殺人事件の報道で胸騒ぎがして久方振りに木刀を使用した翌日。21日。
今朝のニュースでも引き続きやっていたが、あんまり内容はさして変わっていない。
不思議なことに他の他殺事件や事故などの報道もあったが、この例の殺人事件だけが頭に纏わりつく。
気味が悪い。
「食ったら走ってくるよ」
「ちょっと物騒だし、気をつけてくるのよ」
「あぁ、そうするよ。後、今日は翠屋の方は休んで良いかな」
「えぇ、いいわよ。了解したわ」
休日は比較的起きるのが遅いなのはは、今日も未だこの時間帯は起床しておらず、桃子さんだけが俺に声をかけてくれた。
他の三人は既に翠屋の方で準備をしているのだろう。
彼らには悪いが、現在気分的によろしくないため今日は欠席させて頂くことにした。
自室で準備と動きやすい私服に着替えて、玄関の方へ向かう。
「じゃあ、後で」
「いってらっしゃい」
靴を踵で少し整理してから、俺は走るのを開始した。
◇◆『月村邸』◆◇
ほぼ無心というか、気分を晴らしたくて距離を伸ばしていたら、大分距離を走っていたみたいだ。
いつも見慣れている光景じゃない事に気付いて良かったと思う。あんまし良くも無いと思うけど。まぁ、隣町だと思うしそんなに距離は無いでしょ。
「ふぅ……」
一人で観光って、したことは中々無いし。少し歩き回ってみるのもいいかもしれない。
一応だけど財布は持参してきて良かった、少ない小遣いではあるけど自販機の飲み物程度なら購入できる。
「お、あった」
近くにあった公園付近の自販機を見つけてスポーツドリンクを選択して、それを一本買って早速一口飲む。
少し水分を取って冷静にでもなれたからか、喉の潤いが増すと共にちょっと楽になったような気がしないでもない。
「さて、歩いてみよ」
鞄の中に少し体積の減ったスポーツドリンクをしまい、公園から離れる。
少し歩いていけば、大きめなショッピングモールやその周りにある住宅等、普通の市区と変わりないような光景が視界に入ってくる。
市としては海鳴市の範囲にあるようだが、俺らが住んでいる町には商店街とかはあっても、結構な大きさのあるショッピングモールは存在してはいないため、桃子さんとかも此処を利用するのだろうかと思った。
また歩いてけばバス停とかもちらほら見える。まぁ、それはそうかとか思うけど。
その停留所が通るバスは俺となのはが普段利用しているものと同じものが通っていたりしているようで、逆路線を利用すれば帰れるかなと呑気に思った。
他の施設としても色々あるが、ある所から住宅街とか屋根が並ぶような所が無くなって自然が多めの部分が見えてきた。
そして、見えてきた大きな屋敷。
「はえーー。意外と近くにあるんすなぁ」
歩きながら、そう口に出てしまった言葉だった。
屋敷というか、このようなでっけぇ家は幾つか見たことはあるが、何れも自宅から遠い所にあったから結構近いところなのは初めてである。
あの屋敷の付近には森が結構広がっていて、そこまで行くのに道も結構距離がある。現在俺がいる位置も住宅が2,3軒位で少ないといえる。
あんまし用も無いのに出向くのは不自然だし、それに後一時間もすれば昼時だから戻るとするかね。
そんな思考をして、振り返って今まで来た道を戻ろうと歩き出すと見知った声が俺に届いた。
「あ、明良くん!」
「んぁ?」
ちょっと変な声を出てしまったもののその声の方を向くと、全体的に青系で落ち着いた雰囲気の服装を着ていた紫髪の女の子と彼女より少し背の高い薄い紫髪のメイド服の女性が、そこにいた。
彼女等はこちらに近づきつつ、片方の俺に声をかけた女の子に俺は声をかけた。
「すずか、か。此処で何か用事?」
「う、ん。今家に帰るところだったの」
いつもの白いヘアバンドを装着している女の子――すずかは丁度隣にいる女性と帰宅する所であったようだ。
「あ、そうだったんだ。えと、そちらの女性は……?」
「あ、えっと「私はすずかお嬢様につくメイドのファリンと申します」
俺がその女性について気になり、声をかけるとすずかが答える前に彼女が自己紹介を行った。
「あ、はい。俺は高町明良といいます。えと、すずかさんと友達をさせて貰ってます」
「えぇ、少しお嬢様からお聞きになりました。『異性』の友人とは、貴方のことですね?」
「え? あ、あぁ。そうだと思いますが……」
「ちょ、ちょっとファリンっ」
すずかに苦言を言われ「失礼しました。」とこちらに軽く謝罪した。初対面ながら大分警戒している、ファリンと名乗ったメイド服の女性は微笑をするだけであまり友好そうな態度はない。
