幼稚園の室内から窓の外へ眺めていれば、桜の葉が茶色気を含んでいるのが分かる。
あの日からニ年半が経ち、5歳となった。高町家の正式な養子となった日に士郎さんが家族会みたいなのを開いた時は皆に改めて歓迎されたし、なのはに至っては大いに喜んでいた。
それから墓参りも毎年2回通っている。今人生の父親であるし、何かあれば通ぜたりしないかと思ったりもしたこともあった。
また、恭也さん――いや恭兄は高校生になって私立風芽丘学園に入学した。美由希姉は中学三年で受験シーズンに突入していて、恭兄と同じ所に行くようだ。
「アキく~ん。何してるの?」
「特に何もしてないよ。ちょっと休憩してただけ」
「今日も頑張ってたもんね~」
「あぁ、まだまだ追いつけないけど……」
窓を眺めながら休憩していた俺のもとに、なのはがやって来て、彼女は隣の席に座った。
こうして俺が現在休憩しているのは、今朝登園前にランニングをしてきたからである。
「初めてであの距離は、すごいってお姉ちゃん言ってたけど……無理はしてないよね?」
「あ、あぁ……無理はしてない、な。多分」
「……多分?」
「あっ、いや!ほんとほんと!」
ここ半月前ほどから流暢な話し方になってきたなのはが、桃子さんに段々似て来ているのを実感しつつなんとかやり過ごす。
実際、今までの筋トレだけじゃ少ない効果であったっぽく、今回一緒にやらせてもらったら気遣いなんてものは存在しなかったので相当だと感じた。
誰と一緒か……?
士郎さんと恭兄達とだよ。
ハードなのが勿論最初からという訳では無いし、こっちを選択したのは自分だから仕方ないのもある。だが……「まぁ平気だろ」とナメて掛かったのがいけませんでした、はい。
――クッソきついやんけ。この感覚久々すぎてマジつらい……。
◇◆『高町明良として』◆◇
ベリベリハードな士郎さん&恭兄とのトレーニングだったが、おかげで全身の筋肉は鍛えられ、始めは酷いキツいがそれも慣れてくれば大分モノになってきたと感じる。
そして、魔力の方も怠らずにやってきているので総量も増え続けている。試したことはまだ無いが、現在の総量的に防護壁とか風向・風力、そして弱めの風の刃程度なら出来るだろう。
「他の皆は?」
「外で追いかけっこしてるよ?私は、アキくんといたいからこっちに来ただけ」
「おっけ~。ならもうちょい伸び伸びしてても良さそうかな」
「そうだね~……」
俺が目の前の机にぐでっと腕を伸ばして顔を伏せれば、なのはも隣の席に座って同じようにした。
「あっ」
「んー。どうした〜」
なのはが思い出したようにそう口を開けた。
「休むにしても、そろそろ集まってくる時間かなぁ~。って気づいたちゃったの」
「少しでもあれば良いよ」
「そういうもの、なの?」
「そういうものなのだよ」
その「そろそろ」が後どのくらいなのか分からないが、大体10から20分以内だろう。それくらいだったら、ぐでぐでしてても問題あるまい。
「あら、二人共そこで寝てたのね」
このクラス担当を勤めている若年の女性が、俺ら二人の姿を見てそう呟いたのが耳に入った。
そして、俺達に関与はせずこれから集まってくるだろう園児達用の準備を始めていた。
――――
他の子たち全員が集合して、賑やかで騒々しい声に目を覚ました俺は、一緒に寝てしまっていたのか未だ寝ているなのはを起こして、共に教師的存在の方へと身体を向けた。
「野木くんこっち〜、阿良々木くんと一緒だよ〜」
どうやら彼女は、それぞれの園児の帰宅方法に分かれるよう並べているようだ。
ふと彼女の頭上に目線を向ければ、その延長線上にあった時計に目が入り、現時刻午後の五時頃だと分かった。
なのはが10〜20分と言っていたが、それ以上に俺たちは寝てしまったらしい。
「あっ!なのはちゃんとアキラくん、起きたのね。お母さんが来てるから、お荷物持って行ってらっしゃい」
「ん〜ん……。は〜い……」
俺は無言で頷き、なのはは間延びた返事で応える。俺はなのはの手を引いて俺と彼女の二人分を取り出したら、彼女を背負ってその荷物を持って桃子さんの元へ向かう。
「んじゃ、さいなら〜」
「さようなら」
「あら、今日もなのははおんぶされて帰ってきたのね」
「まぁ、はい。でも、もう慣れましたよ」
こうやってなのはを背負って帰ることは一度二度ではなく、何度もでありもう慣れてしまった。
