町 桃子」さんである。
ちなみに今世の俺の名前は「
「なのはは……。まだ、寝てるね」
桃子さんがこちらにやって来て俺となのはちゃん……同い年だし呼び捨てでも良いか。その桃子さんが俺らの様子を確認しに来たので、彼女に両手を伸ばして呼ぶ。
「ご飯かしら?……ちょっと待っててね~」
それに答えるように頷くと、一瞬驚いた様子が見えた。
「……言葉が分かるのかしら?」
まぁ、まだ歩くこともままらない赤ん坊が言語を理解していれば驚きを感じるのも仕方ないことか。あまり、感づかれないようにした方がいいのかもしれない。
「明良く~ん。右手上げてみて~~」
おっと、そう思考していたら早速お試しプレイがやってきたぞ。それも、先ほどより赤ん坊にとっては、高度なものだ。ここは首を傾げるだけに収めておこう。
「……う~ん。気のせいだったのかしら」
彼女は起きた俺と、もうすぐ起きそうななのはのために、ご飯の準備をしに向かった。
―――――
母乳ビンによる栄養補給を完了させ、桃子さんとその時に起きたなのはとキャッキャッしながら時間を潰し、二時間後。
「「ただいま~ッ!」」
幼い男女の帰宅した声が耳に入る。
高町家の長男と長女の2人だろうか。いや、ここに預けられてから一月も経っているし、顔ぶれも変わらないから、きっとそうだろう。
「お帰りなさい。2人とも」
「うん!母さんただいまっ!なのはと明良もっ!」
少女の方が先に駆け込んできたのかこちらに顔を見せてくれる。
俺は彼女の挨拶に対し静かに頷き、なのはは満面の笑顔で両手を広げている。
「おぉ!だっこかな!」
抱っこを望んでいると思った彼女はなのはを優しく抱え、胸元に引き寄せ俺のそばの椅子に座った。
この黒髪でポニテっぽい髪形をしている少女は「高町 美由希」さんである。年は大体小学低学年あたりだったかと思う。
「もう抱き上げてたか」
身長的には幼さが目立つが、時折こうやって大人っぽく見えるこの黒髪の少年は「高町 恭也」さん。美由希さんより一つ年上の方だ。
「父さん達は今日も遅いの?」
なのはを抱えていた美由希さんが桃子さんにそう問いかける。
「いつも通りじゃないかしら……?」
「なら、そろそろだね」
「ただいま〜」
「た、ただいま帰りました〜」
玄関の方から二人分の青年の声が耳に入った。どちらも聞き慣れてはいるが、少し遠慮気味なのが今の俺の父親のほうだろう。
「おいおい、もう一ヶ月も経ったんだし遠慮なんてしなくて良いんだぞ?」
「そ、そう……ですね」
「誠司さんも、そこん所頑固よねぇ」
桃子さんが彼らを迎えに行きながら、そう声をかけていく。
桃子さんの夫であり、高町家の家主でもある「高町 士郎」さんは、我が父親にそう言いながら我々子供組の前に姿を表してくる。
「あ、明良。ただいま……」
我が父の微笑と共に送られた挨拶に応えるように、俺は笑顔で返した。
◇◆◇◆◇
それから数年して、俺は3歳になった。これから園児生活の始まりである。
しかし、公共施設に投げ込まれる生活が3歳からというのは、初めてかもしれない。いや、今世を加えて30年前のことなぞそうそう記憶にはないから、忘れてるかもしれないが。
……3歳になるまでの出来事?
バブバブちゃんとしつつなのはと戯れ、寝ながらできる運動をしていただけだぜ。
まぁ、その運動で筋肉痛起こしたときは相当痛かったが……。当たり前である。
そん時は、やっぱり「幼児」ということもありギャン泣きしてしまった。黒歴史の一部に入りそうだ、自業自得ながら困ったことである。
さて、そんなことはどうでも良いのだ……まぁ、うん。
俺の園児生活始め……。
高町家の付き合いもあるため、なのはとは同じ幼稚園で「桜木幼稚園」という場所に入園した。
この桜木幼稚園。多くの桜の木に囲まれていて、校庭のような場所に巨大な桜の木があることから、この名前になったそうだ。士郎さんが言ってた。
しかも、この桜並木は4月の中頃になると「ふつくしい」と言う奴が現れる程の満開が見れるポイント。花見目当てやデート目当てにはバッチコイらしい。その頃合になると、祭りの会場にもなるらしく、とても賑やかな集まりになるそうだ。
「ア~キ~くんっ!」
「おごぇっ!?」
入園式の準備を終えた俺が室内ホールに向かおうとした時に、背後からホールドアタックをされる。
「んふふ~」
襲撃者当本人は、驚いた俺を配慮もせずに、そうご満悦に笑っております。
ワタクシはビックリ&クルシーがあるけどなっ!
