──ベッドが異様に固い。いつも使っている王城にあるベッドの至上の柔らかさには程遠いそれを背中で感じる。そして頭にあるのは──人肌の暖かさにしてしっとりとした至高の感触。その正体を確かめるべく瞼を開ければそこには案の定というべきか。
「……おはようございます、ミナト」
「ん、はよ。ニュクス」
そこにはニュクスがいた。正確に言うのであればニュクスの下乳がそこにはあった。そしてそれから視線を外して周囲を見渡してみれば殺風景な小民家の内装が広がっていた。俺が物に執着せず、部屋に装飾品などを微塵も置かなかった城の部屋と比べたとしてもこちらの方がよっぽど物が置かれていない。
まぁ、この民家を見つけたとき壊れる寸前だったことから廃棄されたことは容易に想像がついたため当然といえば当然なんだが。
それにしたって身体が重い。昨晩慣れない魔法製作に数時間の時をかけたとはいえこの気怠さは異常だ。俺はニュクスの太ももの上で小さく伸びをしながら呟く。
「くぅぁ……だりぃ……」
「まぁ、あれだけすれば当然でしょうね」
下乳の向こうでニュクスが微笑んだ気配がした。その言葉とふと視界に移った俺の身体──服を纏っていない状態であることで思い出した。
俺は昨晩──ニュクスとセックスしたのだ。それはもうセックスというよりはケダモノ同士の交尾に近い感じで。思い出せばこれほど身体が重いのも納得だ。俺はあのとき週に1度ぐらいの頻度で行っていた自慰行為のおよそ10倍ほど──約20発を超える射精を繰り返したのだから。それほどまでにヤりまくればこうなるのは当然と言えた。
というかセックスが終わったや否や寝落ちして、目が覚めたらセックス相手に膝枕されながら頭を撫でられているってどんな状況だ。その対応の仕方は恋人というよりも親子の対応の仕方なんじゃないのか? まぁ、17の俺と推定数百歳のニュクスやティアマトと比べれば親子なんて年の離れ方ではないんだが。
にしても──。
「……ごくり」
あっ、やっべ。
昨晩の事を思い出してしまったらつい生唾を飲み込んでしまった。だってしょうがないだろう?
──俺は黒髪が好きだ。あと銀髪も同じくらい好きだ。そして巨乳好きだ。俺を含む全男子はおっぱい星人なんだと断言してやってもいいくらいに巨乳が好きだ。
そんな要素をすべて兼ね備えた上に性格はストライクゾーンを正確にとらえたニュクスからセックスのお誘いを受けて乗らない男は男ではないと思うし、思い出さない男はそれは人としてどうかと思う。だが、男性が好きな男性は除く。
少なくとも俺は思い出すし、思い出しただけでマイサンはエレクチオンするべく血液が愚息に向かって集約してくるのを感じた。
が──。
「あ」
ぐるる……と俺の腹の虫がなった。流石に20回以上も交わったお陰か性欲はあのときよりも遥かに減衰したことで、食欲が優先されたのだろう。正直、ムードもへったくれもない。
「……ご飯にしましょうか」
『ティアマトォ……!』
俺の肩の上で幼女化──本来の力を10%ほどしか使用することができなかった姿に変化したニュクスが《念話》で、俺のもう1人の《聖魔》であるティアマトに向かって唸る。
『落ち着けってニュクス。仕方ないだろ、お前は
『そうそう、仕方ない仕方ない。全く、負け犬の遠吠えを聞くのは気分がいいわね』
そして件のティアマトは俺と腕を組ながら、肩の上に乗っているニュクスに勝ち誇ったような笑顔を浮かべていた。それに更にニュクスの怒りのボルテージは跳ね上がっていく。
──俺達は王都であるブリステンに帰ってきていた。というのも現実時間──《
そうなってしまえば加速した時間のなかでの修行──実際に言えばニュクスやティアマトが全力で暴れられないために、ならば次いでにと調味料や
肉は魔法の試し打ちに付き合ってもらった魔物の肉があるからそれを食べればいいんだが、調味料を忘れていたせいで素材の味をまるごと味わうようになったぜ。不味くはなかったが、せめて塩や胡椒でも欲しかった。
ティアマトの《
それらの購入を早急に済ませたところで、前述のような状況になったわけである。
当然ながらティアマトは普段の姿ではない。
こめかみのあたりから後頭部に向かって生える2本の角や、身体の一部分を覆う鱗に槍を思わせる鋭利な尾──龍族としての特徴は鳴りを潜め、ボディーラインを強調するようなスーパーハイレグの装束ではなく白のノースリーブワンピースを纏っている。ブリステン王国には極めて稀ながらも褐色肌の人間族も住んでいるそうなので肌の色はそのままだ。
魔族、人間族と分類分けがされているからなのか、ブリステン王国だけなのかは不明だが俺が知っている限り肌色の違いによる人種差別は起こっていない。