正直この肉体の筋肉力的に重いとか感じてしまった事は無いこともないが、決して口には出さなかった。なんか、嫌な予感がしたからである。
慣れた今になっては、軽いと余裕を張れる程ではないが重いとも言い切れない程だ。
彼女の体重が減ったわけではないと思うので、こちらの筋力が上がってきたと思っている。
「なのは降ろしたら、そっち手伝いますよ」
「いつもありがとうね。大分任せられるようになって皆助かってるわ」
「いえいえ」
そして、士郎さんとの合同トレーニングを開始した同時期に、桃子さんと彼が勤める翠屋喫茶店の「お手伝い」として参加させてもらっている。
こっちの方は、「なのはも!」と言って後ろでオネンネしている彼女も参加していて大人のお姉さんに教えられながらあれこれやっている。
桃子さん以外は実年齢が25歳未満と年若い人達で成り立っていて、男女比が2:8と女性職員の割合が高いのも特徴の一つとも言える。この日本からしたら珍しくもなんともないが。
「じゃあ待ってるから、一緒に行きましょ」
「うん、服は一応着替えておくよ」
「分かったわ」
自宅こと高町家に到着した俺はなのはを彼女の部屋の布団に寝かせ、その後自室で着替えて玄関で待っている桃子さんのもとへ向かう。
自室の件だが、なのはに難色を示されたものの5歳になったと同時に用意してもらった。不満げだった彼女も、桃子さんのアドバイスである「彼の部屋に行けば良いのよ」という発言で納得していた。
「じゃ、行きましょうか」
「はいさ」
――――
「おぉ、明良も来てくれたのか。今日もか?」
「うん、いつも通り」
「じゃあ、頼む」
カウンターにいた士郎さんにそう声を掛けられ、俺は奥の更衣室へと足を運んだ。
この翠屋喫茶は家から徒歩十数分位で到達できる距離にあり、昼食用のメニューだったりも揃えられている。この店のオススメといったら、シュークリームが一番だと俺は思う。毎度、お客さんが訪れる度にお持ち帰りとしてそれを購入しているのが視界に映っていることもあるし、自分で食ってみたのもある。
専用のエプロンを身に装着した俺は店内に出て、カウンターにいた士郎さんに指示を聞いてから、毎度行っている通りの仕事を開始した。
この時間帯はそこまでハードなわけではないから、せっせっと動くほど忙しくない。
俺がこの仕事の手伝いの参加を希望したのは、女性の割合が多いとか若い人多いとかそっち方面の下心ではなく、美味しさが家並みだと言うのに作ってるのが桃香さんお手製ではないと耳に入れて気になったからである。
実際厨房を見たとき、高校生ぐらいの女性が行っていた事から、あの人なんだなと知ることができた。んで、桃子さんがその人に指導してる場面も一度見たことあって、直接指導されてるのなら、そらそうかと察せた。
目的自体は達成したのだが、数回きりというのも悪いかなとか思ったりして続けてた結果、日々の習慣と化している。
「明良くん、これお願いね」
「了解でーす」
先輩に当たる彼女から用意できた品物を、お客さんへと運びに俺は出向いた。
――――
一時間後、閉店時間がおとずれお客さんたちが出た後、俺を含めた職員達が帰宅の準備をしていく。
「お先で~す」
「ではでは~~」
次々と帰っていく彼女達の声を耳にしながら、エプロンを外して士郎さんのもとへ移動する。
「おう、明良。今日もありがとうな」
「いや、お安い御用だよ。そろそろ帰る?」
「そうだな。なのはも家で待ってるだろうしから、恭也と先に帰っててくれないか?」
「OK。恭兄、帰ろう」
「あぁ、わかった」
「んじゃ、桃子さんと士郎さん。お先で」
「えぇ、寂しがってるなのはのもとに行ってあげて」
それに頷いて俺と恭兄は、扉を開けて自宅へと足を運び出した。
「うへ~~。大分寒くなったな~」
「あぁ、そろそろ着込んでおかないとな」
素肌に触れる風が冷たく感じつつあるこの秋の中頃。
自分は風そのものの力や方向は操作できるが冷たくしたり暖かくしたりは出来ないので、季節によって風が運ぶ温度が自然と同じように変わるのはいつもの事だったりする。
んで、帰り道は行きに通った道とは異なり、桜並木がある場所ではなく身近な公園を通る道だったりする。
この公園は以前に前述したものとは違うもので、中央に大きな大木があり、ベンチが数席とブランコがある程度のもので、追いかけっこをしている子やのんびりしている人たちがいるのをよく見かける。
ここの公園が自宅から一番近い場所で、大体外で遊ぶ場合はなのはと共にここを使うことが多い。
