※この作品はR-18です。

クラスメイト、異世界で勇者やるってよ。   作:bear大総統

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どうなってんだ、そのうち俺は死ぬのか。やばすぎ、ヤバイ(語彙力)


陸堂の相談

「なぁ、陸堂」

 

「ん? どうしたんだ、管」

 

 宵坂に好き放題にやられ、惨敗してしまった俺は王城内にある談話室──のようなところで友人達とカードゲームに興じていた。机を囲むようにして俺の他には四人の友人がいる。ここに来る前から特に仲が良かった親友達だ。

 

 帰ってくるときには一緒にいた宵坂と桐生先生はここにはいない。

 誘ってはみたんだが宵坂からは『集団行動は苦手だし、読みたい本がある』と言われ、先生からは『教師がそんな場所にいたら気が抜けないでしょう?』と両方から断られてしまった。宵坂は性格が性格だししょうがないと思ったんだが、先生はむしろいてくれた方が男子も女子も喜ぶんだが……先生は余計に気を使いすぎることがあるからな。こうなって当然だったかもしれない。

 

 ババ抜き──といっても使っているのはトランプのような何かなんだが──をしながら俺の対面に座る身体つきのがっしりとした、190センチに届こうかという巨漢の管武弘(すがたけひろ)が俺に話しかけてくる。

 

「今日の魔物討伐はどうだったんだ? 先生と一緒に行ったんだろ?」

 

「宵坂も一緒にな」

 

 その名前が出た瞬間に、卓の空気が一気に重くなってしまう。管ともう一人の男子──佐藤俊介は苛立ちを隠そうともせず、女子達は不快げに眉をしかめた。

 

 ──以前はここまでじゃなかったんだけどな。

 

 約一週間前のアンドリューさんに宵坂が勝ったときからずっとこの調子だ。ここにいる5人──というか俺と宵坂、桐生先生以外だが──はアンドリューさんに触れることすら叶わず、地面に叩きつけられ、敗北している。

 地球では、スクールカースト的に下にいた筈の人間に最も分かりやすい形で差を見せつけられてしまったからだろう。クラスメイトのほとんど全員が彼の事を毛嫌いしてしまっている。

 

「そこまで嫌ってやらなくてもいいんじゃないのか? 話してみると案外良い奴だぞ?」

 

「そんなわけないじゃない! 目付きだって悪いし、オタクだし、光義君が話しかけたってずっと顰めっ面で無愛想だし! 何様のつもりよ!?」

 

「そうよ! 光義や先生よりも弱いくせに、一緒になって訓練行けてるから絶対良い気になってるのよ。《聖魔》だって一体しか召喚できなかったくせに、調子乗りすぎだし!」

 

 茶髪をショートカットにした女子と、金髪に染めたギャル風の少女──藤宮玲子と花崎千里が好き勝手に言う。友人ではある彼女達だが自分よりも下だと思った相手には攻撃的になるところだけはどうしても相容れない。宵坂なら、特に気にも留めずに無視するだろう言葉だったというのに、何故か俺はかちんと来た。

 

 ──それはきっと、この一週間で彼と行動することが多くなり、彼の事をよく知ったからだ。

 

 俺は彼の事をよく知る前、自己中心的で周りなど一切顧みず、我が道を進み続ける奴なんだと思っていた。

 事実、彼の本質は自己中心的であるがそれだけではない。

 自身を顧みず奴隷の女の子を助けるような優しい心だって持っている。彼自身は『国の権力を傘にしただけで、そんなに胸を張って言えることじゃない』なんて言ったが、誰かを助けるという行動をとれる人間は非常に少ない。

 俺だってその場所にいたら助けられるかどうかわからなかった。普段、爵位持ちの人間として振る舞うことが非常に少ない──というか一度もない──ため、自分が爵位を持っているということすら忘れていたし、人の事情に首を突っ込むべきではないと考えたかもしれない。

 そんなときに迷わず助けるという選択肢がとれる奴は素直に尊敬できる。

 

 それに──彼が俺より弱いというところに一番腹が立った。

 

 彼の努力や積み上げてきた勝利、得てきた成果に泥を塗られたような気がして。

 

「──宵坂は俺なんかよりよっぽど強いよ」

 