これはティアマトが持つ俺には共有化されない《特殊技術》のひとつである《人間族化》の効果であり、ステータスの『種族』の部分を人間族として表記する能力だ。その影響か龍族の特徴は彼女の身体からなくなっている。因みに普段の彼女の姿は龍人形態というらしい。
「ミナト、あれとかどう?」
「ん? あぁ、串焼きか。いいんじゃないか。で、ティア。お前金は?」
「持ってない。ミナトが払ってよ」
「……はぁ。いいけど」
幸いにもエリザさんから貰った前金がたんまりあるから、奢ることには一切の問題はない。
──ティアというのは当然ながら人間形態時のティアマトの偽名だ。安直すぎるかと思ったんだが、この国ではそう珍しい名前でもないらしく採用した。会話をするだけなら《念話》で事足りるんだが、一緒に歩いておきながら会話のひとつも交わさないとなると違和感があるしな。
というかこれ、すっごいデートっぽいな。一緒に食べるものが串焼きという色気の無さは放っておいて。
俺は串焼き屋に寄って3本のロックバイソンの肉を購入すると、彼女があらかじめ取っておいてくれたベンチに腰かける。
「ほれ」
「ありがと」
ティアマトに1本を渡し、もう1本をニュクスに食べさせる。
本来のニュクスなら俺より少しばかり高い身長があるんだが、現在は幼女というよりも小人といった方が相応しい大きさのため非常に食べにくそうなため俺が食べさせている。
そして俺もひとくち。……めっちゃ簡単に噛めるようになったな。ステータスが以前食べたときよりも飛躍的に向上しているおかげなのだろうが、ロックバイソンの特徴であった噛みごたえというものは丸っきりなくなってしまっており、それが少し味気ない。んー、《強魔地帯》に行ったらロックバイソンの《強化種》でもいないだろうか。
「ミナト、口開けて」
そう言われ、彼女の方を向けばこちらに串焼きを差し出してきていた。これはもしや……、
「あーんよ、ミナト。どう、恋人っぽいでしょ?」
「……まぁ、確かに」
ここまでお膳立てされてそれに乗らないのも失礼だろう。俺は肉汁が彼女の掌に垂れないうちに一番先にあった肉を頬張ってしまう。ん、心なしか俺が自分で食うよりも旨い気がする。
やっぱり美女に食べさせてもらったという精神的なものがスパイスにでもなっているのだろうか。
「ほら、私にも」
彼女が口を開ける。決して大きく口を開けているわけではないが、口腔の中の舌が妙にエロチックだ。昨夜散々ニュクスの口の中を蹂躙したからだと思われるが。
俺は彼女に向かって串を差し出すと、彼女はそれを咀嚼する。
瞬間──、
『…………!』
「ひッ」
俺の肩に乗っている幼女からの圧──勿論精神的なものだ──が増す。俺の周囲にだけ重力が数十倍に跳ね上がったようだ。まぁ、その程度じゃ今の俺はなんともないんだけども。
あまりの圧に思わず悲鳴が口から漏れてしまった。
『……あのねぇ、ニュクス。あんたはもうミナトの《聖魔》として民間人に定着してるの。こんなことは人前ではできないってわかってるでしょ?』
『こんな真似をしなくてもいいでしょう?』
『ミナトは私とニュクスのものだって前に決めたじゃない。他の女が彼に手を出したならいざ知らず、私がこういうことをするのは自由なはずだけど?』
俺の知らない間に俺の所有権が決められてたんだが!?
……まぁ、文句なんて言わないが。むしろニュクスとティアマトという2人の美女のものにされるなど男冥利につきる。
ちなみにこの世界では重婚──いわゆるハーレムが合法化されている。クラスメイト──主に男子──が誰が規模の大きいハーレムを作れるかなんて下らない勝負をしていると陸堂から聞いた。
ハーレムに興味があるのか、なんて聞かれたが正直興味なんかないと答えた。正直そこまでモテるような顔でも性格でもないし、『《勇者》の恋人』というブランド目的に告白してくる女など御免被るからだ。子供だとなんだと言われようが俺は自分自身を見て好きだといってくれる人と付き合いたい。
そしてやはりというべきか陸堂は一途に誰かを愛す主義らしい。第一夫人争いをしている女子達が浮かばれないななんて思ったものだ。まぁ、全く興味がないからどうでもいいんだが。
『それに昨日はあんたに独占させてあげてたじゃない。これぐらいいいでしょ? 減るものじゃあるまいし』
「げほっ! ごふっ!?」
ティアマトの言葉で一気に現実に引き戻された。その言葉のインパクトに思わず串焼きを詰まらせむせてしまう。
……昨日のことでニュクスが俺を独占って間違いなく昨晩のセックスじゃねぇか!