「……ん?」
だからか、公園の敷地外の歩道で俺はそこから何かを感じて一瞬立ち止まった。
「……どうかしたか、明良」
「あぁ、いや……特には、ないけど」
「……そうか」
気付かれない程度に魔力を使い風で何か音があるか、辺りを探らせる。
しかし、範囲(現在30m圏内)外であったのか何も見つからない。
それでも、何かがあったというのはきっと事実なのだろう。
目の前の恭兄が、俺に尋ねる前から辺りを見回していたのだから。
結局何も見つからず、そして何も起こらなかったので良かったが、ここの周囲は自分の住んでいる街であるし、出来る限り何かあったら対処したいものである。
ところで、隣にいる恭兄が辺りを見回し始めるのに驚かなかったのは、勿論理由がある。
それは士郎さんと彼との合同トレーニングをやり始めた頃で、自宅に道場らしきものがあったのは知っていたが、士郎さんが指揮しているものとはその時に知った。その彼が指導するものは「御神流」という刀の流派であった。自分が身につけることは志願していないから許可は得てないのでやっていないが、どういったものなのかは前に聞いたのでちょっとなら知識がある。
その道場にて、彼と恭兄が打ち合いの鍛錬をやってるのを美由希姉と観察したときに、「あれ?生粋の人間ですよね?何も能力とかないよね?」と自問自答を脳内で滅茶苦茶繰り返し、隣にいた美由希さんに苦笑されたという経緯があるからである。
その後も、何回か見させてもらったりしてもう頭が慣れてしまったのかあまり驚かなくなった。慣れって怖いよね。
「ただいま~」
「ただいま」
「おかえり~~!アキくんにお兄ちゃん!」
俺が玄関を開けて2人で中に入ると、なのはが俺に飛び込んで出迎えその彼女の後ろから美由希姉がやってきた。
「おかえり~。母さんと父さんは?」
「まだ、店の片づけしてるよ。そろそろ帰ってくると思うが」
「んふ~~」
「…………」
満足げな声を出しているなのはを引っ付かせたまま、俺は家へ上がって荷物やらを片しに向かおうと動くと。
「あ、明良。お風呂先に入っていいよ。私は先に入ってさ、なのははまだみたいだけど」
「じゃあ、今日は一緒だねっ!」
「……ハハッ」
残念ながら、俺はこの彼女みたいに無垢で純粋な子じゃないのでどうしてもクるものがあるんすよ、姉さん。
そうやって微笑ましい目で見てないで助けてくだせぇよ、姉さん。
お願いしま――
「いいよね?」
「は、はい」
――ムリデス。
半ば脅迫めいた発せられた言葉に頷くしかなく、俺は彼女に従った。
一応、洗いっこしただけのケンゼンなものです。ハイ、ナニモゴザイマセン。
己の股間事情を張り切って抑えるのに必死で会話の応答が曖昧でしたけれども。
◇◆◇◆◇
筋肉量と総魔力量、それによって可能になった技等どんどん増加していきながらも月日が流れていった。
幼稚園児時代では、やはりなのはといる日が多く他の子にからかわれたりした事もあるがそれは無視で押し通し、遊具を陣取っている子がいて他の子が遊べない状況を遊べる空間を作るためにオハナシしたり、室内では幼稚園というものである通り多少の勉学もあったり。まぁ、どれも傍らになのはがいたことは変わりなかった。
翠屋でのお手伝いもそろそろ小学生になるからとそれで小遣いを貰うようになったがそこはあまり気にもしていなかったので、遠慮したかったが押し通されてしまった。他には、金髪の人とか中国風の人とかが店員に増えた。
家事情は大体変化は無く、寝てたらいつの間にか隣になのはがいたとか、入浴してたらいきなりなのはが入ってきたりとか……変わんねぇな。
そんな日々で、大事のようなトラブルは無く平穏に過ごして卒園式を迎えた。
「高町明良」
「はい」
パイプ椅子が数多く並べられたホールにその椅子に座っていた俺は、そう返事して直立し壇上へと上がるために練習した通りの道を通って園長の前へと出向いた。
桜が咲いて、美しい桃色の景色が窓の外から伺えるが、今日をもってこの桜並木が毎日見れるとは限らなくなるだろう。
だが、「桜糀」として生まれた俺は桜と共に運ばれたに等しいような気もする。
何故なら――
「卒園、おめでとう」
「はい」
――第二の生を受けた丁度、桜が咲いた時期だったと聞いたことがあるから。
幼稚園時代終了という事で、次から小1編入ります。
今後ともよろしくお願い致します。