それに「異性」と強調してきたのは、何か理由でもありそうだ。すずかが異性関係でトラブルでもあったか、それか少し何か事情でもあるのか。まぁ、気にはなるが無理には突っ込む必要も無いだろう。
「ご、ごめんなさい。その、ちょっと? 気になっちゃってたみたいだから」
「あぁ、大丈夫だよ」
ちょっとどころじゃないような気がするが、俺はそうすずかに微笑を浮かべながら答えておいた。
「高町様はどうして此方に?」
「ランニングしていたらこっちの方まで来てしまいまして、でもあまりこちら側は知らなかったから観光として色々回っていたんです」
「お一人で、ですか?」
「え、えぇ。一人でですね」
少し驚いた様子を見せるファリンさんだが、直ぐに立て直したようで続けて質問をしてくる。すずかの方も少し気になるのか、俺の答えに黙って聞いてくれている。
「ご家族は知っているのですか?」
「走りに行くとは伝えてはいますからね。どこ走ってるとは……伝えるの忘れましたけど」
「あ、あー、そうですか」
苦笑を浮かべた彼女はそう答えてすずかの後ろに下がった。
「んで、もしかしてだけど、すずかとファリンさんの自宅って、あれですか?」
「う、うん。そうだよ」
どうやら二人の自宅は、先ほど視界に映っていた大きな屋敷のようだ。彼女はお金持ち部類の人だとは聞いてはいたし、驚きはしなかったが次の発言は少し驚いた。
「えと、上がってみる?」
「「えっ?」」
「え、だめかな……? お母さんとか、お客さん上げてるの聞くけど……」
段々声が小さくなっていく彼女に「少しお待ちくださいね」と声をかけたファリンさんは携帯を取り出してどこかへと通話を開始した。
その会話から聞こえてくる内容的に、今お客さんを家に上げて良いかみたいなものだった。
「すずかお嬢様、忍お嬢様からOKが出されたので大丈夫ですよ」
「あ、なら。あっ! 明良くんの方は平気?」
「へ、平気だよ。昼飯どうしようか悩んでいたところだし」
「では、すずかお嬢様と一緒に済ませてしまいましょうか」
「あ、ありがとうございます」
ファリンさんが電話した相手から許可が出たのか、俺が月村家に上がっても良いようだ。偶々昼飯をどうするか後で考える予定でもあったし、彼女達の好意に甘えさせてもらおう。
「では、こちらです。高町様」
「は、はい」
ファリンさんの案内とその隣を歩くすずかの歩く道に従って、俺は月村邸への道を進んだ。
――――
やはり「邸」または「屋敷」と呼んでいるからには相応しい程の構造と大きさを持っている。現物を目にしている俺は、尚そう感じた。
「やっぱり、間近で見てみると大きいって分かるね」
「う、うん。明良くんとかはそんなに見ることないもんね」
「あぁ、そんなに。っていうか、早々無いと思うよ」
苦笑じみた感じで応答してくれるすずかと会話しながら、若干同様な形相をするファリンは特に喋ることは無く、目の前の玄関扉を開けた。
「お帰りなさいませ。すずかお嬢様」
玄関の先にいたのは、ファリンさんと同じ色の髪で彼女より短めな髪型をする女性のメイドさんであった。形的に微笑を貼り付けているだけのようなその顔つきで、目をみれば此方を少しうかがっている様子が感じられる。
「ただいま、ノエル」
「お、お邪魔します」
俺達が屋敷内に入り終わるとファリンさんが玄関扉を閉じ、すずかの後ろに佇んだ。
「お昼をお召しになるという事で。リビングにて準備が出来ておりますので、ご案内いたしますので、ご一緒にお越しください」
彼女の言葉に俺は「はい」と返事をして、前方を向いて歩いてく彼女の後ろをすずかとファリンさんと共についていく。外靴はスリッパと履き替えるようで、付いていく前にファリンさんが用意してくれたのを履かせて貰っている。
ファリンさんもそうであったが、ノエルと呼ばれた彼女の服装もメイド服そのもで白と黒でデザインされている実物だ。メイド自体は生で見たことが無いわけでは無いが、やはり機会というものが無いためそんなに慣れているわけでは無い。前世での世界でメイド喫茶なるものが存在していたが、あれは萌え用そのものでスカートも短かったりする。今世でメイド喫茶があるかは謎だが、正直あっちは苦手だしモノホンメイドと会話する方が何故か知らぬがやりやすい。
ファリンさんは俺が初対面だからというものだけか、それに加えて仕える主人の連れてくる相手が「異性」だからか、少し警戒の目を向けてきたりするのが多いが会話での所々の様子から、堅すぎる人では無いと予想する。
けど、ノエルと呼ばれた女性は第一印象からしてかなり御堅い人だろうなと少し感じた。まあ、会話すらしてもないんだから分かりはしないのだけど。