「な、なのは……?ちょっと緩めて……」
「あっ!ごめんなさい!アキくん。」
この襲撃者であり女児である高町なのはさん。最近は触れ合いということを知ったのか、大体一緒におります。遊ぶのも、寝るのも、トイレ以外だったら殆ど一緒にいる。この頃の仲良しというのは、ここまで勢いのあるものなのだろうかね。
「やるのは構わないけど……。もう少し弱めで」
「は~い」
抱きつかれる力が弱くなり、拘束力も弱めになっていく。
今はこんな感じで軽めに許しているが、やられた当初は止めるよう注意したり剥がそうとしたりした。だが、その時に発せられる泣きそうな声だったり、悲しそうな表情だったりが毎回毎回起こるので諦めた。焦るし、あの桃子さんの怒りは見たくないので。
ちなみに回避も試しはしたが、その先が壁だったり人だったりと不運が続いたため、成功したことはない。
「ほれ、並ぶんだから」
「うーーっ……」
「そんなに唸ることないやないの」
「……うん。わかったの」
そう彼女は応えて俺の背中から降りる。そのまま並び始めてきている列の中へと歩き出した。
「……ふぅ」
俺もそろそろ並ぼう。「さ」だから、なのはのもう少し前かな。
「後でね〜!アキく〜ん!」
「あぁ、後で」
50音順の列に並ぶため入っていった彼女からそう声を掛けられれ、同じように俺は返した。
――――――
この入園式の日は、なのはに引っ付かれる以外はこの幼稚園付近を家族みんなで歩き回ったり、夕飯を外食で祝いとして行ったりした。
それから、一日一日と経過していき園児生活を過ごして行く。
そんで今日、墓参りついでにこの街の巡りを恭也さんと行うことになった。
なのはは、桃子さんと美由希さんに連れられてショッピングに出かけるそうだ。
墓参りと言っても、誰の墓なのかというと……今世の母親だ。
俺が彼女の胎内から誕生した数日後に、亡くなってしまったそうだ。あまり彼女は肉体が元気な方ではなく、我が父と支え合いながら暮らしていたらしい。
俺自身、彼女の他界の報を聞いても若干の申し訳なさは浮かんだが、悲哀の気持ちは全くなかった。
顔は一瞬見ただけで、特に触れ合いも無かったからだと思う。
「紗智さん……ってどんな人だったん?」
「無口に近いぐらい静かで、誠司さんにしか笑わない人……という感じだったな」
「へー……」
また、彼女の「紗智」という名もつい最近知った位に俺は彼女について詳しくない。
そして彼女は信頼している人、もしくは好きな人にしか笑顔を中々見せない方だったのだろうと今の情報で推測できる。
「明良、ここだ」
「ここ、ね」
平均的な大きさの墓石で、そこには花束が置かれていて酒や菓子などは置かれてはいない。
恭也さんに線香を用意してもらっていたため、それを使って炊き、少し過ごしてからこの場を離れた。
墓場の次は、現在俺となのはが通っている幼稚園周りを巡ることにした。
現在、4月中旬で前述した通り並木している桜が満開の状態で、花見をしている人達が多くいるのが視界に映った。
「今年も凄いな……」
「例年こんなんなんだ」
「あぁ……。この時期は毎日のようにこうなる」
少し呆れてるように見える恭也さんの表情も、視界に映った。
―――――
さて、恭也さんとこの町を巡ったことで大体雰囲気とか何があるかとか把握した気がする。まぁ、今回は徒歩で行ける範囲であるからそこまで範囲は広くないけれど。
先ず、ここは「海鳴市」という場所であるようだ。前世にて、そのような地名を聞いた事は無かったが全てを把握していた訳でもなかったので、国内のどっかにあったのかもしれない。
んで、この海鳴市にはなのはの両親である桃子さんと士郎さんが勤める喫茶店「翠屋」が商店街に位置していて、割と人気店のようだ。まだ、本店のメニューを頂いたことが無いため、言えば近いうちに連れてってもらえるだろう。
そして、絶対に美味いと予想する。何故なら、普段の飯のボリュームがあの凄さなのだ。絶対そのはずだっ!