『え!? 見てたの!?』
『私あんたの聖魔だから見えるわよ?』
当然じゃない、とでも言いたげにあっけらかんと言われ俺の顔が一気に熱くなっていくのを感じる。
見られた!? 見られた! あんな情けない、がっつくような、リードもクソもない色欲に溺れたセックスをぉぉぉ!! いや見られること自体が恥ずかしいんだけれども! そんな問題じゃねぇ!
『もう婿に行けねぇ……!』
『私達が貰うから大丈夫よ』『私達が貰うから大丈夫ですよ』
さらっと俺のハーレムが構築され、さらに婚姻まで交わしている。
……にしても元がつくとはいえ、魔王2人と結婚する《勇者》って前代未聞だよな。明らかに俺と不釣り合いであるし。容姿や性格、強さなど諸々で。
『だから今日はとりあえず私に独占させなさい』
『……わかりましたよ』
「よし、じゃあ続き行きましょうか。とりあえずご飯食べましょう」
どうやら一段落着いたらしく、彼女に引かれるようにして街中を食べ歩いた。串焼きのような屋台から、店舗を構える本格的なものまで色々と。幸いにも前金や魔物の討伐などによって金はたんまり所持していたし、ティアマトが多少遠慮──食う量は妥協できないため安さでだ──してくれたお陰で巾着のなかに入っていた白銀の輝きはひとつも消えなかった。
そんなこんなで食べ歩きデートをエンジョイしている最中だ。
「──いたぞ、宵坂だ!」
そんな無粋な声が背後からかかる。振り返ってみればこの世界の住民ではないと明らかにわかる豪奢な服を纏った連中が……んー、大体5人くらいか? そして周囲には《聖魔》の気配が多くあるがその魔力の種類的には15──つまりは陸堂と桐生先生を除く《勇者》全員が出張ってきたことになる。
……はぁ、これ絶対面倒事だよな。しかもよりによってデート中に話しかけてくるとか無粋にもほどがあるぞ。
周囲の時間を停止させて逃走してしまうという手段もあるが、それはやめておいた方がいいだろう。
ここはブリステンの中心部にある公園であり、今日は地球でいうところの日曜日であるため多くの一般人が集まっている。
そんな状況で逃げてしまえばどうだ。あいつらにどんなこと吹聴されるかわかったものではないし、《勇者》同士の仲が悪いと思われてしまえば後々不都合なことに──あ、それはもうなってるわ。こんな敵意丸出しで声かけたら、俺と彼らは仲が悪いんだって悟られてしまうわ。
じゃああれだ。こいつらに適当なことを吹聴されるとムカつくって理由でいいわ。それで逃げないでおこう。
《勇者》達が俺を取り囲む。
剣士達は腰に差してある、アンドリューに支給された鉄剣の柄に手をかけている。弓兵は弓を握りしめ背中の矢筒の中に入っている矢に手を伸ばし、杖を持った魔術師達は今にも魔法を発動させそうで、それぞれの《聖魔》は今は実体化していないものの主が合図すればすぐに俺を襲いかかれる体勢を整えているんだろう。
え、まさかここでおっ始めようってわけじゃないよな? いくら俺が嫌いだからって一般人に迷惑かけないよな? そうだと言ってくれ。
「止まれ、宵坂!」
はぁ……と俺は大きく溜め息を吐いた。
「……何の用だ? 人連れているからさっさと終わらせてほしいんだが」
ティアマトの美貌を見た瞬間にほぼ全員──大きなリアクションを示したのは男子だったが──が息を飲んだ。まぁ、これだけの美貌だからわからないでもないし俺としても気分がいいからこれで少しは機嫌がよくなった。本当に雀の涙ほどだが。
「……お前、俺達が修行している間に女連れ回すなんて良い度胸してるじゃねぇか」
いや、お前ら修行してないじゃん。俺のこと探してたじゃん。
──なんてツッコミは野暮だからしないでおこう。確かに今は修行してないかもだけど、昨夜はティアマトとの本気の殺し合いにニュクスとの魔法開発にその試射、問題点の発見にその改良なんかして滅茶苦茶頑張ってたんだからな、自分で言うのもなんだけど。そのあとはひたすらニュクスとセックスしたり……これは思い出さなくてよかったな、やめとこ。
「ねぇ、ミナト。誰、この人」
「《勇者》」
「いや、それはわかるけど。そうじゃなくて、名前。同じ《勇者》ならわかってるでしょ」
「…………は?」
端的に答えるとティアマトから思いもよらない答えが返ってきて、俺は思わず固まってしまう。
え? 名前?
