恭也さんの口から自分の父の訃報を聞いてから、己が何をしていたのか、周囲で何があったのか殆ど記憶に無い。
後から聞けば、この連絡から虚ろな目で過ごし、そのまま彼の葬式に参加していたという。
そして、毎日とぼとぼと帰り、食事も殆どせず寝室に真っ直ぐな生活をしていたようだ。
そんでもって、今となる。俺はなのはと共に使用している子供部屋の勉強机とセットにある椅子に座り、その机に両肘をついて両手は両方の頬を支えていた。
「…………」
目元がヒリヒリする。きっと、大雨のような勢いで涙を流していたからだろう。
心が悲哀と悔しさが混じってムシャクシャする。
「はぁ……」
だが、いつまでもムシャクシャしていたら、これは半永久的に収まりそうにない。だったら、早めに落ち着いたほうが良いだろう。
「すぅ……はぁ……すぅーーはぁーー」
深呼吸を二回して、脳内をクリアさせる。
それの効果もあってか、大分余裕が出来たような気がした。
「さて、と……」
俺は、そう無意識に呟いて姿勢を正そうと身体を動かした。
◇◆『異なる世界』◆◇
頬に置いていた両手を机上にもどして、頭を働かせようと顎を引いた。その時、自分の異変に気付く。
「……なるほど」
己の右手の甲に前世で毎日のように見た、使った、印があった。
淡く輝いている翠の印は、俺が見たということを認識したのかそれともたまたまか、その場から姿を消した。
「…………」
この印は、異界のモノを扱うことをメリットに、その異界のモノが契約者となる者にとって最大のデメリットを唐突に引き起こすことで、契約が果たされた証拠のものだ。
俺が使っていたコイツは、「契約者の大事な人物一人を贄とすること」が条件だ。
そして、コレは魂に根強くくっ付き相当じゃないと離れない……らしい。
転生時に俺の意思が殆ど残っていたから、これも一緒になっていた……と考えるべきだろうか。
「この人生でもお前と一緒なのか……」
いつからだ、いつからこの印は発現していた……。
……いや、目を背けたところでもうどうにもならない。これは、今の父親が死んだと同時に発生したのだろう。
このせいで自分の父親が死んだとなると、怒りが少し沸いて来るがぶつける先はどこにもない。何故なら、使い勝手が良い上に相棒とも呼んだ仲のコイツを今更引き裂くつもりは更々無いし、今の身体でコイツに対抗出来る術は無いからだ。だから、「仕方が無かった」と、言えてしまう。……認めたくは無いし、納得もしづらいが。
「……で、これもか」
コイツが発現した影響かなのかはよく分からないが、自分の奥底に微弱な魔力が出現したのを感じ、左手でなにかだそうとした。
だが、弱いライト位のものしか出せない上、力量的には弱々しいものだった。色は翠色で感覚的に「風の魔」*1だろうと推測した。
勿論、風の魔以外に防御用の壁を創造したり、変身魔法的なものもある。
だがこれら含めて、どんなに簡単でちっぽけな魔法でも、今じゃとてつもなく厳しい。というか出来ない。
なんなら、将来的に今世ではずっと風の魔以外は使えない可能性がある。
この根底にある魔力は、印の方にも関連していて魔力が無ければそいつを呼ぶことも出来ないし、呼べなくても重点的に使用していた“回避方法”さえも無理という事だ。
「……結局、全部使えねぇじゃんか」
使えるようにするには、魔力上げが絶対だろう。纏って睡眠するやつを今日から実行しなきゃいけないということだ。筋肉痛と同じくらい、あれ苦しかった気がする。
「自分の事は、これぐらいか……」
魔力関連は今はどうしようもないので、一旦置いておくとして…………。
実際の父親の死因は確かに事故死だったのだろう。印のコイツの影響により、死ぬ運命が決定し、それが先日だった……ということに過ぎない故だ。
だがもし、事故に見せかけた他殺による死ならば、それがわかった時には……どうするのだろう。死ぬ運命が決まっていたとして、納得したまま何もしないのか、それとも徹底的にソイツを消しにかかるか……その時の心情にならない限りわからぬままだ。
「それと……」
ここは、前世とは全く異なる世界だと、今ようやく確信できている。