次に、公園。何の変哲も無いような見た目であるが、雰囲気で何かこれから起こりそうな予感がした場所だ。桜の木が3本程と6種ぐらいの遊具が設置されていて、広さ的には割りと大きい。また、この公園は桜の木ではない樹木にL字に囲まれている場所にあって、その先は森林と言っても良いほど深いように思えた。
他にも寮や病院、神社等もあって大体生活するのに不便にはならない程度の施設はあるようだ。
「ただいま~」
「ただいま」
恭也さんと2人で帰宅したが、まだ家には誰も帰ってきていなかったようで玄関に靴は並んでいない。
「母さん達もそろそろ帰ってくる頃だろうから、少しリビングで待っててくれ」
「りょーかいっ」
時刻的には16:00過ぎぐらいで、空は少しばかりオレンジ気味だ。そう外の様子を振り返りながらリビングへと足を運んでいると、玄関が開いた音がして「ただいま~」と三人分の声が聞こえた。
「おかえり~」
「アキくんっ!ただいまぁ~~!」
なのはが猪のような勢いで突進しながら抱きつこうと飛び掛ってきた。
俺はそれを回避しようと思ったが、後に惨事になりかねないので大人しく迎えることにする。
「くっ……おかえり……」
「恭也と明良も今さっき帰ってきたばかりなの?」
「あぁ、丁度数分前に」
桃子さんと恭也さんが会話をしているのを尻目に俺はなのはに抱きつかれながらソファの方へとジリジリ移動していく。
「なのは~~。私にも、抱きつかせて~~」
「うんっ!お姉ちゃんは逆からね!」
「ちょっ……これ以上は……っ!」
抗議の声は届くことなく、美由希さんにも抱擁されてソファに三人で仰向けでよりかかるように倒れた。
「さすがに、耐えられませんわ……」
「じゃあ、ここに座ってれば大丈夫でしょー?」
「でしょー?」
両側から楽しげに言う声を聞き「あ、はい」と頷いてしまった。
「あら、今日は美由希もベッタリなのね」
「たまには、良いでしょ~~?」
よくない。おれが、よくない。
俺の引き攣った笑みを見かけた恭也さんは苦笑するだけで、なにもしてこないようだ。
正直、ちょっと危ない方向に目覚めかねないのでそろそろ止めて欲しいなぁ……なんて……。
―――――プルルルルッ!プルルルルッ!
そう思っていると、家庭電話の着信音が室内に響き渡った。
「あ、私出るね」
桃子さんが申し出て、受話器を手に持ち耳に当てる。
「もしもし、高町ですけれども……。はい。…………え?」
普通に、いつもの優しみ有る顔で話していた彼女は、突然後に続く言葉が出ない程に驚いて固まってしまった。
「お母さん、どうしたの……?」
美由希さんが、桃子さんの様子に気付いて彼女に声を掛けるも反応は無い。
それに、少し焦った恭也さんは彼女の手に合った受話器を奪うように取って耳に当てた。
「もしもし、変わりまして、その息子ですが………………」
極々、普通の通話ではないのか……。なら、何故そんな驚愕と悲哀の両方を含んだような表情をしているのか。
実際の時間は数分なのだろうが、それよりも長く感じられたこの待ち時間が終わり、恭也さんが受話器を元の位置に置いてこちらを向いた。
「……誠司さん。いや、明良の父さん、が……事故で亡くなったって」
「…………は?」
この第二の人生の中で、最もマヌケで、最も短い声を俺は発した。
そしてそれと同時に、どこかの桜が散った気がした。