『──!』

 

 気付けばかなり語意が強くなってしまった気がする。彼らの顔を見るに、それは俺の思い違いではなかったらしい。

 

「そんなわけ──!」

 

「あるよ。今日戦ったけど、俺は一回もアイツに触れなかった。多分、あれでも俺を傷付けないように労ってくれたんだ。俺と先生同時に戦ったって勝てるイメージが微塵も湧かない。それぐらい強いよ、宵坂は。俺達なんかとは潜り抜けてきた死線の数が、その密度が違うんだ」

 

 ──大物喰らい(ジャイアントキリング)

 言うは易いが、行うは俺の想像を絶するほどの難しさだろう。よく相撲や将棋、囲碁なんかで番狂わせが起きたなんて言うけど、それを行うには余程の努力が必要なはずなんだ。

 明確に数値化された自分の能力。行うことが出来ることのすべてに、その練度が具体化されたこの世界において、それは地球のそれに比べ難易度が跳ね上がるはずなんだ。事実、俺は自分より遥か上の実力者である宵坂に指一本触れられなかったのだから。彼が俺達の戦うべき魔族だったらあそこで俺は死んでいただろう。

 

 ──あそこまで言うということは、彼はその大番狂わせを起こしてきたのだろう。自分よりも強い奴に出会う度に、何度も何度も。そしてそれを乗り越えてきた。そしてそれはここから先も変わらない。

 

「そんな、馬鹿なことあるわけないじゃない! アイツが、アイツなんかが光義くんと先生二人よりも強いなんて──!」

 

「そうやって見下してばっかりじゃ何も変わらないと思う。そのままじゃ──絶対にアイツに追い付けない」

 

 カードを置いて、俺は席を立った。

 今は、見慣れた友人の顔を見たくなかったから。

 

■ ■ ■

 

 気付けば俺は宵坂の部屋の前に来ていた。彼の事を見下すことについて相談したかったが、桐生先生の場所に行くべきだったのだろうが、こんな夜分に教師の──しかも異性の部屋に訪ねるのは常識的におかしいと思ったためだ。だからって本人のところに行くのもどうかとは思うんだが、誰かにこの事を相談したかった。

 

 扉を軽くノックする。読みたい本がある、と言っていたから部屋にいるかと思ったんだが、返事はどれだけ待ってもない。これはたまたまトイレに行っている時に来てしまったのか、それとも読書に夢中でノックの音が聞こえていないのか。

 宵坂ならばあり得ると思ったところで、俺の横から声がかかった。

 

「……リクドウ様? ミナト様になにかご用ですか?」

 

 振り向くと、そこにはメイドさんがいた。

 レモン色の髪を腰の辺りまで伸ばし、眼も同じ色。ややスレンダーよりな、女性にしてはやや長身な身体を丈の長いワンピース型のメイド服で包み、頭にはホワイトプリム。俺のお世話をしてくれているメイドさん──ラプーシュさんと同じような格好をし、俺と宵坂の事を様付けで呼んでくれている事から勇者(おれたち)専属のメイドさんなんだとはわかるが、生憎名前が出てこない。

 

「宵坂に用があって。どこに行っているかわかりますか?」

 

「ミナト様なら現在は厨房にいらっしゃる筈ですが……呼んできましょうか?」

 

「……陸堂? どうしたんだ?」

 

 そこでちょうど宵坂が帰ってくる。

 学校の制服を着崩した様は非常に彼らしいが、その左手には意外なものが乗っていた。

 

「…………サンドイッチ?」

 

「ただの夜食だ。お前も食べるか?」

 

 左手に乗っていた大皿。そこに乗っていたのはサンドイッチだった。卵を挟んだものから、野菜がたっぷりと挟まったもの、何の肉かはわからないがカツサンドと様々な種類があり、この城のシェフが作ったと言っても納得ができる。しかし、ならばシェフに作らせて目の前のメイドさんに持ってきてもらえば良かったはず。わざわざ自分が厨房にいったということは自作したということなんだろう。

 勝手なイメージだが、宵坂が料理が出来るとは思えなかった。

 

「料理できたんだな」

 

