出発前の前菜
異世界の早朝は、快適だ。
日本の夏特有の絡みつくようなと不快な暑さもなければ、冬のいつまでもベッドの中に引きこもっていたいと思わせる寒さもない。ちゃんとした睡眠さえとっていれば、特に抵抗感なく布団から出られる──それが現在のこの国の気候だった。
つまり何が言いたいかというと──。
「…………暇だ」
早く起きすぎたのだ。
昨日はニュクスに敗北し、そのまま昏睡した。合宿中と比べればかなり早く寝てしまったが、その分多く寝られるということはなく合宿中と同じくらいの睡眠時間──大体5時間ほどだ──をとってしまえばスッキリと目覚めることができた。
エリザさんから迎えがあるのはおよそ7時ほど。これはアイズさんから教えてもらったので間違いない。
さて、あと二時間の暇をどうやって潰すか。
普段ならばニュクスなりティアマトなりと模擬戦でもしているのだが、これから向かうのは、ブリステン王国周辺の魔物とは比べ物にならない強さを誇る化け物が犇めく《強魔地帯》。それに道中、魔物や賊の類いに襲われないとも言えないため、道中の護衛も兼ねるとなると万全の態勢でいたい。
出来ることなら魔力体力ともにできるだけ消費しない暇潰し…………となるとあまり思い付かないな。
ニュクスやティアマトと喋ったり、いちゃいちゃするくらいか?
取り敢えずは──、
「腹拵えだな」
ぐるるるぅぅ……と鳴く俺の腹の虫を満足させてやらねばなるまい。
「あれ、宵坂。早いんだな」
「……陸堂か」
王城から少しばかり離れた、主に城で働くメイドや執事達が使用する食堂。使用人達が使用することを想定されているため、24時間開いているこの食堂はこの時間ならば使用人達しかいないだろうと思っていたのだが、一人見知った顔がいた。
陸堂光義。
《聖魔》閻魔王と契約する《勇者》達のリーダー格。向こうでもスポーツ万能、勉学秀才、容姿端麗の『天は二物を与えず』という言葉に真っ向から喧嘩を売っていく男だ。その上、女性勇者陣からはモテモテらしい。心底どうでもいいから知らんけど。
「勇者御一行のリーダー様は随分早いんだな」
「嫌味かこの野郎」
陸堂が軽く肘で小突きながら、俺の後ろに並ぶ。
「お前の方が強いんだから、なんの自慢にもならないよ」
「強いだけでリーダーはやれないだろ。リーダーに必要なのは性格の良さとカリスマ性で、当人の強さは二の次で良い。俺にそんなもんあると思うか?」
「ない」
「即答するな」
全く、事実とはいえちょっとぐらい考えてほしいものだ。
自分で言う分には構わないが、他人に言われたら癪に障るんだぞ。
「そうだ、宵坂。このあとちょっと時間あるか」
「少しくらいなら。なんだ?」
──というわけでやって来たのは、俺達が普段は使っていない修練場のような場所。何気にここに足を踏み入れるのは体感的には二週間ぶりぐらいになるのだが、実際には一週間ほどしか経過していない。
最近は魔物の討伐やらで外に出ていてばっかりだったからな。陸堂も懐かしさに耽っているようだった。
「エリザさんとの約束もある。大して付き合えないぞ」
「わかってるよ。護衛もしなきゃなんだろ? だったらそれのウォーミングアップだと思ってくれたらいいよ」
さて、何故このような場所にやって来ているのかと言えば『軽く戦ってくれ』と陸堂から頼まれたからだ。無論、ここは王城が近くにあるためニュクスと戦ったような全力の魔法をバカスカ撃ったり、ティアマトとの嵐と形容すべき剣戟はこなせないためどうしても加減をする必要がある。
が、しかし。陸堂においてはその心配はない。
彼の《聖魔》である閻魔王が《神聖魔法》のひとつである《
先日の街中で民間人の被害を何も考えず、武器を振り回し魔法を撃ってきたどこぞの阿呆どもとは比べ物にならない配慮だ、と言ったら。
「アイツらなら1ヶ月くらい街には行けないようになっているよ」
とのこと。ざまぁみろ。
アイツらの喧嘩売ってくる分には構わない──心底鬱陶しいのは間違いないが──のだが、せめて場所を考えてくれ。せめて民衆に攻撃が行かないように気を配れってほしい。仮にも《勇者》なのだから。
「さて、そんじゃ──」
「……あら? ここにいたの」
そこに俺達の意識の外からやって来るのは、一人の女性。
いかにも高級品であろう黒いドレスに、イヤリング。ダークブロンドの髪を風で靡かせながらやって来たのは──。
「エリザさん……!? もうそんな時間でしたか!?」
エリザさんこと、エリザ・フォン・ミハロヴィーナ大公。
今回の《強魔地帯》での魔物討伐の依頼者であり、西方の領地を管理している領主の、更に上に立つ人だ。
時間的にはまだ余裕があると思っていたのだが、まさか待ち合わせの時間を間違えていたのか……?