俺は周りの《勇者》達を見渡す。190センチに届こうかという巨漢や金髪ギャル、茶髪のショートカットなどなどの面々が殺意を隠そうともせずにこちらを睨み付けている。
俺はそいつらの顔を見て、記憶の深海に潜り直すが──。
「名前なんだっけな? 忘れた」
『…………は?』
何の成果も得られませんでした。
瞬間、《勇者》達の殺意は霧散し、呆れた表情でこちらを見てくる。そして次の瞬間、
『──はは、あはははははっ! 何それ、あんた同じ《勇者》でしょ! なんで知らないのよ、ははははははっっ!!』
ティアマトが念話で爆笑し始めた。因みに彼女の表情は《勇者》達に見えないように必死に笑いをこらえてます、はい。
流石に現実世界で爆笑するという常識はずれで失礼な真似はしなかったらしい。いや、無礼さで言ったら俺の方が遥かに上なんだけどな。
『いや、その……ね? 存在を知らなかったわけじゃないんだよ。動向だってそこそこチェックしてたし、ステータスだって定期的に見ていたんだ。ただ……』
『ひぃ……! ひぃ……! お腹痛い…………ただ、何よ』
『──ステータスで大体見分けつくから、名前なんてどうでも良いかって思って……あと、名前覚えるのが面倒くさかった』
物理型①、魔法型①って感じで分類分けしてました、はい。あとは陸堂の取り巻き①とかそんな感じで。
あとこいつら俺のこと陰でグチグチ言ってきたから不愉快だったし。なんで不愉快にさせてくる奴の名前なんて覚えなきゃいけないんだよ。そんな下らないことに割く労力がもったいないわ。
『ミナト、それは世間一般では『眼中になかった』というのではないですか?』
『まぁ、そうとも言う……のかな?』
眼中にないは流石に言い過ぎかもしれないが、確かにここにいない2人に比べれば優先順位はかなり低めだった。それでも決して見下している訳じゃなく、ステータスや《聖魔》の戦力なんかを色々加味した結果で……なんかどういっても言い訳っぽいな。確かに2人に比べればどうでもよかった感じは否めない。基本陸堂に金魚の糞のようにくっついていたから、陸堂の動向さえ探っていればついでにあいつらの動向も探れていたし。
「てめぇ……陸堂と桐生先生と行動できるからって舐めやがって……!!」
「調子乗ってんじゃないわよ──!」
あ、マジでぶちギレた。これは不味い。
「待て、せめて場所を変えて──!」
「うるせぇ! 行くぞ皆!!」
おぉぉ!! という声が広場中に響き渡る。
というかこんな大騒ぎになってしまったら、流石にアンドリューから拳骨が飛ぶだろ。そこらへんちゃんと考えてやってるのかな? せめてもの温情にアンドリューの目のつかないところでやろうと言おうとしたら聞き耳持たないし……もぉぉ、馬鹿ぁぁぁ!! このスカポンタン共めぇぇぇぇ!!