「独り暮らしだからこれぐらいできないとな。それにここに着てから豪勢なものばかり食べているせいか、たまに庶民の味が恋しくなるんだよ。アイズさんもよろしければ一緒にどうです?」

 

「申し訳ありません。この後、《勇者》様方のお世話を任されている者達の間で会議がありまして」

 

「そうですか。……あっ、忘れるところだった。アイズさん、もう少しだけ待っていただけますか?」

 

 《重力反転(アンチグラビティ)》と小さく呟くと、左手に持っていた大皿がふわりと浮かび上がり、30センチほど浮かんだ場所でぴったりと静止。そうして両手が自由になった宵坂は、突如として発生した闇の魔力の中に手を突っ込んだ。

 

「っと…………どこにしまったっけか」

 

 物を漁るようにして腕が動く。が、それは目的の物を見つけたのかすぐさま止まって、闇の穴の中から出てくる。

 

 それはかなり大きなケーキ箱だった。箱にはこの世界の文字で『ロデット・ガロワ』とプリントされている。そして俺はその名前に聞き覚えがあった。

 

 たしか玲子と千里を含めた女子達が話をしていたはずだ。曰く、王族や貴族しか味わえない超有名店で、《勇者》として得られた金でも中々手を伸ばせない程の金額のケーキ屋があると。そしてその値段を裏切らずそれは絶品で、買った者達は絶賛しているのだとか。

 そんなケーキがどうして宵坂のところから出てくるのか。

 

「会議ということは俺達の世話をしてくれている人達が全員集まりますよね? 人数分ありますから、良ければ会議中のお茶菓子として召し上がってください」

 

「これは……ロデット・ガロワの……⁉」

 

「買ったんですよ。今日、陸堂達と別れた後に」

 

 たしかその店のケーキはひとつ買うにしても金貨五枚くらいは──俺達《勇者》に支給されるのは銀貨30枚で、それは金貨に換算すると0.6枚ぐらいの価値だ──必要だったと聞いた。それが24人分──金額にして金貨120枚という大金だ。

 

「買ったって……宵坂お前……そんな大金、いったいどうやって?」

 

「エリザさんからの前金で聖白金貨15枚貰って、それで買った。別に盗んできた訳じゃねぇよ?」

 

 ほれ、といって巾着袋を取り出すとその中身を俺に見せてくれる。そこには無数の金の輝きに混じって、白く輝くものがある。無数の金貨はお釣りだということは分かるが、それ以外の聖白金貨はすべて大公からの前金だと思うと、どれだけの大金を宵坂に渡したのか。

 

「メイドさん達の好みがわからなかったので、とりあえず店員に勧められるままに買ってきたんで、お口に合えば良いんですが……どうぞ、日頃のお礼です。いつも俺達なんかの世話をしてくださって、ありがとうございます。あと迷惑をかけてすみません」

 

「そんな……こちらこそ、ありがとうございます。大事に食べさせていただきますね」

 

 大事そうに宵坂からケーキ箱を受けとると、「失礼します」と言い、去っていく。それを見送った後、魔法を解除したのか手元に戻ってくる大皿を乗せると扉を開ける。

 

「なに呆けてるんだ。入らないのか? 何か俺に用があったんだろ?」

 

「あ、あぁ。ごめん。失礼します」

 

■ ■ ■

 

「適当に摘まみながら座っててくれ」

 

 そう言って、風呂に入っていった宵坂を見送る。

 決して狭くはないが広くもない部屋。閻魔王が実体化していなくて良かったと思いながら、俺はサンドイッチを口に放り込みながら、部屋を見渡す。

 何の飾りっけもない簡素な部屋だ。学習机のような物の上には無数の本が積み上げられ、その横には羊皮紙と羽ペン。羊皮紙には魔法の術式が無数に書かれているが、そのどれもが俺の見たことのないものだ。おそらくは《闇魔法》の術式だろう。《炎魔法》と《神聖魔法》しか使わない──というよりも使えない俺にとっては縁遠いものだ。机に積まれているものは魔導書からこの国の歴史についての本や、『闇と龍の魔王と大賢者』という絵本に至るまでジャンルはバラバラだ。

 

 勉強熱心かと思ったら、こんな子供が読むような絵本まで。つくづく意外な面を見せられるな。

 