「いえ、時間にはまだ余裕があるわ。私達が早く来てしまっただけよ。この子がどうしてもと聞かなかったから。ね?」
「──え、エリザ様! それは言わないって約束してくれたのに!」
半ば悲鳴じみた声をあげたのは、彼女の後ろからやって来たのは者達の一人。
やや鈍い赤色の髪に同色の瞳。丈の長いクラシックなメイド服に身を包んだ、俺の腰より少し大きいほどかという小柄な体型の少女。
その子に俺は見覚えがあった。
「知り合いか?」
「あぁ、多分。確か、この前の……」
「は、はい! せんじちゅはありがと…………」
噛んだな。
誰もがその事を口にはしなかったのだが、俺達三人の微笑ましげな瞳を見て気づいてしまったらしい。頬を真っ赤に染めて、顔を隠してしまう。
簡潔な感想を言うと、大変可愛らしい。小型の愛玩動物じみた愛らしさがある。
「……ルーです。先日はありがとうございました…………」
「改めて宵坂湊だ。よろしくな。そんでそっちは……?」
軽くルーの頭を撫でながら、執事服を纏い、腰に二振りの短剣を差している少年に目をやる。髪はくすんだグレー、そして頭から生えているのは──狼耳か?
断言できないのはその部分だけが霞がかったようにぼやけて見えるからだ。輪郭を捕えられているかどうかも怪しいほどで、獣耳という概念を知っていなければそれを『耳』だとは思えなかっただろう。
「人狼……?」
「──ッッ!?」
「……へぇ。これでも最高級の認識阻害を込めた結晶を用意したのだけど。流石はアンドリューが推薦するだけあるわ」
認識阻害というのはその名の通り、相手の認識を正しく行わせない《妨害魔法》の一種だ。例えば見えているはずのものを見えていないと相手に錯覚させたり、聞こえるはずのものを聞こえていないと錯覚させたり──使い方は様々だが、今回は視覚に働く認識阻害。
人狼特有の耳や尻尾の存在を正しく認識させない効果だろう。だが、魔法の一種であるために両者の魔法関連ステータスの数値差が大きかったり、あるいは《看破》に類する特殊技術を有していればこの様にして見破られることもある。
尤も、俺とてニュクスと契約したことによって獲得した補正値があってようやく看破できるくらいなので、大方の相手には問題ないだろう。
「お褒めに預かり光栄です。しかし、人間寄りの人狼ですか。この国じゃ珍しいでしょう」
前々に言ったと思うが、この国は人間至上主義を掲げた国家であり、魔族や彼のような
それも奴隷にできるとなると、万に一つか億に一つかと言ったところである。
「たまたまこの国に入ってきた子でね。私のところで護衛兼御者として雇っているのよ。ほら、いつまでも呆けていないで挨拶なさい」
「──はっ! し、失礼しましたっす! お……私はロペルというものっす! よろしくお願いしますっす!」
「何故に敬礼…………」
敬礼しながら人狼の執事の少年──ロペルは言う。
にしても元気な子だな。俺はこのくらいの時から、超インドア派で元気があるとは言えなかったため、なんだか眩しさを覚える。この国じゃなかったら将来、人狼達の女の間で取り合いになることは確定的に明らかだ。
「別に俺でいいよ。俺だってそんな風に身構えられると緊張する。よろしく、ロペル」
俺は握手を求め、ロペルに手を差し出すが……返ってこねぇな。
「……人狼って握手の文化はないのか? だとしたら大分恥ずかしいんだが」
「い、いえ! あります! 光栄っす! ただ…………」
「ん? ただ、どうした?」
「あなたが人狼である自分を毛嫌いしてないのが不思議なんでしょう。ねぇ、ロペル」
「その通りっす。すみません、変なこと考えちゃって……」
あぁ、そういうことか、と自然と声に漏れた。
この国は人間至上主義国家。その象徴とも言える《勇者》が人狼である自分に握手なんて求めてきたら、そりゃ不思議に思うわな。
「大公の護衛を任されてるんだ。実力は勿論、人格面でも相応の評価を受けているんだと思っただけだよ。少なくとも俺は魔族だ人狼だってだけで毛嫌いなんかしない。なぁ、陸堂?」
「そこで俺に話を振るのか!? ……ま、まぁ確かに大公ほどのお方の護衛をしてるんだから、信頼されてるんだなってことはわかるよ」
まぁ、エリザさんからしてみれば人狼の種族的特徴も加味しての事なんだろうが。