「こちらでございます」
案内をしてくれた彼女が道の横にずれて、手で方向を示すと先に座っていたのか、すずかを大人にしてもう少し自身あり気のようにした感じの女性がそこにいた。
「貴方が、高町明良くんね」
「え、えぇ。いかにも」
「あんまり堅くならなくてもいいのに。あ、私は月村忍。そこにいるすずかの姉よ」
「ふふ」と言って先の発言を口にした彼女は、手に持っていたティーカップを机上に置いて此方を正面から見て名乗った。
すずかの姉と名乗った彼女――月村忍さんは、背中まで伸びる紫髪を持っていて顔もどこかすずかと類似しているような気もする。だが、雰囲気は彼女の方が年齢が上な事もあって堂々としている。
服装自体はラフな格好、と言ったところか。白いシャツに藍色のパンツだ、室内用私服としてはよくありそうな格好でもある。まぁ、お嬢様な位置にいる人がこのような服装だとは中々想像しにくい部分だけれど。
「あ、明良くんも座っていいからね」
「あ、あぁ。ありがとう」
すずかに半ば許可のようなものを貰い、彼女と共に移動し、彼女は姉の隣の席に。俺はその対面に着席した。
白いテーブルクロスが敷かれている机が目前にあり、先ほど手にしていたティーカップが忍さんの前に置かれている。
「お二人方。お飲み物はどちらに致しますか?」
「お茶をお願い」
「じゃ、じゃあ俺も、同じで」
「畏まりました。お昼も同時にお持ちいたします」
俺とすずかに飲料をどうするか聞いてきたかメイドの彼女は、俺達の返事を聞いてお辞儀をし別室に準備してあるものが置いてあるのか、取りに移動していった。
ファリンさんは彼女の方についていくようで、彼女のようにお辞儀を済ませた後に同じように移動を開始した。
「さて、すずかとはどんな経緯で? あ、敬語は無くて構わないわよ」
「い、いえ。えと、最初は俺の友人のなのはからの紹介って感じですかね。それから、後一人加えて四人で会話とかしたりして……現在に至るという感じです」
「まだそんなに日は経って無いんだけど、明良くんとは趣味が同じ所もあるから。」
「なるほど、ね」
ズズっとティーカップに入っていた紅茶と思われるものを口に含んだ忍さんは、少し安堵したような表情をしていた。
「お待たせしました。」
ノエルと呼ばれた女性――いいや、もうノエルさんで。ノエルさんはそう言って、彼女の両手と一緒に向かっていたファリンさんの両手にお盆があり、それぞれ同じ品が三人分乗せてあった。ノエルさんの方は2つで、ファリンさんの方は1つ。けれど飲み物のお茶2つはファリンさんの方がお持ちのようだ。
金満家であっても全員が全員同じでは無いように、この月村家も豪華な食事という訳では無いらしい。ただ、昼飯だからとか、俺がいるからとか、理由をたてるなら幾つかあるがその可能性が無いわけでもない。
実際、前世時の金持ち一家の所でも庶民勢と同じような感じの食事をしていたり、また別の場所では食堂まで行って豪華なものを毎日食ってるような一家もある。ちなみに、大体気に食わなかったり反りが合わない連中は後者の一部の連中である。あいつらの考え方は未だに理解しがたい。
「ありがとう、ノエル」
「ありがとうファリン」
「ありがとうございます」
持ってきてくれた彼女達に各々がお礼をしつつ、ノエルさんとファリンさんはその食品を机上に置いていく。
「話は、食べつつしましょうか」
「はい、そうさせて貰います」
忍さんの提案に俺はそう答えて了解する。それから席に座っている俺達三人は「頂きます」と述べ食事を開始した。
――――
食後、色々警戒されてはいながらも彼女達と他愛ない会話をして時間を潰し、俺は彼女達に見送られながら月村邸を脱した。
忍さんはどうやら恭兄と同じ年齢であるらしく、もしかしたら縁があったりするかもしれない。
始終警戒されてはいたが、後半になるに連れてファリンさんは段々と薄れてきたようなのと、すずかの目線から何か察したのか平生と思われる雰囲気と口調をだしていき、最後の方ではもう堅さなんか吹っ飛んでいた。
宿泊する訳でもなかったし、お手洗いを借用する事は無かったため、利用していたリビングとその道までの廊下しか月村邸については知り得ていないが、やはり外見からの大きさもあってかなりの広さを実感できた気がする。
良い思いというか、こういう家にお邪魔することはあまり無い経験であるので、ランニング前の気分は既に無くなっていて、晴れた気分で俺は自宅への道を歩んでいた。
だから、今日の夜に起こることなど、思いもしないだろう。