「……ん?」

 

 彼のプライバシーを侵害しない範囲で色々と部屋の中を見ていると、突き刺さるような、俺の行動を咎めるような視線を感じる。その方向に視線をやれば、先程まではいなかったローブですっぽりと包み込んだ、可愛らしい小さな──物理的にだ──女の子がそこにはいた。

 杖を自身の横に置き、自分の身体よりひとまわり小さいだけのサンドイッチをもぐもぐと食べていく姿は非常に微笑ましい。

 

 宵坂の《聖魔》だ。彼女にとって俺は主人の部屋を許可なく漁る失礼な輩、という風に映ってしまったのだろう。謝罪の意味を込めて、頭でも撫でようかとすると杖で叩かれてしまう。『触らないで』とも言いたげだ。

 

「悪い、待たせた」

 

 若干空気が悪くなってしまったところで、宵坂が風呂から出てくる。

 少し濡れている、男にしては少し長めな髪をタオルによって、服にかからないようにしている。服は寝巻きで出てくるんだと思っていたが、彼が纏っていたのは俺達と魔物討伐に行っていたときに纏っていた黒い戦闘衣(バトルクロス)だ。

 俺以上に敏捷値が高い宵坂であるが、鎧の類いは身に付けていない。

 彼の武装や身体に纏わせることによって武装の攻撃力や耐久力を増加させる──効果自体は俺が考えて言ったら、正解だったようであっさりと教えてくれた──《闇纏武装(あんてんぶそう)》によって鎧の類いは『メリットとデメリットが釣り合っていない。俺にとってはただの敏捷値を下げるだけのクソ装備』とのこと。

 

 よっこいせ、と呟いて座ると机に座っていた《聖魔》が待ってましたとも言いたげに、すぐさま彼の肩の上に飛び移る。彼は彼女に微笑みかけ、軽く頭を撫でてから続ける。

 

「それで? いったい何の用だ?」

 

「い、いや……用って訳じゃないんだが…………」

 

 俺は宵坂に先程、友人達との話をありのまま伝える。

 彼らがいつまでも宵坂を見下していること。クラスメイトほとんど全員が、理不尽な理由で彼を嫌い、馬鹿にしていること。

 それに対して自分が思っていることすべて。

 

 それをサンドイッチを摘まみながら聞いていた宵坂は、口の中身を飲み込むと──盛大な溜め息を吐いた。

 

「な、なんだよ!? 俺は真剣に考えたんだぞ!!」

 

「分かってる。だからこの反応なんだろうが」

 

 呆れた、と言わんばかり──というか実際口に出してきた──の視線を向けてきた彼に、俺はつい怒鳴ってしまう。俺は彼とクラスメイト達の不和を心配してるのに、本人がこの反応とか絶対おかしいだろう!?

 

「お前はあれだな…………アホだな。それか底抜けのお人好し」

 

「誉めてるのか貶してるのかどっちなんだよ…………!!」

 

「貶してるに決まってんだろ。そこまでお人好しだとそのうち悪女に騙されて痛い目を見るぞ」

 

 いいか、と念を置いてから彼は言ってきた。

 

「まず最初に。お前がどれだけ俺のことを良いように語ろうが、それは全部逆効果だ。お前がそんなことをする度に俺に対する敵対心は高まっていく。どれだけ正論語ろうがな」

 

「な、なんで。間違っていないことならそれを受け止めるべきなんじゃないのかよ?」

 

「間違ってないから、だ。お前の友人をこんな風にいうのは罪悪感があるんだが……アイツらにとっての大前提は『俺のことが心の底から腹立たしくて、殺したいほど嫌い』なんだよ。

 目付きが悪いだの、オタクだの、無愛想だのは全部後付けの理由なんだ。アイツらは自分のなかに絶対の答えを持っていて、それだけが正しいんだって思い込んでる。だからどんな正論並べようが、矛盾ありありの頭のおかしい回答で自身の答えを正当化する」

 

「そ、そんなわけ…………!」

 

「半差別界隈から『アニメ、ゲームが異常に好きな、世間一般でオタクって呼ばれる人間達は人間じゃないから差別したって差別じゃないもん!』って意見が出てきたって聞いてから同じことが言えるか?」