「──《
瞬間、俺とティアマトを除くすべての動きが凍りついた。俺に向かって武器を構える《勇者》達も、穏やかに吹いていた風も、落ちる木の葉も何もかもが。
間違いなく《神魔術法・闇》による時間操作魔法だ。そしてそれをできる者──これだけ広範囲となると俺の《聖魔》であるニュクスに他ならない。
「……面倒なことに巻き込まれましたね、ミナト」
本来の姿になったニュクスが小さく溜め息を吐いた。本当に買い物を済ませて、ご飯を食べて、ちょっとデートを楽しんだらあの地獄の修行に戻るつもりだったのにどうしてこうなったんだか。
「それにしてもあれ、全員あんたを追っかけてきたんでしょ? モテモテね」
「嫌なケツの追っかけられ方だ。わざわざご苦労なことだよ、コンチクショウ」
俺のことを探してリンチにでもしようと思ったんだろうが、そんな面倒くさいことよくやるわ。してる暇があったら真っ当に修行でもしてた方がよっぽどためになるのに。
「ですがちょうど良いです。彼らに練習台になってもらいましょう」
「練習台……?」
「えぇ。修行の成果を見せるときですよ。勿論できたらご褒美があります。……とっても気持ちいいこと、しましょうか?」
とっても気持ちいいこと。つまりセックス! 本当はデートっぽいこともしたんだが、あの身体と包容力には逆らえん! 面倒くさいと思ったが、これを乗りきった先にセックスが待っているとなればやる気が出るというもの。……今、凄い色欲魔人になっているな。獣の発情期かよ。
「ちなみにできなかったら?」
「これからの修行がちょっとだけ厳しくなるかもしれませんね」
「これ以上厳しくなるの!?」
毎回毎回ぶっ倒れるまで頑張っているのに、まだその先があったのか。ええい、それは気持ちいいこと云々なしにしても頑張らなければ。《不死》があるから死にはしないが、三途の川の一歩手前までは歩いていってしまうかもしれないし。
「それじゃあ条件を言います。頑張ってくださいね」
──ニュクスが《時間停止》を解除した瞬間に周囲の物体のすべてが動きを取り戻し、ミナトに名前すら覚えていてもらえなかった可哀想な《勇者》達が一斉に彼に襲いかかる。剣を振りかぶり、矢をつがえ、魔術師達が一斉に魔法を発動しようとする。
「《火球》!」「《水球》!」「《風球》!」
炎属性の魔力、水属性の魔力、風属性の魔力が杖の前で集い、球状に構成される。しかしそれは私達から見ても、彼から見ても非常に弱々しいものだ。そしてそれらが発射する寸前になった瞬間に──爆発した。
「なっ!?」「ぬぉっ!?」
「馬鹿野郎! 今さらそんな下級の魔法ミスったのかよ!」
「そ、そんなわけねぇだろ! 知らねぇけどなんか爆発したんだよ!」
衝撃で吹き飛ばされながらも、リーダー格らしい巨漢に魔術師組が言い返した。しかしそれも一瞬のことで、剣士達が一斉に剣を彼に向かって振るとミナトは跳躍。剣同士がぶつかって、彼らの腕に衝撃が走って動きを麻痺させる。
次は弓兵達の狙撃だ。目算30メートルほど上空まで跳んだミナトに対して、弦を引き絞ると射出。空中ならば身動きがとれないだろうと思ったのだろうが、それは流石にミナトを舐めすぎだ。身体から魔力を放出して一回転しながら、彼はまだ捨てていなかった串焼きの串で矢の一切を叩き落とす。
着地すると、剣士の一人が剣を捨て全力で殴りかかった。おそらく彼は素手による戦闘が得意なんだろう。しかしそれをミナトは一本背負いの要領で投げ飛ばし、地面に叩きつける。
「かはっ!」
「返すわ」
そのまま彼は片手で殴りかかってきた勇者をそのまま放り投げ、魔術師がたむろしている場所に放り投げた。魔術師達はミナトの世界にあるというボウリングというスポーツで使用するピンのように吹き飛んでいく。
10秒にも満たない攻防だったが、ミナトと彼らの差は決定的に明らかになった。しかし、ミナトの顔には油断の色は全くなくむしろ冷や汗を流していた。
「──私にサディストだのなんだの言うけど、あんたも大概じゃない」
「え?」
私は私の肩に乗っているニュクスに言うと困惑した声が返ってきて、思わず溜め息を吐いた。
──彼があんなにも冷や汗をかきながら戦っている理由は主に2つある。
1つはニュクスから出された制限だ。彼はニュクスからつけられた条件に従って《勇者》達と刃を交えている。
それは、
①民間人を守りながら戦うこと。
②自分からは一切攻撃しないこと。
③《勇者》が魔法を発動した際には必ず《術式干渉》を用い、成功させること。
④民間人を守る以外での魔法の使用を禁ずる。
⑤一歩もその場を動かないこと。ただし跳躍時、攻撃を迎撃した際に動いてしまうことはカウントしない。