いや、考えればもっと早くに分かっていたことだろう。
先ず、年代が違う。今年は2011年だ。それなのに、あのヤバイ家系が存在していない。いたら、絶対どっかしらでTVか新聞紙に載ってるはずだからだ。
いや、根本的なことを言えば、“能力”と言われた力を使っての生活感が存在していない。そうなると、ドイツでの事故も第三次世界大戦も発生していないということだろうか。
更に、少子化がこの段階で激しい様子で一夫多妻制の努力義務制度なるものがあるようだ。高町家の夫婦は、制定される前だったかどうかは不明だが一夫一妻だけれど。……まぁ、この辺りの社会的事情は自分も浅く、どっかのタイミングでそういうのもあったのかもしれない。そういうこと気にしてられる余裕は無かったし……。
故に、ここは俺のいた前世とは全く価値観の異なる日本で、俺はあの時散ったあとにこうして、転生したと…………。
「……はっ。こういう流れも、運命だってか」
ヤツは今頃、地獄でヒイヒイ言っているだろうか。道連れとか良いながら、俺だけ逃れてるからな。……って、ヤツも転生している可能性微レ存?いやぁ、止めて欲しいわぁ……。それは無いことを、願おう。
俺は椅子から立ち上がって自分の寝床に転がる。
「……死体は、もう火葬されちゃってるか」
何か探れば事故について分かるかなと思ったが……。あまり、首を突っ込むのはやめとこう。
彼もそれを行って大怪我する可能性が大きくなるのを望んでいないだろうし、その上「もし、父さんが早くに死んじゃっても、明良はずーっと生きるんだぞ」という言葉を、どっかの日に頂いたのを思い出したのもある。
「……優しい人、だったなぁ」
一滴の涙を流して、俺は仰向けの体勢に寝返った。
――――
仰向けで寝転がって数分。中々眠ることが出来ていなかった俺は、この部屋の扉が開いた音を耳にした。
「……アキ、くん?」
電気は灯していないためよく顔は見えないが、この声とその呼び方でなのはと分かる。
今更だが、この「アキくん」という呼称は「明良だからアキくんね!」で即決されたものだ。
「起きてる……?」
ちょっと、まだ起きてる。だが、もう寝るところだ。
俺は顔も向けず、口も開かず、そう心で答えた。
彼女は勿論、そんな声は分からないため気づくことはない。彼女はゆっくりと近寄りながら、自分の寝床ではなく俺が眠ろうとしている布団に侵入してきた。
「……っ!?」
「アキ、くん……平気かな……」
大量の涙を零した事は、殆どの皆に見られている。
それでまだ悲しんでいないかと心配した彼女が名乗り出てこちらにやって来たのだろう。その心配が顔に出ているのが見てわかる。
「い、今なら……いいよ、ね?」
自分に確認するように呟いた彼女は、どけてあった掛け布団を身体の上に乗せ俺の元に身を寄せた。
桃子さんや士郎さんがいいじゃないかと言うこの行為は、いつも俺が拒絶していたために実行されるのは初めてだ。
前世で成人すぎてからなら抱き合って寝るようなことは経験したことはあるが、子供の頃に同じ背丈の人物とこのように抱き合って一緒に寝たのは無かった気がする。
「う、ん……アキく、ん……」
段々眠りに落ちていく彼女の声を耳にしながら自分も睡眠へと沈んだ。
――――
翌日になり、平日の幼稚園への登園日となったが桃子さんと士郎さんが気を遣ってくれたのか、俺は欠席にして貰った。今回はなのはも察したのか「行ってくるね、アキくん」とだけ声を掛け桃子さんに連れられて登園していった。
でも、正直暇だ。悲しみが全て消えたわけでは無いが、前を向くようにしているため、大分平気になってきている。
普通、この年齢の者であるならばもっと寝ているか、何か小さい玩具などで遊ぶのであろうが……。だが、俺の精神年齢は三十歳を過ぎているようなものである、それらだと面白いとは感じられないのが正直なところだ。
「……魔力上げ、やるか」
別にこの上げ方は身に纏って寝るのが楽だというだけで、他にも色々方法は存在する。纏ったり使うのには変わりないけれど。
士郎さんは今日だけ仕事を休んでいてくれてるので家にいるが、それ以外は外出している。