 

「…………嘘、だよな?」

 

 まるで以前あった黒人差別を彷彿とさせるような彼の言葉に俺は戦慄する。そんな馬鹿げたことがあってたまるか、と批判したいがクラスメイト達の会話を思い出せばこれが嘘だなんて言いきれなかった。

 アイツらの態度は宵坂の事を心の底から気持ち悪いなにかで、人間だと思いたくないと言いたげであったからだ。

 

「──そうだ、そうだよ!」

 

 そこで俺は名案を思い付いた。これならばクラスメイトと宵坂の間にある軋轢をなくせるに違いない。今までやってなかった、いや、やろうともしていなかったからこそ思い付けなかったが、これなら間違いなく行ける!

 

「良いことを思い付いたんだよ!」

 

「全く期待してないがとりあえず聞くだけ聞いてやる。なんだ?」

 

「宵坂からアイツらに寄っていって、話をすれば良いんだよ!」

 

 そもそも宵坂の態度の方に問題があったんだ。誰も近づくなというオーラを常日頃から放ち、いつも無愛想。誰とも会話をしようとも関わろうともしないから、これほどの偏見が生まれてしまったに違いない。

 ならばそれをなくせば万事解決──、

 

「はぁーーーーーーーーー」

 

 だと思ったんだが、彼から帰ってきたのは最初の時以上に深い溜め息だった。もはや馬鹿にしているを通り越して、侮蔑すら向けられている気がする。

 

「……ここまで馬鹿だと、怒りを通り越して笑えてくるわ」

 

「そこまで言うことないだろ!?」

 

「いいや言うね。まさかお前がここまで間抜けで馬鹿でポンコツだとは思わなかった。なんでこんな奴が勉強できるんだ、意味わかんねぇ」

 

 酷い言いぐさだ。

 そもそも他人と喋ることすら鬱陶しがっていた宵坂がここまで本音で喋ってきてくれることは、仲良く──とは言わないまでも会話をしてやってもいいと思われているみたいで嬉しいが、流石に酷すぎるだろ。

 

「なんで!? どう考えたって名案じゃないか。お前はアイツらと仲良くなれる。アイツらはお前に対する偏見がとれて、態度が柔らかくなる。ほら、ウィンウィンじゃないか!」

 

「……それはひょっとしてギャグで言ってるのか?」

 

「え?」

 

「…………マジで言ってんのか」

 

 再び溜め息をつくと、彼は続けた。

 

「陸堂、お前は本当によくできた人間だよ。そこは素直にすげぇって思うし、称賛もする。お前みたいな底抜けのお人好しばっかだったら、世界から戦争はなくなってると思う」

 

「お、おう。ありが……とう……?」

 

 正直、誉められてるのかわからないが、彼の言葉からするに俺は今誉められてるんだと思う。だからこそ、俺は彼に礼を言っておく。

 でもな、と彼は続けた。

 

「人間ってのはお前が思ってるほど上手にできちゃいねぇんだよ。些細なことでキレるし、『死ねばいいのに』って何回も思う。お前は誰かを嫌いになったことが多分ないんだろうからわからねぇと思うが、『嫌いだ』って感情はそれぐらい大きいものなんだよ」

 

 そんなわけない。

 俺は宵坂が言うような人間じゃない。誰かの態度に腹を立てたりもするし、不愉快だって思うこともある。彼が言うところの『よくできた人間』というのは、そんなこともしやしないだろう。

 

「そんなわけないって思うか? 『俺はそんなによくできた人間じゃない』って。でも、そんな人間じゃなかったらお前が言ったような言葉は出てこないんだよ」

 

 一息置いて彼は言う。

 

「お前も多分、アイツらと同じように自分の中に絶対的な何かを持ってる。それは多分、『皆が手を取り合って仲良くすれば最高だ!』……みたいな感じのことだ。違うか?」

 

 ──確かに俺はそんな考え方だ。

 クラスメイト達と宵坂が仲良くすることが1番良いことだと思ってる。それに宵坂は否定的なのか。

 