この5つだ。
故にミナトは常に民間人がどこにいるのかを把握しながら、《勇者》の攻撃が流れていかないように警戒しながら流れていけばそれを防御し、魔法を発動させられればそれを《術式干渉》で無効化しながら戦わなければいけないのだ。
自分からは攻撃しないことは案外守りやすいが、回避する際にはその射線上に民間人がいないかなどを確認して跳躍しなけらばならず、1歩も動いてはいけないという条件がさらにミナトを苦しめる。
《未来視》《超高速演算》などの特殊技術はあれど、これは苦戦を強いられて当然だ。
そしてもう1つはミナトと《勇者》達のステータスの差だ。
ミナトのステータス──物攻、魔攻のみに限定すればレベル80の現在、物攻の値が私と契約したことによる補正値込みで75982、魔攻は102039にまで昇る。といっても私とニュクスに比べればまだまだ弱い部類に入るんだけど。
そして《勇者》達の物防、魔防のステータスの値の平均して5000ほど。補正値を加えればもう少し上がるが、それでも私達から見れば大して変わらない。
──ぶっちゃけて言ってしまうとミナトと比較して、こいつらはあまりに弱すぎるのだ。特殊能力のレベルなどいろんなものを加味しても。
防御のつもりで剣を弾いてしまえば腕が吹き飛び、跳躍中の彼に身体が当たってしまえば身体がひしゃげ、今回は制限されているがデコピンでもかまそうものなら頭が潰れたトマトみたいになってしまう。彼はわざわざ攻撃をせずとも簡単に《勇者》達に致命傷を負わせることが可能なのだ。
彼がニュクスが提示した条件を無視し──そんなことは絶対に起こらないが──本気になればコンマ1秒たらずでこの場を制圧することも、《勇者》達を殺すことも容易い。
しかしそれができない社会的立場にあり、なおかつ一瞬でも緊張の糸を緩めれば致命傷を負わせてしまうという状況が彼の精神を削っていく。
『……自分達が弱すぎるから彼をここまで苦戦させているのだと、彼らは気付いているんでしょうかね?』
『気づいてないんじゃない? 状況からしてみればミナトがあいつらを弄んでいるように見えるし』
自分達が本気ではなった矢を串焼きの串で全部打ち落とすなんて、完全に侮っている──彼ならば舐めプと言っただろう──ようにしか見えないし。
逆に言えばここまでの制約がかけられて尚、ミナトの圧倒的優勢ってこいつら一体何してきたんだろう。元が付くとはいえ魔王が心配するようなことじゃないだろうけど。
「ふっ──!!」
彼は民間人の方へ流れていった矢を、闇属性の魔力を凝縮して作った盾によって弾き、そのまま横凪ぎをリンボーダンスのように身体をそらせて回避する。次ぐ攻撃を踵落としの要領で地面に叩き落とし動きを封じると、そのまま身体を持ち遠くに放り投げる。その際も力加減を間違って腕を引きちぎってしまわないように必死だ。
魔術師達が魔法を使おうとすれば《
この戦闘においてミナトの1番の負担になっているのは常に攻撃を行ってくる《勇者》をいなしながらの《術式干渉》だ。幸いなのは彼らの使う魔法のすべてが彼の知識の中にある魔法だということだろうか。そのため比較的《術式干渉》を行うこと自体は容易──オリジナルの魔法に行う事と比較すればだが──だ。
「クソッ、埒があかねぇ。優しくしてやろうと思ったが、本気でやってやろうぜ! 皆、《聖魔》に攻撃させろ!」
『──おう!!』
リーダー格の男の命令によって《聖魔》が一斉に動き出す。その数は40──いや、50に迫るだろう。多種多様な《聖魔》が、主からの命令に従い彼に襲いかかる。
「──チッ、鬱陶しい……!」
彼が本気になってしまえば本当に一瞬で終わる雑魚の集まりだ。だからこそそんな連中にここまで好き放題やられていることに苛立ちが募り、舌打ちが漏れた。
彼は最初に襲いかかってきた3メートルほどの二足歩行の獣姿の《聖魔》に足を引っ掻け、転倒させる。そのままそれを持ち上げて追撃をしようとしてきた《勇者》の肉壁として役目を使い果たすと放り投げ、民間人から離れた場所で妖精型の《聖魔》と共に魔法を発動しようとしていた《勇者》の魔法に《増幅》と《爆発》の術式を途中で入れることによってこれまでの数倍の規模で爆破。《聖魔》を巻き込んで誘爆し、魔術師を三人ほど巻き込んで気絶させた。
魔法を発動させない間は回避に専念し、魔術師が魔法を発動しようとすれば《術式干渉》を行い無効化する。それを何度も何度も繰り返す。
『やっぱりそうしますよね』
『そりゃそうでしょ。そっちの方がよっぽど効率的だし』
ミナトがやっていること、それは時間稼ぎだ。