人狼に限らず獣人は種族的特徴として、人間よりも優れた肉体性能を持つ。夜の闇を問題なく見通す眼。匂いを的確にかぎ分ける嗅覚は、戦闘を行うにしろ回避するにしろ、護衛として最適の能力を有しているといえる。
獣人族を人と同様の立場で扱っているという、周囲からの悪評に目を瞑ればだが。
「しかし、どうする? 大公が来たなら俺に付き合っていられないだろう?」
「あら、約束の時間までなら構わないわよ。私も勇者同士の模擬戦には興味があるし、君達が良ければ観戦させてもらえる?」
「勿論です」
「閻魔王。《聖なる壁》の展開を頼む」
「心得た」
閻魔王が呪いと共に俺と陸堂を取り囲むようにして、円状に淡く輝く壁を展開する。あらゆる攻撃──その中でも魔法に対して極めて強い耐性を持つ《神聖属性》の防御魔法《聖なる壁》だ。
俺が魔法剣士の中でも、魔法に偏って鍛えている──ティアマトとの鍛錬によってその偏りは埋まりつつあるが──からこその対策なのだろう。
だが……。
「宵坂?」
俺は衝撃や斬撃といった物理攻撃に強い耐性を持つ《闇属性》の壁を展開する。
己の《聖魔》の防御だけでは不足していると思ったのだろうか。陸堂が怪訝そうな声を上げる。
確かに俺の全力の攻撃ならば閻魔王の《聖なる壁》を砕いて余りある。しかしそうはならないという確信があった。
ニュクスとティアマトとの強化合宿によって、俺の戦闘技術は格段に洗練されたためだ。
それは単純な威力の向上、範囲の拡大のみならず『必要以上の破壊を生まない』繊細さを獲得するに至ったのだ。
以前の俺ならば自分の力に振り回され、《聖なる壁》を粉微塵に粉砕していただろうが、今の俺ならばそのような無様は晒さない。
ならばなぜ、《聖なる壁》に沿うようにしてバリアを張ったのか。その理由は至ってシンプルである。
「お前にだけ魔力を使わせたんじゃ不公平だろ? おまけに……」
肩に乗っているニュクス(無論、超絶美人且つスタイル抜群な完全体ではない。二頭身の可愛らしい不完全体である)に視線をやれば、彼女は頷くと軽く杖を一振り。
すると俺の影から計五匹の蝙蝠が現れ、壁の中を飛び回る。
それに続いて
「ミナトくん、これは?」
「コイツが召喚してくれた《
「……ミハロヴィーナ大公の守りを万全に期した上で、俺と同じ量の魔力を消費して戦おうって事か」
「そういうこと。不服か?」
「いや……!やろう、宵坂!」
「おう。そんじゃ、ルール決めだな。んー……互いに《聖魔》のサポートがなかったら何やってもOK。ただし《聖なる壁》の破壊と地面を派手に崩したら反則負け……でどうだ?」
「派手に崩したら、の明確な基準が欲しいな」
「そうだな……コイツが《時間遡行》を使った時に、10秒以上かかるようならアウト、でどうだ? あ、俺に忖度せずに公正公平な審査を頼むぜ?」
ニュクスに限って俺に肩入れするようなことは(プライベートならいざ知らず)ないが、そんなことは陸堂は知らないだろう。何より審判の誤審じみたつまらない勝ち方なんて、こっちから願い下げだ。
ニュクスが『自分がそう判断した場合には《闇球》を空に向かって打ち上げる』としたことで、彼も無事に納得してくれた。
また敗北条件として、身体が倒れてから10カウント以内に起き上がらなければ敗北と見做すという条件を付け加えれば、リクドウは頷く。これはエリザさんからの推薦でロペルが引き受けてくれることになった。
「それじゃあ早速やろう。開始の合図は?」
「閻魔王頼めるか。コイントスなり、いい感じにやってくれ」
「随分と曖昧な指示だな、宵坂。だが、心得た」
閻魔王が頷くと、俺達は距離を取り、それぞれが構える。
そして戦意を漲らせながら、戦闘開始の合図を待った。
投稿時間についてのアンケート※一週間程度を目安に〆
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0時(今まで通り)
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12時
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18時