「そう考えること自体は悪いことじゃないんだよ。むしろ良いことだし、社会はその考え方を諸手を挙げて肯定してくれるだろうさ。でもな、そこで当人達の気持ちを無視すること。それだけは絶対にするな。そうした瞬間にお前の考え方はただの独り善がりに成り果てる。事実、今のお前の考え方は俺やアイツらの気持ちを考慮していない点で少し独善的だ。言い方は悪いけどな」

 

「じゃあ、宵坂は──」

 

「嫌だよ。嫌に決まってる。お前が言えば表面上では上手くいくかもしれないが、腹の底では何考えてるかわからねぇからな。背中でも預けようもんならいつ刺されるかヒヤヒヤするし」

 

「…………ごめん」

 

「謝んなよ。何度も言うがそう考えることは悪いことじゃないんだから。ただそこで無理強いせず、他人の気持ちを考慮しろって言ってるだけだ」

 

 宵坂は苦笑する。

 

「むしろ今はお前の方が心配だ」

 

「心配? なんで」

 

「お前は俺を庇ったことでアイツらから反感を受けた。今すぐにはじゃないとは思うが、こんなことを続けてたら今度はお前が俺みたいな立場に置かれるぞ。お前がアイツらにとって都合の悪い人間になれば、アイツらはすぐさまお前を集団から排斥してくるだろうし」

 

 集団心理って怖いからな、と語る宵坂は心の底から俺のことを心配してくれているように見えた。

 

「だからとりあえずは口先だけ合わせとけ。それから徐々に徐々に俺に対する敵対意識をなくしてくれればいいから」

 

 そこでちょうどサンドイッチがなくなる。

 大皿を満たさんとしていた量だったのに、彼の《聖魔》を含めて3人で食べればあっという間になくなったな。まぁ、ほとんどを宵坂自身が食べていたんだが。彼が作ったものだったし、元々は彼と《聖魔》の2人で食べるつもりだったんだろうから、そのおこぼれに預かっただけだから特に不満はないが……よく食べるなぁとは思う。

 

「こんなもんでいいか?」

 

「ああ、サンキューな」

 

 気にすんな、と彼は言うと立ち上がって、ケーキを引っ張り出す時にも使っていた闇の穴を展開し、そこに再び手を突っ込んだ。そこから出てくるのは、黒に金のラインが入ったガントレットに大公から貰ったと言っていた東和刀。

 それを慣れた手付きで装着し、刀は腰に指す。今から戦いにでも行くような格好だ。

 

「どこかに行くのか?」

 

「あぁ、師匠から呼び出しを受けてる。──あ、しまった」

 

 彼は手で頭を押さえる。

 

「どうしたんだ?」

 

「アイズさんに伝えるのを忘れてた。なぁ、陸堂。すまないんだが──」

 

「分かってる。なんて伝えればいい?」

 

 俺の話にのんびりと付き合ってもらっていたせいで、待ち合わせの時間に間に合うかわからないんだろう。だからこそ、俺の話が終わったらすぐに行けるように戦闘衣で話を聞いてくれていたんだろうし。

 

「『少し外に出てきます。2日後の夜の10時頃には戻ってきます』と伝えておいてくれないか? ……悪いな、手間かけさせて」

 

「わかった。ちゃんと伝えとく」

 

 すまん、と彼は小さく謝ってから部屋の窓を開けてそこから一気に跳躍。城の庭に降りると、再び跳躍して軽く城壁を飛び越え──10秒後には夜の闇に完全に溶けてしまっていた。

 

「嘘だろ…………?」

 

 そんな超人技を見せられて、俺は開いた口が塞がらなかった。

 いくら身体能力が優れていて、異常ともいえるステータスだったとしてもここまで人間離れしたことができるのか。

 日も跨がないうちに、再び彼との差を見せつけられた気がしてへこむ。

 

 俺は彼が開けっ放しにしていった窓を閉め、明かりの役割を担う魔水晶の魔力供給と絶ってから、扉に鍵をかけ彼の部屋を出た。

 

「なぁ、閻魔王」

 

『どうした』

 

「これから外に出て、一緒に訓練しないか?」

 

 実体化していない閻魔王にそう言えば、彼はふっと笑った気配がした。

 

『あやつから薫陶でも受けたか?』

 