元々彼らとミナトの間には絶対的な差があった。それをニュクスの条件によってほとんどなくされていたが、魔術師をほとんど全員潰したことでさらに余裕も出てきた。そうなれば差は再び広がる。
彼は再び余裕の表情──とはいかないまでも、気を配らなければいけない相手が民間人だけに減ったことにいって幾ばくか楽そうな表情を浮かべ、《聖魔》や《勇者》の攻撃をあしらっている。
そして魔術師の制圧を達成したあとはアンドリューとかいう人間、もしくはその部下が駆けつけるまで耐え続ければいい。
《勇者》達が街中で戦闘行為を行っているとなれば必ず騒ぎになる──というか現在進行形で騒ぎになっている。そうなればひたすらに自己防衛を行っていたミナトは解放され、集団リンチ──をしようとしたがフルボッコされた《勇者》達は罰則を受けることになる。
「──お前達、何をしているか!」
ほら、噂をすればなんとやら。若干靄がかかった記憶の中にある筋骨隆々の男──王国守護騎士団団長であるアンドリューが騒ぎを聞き付けてやって来た。
ミナトは安心したように溜め息を吐き、代表格の少年は『げっ』とでも言いたそうな顔をしている。
さて、ミナトは頑張ったんだし事情は私が説明しますか。
「ちょっといいかしら」
「……む? 事情を説明してくれるのか?」
「ええ。ざっくりと言えばそこの男の子達が彼を集団でぼこぼこにしようとしたら、逆に返り討ちにあった……ってところね」
「──つまり宵坂は自己防衛しか行っていないと?」
事情を聴いたアンドリューの目線が彼に動く。彼は頷いて続けた。
「はい。流石に武器や魔法を放たれたらそうせざるを得なくて。信用ならないというのなら他の人にも聞いてください」
「……《聖魔》の出現、抜かれた剣──証拠としては充分だろう。もう行っていいぞ」
「ありがとうございます」
ミナトはアンドリューに頭を下げ、私達を連れて広場を去った。
「あぁ……すっげぇ疲れた」
「お疲れ様、ミナト」
疲労困憊──主に精神的な意味で──な俺にティアマトが労ってくれる。
本当にすげぇ疲れた。ちょっと力加減を間違えたら殺してしまうというプレッシャーや、俺まで罰則処分を倉ったらどうしようという不安が俺を苦しめたが、1番の原因は20対1の状況で《術式干渉》を行うという無茶ぶりによるもにだった。昨日覚えたばかりの技術──しかも高難易度過ぎて後世に伝わっていないというレベルだ──を使用しながら戦えって言う無茶ぶりが本当に疲れた。その上、民間人も守りながらとか本当神経削られるわ。
『上手にやれていましたよ』
『内心冷や冷やだったわ。危うく殺すところだったぞ』
力加減を間違えて腕を吹き飛ばしそうになったり、矢を飛ばす方向を間違えそうになったり、《爆発》によって民間人を巻き込みそうになったりと何度も何度も肝が冷えた。
ティアマトやニュクスには俺が本気で挑もうが怪我なんて負わせられる方が稀だからある意味楽だが、《勇者》達とのじゃれあいは別の意味で緊張した。というか今までの戦いのなかで一番神経使ったかもしれない。
というかあいつら全然話聞かないの。俺が場所を変えろって言おうとしてたのに無視してきやがったし、そんな場所で平然と戦おうとするし、民間人を守る役割は全部俺に押し付けやがって。《勇者》以前に人のあれこれから学び直してこいと思いました。
「ふふ、これからはそんなことはまずないから安心していいわよ」
「そういや、今どこに向かっているんだ?」
俺はティアマトに手を引かれるがまま移動していた。騒ぎが起こった広場から遠ざかるようにし、街の住民はまず間違いなく通らないであろう細く暗い裏路地を通っている。何度も何度も曲がっているせいか、結構な時間歩いたように錯覚してしまう。
「着いたときのお楽しみ。──ほら、ここ」
「…………宿屋、か?」
断言できなかったのは店の外見、看板その他諸々が非常にみすぼらしい──いや、壊れる寸前だったからだ。看板は店の名前が書いてあるのだろうが文字は掠れ、埃にまみれ読めるような状態にない。宿屋自体も同じくでいくつもの蜘蛛の巣ができてしまっており、とてもではないが彼女がわざわざ案内した場所だとはまるで思えない。
「まぁ、そんなとこ。入るわよ」
そう言って彼女が外れかけている扉を開けると──そこは店の外見を大きく裏切る光景が広がっていた。
そこらの安宿──いや、これまで泊まりになった訓練時に宿泊した騎士団御用達の宿よりも豪奢だ。
中は外見と反比例するように非常に清潔に保たれており、所々にある調度品は王宮内にあるそれに見劣りしない。裏路地という場所のせいか中は非常に狭く、普通の宿屋にあるような簡単な食事を提供するような場所は見当たらなかった。そのせいか人の姿はほとんど見られず、受付らしき所に座っている女性店員だけだ。