俺は微弱ながらも魔力を全身に纏って、室内をとりあえず歩き回ってみる。
「……ふむ」
この程度の動作なら余裕に出来る。もう少し段階を上げて腕立てとかやってみるかね。
俺は布団を畳んで端に寄せ、腕立て伏せを開始する。
「……1……2……3」
魔力の方はまだまだ平気だが、腕の方が、つらい……。最初だから仕方ないのだけれどっ。
「……4……5」
俺はそのまま続けて20回は過ぎたところで意識をぶっ飛ばした。
「…………」
どうやら限界が来てたようで意識を飛ばしたらしい。
俺は先の体勢のまま崩れていたこの体勢から仰向けに身体を回転させて時計を見る。
現在昼過ぎで腕立てを開始したのは3時間ほど前。まぁ、そうだろうなと納得した。
「ふぅ……」
空腹を感じた俺は何かあるかとリビングの方に移動すると、士郎さんが椅子に座りながらTVを眺めていた。
「おっ。起きたか、明良」
「うん、おはよう」
もう、おはようという時間でもないけども。
彼はそう挨拶を交わした後、冷蔵庫から作ってあった俺用の飯をレンジに入れて準備をしてくれる。
「あっ、ありがと」
「いや、これぐらい平気さ」
俺も彼の対面側の椅子に座って、準備が完了するのを待つ。
TVの内容はニュース系の番組を見ていたようだ。
そういや、ぶっ倒れてから確認をしてなかった。
俺はそのことを思い出して、右手に魔力をためていく。
この手の中に出現していく翠の光は段々と強みを増し、拳の半分ぐらいの大きさで動きは止まった。現在の限界の確認が完了したのもあるが、士郎さんがこちらを振り返る動作をした事もあって、直ぐにそれをかき消した。
「明良、なんか……なかったか?」
「いや、知らないけど……?」
この人、勘鋭くない?数秒程度やんけ。
まぁ、実際に察せられていないようだったから良かったけど。
「そうか。……気のせいだったのかな」
士郎さんの言葉に冷や冷やしながらも、現在の魔力について考慮する。
現段階でやっと扇風機「強」レベルの風を起こす位は可能になったが、大体そのレベルのものしか使えない。戯れには十分であるが、何かあったら使い物にならない役立たずである。
まぁ、それでも一気にここまで来るのはちょっと謎だが。
普通、魔力上げでもほぼ0の状態からなら1になるはずだが、今3か4位だ。
ここが前世と別だからなのか、それとも転生したときに何かあって特別己の肉体が変わっているのか…………わからん。
そもそも、ここが平然と魔法を扱っているようには今の所感じられないし、概念的にも空想っぽい。前にTV番組眺めてたとき、その関連があったのだけどそういう感じだったし。確かに、異能の文化が無いのだから、魔法も同じことが言えるだろうか。
「明良~できたぞー」
「おーっす」
彼から運ばれた食器は机上に置かれ、俺が被せてあるラップを外して食器を持つ。「いただきます」といつもの言葉を口にしてから、食事を開始した。
出来立ても当然ながら上手いが、作り置きでもこんなに美味いとは……。マシすごいッスな。
食べ終わって自分で食器をシンクとかに置いたり片していく。一応、まだ身長が足りていないので台を使っているのは致し方なし。
「明良、ちょっといいか?」
「あ、あぁ」
どうやら話があるような彼は俺にそう言って、席に促した。
それにしたがって席に座り、彼の方を向く。
「どうしたの?」
「その、平気か……?」
自分の父が死んでからの心象を聞いてくれているのかな。そこそこ平気になったし問題は無いな、うん。
「もう、大丈夫にはなったかな」
「そう、か」
少し間が入って、彼の言葉を待つ。
「その、彼に頼まれたことでもあるんだが……」
「うん」
「君を、明良を家で引き取ることになるが、いいかな?」
……ん?
一瞬、分からなかったが直ぐに理解が追いついた俺は、養子入りになるということだなと認識した。
「うん。OK。これからも、よろしくお願いします」
「いや、こちらこそ」
この後の会話で正式な養子入りは明日のようだが、今日から「桜糀」から「高町」になったと俺は認識しても構わないだろう。
俺は、第二の人生で早くにも姓を変えた。