「まぁ、そんなところだ。いつまでも負けっぱなしじゃいられないし」

 

 あそこまで好き放題にやられてしまっては流石に腹が立つというもの。そして彼を負かしてやる想像をしてみれば、それは結構清々しくて。彼が強者を打倒することに執着するのも今ならわかる気がする。

 

『いいだろう。いくらでも付き合ってやるが…………あやつから頼まれた事を済ませてからの方が良いのではないか?』

 

「あ、そうだった」

 

 彼との差を少しでも埋めてやろうと躍起になって、もう忘れかけていた。

 

『強くなろうとするのは結構なことだが、気持ちがはやりすぎるのは考えものよな』

 

 確かに、と俺は彼の言葉に頷いて城内でまだ働いている使用人さん達がいないか探し始めるのであった。

 

■ ■ ■

 

 ──時は少しばかり遡り──

 

 こんこんと、大きな木製のドアを叩いてから私──アイズ・オレルスソークは執事やメイド達が集まっているであろう大部屋に入室する。

 

「……集合一分前。貴方らしくありませんな、メイド長」

 

「申し訳ありません。執事長」

 

 私は目の前の大机──その最奥に座っている、白髪をオールバックにした長身の壮年──ヴォーラス・トアサルダインに頭を下げる。

 彼は私達《勇者》様方のお世話を任されている執事やメイドだけでなく、この王城で働かせていただいているすべての使用人を統括する立場にある私達使用人の中で最も位の高い人間だ。この城に仕えて50年近くが経ち、齢70ほどに達するはずだというのに、その動きには微塵も衰えが見えない。

 

「まぁまぁ、良いではありませんか、執事長。事実、こうして集合時間には間に合ってるのですし。それに何やら、お土産もあるようですしね。アイズさん、それはなんです?」

 

 そう言って私を庇ってくれたのはリクドウ様に仕える、赤い髪をボブカットにしたメイド──ラプーシュ・スピネルだ。彼女は前メイド長であったために、23という若輩ながらメイド長を勤める私を色々サポートしてくれたり、フォローしてくれたりと、様々な面でお世話になっている。

 

「会議のお茶菓子にどうぞ、とミナト様から頂いたものです。『いつも俺達が迷惑をかけてすみません。これは日頃のお礼です』と仰って下さいました。ちゃんと人数分用意してくださったそうです」

 

「そんな……ご迷惑などと…………!」

 

 執事長が感涙しているが、気持ちはわからないでもない。

 そもそも使用人という職業自体が、主の面倒なことを肩代わりする職業であるため、ミナト様が仰るところの迷惑をかけられて当たり前──いや、かけるべきなのだ。だというのにミナト様はそれに本気で謝罪し、申し訳なく思っているのが伝わってきた。

 

「アイズさんは紅茶の準備を。私は配り分けるための皿を持ってきますわ。執事長達はお好きなものを選んでおいてくださいな」

 

 そう言って、ラプーシュさんは私の手を引いて厨房へと向かう。

 その途中で彼女が話しかけてきた。

 

「ねぇ、アイズさん。……あれってもしかして…………」

 

「はい。ラプーシュさんの想像通り……ロデット・ガロワのケーキです」

 

「……それを人数分? アイズさんの分だけじゃなくて? いや、それでもおかしいんだけど」

 

「…………はい。ミナト様は確かに《勇者》様の世話をしてくださっている使用人全員分を用意したと」

 

「…………嘘でしょ?」

 

「本当です。重みもそれくらいはありましたし、私の分だけであるなら、箱があそこまで大きいと形が崩れてしまいますから…………間違いないかと」

 

「…………執事長が卒倒する姿が目に浮かぶわ」

 

「ですね」

 

 私とラプーシュさんは苦笑する。

 事実、人数分の紅茶とケーキを乗せるための皿を取ってきた私達が戻ると、その場は恐慌に満たされていた。

『折角頂いたのだから、食べない方が失礼にあたる』と言ってなんとか落ち着かせたが……ミナト様が使用人達に及ぼした影響は莫大なものとなった。




陸堂君は案外ポンコツだったりする。

分かりやすく言えば優秀すぎて、自分よりも劣っている人間の気持ちが理解できないみたいな感じ。

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