「いらっしゃいませ」
「一部屋借りたいんだけど。できたらお風呂付きで。空いてる?」
「はい。この宿『蜜の新月』は全お部屋に浴室その他もろもろ完備でございますので。小道具などはどうしましょう?」
「んー……どうする? 借りておく?」
そこで俺に振るのかよ。普通の宿屋じゃ小道具なんて借りない──というか借りるかなんて聞かれないから、その小道具がなにか分からないし。
「ま、任せる」
「そう? じゃあ借りておきましょうか。お願いできる?」
「畏まりました。それではお部屋は201号室になります。後程そちらに伺いますので、それまでは鍵を開けたままにしておいてくださいませ。部屋まではそちらの階段を2階ほど下りますと簡単な案内板がありますので、そちらを参照してください」
そう言って彼女が示す先には地下に下りていくための階段があった。これだけ狭くてどこに泊まるための部屋があるのかと思ったらそういうことか。確かに地下なら周辺の建物も空き家だろうしやり易いだろう。
「それじゃ行きましょ」
「あ、あぁ……」
ティアマトは受付の女性から鍵を受け取って、俺と並んで部屋までの道を歩いていく。
「……そういえば値段聞いてなかったな。どのくらいなんだ?」
「さぁ? でも聞いた限りじゃ金貨5枚位で済むって話だったわよ?」
「たっか!」
内装や調度品なんかで薄々察してはいたが、やはり高い。そんな高くて営業やっていけてるのかと思わないでもないが、やっていけているからこそのそれらなのだろう。
にしてもそんな金を払うことのできる輩──その大部分が貴族だろうが、それほどの地位に立っている人間がこんな路地裏の高級ホテルになんか訪れるはずもない。じゃあ何故来るのだろうかと考えてもみても無駄なことだ。
そんなことを話している間に201と書かれた部屋の前についた。ドアも高級そうな木の扉であり、ドアノブのデザインにも趣向が凝らされている。細かいところまで良い仕事がしてある。
俺はドアノブを捻り、その先にあった景色に妙な納得を覚えた。
まず飛び込んできたのは馬鹿でかいベッドだ。初めて見るからわからないがこれがキングサイズ規格というものだろうか、それが部屋の奥にある。
そしてこの部屋の面積の大半を占めるのは浴室だ。五人くらいは容易く入れるだろう浴槽には薔薇のような花の花弁が浮かび、床には馬鹿でかいソープマット。壁に取り付けられた棚には何種類かのボディーソープらしきものが置いてある。
……うん、薄々わかってたよ。なんとなく察しはしてたよ。
「やっぱラブホか……!」
そこに広がっていたのは地球と比べても比較的変わらない──といっても実際に地球のには行った経験はないからなんとも言えないが──ラブホテル(ソーププレイ用施設付き)であった。
「じゃあ小道具ってのは──」
「SMプレイ用のグッズじゃない?」
「ですよねぇ……」
そこで開けっ放しになっていた扉から男性店員が入ってくる。
「小道具でございます。こちらで洗浄などは致しますのでそのままお返しください」
それではごゆっくりどうぞ、と言って男性店員はドアを閉め退出する。そこでティアマトがかちり、と小気味良い音を鳴らして鍵を閉めた。
「……なんでラブホ使ったの?」
もはや逃げられない──そもそもステータスで大敗しているため鍵がかかっていなかろうが関係ないし、そもそも逃げるつもりもないが──俺の口から出たのはそんな率直な疑問だった。
ヤるならあの小民家に帰ってからでも良かった筈なのに。
「昨日ミナトとニュクスがセックスしてたじゃない? あれ見てたらすっごいセックスしたくなってずっと我慢してたのよ。適当な男捕まえて犯したら、相手が腹上死するからそんな真似もできないし」
「え、やばくない?」
「そう。龍族の性欲って魔族のなかでも随一なのよ。食欲もそうなんだけど《聖魔》になって契約すると、契約者の食欲と性欲をものすごく強化してしまうぐらいにはやばい」
「もしかして俺のチンコが薬でも飲んだみたいにでかくなってたのって」
「間違いなく私と契約したのが原因ね。それともし媚薬でも盛られても、私とニュクス以外を犯したら駄目よ。ほぼ確実にセックスに相手が耐えきれなくて死ぬわ」
龍族怖い。あと龍族と契約したことから俺の性欲もやばいのか。昨日あんなに射精しまくれたのも間違いなくそれか。
「まぁ、それは後で話すとして。──今、凄くセックスしたいの。だから付き合って?」
俺は首を縦に振って、彼女に導かれるまま透明なガラス張りになっている浴室に移動した。
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